第一章
初めての作品なので生温かく見守ってください。
――ああ、たすけてくれ。
俺の心は、そう叫んだ。見回した景色は瓦礫の山。人の悲鳴や呻き。そして、激痛。
「痛い……」
絞り出たそれは、まるで老人のようにしゃがれた声だった。目の前の光景はまるで地獄絵図。阿鼻叫喚の中で走り回る人たち、体を損壊し苦痛に顔を歪める人たち、われ先にと人を押しのけ己の欲望を優先する人たち。
視界の半分は俺の血で見えない。なぜ、どうしてこうなった。今日は母さんと父さんと妹の心と一緒に旅行に出かける待ちに待ち続けた日だ。空港でこれから起きる楽しい時間を家族で話していただけだ。それがどうして。
「母さん、父さん……心……」
痛みとストレスで込み上げる吐き気を堪えつつ、全身にムチを打って立ち上がる。三人ともすぐそばに居るんだ、探せばすぐに見つかるはず。そんな甘い期待は一瞬にして打ち砕かれた。
「なんだこれ」
――甘すぎた。俺は助けられたんだ。家族に。
起き上がることで気づいた。自分の上の何かが落ちる音が。最初は、自分が腰掛けていた椅子かと思った。違う、その何かは俺の捜し求めた家族そのものだ。
父と母が俺を庇うように覆い重なっていたのだ。血まみれで男か女かも分からない赤く染まった二人。お互いをお互いの血で汚しあい、二人の血は俺を汚した。
「いやだ……父さん……母さん……あ」
俺は僅かな間でも忘れていた。まだ希望はある。妹の存在だ。あの子が生きていたら俺にも光が差すかもしれない。まず、足元見回した。そこには、両親の亡骸。すぐに目を逸らし、血まみれの足で歩き出す。光を求めて希望を探す。空は赤く、天井も至るところが崩れている。今でも建物の形をしているのは、それこそ奇跡的だ。歩く、歩く、歩く。動かすのは気力のみ。そんな苦しみの中、ソイツに出会った。
そいつは巨大な鎧。体は3メートルはある。人型、顔は虎のように鋭い瞳が光る。普通の鎧というのは、人が装着して初めて意味を成す。しかし、その鎧には生気が感じられない。いや、今はそんなことどうでもいい。なにより重要なのは、その鎧が脇に抱える存在だ。
「……心!」
力の限り叫んだ。大切な妹の名前を、大切な家族の名前を。心は鎧の腕の中で力なくうなだれていた。あの状態では生きてるのか死んでいるのかさえも分からない。
歯を食いしばり駆け出す。迷いはない、痛みはある、しかし目の前には希望がある。相手がどんな畏怖の存在でも、俺はそれしか頭にはなかった。この世で唯一の家族を助ける、ただそれだけの目標の為。俺の振り上げた拳は鎧に届くことはなかった。鎧の右足が俺の体を突いたのだ。一瞬、浮いたかと思えばその足は瞬く間に眼前に現れたのだ。瀕死の体にこの一撃、地面に転がり立ち上がる力も湧かない。心を抱えた巨人は、地響きを立てながら近づく。
俺は、このまま誰一人救えないで死んでしまうのか。家族も、目の前の妹も。何一つ。……悔しい、憎い、自分が不甲斐ない。力の限りの憎悪で鎧を睨み続ける。ふと、鎧は目前で足を止めた。
「俺に立ち向かうとは、見上げた勇気だ。少年」
その言葉に驚愕した。ただの化け物に感じた鎧は、意思を持ってこっちに話しかけている。
「俺の妹を返せよ……クソ野郎」
しばらく間が空くと、鎧は愉快そうにカタカタ顔を揺らした。
「似てるとは思ったが少年の妹か。そして、この状況でその気構え……これも何かの運命か」
男のような低い声でそう鎧は喋る。時代がかかった喋り方のせいで、声のイメージがグッと年齢を上げた。
「てめぇの与太話はどうでもいい、俺の妹を……心を返せ」
鎧は嬉しそうに笑い声を上げた。数百年ぶりに笑ったように、我慢したものが切れるように心底大きく。そして、鎧は右腕で俺の頭に触れた。
「気に入った。取引をしよう、少年」
悪魔との取引、なんて言葉がある。世界中に数多くある悪魔との契約は、何か自分に見返りがあるものだ。しかし、このイカつい悪魔はローリスクハイリターンで非常にタチの悪い契約相手となった。