第4話 逃げ出したい思いでいっぱいでした
相変わらずサブタイトルが適当な気が……4話目で言うような事じゃないですかね
鳳さんのクラスと実技の授業が一緒の時間らしいエレナの話によると、彼女は細剣を使った素早い剣術を得意とするらしい。それに加えて炎の元素魔法もだ。それぐらいの情報はもう知っていたんだけど、得意げに話すエレナの話を止める気にはならなかったからそのまま聞いてしまった。模擬戦には直接関係はないけど、鳳さんが武術で名のある名家だという事は知らなかったけど。
武術で名のある名家出身という事は、僕と同じように自分の技には誰にも負けない自信があるんだろう。その上で魔法も使いこなせるんだから、善戦どころか何もできずに終わってしまいそうだ。
それでも何とか勝機を見出そうと、僕とエレナは夜、学院の中庭で自主練をする事になった。事前に約束していた自主練が、まさか対鳳さん対策になるとは思わなかったよ。
「さあ、静流くんっ。さっそく始めましょう!」
カチャリと音を立てて取り出したのは2丁の拳銃。片方が銀色でもう片方が黒だ。銃に関してはあんまり詳しくないから性能とかは分からないから何とも言えないな。ともかく、あれがエレナのメインウェポンなのだろう。
「あのさ……魔法障壁の使用申請ってしてあるの?」
「してませんけど、どうしてですか?」
エレナの返答に僕はうなだれそうになった。
魔法障壁とは魔法で作り出された特殊な空間の事で、その空間内に居ればどんな事があっても怪我・致命傷を負わないという、模擬戦には欠かせない設備だ。僕が昨日、実技授業で気絶で済んだのもこれがあったからだ。とはいえ怪我を負わないというだけで、斬られたり撃たれたり、魔法をくらえば当然ダメージとして痛みは感じる。これに耐えられないで学院を去っていく新入生も毎年居るほどだ。
より実戦に近い環境で戦う事を目的としているんだから、それも当然と言えば当然だろう。実際に戦闘にでもなったら生と死を懸ける事になるんだ。今の内からダメージに慣れておかないとなんだろう。
……でも、今は命懸ける場面じゃないはずだ。
どうして自主練で魔法障壁なしで拳銃相手にしないといけないんだよ。普通に死ぬよ?
「あ、だいじょうぶですよ。実弾入ってるはずないじゃないですか。ちゃんと模擬弾ですから」
僕の心配事が伝わったのか、エレナが笑顔を浮かべながら弾倉から弾を取り出して僕に投げてきた。手に取ると、たしかに模擬弾である。
いや、でもさ……これでも頭に当たったら痛いだろうし、場合によっては出血もあり得る気がするんですけど?
「これぐらい避けられなければ鳳さんに勝つなんて万が一にもありまあせんよっ! それとも、拳銃の弾を見切れないのに剣術に自信があると言いますか?」
ふくれた様子でエレナが言ってきた。その言い方に僕も思わずカチンと来てしまった。だから、いつの間にか『健闘する』から『勝利する』に変わっていた事にはツッコまない事にした。というか、剣術に優れているからと言って銃弾を避けられるとは限らない気がする。
とはいえエレナの言う事はもっともだ。鳳さんの速さがどれほどのものかは知らないけど、少なくとも銃弾を見切れなんければ彼女の剣術は見切れないのかもしれない。エレナがこんなに言うんだしね。
それに速さなら僕も負けるつもりはない。烈華蒼月流は速さが売りでもあるんだから。
「分かったよエレナ。全部避けるか叩き落とす」
ピンッ。弾を投げ返しながらそう宣言する。できない――とは思わない。
返された弾を受け取ったエレナは満足そうに頷いた。弾倉に詰めなおして僕から離れた。ある程度距離を空けるのが学院での模擬戦のルールでもある。不意打ちという戦闘開始法もあるけど、2年生じゃほとんどやらない。
と思ったら、ある程度離れたところでエレナが戻ってきた。そしていきなり頭を下げられた。
「あの……静流くんをやる気にさせるためとはいえ、先ほどは失礼な事を言ってしまいました。ごめんなさい……」
「失礼な事って……もしかして銃弾を見切れない云々(うんぬん)のこと?」
さっきカチンときた言葉だろうと思い聞いてみると、エレナはコクリと数回頷いた。僕を見上げるエレナの表情は不安でいっぱいに見えた。
なるほど。あれは僕をやる気にするためにわざと言ったのか。しかもそれで僕が気分を害したかを気にしてこうやって謝りにくるなんて。
「別にいいよ、気にしてない――って言うと嘘になるけど、エレナの言う事は正論だろうから」
「……怒りました?」
「怒ってないよ」
「……お友達、ですよね」
「そうだよ」
「……そうですか」
ホッとしたようにエレナは安堵の息をもらした。同時に、小さく「よかったです」と聞こえてきた。
そんな……いちいち僕の顔色なんか窺わなくてもいいのにな。まるで僕が心の狭い人みたいじゃないか。
無意識に僕は、エレナの頭の上に手を置いていた。そのまま撫でるように手を動かす。手のひらに感じるサラサラとした感触が心地いいと思った。
「はわわっ。なにするんですかっ」
「ごめん、なんとなく」
「なんとなくで女の子の頭を撫でちゃダメですっ」
顔を赤くして顔を逸らした。
怒られてしまった。まあ、そりゃ怒るか。さすがに今のはデリカシーに欠けた行動だ。これじゃ僕の方が嫌われかねないな。気をつけよう。
「さて、それじゃあそろそろやろうか」
「にゃ、なにをですかっ」
自分の頭に手を置いてぶつぶつと何かを呟いていたエレナが、なぜか僕の言葉に過剰に反応した。どうしたんだろう、いったい。心なしか耳まで真っ赤になっている気がする。
「なにって、特訓だよ。時間もなくなっちゃうし」
「そ、そうですよね。特訓、ですよね。さ、さぁ、そうと決まればやっちゃいましょう!」
なにを慌ててるんだ、エレナは?
まあ、聞いても教えてくれなさそうだし、気にしないでおこう。それがきっと平和的解決なはずだ。
今度こそ2人距離を置いて対峙する。2丁の拳銃を構えるエレナの雰囲気が鋭くなった。さっきまでの少し天然を感じさせるような可愛らしい女の子と同一人物とは思えなかった。
これは……僕より強いとは思っていたけど、もしかしたらかなりの使い手なのかもしれないな、エレナは。油断せずに初めから全力でぶつかった方がよさそうだ。
初めに動いたのは僕だった。近接系統の武器なんだから当然といえば当然か。さっそく距離を詰めるために、地面を蹴って走り出す。
中~遠距離系統の武器である銃を使うエレナは、もちろん僕の接近を拒むために撃ってくるはずだ。予想は的中。引き金に指がかけられたと思った刹那、それが引かれた。とっさに横に軽く跳んで避けるが、弾は僕の頬をかすめていった。動体視力と瞬発力、反射神経には少しながら自信があるけど、それをフル動員してようやく飛んでくる銃弾が見えるレベルだ。もしかしたら鳳さんの剣技はこれよりも早いのかもしれない。そう思うと背筋が冷やりとした。
続けざまに放たれる銃弾を紙一重で避け、避けきれないものは剣で叩き落としていく。実弾や魔法弾――魔力を込められた銃弾の事――だったら木刀じゃ防ぎきれないだろうけど、模擬弾ならかろうじて防げた。……カシン、バシンッと打ち付けるような音には不安を感じるところだけど。
ほぼすべての銃弾を防がれている事に驚愕を隠せないのか、エレナは一瞬目を大きく見開いた。動きもほんの一瞬だけ止まる。その隙を見逃さずに一気に距離を詰め、勢いそのままに剣を振り下ろす。焦ったような表情を浮かべながらも、上段で2丁の銃をクロスに構えて防ぐ。
すぐさまエレナは右の銃口を僕に向けてくる。が、それと僕が小さく左に跳んでいたのはほぼ同時だった。引き金が引かれた時にはグルリと回転しながらエレナの背後に踏み込んで、遠心力を利用した斬撃を放っていた。
しかしこれも避けられる。先ほど僕の攻撃を防いで重心が後ろにあったはずなのに、前方に飛び込むようにして避けられた。まるでバネで弾かれたようだな。しかも飛び込み前転の要領だったためか、飛び込んでいる最中に数発撃ってきた。驚いたけどちゃんと身体は動いてくれて、飛んできた銃弾は叩く落とす事ができた。
あ、危なかった。まさかあんな体勢で撃ってくるなんて思ってもみなかった。
着地したエレナは間髪を入れずに、踵を返すと同時にエレナから距離を詰めてきた。その行動については驚きはない。銃を使う人でも近接戦を得意とする人は、この学院にもそれなりに居るからだ。
距離を詰めながら銃口を僕に向けて引き金を引く。走りながらであるにもかかわらず、銃弾は僕の右肩へとまっすぐに飛んできている。この時には銃弾の速度にも慣れたのか、よく見えるようになっていたから難なく避ける事が出来た。
避けながらも近づいてくるエレナの姿を認めて、剣を逆手に持ち替える。距離を詰めたエレナが銃で殴るように右腕を突き出してきた。それを左手の掌底で標準を逸らしてから、柄でエレナの腹部を突く。ほぼ同時に後ろに引いた。当たったと思ったけど、とっさに後ろに身を引いていたのかあまりダメージはないように見える。
攻守交代とでもいうかのように、もう一度僕の方から地面を蹴って走り出した。そろそろ決着をつけてもいい頃合いだろう。
エレナも同じ事を思ったのか、攻撃が激しさを増す。変わらずに撃ってくると思っていると、僕が打ち落とした銃弾に銃弾を撃ち、弾き、多方向からの攻撃を可能にしていた。さすがにこれには度肝を抜かれ、弾き返すも数発くらってしまった。
それでも走る速度を緩めはせずに、剣が届く範囲に入った瞬間に思いきり引いた。そして勢いそのままに踏み込んで突きを放つ。
「えっ――」
そんな声が聞こえてきた。
それもそうだ。僕が突き出した右手には、剣が握られていなかったんだから。
エレナは目を見開いて、僕が突きを繰り出すであろう部位に銃をクロスに構えていた。僕の初撃を防いだ構えだ。
剣は僕が構えていたままの状態で宙に浮いている。正確には慣性の法則でその場に残っているだけだ。突きを繰り出した勢いでそのままグルリと回転して、浮いている剣の柄に裏拳で殴りつけて飛ばす。狙いはガードしていない右肩だ。
「きゃぅっ!?」
狙い通りに直撃すると、エレナが悲鳴を上げて地面に倒れた。宙を舞う剣を取ってその首に突きつける。決着の瞬間だった。
「僕の勝ち、かな」
「はぁ……はぁ……そう、ですね……参りましたぁ……」
微笑んでそう言うと、エレナは両手から拳銃を放した。それを確認してから、僕もエレナの隣に座りこんだ。
「それにしても驚きました。あんな近距離で銃弾を避けたり叩いたりするなんて」
10数分休んだ後、エレナがそんな事を言ってきた。
そんなに近距離だったろうか。近接戦闘なら4~5メートルぐらいは避けれないといけない距離だったと思うけど。
「まあ、途中からは銃弾が見えてたって事もあるんだけどね」
「見えてたんですかっ!」
「うん、ハッキリと」
「ハッキリですかっ!?」
そこまで驚く事かな。上級生なら見えて当たり前、むしろ目を閉じていても避けれるんじゃないだろうか。とりあえず、少なくとも鳳さんは避けれるだろうな。
「予想以上にすごいです……剣術もですけど、戦闘センスがとくに……」
「そうかな?」
すごいとか言われるのはいつ以来だろうか。いや、以来じゃないか。そんな事を言われた事なんかきっとなかった。
だから、こう面と向かって褒められるのはあんまり慣れてないから、僕は緩んだ顔を見られたくなくて正面を向いた。
「というか、最後のあれはなんですかっ。剣術ですかっ」
褒められていたと思ったら、いきなりエレナが頬を膨らませて詰め寄ってきた。
最後のというと……ああ、空槌の事か。
「一応剣術だよ。まあ、僕のオリジナルなんだけど」
「……いいんですか、オリジナルって」
「うん。烈華蒼月流は元からある剣技を使えればいいから」
「……その元からある剣技を使ってほしかったです。変な剣技じゃなくて」
なぜだかガッカリされた。ていうか変って言われた。ちょっとショックだ。そんな事を言われるんだったら1つぐらい使っておけばよかった。まあ、使う機会がなかったから使わなかっただけなんだけど。
「エレナもすごかったよ。銃弾を撃って跳ね返してくるなんて思わなかった」
「本当は魔法もプラスしてすごい事になるんですよ。魔法を使っていればわたしの勝ちでした」
いや、そんな事言われても。
でもあれが全力でなかった事は事実だ。魔法学院なんだから、全力は魔法を使ってこそだろう。そういう意味で言えば、僕の勝利とは言えないのかもしれない。
けど、明日はそうも言ってられないのか。鳳さんが魔法を使わないなんて事はないだろう。武家出身の彼女なら手加減は礼儀に反するとか言いそうだしな。
「それで、今日の特訓はどうでしたか?」
「なんというか……久しぶりに全力を出した気がする。いや、出せたの方が正しいかな」
授業じゃ速攻で倒されるんだもんな。みんな魔法を使うから。
「それでも今日エレナと一緒に特訓できたのはよかったよ」
言葉には表せないけど、鳳さんと戦う前に素振り以外の事ができたのはせめてもの救いだと思う。とはいえまだ瞬殺される可能性は高いんだけど。
「ありがとう、エレナ」
「わたしが啖呵を切ってしまいましたから、これぐらいはお安いご用です。……負けたのは悔しいですけど」
意外と負けず嫌いなようだ。
まあ、騎士科の生徒はほとんどがそうなのかもしれない。こんな僕でさえ、負けるのは嫌だと思っているんだから。
それから何度か特訓を繰り返した結果、4戦3勝1敗となったとだけ言っておくことにしよう。
* * * * * * * * * *
翌朝。教室に着いた僕は周りの視線も気にせずに自分の席で机に突っ伏していた。
昨日のあの後のエレナをなだめるのは本当に骨が折れた。何がどうなったとかは詳しくは語るまい。最後の方は「魔法は使いません」とか言っていたのに思いっきり魔法使ってたしな。
でもまあ、1日経ったからなのか1回勝ったからなのか、今朝のエレナはいつも通り笑顔だった。……いつもを語れるほど一緒に居ないけど。
今日の放課後に僕と鳳さんが模擬戦をするという事は、当然というかなんというか、学年全体に知れ渡っていた。直接言ってはこないけど、視線は感じるしヒソヒソと話声も聞こえてくる。
聞こえてきた話によると、『落ちこぼれの生徒が無謀にも主席に決闘を挑んだ』という事になっていた。いつの間にか。本当は鳳さんの方から戦いを申し込んできたんだけど、そんな事を言っても誰も信じないんだろうなぁ。そもそも言う相手が居なかったな。
ブルブルとポケットの中のPDAが震えた。見てみるとエレナからのメールだ。内容は――「きょう学院についたらいつのまにかしずるくんがおおとりさんに血糖をいどんだことになっていました。いつのまにそんなことになっていたんでしょう?」とあった。ほとんどが無変換なのはPDAの操作に慣れていないかららしい。その証拠と言うか、「決闘」が「血糖」になってるし。それにしてもどうして学院はちゃんと変換されているんだろうか。
とりあえず「僕もそれは驚いたけど、あんまり気にしてないからエレナも気にしないでいいよ。あと、血糖じゃなくて決闘だからね。慣れないなら変換しなくていいから」と返信しておいた。
PDAをポケットに入れていると、コホンと咳払いをしながらマリアさんがやってきた。最近はなんか教室で話す事が多い気がする。
「しず――篠宮さん。これはどういう事ですの?」
「え、今なんて言いかけたの?」
「それはいいですから! あなたがどうして鳳さんと決闘する事になったのかを説明しなさい!」
なんか理不尽じゃないか?
とりあえずもうそこは気にしない方がいいのかもしれない。顔を真っ赤にして怒ってるみたいだし。それも少し理不尽ではないかと思うけど。
「どうしてと言われても……すべては僕の失言が原因、なのかな……」
「失言?」
「深くは聞かないでほしいかな……」
まさか剣術では誰にも負けない自信があると言っただけでこうなるなんて、誰も思わないだろう。僕だってまだ、今日の放課後には鳳さんと模擬戦する事に実感がわいていない。
歯切れ悪く言った事を追及してくるかと思ったけど、マリアさんは小さく溜息をついただけで追及はなかった。
「それで、一応聞いておきますけど、勝算はありますの?」
「いや……特には……」
「どうしてそれで挑もうとお思いになりましたの!?」
本当は戦う気なんかまったくなかったんだけどなぁ。少なくとも、自分自身から挑もうなんて思うはずがない。最終的に自分で戦うとは言ってしまったけど。それを思い出すと自然と溜息が出てくる。
「これだけは言わせてもらいますわよ」
「な、なにかな……?」
顔をグイッと近づけてきて僕を睨んできた。ふわりと柑橘系の香りがしたような気がして、反射的に顔を逸らした。
「無様に負ける事は許しませんわよ」
「へ?」
予想外の言葉に逸らした顔を戻して――マリアさんの赤い顔を見てすぐにまた戻した。思ったよりも近かったから、マリアさんを直視できなかった。エレナと言いマリアさんと言い、どうして美少女はこうやって詰め寄ってくるんだろうか。2人が特殊なのか?
って今はそれはいい。マリアさんの言葉が意外すぎた。もしかしたら遠まわしに応援してくれているのかも――、
「あなたが無様に負けでもしたら、ペアを組んでいるわたくしまで恥をかいてしまうかもしてないでしょう?」
と思ったけど、やっぱりそんな事はないようだ。というか、僕が言うのもなんだけどそれはもう手遅れではなかろうか?
「なるべく、善処するよ……」
他にどう言えばいいのか分からなくて、言葉に出たのがそんな事だった。それを聞いたマリアさんはもう一度きつく睨んで自分の席へと戻っていった。
深く溜息をついて、教室内がざわざわと騒がしい事に気づいた。どうせさっきのマリアさんとの会話が原因だろう。いちいち気に留める必要はないから僕はまた机に突っ伏した。
勝算なんかあるはずない――というかそもそも勝とうだなんて思ってもいない。初めから力の差が分かっているだけに、そこだけは冷静になれている。肝心なのはどうやって負けるかだろうな。エレナが言っていたように健闘できればそれでいいと、僕自身も思っているから、きっとそれでいいんだ。健闘できるように頑張ればいい。
そしてこの期に及んでも、どうしてこんな事になってしまったんだろうとは思わずにはいられなかった。
午前最後の座学の授業は教室を移動する授業だった。座学の授業でも魔法学と言って魔法に関する授業もあるけど、ほとんどは普通の学校と変わりはなく、普通に現国やら数学、世界史や物理といったような授業を行う。そして次が化学の授業で実験らしい。
移動中、午前は実技授業をやっているはずのエレナが階段を上がってきた。そして僕はその姿を見て目を疑った。
実技授業での服装は特に決まっている訳でなく、各自が自由に動きやすい恰好で行う事になっている。だいたいが動きやすい服装の代表として体操服や、実は防弾や防刃など――様々なものの耐性に優れている学院指定の制服を着ている。
エレナが着ているのは前者の体操服だろう。……ただし、大昔のブルマなるものだった。上は普通の体操服のものとおそらく変わりはしないんだろうけど、下はほとんど下着と同じじゃないのかあれは? ほっそりとした綺麗な白い足に、つい視線が向かってしまう。ダメだと思うのに……どうしてかあの太腿に……。
「静流くん、こんな所で何をしているんですか?」
「えっ、いやっ、別に何でもないですよ!?」
そんな僕の視線に気づいていない様子のエレナは、いつもの笑顔で話しかけてきてくれた。それを見てさらに罪悪感が増す。サッと顔を逸らした。
僕の慌てようが不思議に思ったのか首を傾げたけど、幸運な事に追及はなかった。ごめんよ、エレナ。悪気はなかったんだよ……つい出来心だったんだよ。一応心の中で謝罪をしておいた。
「えっと……エレナはいつも実技ってその恰好なの?」
だというのに僕はなぜかそんな事を聞いていた。いや、だって気になるじゃないか。大昔の体操服をどうして着ているのかとか。
「そうですよ。というか、この体操服、けっこうみなさんに人気なんですよ」
「え˝っ」
これが……人気なのか? 別に悪い訳じゃないけど……いや、男子にとっては目に毒なのか? 他の男子がどう思っているのか知らないから分からない。
それにしてもみんなに人気って、僕のクラスの人は着ていた記憶はあまりない。僕が意識して見ていないからかもしれないけど、少なくともマリアさんはブルマではなく制服だったはずだ。
「この服装がどうかしたんですか?」
「何でもないっ! 何でもないからっ!」
首を傾げてきたエレナに、思わずそう叫んでしまった。慌てて顔を逸らした。身長差のため少し見下ろす事になるんだけど、今のエレナを直視するのは少し恥ずかしい。どうして僕はこんな可愛い女の子と話しているんだろうかと、だんだん混乱してきた。
――けど、顔を逸らした先、偶然グラウンドが視界に入って、そこで今まさに戦闘を開始しようとしていた2組を発見した。しかもその一方には鳳さんの姿があった。ちなみに言っておくけど服装は制服でした。別にガッカリはしていない。
2組が距離を取って、模擬戦が開始された。刹那――炎が生徒1人を吹き飛ばし、魔法障壁の外へと投げ飛ばされていた。一瞬の出来事だった。それをやったのが鳳さんと気づく頃には、すでに模擬戦は終わっていた。
なんだ、今のは……。戦闘が開始した瞬間に、鳳さんが突進突きをしたように見えた。遠めだった事もあってハッキリとは見えなかったけど、だいたいそんな感じだったはずだ。
「さすがですね、鳳さんっ」
エレナも今の戦闘を見ていたらしく、声を弾ませてそう言った。
「うん。強いね、鳳さんは」
僕も同意するように頷く。あんな人と今日、放課後に戦わないといけないと思うと気が重くなった。見なきゃよかった。
「鳳さん、あの技を毎回使うんですよ。ほとんど――というか、避けれる人はまず居ないので、それでほぼ決着がついてしまうんですよ」
「……毎回?」
本当に毎回使うなら、もしかしたら僕との模擬戦にも使ってくるのかもしれない。とはいえ、それが分かっていてもあんなものを避けれるとは思えない。エレナの話では誰も避けた者が居ないらしい。
それも納得できる事だ。ほとんど初動がなかった。一瞬だけ剣を引いたけどそれだけで、始まった瞬間に突進していた。しかもその突進は目にも留まらない速さ。静止から突進に一瞬で加速していた。避けれるとしたら、来ると分かっていてさらに相手よりも早く動かねばならない。
回避と言う二文字。それを僕に強要している。あんなもの、当たったら最後そこで試合終了だろう。
もちろん防御なんて案は却下だ。僕の魔力がのらない防御じゃ簡単に貫かれる。
「静流くん」
いきなり名前を呼ばれてエレナの方を向いた。やっぱり今のエレナの服装は見慣れなくて直視できずにもう一度グラウンドの方を見やる。すでに他の2組が模擬戦を始めていた。
「静流くん」
もう一度名前を呼ばれた。そのまま言葉が続くと思ったのにどうしたんだろう?
視線だけを向けてみると、なぜか頬を膨らませていた。
「無視しないでくださいっ」
「痛いっ! ちょっ、エレナ!?」
グイッと逸らしていた顔を無理やりエレナの方に向かされた。僕が顔を逸らしたのを無視と解釈したのか、エレナは。
というか無理やりはやめてほしい。首が……首が痛いよ……。
「落ち着いて、無視はしてないから!」
「じゃあどうしてこっち向いてくれないんですかぁっ!」
「いや、それはその……」
まさかエレナのその服装が原因とは言えまい。
「もういいです。そろそろ授業が始まる時間ですので。それではまたお昼休みにっ」
なんと言おうか言葉を探していたら、ジト目を向けて最後にむくれながら去っていった。
もしかしたら僕は他人を無意識のうちに怒らせるような類稀なるスキルでも持っているんだろうかと、その後ろ姿を見送りながら僕は小さく溜息をついた。
ゆったりと進んでおります。次回は静流と鳳さんの決闘になりますね。1話丸々になるかは微妙ですが。
そしてこれから更新が遅くなるかもしれないです。リアルの方で学校が忙しくなりつつあるので……。
できるだけ更新するように頑張りますけど。
簡易キャラプロフ
マリア・フローリア
年齢:17(現時点)
身長:161
一人称:わたくし
ランク:C
魔法学院に通う、容姿から口調までがお嬢様然としたお嬢様。
性格はキツメ。思った事はズバリと言うタイプ。ツンデレ(デレる日はくるのか)。何かと静流に突っかかる。
騎士科に所属しており使用武器は大弓。得意魔法は元素系統の風と操作系魔法。