第8話 新入生歓迎会(スタートアップ)
なんだか更新が日に日に遅れているような……?
一応毎週土曜にしようと頑張っているんですけどねー。
そんな訳で長くなってしまった第8話です(笑)
力任せに振ってくる剣を避けながら、どうしようかと考える。
ここで下手に逃げたら、もしかしたら講堂に迷い込んでしまうかもしれない。そうしたら歓迎会をやる事が1年生に知られてしまい――いや、知られる前に2年生の生徒がリンチしてしまうかもしれない。
……どちらにせよ、このアルマという男子生徒が痛い目を見るのは明らかだな。
やっぱりここで無力化させるのが一番なんだろうけど……正直言って僕にそれができるのかは分からない。今はこうやって攻撃を避けれているけど、魔法を使われたらあっさりやられてしまう。
入学して1か月強。さすがにこの時点では2年生徒の力の差は圧倒的だろうけど、それはあくまで普通の生徒の話。魔法の使えない僕と新入生じゃ、力の差なんてほとんどないようなものだ。
「このっ、避けるなよっ!」
んな無茶な。心の中でツッコミを入れる。
相手の持っているのは真剣なんだ。当たったりでもしたら怪我じゃすまない。下手したら死んでしまう。
せめて僕も武器があれば楽なんだけど……あいにくと、見回した範囲には武器になるようなものは1つも見当たらない。受け流す事ができずに避けるだけっていうのは結構きついぞ。不幸中の幸いとでもいうべきか、アルマくんの剣術は直線的――比較的読みやすい動きだから、避けるのも少しは楽なんだが。
「アルマさんっ、やめてください!」
遠くから鼎さんの声が聞こえてきた。けど、当然アルマくんは攻撃をやめたりはしない。
このまま持久戦に持ち込んで体力がなくなるまで待つというのも考えたけど、それはさすがに時間がかかりすぎる。
「だりゃぁっ!」
大きく振り上げられた剣が振り下ろされた。隙が多すぎて攻撃できたけどあえてせずに、振り下ろされる剣を避ける。剣が地面に刺さったと同時に柄を蹴り上げた。腕が弾かれたように再び上げられて、剣が手から離れて宙を舞った。アルマくんの顔が痛みで歪む。そこに踏み込んでタックルをくらわせる。
宙を舞っていた剣を手に取り、地面に尻餅を着いたアルマくんの目の前に突き出す。
「ひっ」
「……少しは話を聞く気になったかな?」
剣先を見つめていたアルマくんがおそるおそる僕の顔を見上げて、ゆっくりと何度も頷いて見せた。
「つまり……わたしが先輩に変な事をされそうだって思ったんですか?」
「はい、そうです。早とちりしてすみませんでしたぁぁぁっ!」
地面に額を擦り付けながらアルマくんが叫んだ。
話によると、遠くから鼎さんを見ていたアルマくんは、僕を不審な人物と思ったらしい。
……『遠くから見ていた』ってところは、きっとツッコんじゃいけないんだろう。また面倒な事になりかねないし。
「すみませんでした、先輩。ご迷惑をおかけしてしまって……」
「いや、別にいいよ。何事もなかったんだし」
鼎さんまで頭を下げるとは思っていなかったので、少し慌てて手を振った。
謝り慣れてはいるんだけど、謝られるのはなんだか変な気分だ。この2人が特に悪い事をしていないからなおさら。……まあ、アルマくんの方はどちらかと言うと悪いんだけど。
「そ、それじゃあ、僕はもう行くから。君らは早く寮に帰りなよ」
「あっ、待ってくださいっ」
走り去ろうとした矢先、なぜか呼び止められた。しかも制服の袖まで掴まれている。
「あのっ……わたし、か、かな、鼎、はるっ、遥って、言います」
顔を真っ赤にして言葉を途切れ途切れにさせながら、鼎さんがそう言った。そう言えば名前知らなかったな。
というか、鼎って……名前じゃなくて名字だったのか。
「お、おれはアルマ・カルディーオだっ! 覚えとけ!」
いきなり僕と鼎さんの間に割って入ってきたのはアルマくん。なぜか睨まれている。
さすがにこっちは名前だった。
「えっと、僕は篠宮静流。よろしく、鼎さん。アルマくん」
「は、はいっ」
「くんとか付けないでいいっ。……っていうか『篠宮』って」
力強く頷く鼎さん。その反面、アルマくん――いや、アルマはどうしてか目を見開いていた。
篠宮ってそんなに珍しい名字じゃないと思うんだけど……いや、アルマは日本人じゃないから珍しいと思ったのかもしれない。鼎っていう名字の方が珍しいと思うけど。
「も、もしかして、魔法の使えないっていう……?」
「うっ……」
アルマの言葉に思わず言葉が詰まってしまった。
まさか1年生――入学してから1か月強の新入生にまで知られているなんて思ってもみなかった。というかどこまで広まってるんだ、あの噂は。
「さ、さっきはいきなり斬りかかってすみませんでしたっ!!」
「また土下座!?」
面食らった僕と鼎さんは思わず一歩引いてしまった。
何というか……頭を下げるのにも限度がある。って言えばいいんだろうか。この短時間で2度も土下座する人もあまり居ないだろう。
「魔法が使えずに武術のみで戦うってセンパイの話を聞いたんです。おれも魔法が使えないから……一度会って話してみたかったんです!」
「えっ、君も魔法が使えないの?」
新入生の中に魔法が使えない人が居るなんて。
アルマには悪いけど親近感を抱いてしまう。
「はい、初級の魔法しか」
「…………」
抱いた親近感を返してほしい。
僕は初級魔法すら使えないっていうのに。
「篠宮先輩も、魔法が使えなかったんですか」
「うん、まあ、ね」
鼎さんの言葉に曖昧に頷いた。
「わたしも同じです。まともな魔法は1つも使えません」
いや……君は精霊術が使えるじゃないか。
どちらかと言うと魔法よりも価値のある技術だぞ、それは。なんたって素質のある人しか使う事ができないんだからな。
「そうだ。篠宮先輩、みんなで魔法の特訓をしませんか?」
「特訓?」
しかも魔法のか?
「はい。ここは魔法学院です。やっぱり魔法が使えないというのは今後の学院生活で支障をきたします」
「まあ……そうだろうね」
事実、僕はかなり苦しい生活をしていた。進級できたのも奇跡みたいなもんだしな。
「だから、みんなで特訓です」
「みんなって、もしかしておれも入ってるのか?」
「もちろんですっ」
ニコリと微笑みをアルマに向ける。鼎さんに見えないように握り拳を作っていたのを、僕は見逃さなかった。
「どうでしょう、先輩?」
と聞かれてもなぁ。
鼎さんは魔法が使えないとはいえ精霊術を扱えるからこれから先、魔法が使えなくても困る事はそうそうないだろう。アルマも今はまだ初級術しか使えないらしいけど、この学院に入れたという事は伸び白はあるんだろうな。
それに比べると僕は、特訓したって魔法が使える可能性は0に等しい――というか皆無なんだ。それはここ数年で分かっている事だ。
だからこの2人と特訓したって意味はないし、かえって迷惑をかけてしまう可能性の方がある。
「一緒に特訓しましょうよセンパイ! ついでに剣術も教えてください!」
アルマが頭を下げて――これは土下座じゃなかった――きて、それを見た鼎さんもお願いしますと言いながら頭を下げた。
後輩にここまでさせるのはなんというか……悪い訳でもないのに罪悪感を感じてしまう。
「……まあ、そこまで言うのなら特訓に付き合うよ」
「「ホントですか!」」
2人が同時に顔を上げた。その目はなぜかキラキラと輝いていて……なんだか非常に申し訳ない気持ちになってきた。
「でも魔法に関しては期待しないでよ? 僕はまったく使えないから」
「だいじょうぶですよ。おれたちも魔法まったく使えませんから」
僕の『まったく』と君らの『まったく』は度合いが違うんだけど……まあいいか。特訓が始まればすぐに露見する事だし。
「そ、それじゃあ、連絡先交換しときましょうか。その方が便利だと思うし」
「そうですね。いいですか、篠宮先輩?」
「うん、いいよ」
PDAを取り出して画面を見ると、メールを受信していた。
誰だろうと思いながら、とりあえず2人と連絡先を交換してからでいいかとメールボックスを後回しにした。
「篠宮さん。あなたこんな所で何をなさっているのかしら?」
交換し終えてさてメールでも確認しようかと思ったら、背後からとても低い声が聞こえてきた。
振り返る前にメールを確認。差出人はマリアさん。受信時刻は……20分も前でした。
おそるおそる振り返ってみると案の定というかなんというか、そこに居たのはマリアさんだった。しかもかなりご立腹のご様子で。
「マリアさん……これはその……」
「あなたがサボっている間に、わたくしがどれだけ大変な思いをしたと――」
「わぁーっ! マリアさんごめん! でもその話は後にして!」
今その話をされたら、鼎さんとアルマに聞かれてしまう。そうなったら僕とマリアさんの単位がパアになってしまう。それだけは絶対に避けなければ。
「何を言っていますの? わたくしはまだまだ言い足りませんのよ? って、そちらの方々は――」
マリアさんが2人の存在に気づいて――同時に1年生だという事にも気づいたらしい。一瞬だけ目が見開かれた。僕に向けられた笑顔がものすごく怖い。
それから僕を押しのけるように前に出て、2人に視線を向ける。
「あなたたち、悪い事は言いませんから今日は寮に帰りなさい」
「え、でも――」
「帰りなさい」
「いや、おれたちは――」
「帰りなさい」
「「……はい」」
有無を言わせぬ言い方で、鼎さんとアルマが小さく頷いた。
今のマリアさんはきっとかなり怖い顔をしているはずだ。僕からは見えないけど。
「さあ篠宮さん。行きますわよ」
「えっ、ちょ、待ってマリアさん。関節が変な方向に曲がりそうになって……ってまずいからそっちには曲がらないからぁ!?」
ずるずるとかなり強い力で腕を引っ張られて、僕は連行されてしまった。
マリアさんに連れ去られる僕を見て、鼎さんが何かを呟いていた。
ちなみに、その後の会場設営の仕事は語りたくない。しいて1つ言うなら、死ななかった事が奇跡だった。という事だろうか?
* * * * * * * * * *
そして翌日。
新入生歓迎会は午後の7時から始まる事になっている。それまでの残り時間はもちろん準備にあてられる。何をそんなに準備する事があるのかと言うと、まあ、いろいろだ。料理やら会場の最終チェックやら、とにかくいろいろだ。
今日の僕の役割はウェイトレスだ。とはいえ喫茶店とかレストランみたいなのではなく、ただ料理や飲み物を運ぶだけ。服装だっていつもの学院制服でいいらしい。
そんな訳で午後6時。僕はさっそく会場に入っていた。最終チェックと段取りの確認とか言っていたな。
講堂にはすでに人が集まっていた。少し遅れたのかもしれない。
生徒が集まっているところに視線を向けてみて……あれ、エレナが居ないな。もしかして遅れてるんだろうか。鳳さんの姿も見当たらないし、どうしたんだろう。
「昨日に引き続き、また遅かったですわね?」
「あ、マリアさん。エレナ見なかった?」
僕の姿を認めて近づいてきたマリアさんに尋ねると、辺りを見回してから「そう言えば遅いですわね」と言った。
どうやらマリアさんも見ていないらしい。
「まあ、エレナさんの事ですから、きっとすぐに来ると思いますわよ」
「そうだね」
今さらながら、僕が心配しても仕方がない事に気づく。というか心配のしようもないんだよな。
「ほら、来ましたわ……よ……」
エレナを見つけたらしいマリアさんが、なぜか顔を引きつらせた。同時に「キャーキャー」と色めきだった声が聞こえてきた。
どうしたんだろうと視線を追いかけてみて、サッ。思わず視線を逸らした。
「静流くん、探しましたよ?」
「こう人が居ると探すのにも一苦労だな」
件の人達――エレナと鳳さんが僕達に近づいてきた。
……なぜかメイド服で。
いやいやいや、どうしてそんな恰好をしているんだよ、2人とも。
「どうですか静流くん。似合っていますか?」
「え……ああ、うん。似合ってるんじゃないかな……」
とりあえず視線を逸らしながら頷いておく。
青を基調としたメイド服で、所々にフリルみたいな、とにかくヒラヒラしているものが付いていた。スカートも歩いただけで見えちゃうんじゃないかってぐらい短いし……そこから伸びる白く細い足がまたなんとも……って逸らせ! 目を逸らすんだっ! この反応は2度目だぞ!?
「わ、私もどうだろうか? こういう服装は似合っていないとは思うんだけど……」
そして視線を逸らした先には鳳さんが居た。珍しく顔が赤いのは、やっぱりメイド服が恥ずかしいからだろう。
よく見るとエレナと同じデザインのような気がする。けど、着る人が違うと雰囲気も違ってくる。エレナが着ているとふんわり柔らかい可愛らしい感じだけど、鳳さんが着ていると、なんだろう、凛として気が張りつめるような……そんな感じがする。そして……大きく違うのは……胸のあたりだろうか。
エレナは何と言うかこう……大きいのかは分からないけど、可愛らしいふくらみであった。
だけど鳳さんはどうだ。ぱっつんぱっつんになってるぞ。見ただけで大きい事が分かってしまう。いつもの制服だとそれほど気にならないっていうのに。
「に、似合ってるんじゃないかな……」
「そ、そうなのか。あ、ありがとう」
応えながらさりげなく視線を逸らす。その先にはマリアさんがとても冷たい視線を僕に向けていた。……もはや目を開ける事もしたくなかった。
僕の安地はいったいどこだろうか。僕にはいろいろと、目に毒というか、とにかく目のやり場に困る事態だった。
「と、ところで、2人はどうしてそんな恰好をしてるの?」
「よくぞ聞いてくれましたっ」
そんなに聞かれたかったのか。聞かなきゃよかった。
「別にたいした話じゃないよ。高ランクの生徒がこういう恰好をするってだけ」
「ちなみに男子だと執事服」と鳳さんが付け足した。
……よかった、高ランクじゃなくて。
僕が執事服? 冗談じゃない。似合わないし恰好がつかない。『服を着ている』というよりも『服に斬られている』という事になりかねないからな。……というか、こんな言葉を実際に使う事になるなんて思いもしなかった。
「静流くんも着てみたらどうですか? きっと似合いますよ」
「え、何を?」
「もちろんメイドふ――」
「あーあー! 聞こえない! 何も聞こえないよー!」
まったく、何を言い出すんだエレナは。僕はれっきとした男だぞ。そんなヒラヒラしたような服なんて着れるか。
ヒラヒラしていない執事服もごめんだ。
「冗談ですよ。本気にしないでください」
嘘だ。目が本気だったよ、さっきのは。
「着てみたらどうですかっていうのはマリアさんの方です」
「わ、わたくしですの!?」
急に標的にされたマリアさんが思いきり驚いた。
そりゃそうだろう。いきなり「メイド服着てください」だもんな。
でもまあ、マリアさんのメイド服姿もきっと似合うんだろうな。
いや待て。これ以上メイド服が増えたら僕はどこを見ればいいんだ。ただでさえエレナと鳳さんだけでも目のやり場に困っているというのに。
「そうだな。君もきっと似合うんじゃないか。……少なくとも私よりは」
「そ、そんな事ありませんわよ! 鳳さん、すごく似合っていますわ!」
「とにかくマリアさん、着てみましょうよ」
「いえっ、わたくしはご遠慮させて――」
「「いいからいいから!」」
ずるずると、かたくなに断っていたマリアさんを引きずっていくエレナと鳳さん。あの3人、いつの間にあんなに仲良くなったんだろうか? 女の子って不思議だな。
そんな事を思っているとエレナが戻ってきた。
「それじゃあ、静流くんはここで待っていてくださいね。絶対ですよ」
「あ、うん、分かった」
そしてすぐにまた走り去ってしまった。
さて、1人残された僕は何をしていようか。というか、歓迎会の最終チェックと段取りの説明なんだから、ここに居続ける訳にもいかない気がする。
そんな心配事は杞憂に終わり、3人はすぐに戻ってきた。言わずもがな、マリアさんの顔は真っ赤である。
当然だろう。ほとんどの人の視線が集まっているんだから。
「こんな姿……屈辱ですわ……」
「だいじょうぶですよ、慣れれば」
「そういう問題ではありません!」
忘れていた訳ではないけど、この3人は由緒ある家のお嬢様なんだよな。
いいのか、そんな人達にメイド服なんか着せて。いくら『生徒皆平等』を掲げてるからって。
「静流くんはどう思いますか?」
「えっ、えーと……」
「変な事を言ったらただじゃおきませんわよ!」
似合ってると言おうと思ったら睨まれた。
そもそもお嬢様にメイド服を似合っている言うのは、果たしてそれは褒め言葉なんだろうか?
「に、似合ってると思うよ」
「~~~~~っ」
それでもいい言葉なんて思いつくはずもなく、そう言ってみると、マリアさんは顔を真っ赤にして声にならない悲鳴みたいなのを上げた。ふんっ、とそっぽを向く。
「はいはい、お前ら揃ってるかー? 揃ってなくても始めるからな。ちなみに今居ないやつは明日補習確定だからそのつもりで」
そうこうしている内に吾妻先生がやって来て、とても理不尽な事を開口一番に言った。
ここに居ない人にそんな事を言っても無駄だろうに。そう思うけど呟きはしなかった。あの先生、結構な地獄耳で有名なんだ。
「そんじゃ最終確認するから目ぇかっぽじってよく聞く事ー!」
かっぽじるのは耳だろう。というか、よくそんな使いふる――
「今、『使い古されたネタなんて言いやがって』って思ったやつは後でお仕置きしちゃうゾ♪」
――くないよな。うん、最先端だよ吾妻先生さすがだなー。
ものすごく可愛く言ってのけた吾妻女史。言い方は冗談っぽいけど、この場に居た生徒全員が背筋に冷たいものを感じたと思う。
……危なかった。まだ最後まで思ってなかったからセーフだろ。
あの人が可愛らしく何かを言う時は、たいてい恐ろしい事が怒るからな。
「とまあそんな事はどうでもいいとして、段取り始めっぞー」
どうでもいいなら言わなきゃいいのに。
何はともあれ、確認はすぐに終わった。というか終わらせられたと言うべきか。とにかくあとは歓迎会の開始時刻を待つだけとなった。
「もうすぐ新入生たちが来るんですね」
エレナの呟きに僕は頷いた。
段取りとしては、2年生の生徒が新入生をここまで誘導してくるという事になっている。テーブルにはすでに料理が並べられているから、僕らは今のところ何もやる事はない。
とりあえず配置に着いたけど、どうしてメイド服のエレナが僕の近くに居るんだろうか?
「今さらだけど、エレナの今日の役割って何なの? それ着るだけじゃないよね?」
「メイド服を着ている人はウェイターと新入生さんの相手を兼任してるんですよ。静流くんより忙しいのです」
得意げそうに胸を張るエレナからまた視線を逸らした。やっぱりこの服装、僕にとっては目に毒だ。
そして午後7時。新入生たちが講堂に入ってくると同時に歓迎会が始まった。
まずは新入生を歓迎する言葉みたいなものを、3年生の首席だろうか、ものすごく偉そうな雰囲気の男子生徒が言った。
「あれ、3年生次席の先輩ですね。名前は忘れましたが」
横でエレナが小さく呟いた。
主席じゃなくて次席だったらしい。まあ、それでもかなりすごい人である事には変わりないんだよな。次席ではあるけど、あの人は2学年主家席の鳳さんよりも強いだろう。学年が1つ違うだけで同じランクでも天と地の差――とまでは言わないけど、とにかく差はかなり開いてしまうのだ。
あまり使わないけど、ランクに学年を付ける場合もあるのはそのせいだろう。A2とかF2とかな。
そして3年次席の話が終わり、ようやく歓迎会――パーティが始まった。
しばらくは僕は何もする事はなく暇だった。エレナは1年生の集まりに行ってしまったから、話し相手すらいない。メイド服を着た小さい先輩に、後輩たちはさぞ驚くだろうな。
鳳さんやマリアさんが居ればまた違ったんだろうけど、2人もそれぞれ仕事があるからそれも仕方ない。
……というか、今さらながら自分の友好関係に驚かされるな。気づいたら、話ができるっていう友人がいずれもお嬢様だ。しかも全員とんでもなく可愛い。夢じゃないのかと思ってしまうのも無理はない気がする。
それに、同性の友人ってのも未だに居ないのはどうしてなんだろうか。
「篠宮先輩っ」
呼ばれてそちらの方を向くと、鼎さんがたったったっ。小走りで駆け寄ってきた。
その肩には薄い水色の毛をした猫――メリーが乗っかっていた。
「こんばんは……ですっ……」
「うん、こんばんは。走ってこなくてもよかったのに」
肩で息をする鼎さんが力なく首を横に振る。
なんというか、見ているだけで苦しそうだ。もしかしたら、さっきの小走りは彼女にしてみれば全力疾走だったのかもしれない。
とりあえず、息が整うまで待つ事にした。
「先輩は、ここで何をしているんですか?」
息が整ったのか、鼎さんから話を切り出してきた。
「ウェイターだよ。新入生の飲食物を運ぶのが仕事。今は何もやる事がないけどね」
「ウェイターですか。でも、服がいつもの制服みたいですけど……。ちゃんとウェイターの制服着てる先輩もいますよね?」
執事服とメイド服がちゃんとしたウェイターウェイトレスの制服なんだろうか? まあ、制服には変わりないだろうけどさ。何か違う気がする。
「あれを着てるのは高ランクの人だけ。僕は最低ランクだから着る事なんかないんだよ」
「え……」
そういうと、なぜだか鼎さんは目を見開いた。
「先輩、もしかしてランクFだったんですか?」
「言ってなかったっけ。でも、魔法が使えないんだから当然だと思うよ。鼎さんはどうなの?」
新入生にたいして聞くのもどうかと思ったけど、話題という話題がないこの状況だ。多少の遠慮は感じたけど聞く事にした。
「わたしは、ランクEです」
俯いて小さな声で言う鼎さんに、今度は僕が驚いた。態度には出さなかったけど。
精霊術が使える鼎さんの事だから、もう少し高いランクだと思っていた。それほどまでに、魔法の出来というのは響くんだろうな。精霊も下級のものしか呼べないからなのかもしれない。
「ニャァーッ!」
「わっ、どうしたの、メリー?」
いきなり肩に乗っていたメリーが僕に威嚇し始めた。
もしかして、下級と思った僕に怒ったんだろうか。……まさかな。
「君はまだ入学してから1か月ほどしか経っていないんだ。焦らないでしっかり自分の力を磨いていけば、きっと高ランクになれると思うよ」
励ます意味で、僕はそんな事を言っていた。
ただの気休め。しかも1年経って最低ランクの先輩が言うんじゃ説得力の欠片もない。どうしてこんな事を言ったのか、自分でも分からないぐらいだった。
だけど鼎さんは、そんな僕の言葉を聞いて、小さく「ありがとうございます」と微笑んだ。
その言葉を聞いて、もう1つ、説得力の欠ける事を言ってみようかと思った。
「あと、自分のランクはあんまり言わない方がいいよ。僕が言うのもなんだけどさ。ランクは騎士にとって生命線だからね」
自分のランクはそのまま自分の実力に繋がる場合が多い。唯一例外も存在するけど、そんなものは稀有だ。
「分かりました。気を付けておきますね」
「ニャッ」
肩のメリーも鳴いた。小さなボディーガードがやる気らしいから大丈夫だろうか。
「先輩も頑張ってくださいね」
「え、何を?」
「篠宮先輩は……わたしの憧れですので……」
顔を赤らめて何を言い出すかと思ったら……なんて言ったこの子は?
僕が……憧れ? いったいどこに憧れたって言うんだ。どこにも憧れる要素なんかないっていうのに。
しかも言われて悪い気がしないから困る。
「それにあの先輩……名前は分からないんですけど、あの金髪の綺麗な先輩も憧れですっ」
え、金髪?
どうやら憧れの対象は僕以外にも居るらしい。少し残念と思う反面、そりゃそうだろうとどこか納得していた。
それにしても金髪の2年生なんて……たくさん居るから誰なのか見当もつかないな。
綺麗な金髪の2年生と言われて真っ先に出てくるのはマリアさんだ。たしかに彼女なら1年生の憧れの対象になったとしても不思議ではない気がする。
それに鳳さんもだな。まあ、鳳さんの場合は1年生どころか2年生でもファンクラブがあるぐらいだし。
「今日ここに居ると思うので、せっかくですからお近づきになりたいと思ってるんです」
「そ、そうなんだ。きっと大丈夫だと思うよ。頑張って」
「はいっ」
憧れの対象がもしもマリアさんなら、こんな可愛い後輩を邪険には扱わないはずだから、心配する必要もなさそうだけどな。
「そう言えば、アルマは一緒じゃないんだね?」
「はい。アルマさんは違う人とお約束があったようなので」
どこか残念そうに呟いた。
同じ魔法が(あまり上手く)扱えない仲間同士仲良くしたいみたいだけど、上手くいっていないんだろうか。
まあ、そこは後輩である本人たちの問題だ。先輩の僕がでしゃばる必要はないだろう。というか、そういうのにはあまり関わるのはよろしくないと思う。
「それではわたしは、あの綺麗な先輩を探そうと思いますのでこれで」
「ああ、うん。頑張ってね」
願わくば、マリアさんが優しく接してくれるように……。
心の中でそんな事を思いながら、僕は鼎さんを見送った。
しばらくして、急にウェイター役の生徒達――つまり僕も入る訳だが――が忙しくなった。この歓迎会で出される料理はどれも一級品。上流階級の生徒はそれほどではないけど、それ以外の生徒がこれを機に大量に食べようとしているからだ。
気持ちは分からないでもない。僕だってこんな料理が目の前にあったら遠慮なく食べたい。今この仕事がなかったら遠慮なく頬張りたい。だから新入生たちよ、遠慮なく食べるがいいさ。量は気にせずにな。
ウェイターの仕事をこなしつつ、時には控えの人と交替したりしながら、歓迎会の時間は過ぎていき、中盤に差し掛かった頃だろうか、2年高ランク組と3年生によるパフォーマンスが始まった。
とはいえ、このパフォーマンスはあまり魔法は使わないらしい。せいぜい見栄えを良くする程度だ。なぜかという理由は『騎士科だから』の1点らしい。
派手な魔法が見たいなら魔法科に行けって話だな。ここは武術と魔法の合わせが主流だから、魔法単体はあまりやらないようだ。まあ、2年の生徒ほとんどは今でも模擬戦とかで魔法を単体で使う人が多いんだけど。
僕は魔法を使えないから分からないけど、武術に魔法を取り込むのは難しいらしいと、以前鳳さんから聞いたからな。
それでもパフォーマンスは派手――というかすごくて、思わず仕事の手を止めて見入ってしまった。
去年の歓迎会――つまり僕達2年がゲストだった時、僕はこのパフォーマンスが始まる前に寮に帰ってしまっていたから見ていなかったから、どういうものなのか具体的には知らなかった。帰った理由はまあ……独りでつまらなかったからだ。
剣術の型――それに魔法を少し加える事で、格段に見栄えがよくなったりしている。実戦で使えるのかどうかは微妙なところだけど。
「あっ、鳳さんだ」
1つパフォーマンスが終わり、2年生主席と紹介された鳳さんが剣を持って現れた。さすがに恰好はメイド服ではなく――袴姿だった。なぜ? 武家出身の正装って袴なのか、嘘だろ?
そしてその横には……なんとエレナが立っていた。服装は普通でいつも通りの制服だ。一瞬だけ目が合った気がして、エレナが笑顔を向けた。
おそらくあれは僕に向けられたものなんだろうけど、その軌道上に居た後輩の男子生徒達がヒソヒソと、
「あの先輩カワイイな」
「今俺に向かって笑ったよな」
「バカ、オレだって」
「妄想激しいぞお前ら」
「おれはあっちの袴の先輩の方が……」
とかなんとか話しているのが聞こえて、よく分からなくなった。
まあ、このパフォーマンスは新入生に向けて行っているんだし、その中で笑顔を振りまくのはホスト側としては当然だろう。偶然、僕が居る方に笑顔を向けたに違いない。自意識過剰もいいところだ。
それで少しだけ冷めた気分になって……どうしてこんな気分になったんだろうな? 自分じゃまったく分からない。とりあえず自分の仕事を再開する事にした。
とはいえ何をやるのか気になるので、食べ終えた食器を運びながらパフォーマンスの方に視線を向ける。
鳳さんが細剣を、エレナが2丁の拳銃を取り出して口を動かした。その光景に、僕は少なからず驚かされた。遠くだから声は聞こえないけど、おそらくあれは具現魔装の詠唱だ。という事はエレナは具現魔装できるという事で、ランクはB以上という事になる。
高ランクだという事は知っていたけど、ランクB以上だとは思わなかった――訳じゃないけど、やっぱり少し驚きがあった。
詠唱が終わると、鳳さんの右手にはうっすらと赤く熱せられた豪炎の剣《ブレイズレイド》があった。あれに1度ボロボロにされたんだよな、僕は。思い出すと少し身震いしてしまう。
エレナの方は初めてみるけど、銀と黒の2丁の拳銃はそれぞれ同じような姿になっていた。遠目からじゃどこがどう変わっているのか詳しく分からないけど、一回り大きくなっている気がするから、その分口径も大きくなっているのか?
それにしても、よくあんな大きい銃を小さい手で持てるな。撃ったら反動で腕が吹っ飛びそうな気がするんだけど、大丈夫なんだろうか。
「篠宮、ちょうどいい所に居た」
エレナの具現魔装を観察していたら、突然話しかけられた。
驚いて声が聞こえた方向に視線を向けると、そこに居たのは吾妻先生だった。反射的に背筋が伸びる。
「あー、そんな固くならなくていいって」
いや、そう言う訳にはいかんでしょうよ。こちとら変な事を言ったら命がなくなるんだから。
「えっと、僕に何か用でしょうか? 仕事ならちゃんとやってますけど……」
「別にウェイターの仕事なんて適当でいいわよ」
よくないだろう。一応仕事なんだから。
というかこの先生……適当すぎやしないか。今さらだけどさ。
「お前にちょっと頼みたい事があるんだよ」
ニヤリと、艶やかに笑みを作った。
これは絶対にまともな事じゃなさそうだな……。
直感がそう告げている。
「はぁ。あの……どうして僕なんですか?」
「そこに居たから」
適当すぎるっ!? もうちょっとこう……なにか理由があってもよくないか!?
「んー? 文句でもあるのかな、篠宮め」
「いや、ないっす……」
文句言ったら最後、どうなるか分かったもんじゃないからな。
「うんうん、素直でよろしい」
満足げに頷きながらも含み笑いは消さない。
僕が何を考えているのか見透かされていそうで……なんだか嫌な気分だな。
「それで頼み事っていうのはだな。旧校舎にある物置――じゃなかった、第5魔典研究室って所があるんだけど、その準備室にある魔典を取ってきてほしいんだよ。歓迎会のクライマックスで使うはずだったんだが持ってくるの忘れててな。あ、第5魔典研究室って場所分かるか?」
「まあ、なんとなくは……」
「分かんなくても行けば分かる。頼みの魔典も行けば分かるから心配すんな。歓迎会終わるまでに持って来いよ?」
「じゃ、よろしく」と一方的に話を終わらして、吾妻先生は僕から離れていった。
拒否権がなかったとはいえ、面倒な事を引き受けてしまったな。旧校舎――第5魔典研究室なんてここからどれぐらい離れてると思ってるんだ。……実際分からないけど。
「というか、持ち場って勝手に離れていいのか?」
聞くべき相手が居ないから呟く形になってしまった。まあ、いいんだろうな。何か文句言われても先生のせいにできるし。
溜息をついて、チラリとパフォーマンスをやっている方へと視線を向ける。鳳さんとエレナはまだそこに居て、新入生に囲まれて楽しそうに話をしていた。
視線を外して周りを見渡して、マリアさんを見つけた。忙しそうに自分のやるべき仕事をこなしている。
誰かに言ってからにしようと思ったけど、そんな余裕のある人は居なかったようだ。
もう一度小さく溜息をついて、僕は旧校舎に向かう事にした。
他の話よりも長くなってしまったのはどこで切るのかが分からなくなった訳ではなく、たんに書きたい事を書いて、さらに読み返し書き足しを繰り返した結果です。
……いつのまにこんな長く? ってまあ、みなさんが長いと感じるかは分かりませんが。
次回は久々にバトルが入ります。……たぶん。
簡易キャラプロフ
鼎遥
年齢:15
身長:146
一人称:わたし
ランク:E
魔法学院騎士科に通う1年生の少女。
性格は優しく穏やか、引っ込み思案でもある。
精霊を使役する事ができる精霊術を扱える才能を持つ。反面、一般魔法は不得意。
使役する精霊は水属性の猫のメリー。