第3話 誤解
そんな訳で第3話です。正直もうサブタイトルを迷い始めました。ネタが……。
キャラの立ち位置も微妙なままですが、どうぞ生温かい目で見てやってくださいな。
「今日は気絶しませんでしたのね」
「……さすがに毎日する訳にもいかないよ」
午後の実技授業――模擬戦闘を何とか乗り越えて、僕はマリアさんと教室に戻る途中だった。
いつもならマリアさんは僕と一緒に教室に戻るなんて事はしないんだけど、今日に限ってはなぜか積極的に話しかけてきて、こうやって珍しく僕の隣を歩いていた。すれ違う生徒が次々に視線をこちらへ向けてくる。今朝と同じだった。マリアさんもエレナと同じように有名だから仕方がないとはいえ、僕の疲労は溜まっていくばかりだ。
それでもそんな今日はこれで終わりだ。昨日みたいなペナルティはない。早く部屋に帰ってゆっくり休みたい。夜は自主練で、しかもエレナも一緒なんだから、休みすぎて悪いなんて事はないだろう。
「あれは……なんの騒ぎですの?」
言われて――たぶん僕に言った訳じゃないだろうけど――前を向くと、僕達のA組の教室の前に人だかりができていた。しかも奇妙な事に、人だかりができているのにまったく騒がしい様子はない。むしろ空気が張りつめている感じだ。とはいえ重苦しい感じでもなく、これは――憧れている人が目の前に居るような、そんな感じだ。僕が父や兄に感じるているものと同じだと思う。
そして、人だかりの中心に居る人を見つけて、僕はこの状況を納得した。
「鳳さん? どうして彼女がここに?」
声を出して驚いたのは横に居たマリアさんだ。僕だって少なからず驚いてるけど。
騒ぎの中心に居るのは赤髪ポニーテールの美少女。その名を鳳紅葉という。彼女はたしかこの2学年の首席だ。つまりこの学年で1番強い生徒となる。戦う姿は見た事ないけど、聞いた話によると炎を操る魔法を得意とする細剣使いだとか。
まあそれはさておき、マリアさんの言う通り、どうして鳳さんがA組を訪れているんだろうか。というか、人だかりのせいで教室に行けない。
「あっ、静流くん。見つけました」
「エレナ、どうしたの?」
どうやって教室に行こうかと思っていたところで、エレナが鞄を持ってやってきた。どうやら僕を探していたらしい。人だかりに居ないでよかった。
それはそうと、よく分からないけどマリアさんが横で俯いて何かをぶつぶつ言い始めたんですが。なんだろう……すごく怖い。
「一緒に帰ろうと思いまして、校門で待つぐらいならいっその事教室に行ってみようかと思ったんです。そうしたらこの人だかりで……どうしたんでしょうね、鳳さん」
チラリと身を横にずらして鳳さんを見やった。僕もエレナの視線を無意識に追って――ある事に気がついた。
鳳さんに向けられる視線とは別に、僕達――というかエレナとマリアさん――に向けられている視線がある事に。
「アリュシフェーリさん、よろしいかしら?」
「は、はいっ、なんですか?」
不意にマリアさんがエレナに声をかけた。威圧感を感じたのかビクリと身を震わせて身体をちぢこませた。まるで小動物のようだ。
「あなたと篠宮さんがその……友人関係にあるのは本当ですの?」
この人……まだ信じてなかったんだ。そんなに意外性のある話題なのか、これは。他の生徒はもうほとんどが話題に出していないっていうのに。
質問が意外と思ったのか、エレナは少し驚いたような表情を浮かべて、それから微笑んで答えた。
「はい。わたしと静流くんはお友達ですよっ」
エレナ本人がそう言ったんだから、これが嘘ではないと証明できたも同然だろう。
そう思ったけど、マリアさんは顔を真っ赤にしてとんでもない事を口走った。
「お……男と女の関係ではなくて?」
「なっ!?」「はわっ!?」
僕とエレナの声が重なった。顔が赤くなるのを感じて反射的に横のエレナに視線を向ける。エレナもちょうど同じように僕を見てきていたので、それでよりいっそう顔が赤くなるのを感じた。エレナなんかもう耳まで真っ赤だ。僕もそうなのかもしれない。
それにしてもいきなり何を聞いてくるんだこのお嬢様は。しかもこんな……ちょうど人がたくさん居るこの廊下で……。他の人に聞かれたらあらぬ誤解が立ってしまうじゃないか。
「ま、マリアさん……どうしてそんな事を……」
「篠宮さんは黙っていて! 今はアリュシフェーリさんに聞いているのですよ! さあ、どうなのです!」
もうこの人も自棄なのかなんなのか、声を大きくしてエレナに詰め寄った。顔を真っ赤にした美少女が2人、近距離で見つめあっている。見る人が見ればちょっとアレな絵かもしれない――って僕は何を言っているんだろうか……。
「はっ、はわわっ」
エレナはエレナで、顔を真っ赤にして両腕をパタパタ。身振り素振りで慌てているという事が伝わってきた。そんな彼女を見て、僕は自分が落ち着いてくるのが分かった。自分よりも慌ててる人を見ると冷静になれるって、本当の事なんだな。でも僕は彼女を助ける事はできない。マリアさんは僕の話を聞こうとしてないからだ。
だからエレナ、自力でこの場を乗り切ってくれ。そして気が動転しすぎて変な事を口走らないでくれ。
「わっ、わたしとっ、静流くんはそのっ、おおおお友達として健全なお付き合いをですねってお付き合いってそういう男女のそういうものではなくてあくまでお友達としてでして仲良くやっていこうじゃありませんかと本日お日柄もよき日に交わした約束でありましてですねっ」
なんか同じ事を繰り返している感じがする上に、内容が意味不明だ。しかもそんな約束があったか覚えがないんですけど。いや、仲良くはしていきたいけどさ。でも、これならマリアさんも分からないはずだ。
「つまり、別にお付き合いしている訳ではありませんのね!?」
「そ、そうですぅっ! 静流くんごめんなさいですぅっ!!」
マリアさんの一言で、エレナが力強く頷いた。そしてなぜか謝られた。
これはなんだろうか。僕は何も言っていないのに、なぜかエレナに振られた感じだ。……なんだこれ?
エレナの言葉を聞いたマリアさんは、顔を赤くしながらも満足したような表情を浮かべた。なにが聞きたかったんだろうか。というか、そもそも僕とエレナが付き合ってるってどこからそんな話が出たんだろうか。
「それならいいのです。そう、お友達なんですわね」
よく分からないけど、お友達というその言葉を強調して、どこか嬉しそうに教室の方へと歩いて行った。
脚気にとられて彼女を見送ってから我に返り、ようやく落ち着きだしたエレナに声をかける。
「大丈夫、エレナ?」
「は、はい……だいじょうぶです。……わたし、変な事言ってませんよね?」
自分が言った事が記憶にないとは……それだけ必死だったのか、あの質問に答えるのは。とりあえず大丈夫だったと伝えると、エレナは大きく息を吐いた。僕としては謝られた理由が知りたかったけど、たぶん答えてはくれまい。
「居ました! あの男子生徒がその……学院の汚点です!」
不意にどこからかそんな声が聞こえた。
そうだった……ここ人があふれかえってたんだった。さっきのマリアさんとエレナの会話筒抜けだったじゃないか……。まあ、聞かれたところで傷を負うのは僕だけなんだけどさ。
っていうか、名前が出てこなかったからって学院の汚点呼ばわりはひどくないか。どこの誰だよ、そんな事を言うやつは。
そう思って声が聞こえてきた方向を向くと、すぐそこにいつの間にか鳳さんが立っていた。そういえば鳳さんもこの廊下に居たんだった。そもそも廊下に人だかりができている原因がこの人な訳なんだけど。
偶然なのか彼女が自らその立ち位置を選んだのか、僕と鳳さんは対峙するようになっていた。威圧感というべきか、思わず後ずさりしてしまいそうになる。
「こいつですよ鳳さん。魔法の使えない学院の汚点は!」
言ったのは鳳さんの横に居た取り巻きの少女。ご丁寧に僕に指を差していた。
鳳さんが僕を見据え、考えるように腕を組んだ。
「……君が学院の汚点と呼ばれている、篠宮静流か?」
「人違いです」
顔を逸らして答える。さすがに『学院の汚点』と言われて「はいそうです」と素直に頷きたくはない。このまま知らん顔を通して教室に行きたい。
「鳳さん、いきなり静流さんに失礼ですっ」
だというのに、エレナがわざわざご丁寧に僕の名前を鳳さんに突き出していた。
学年主席に何を言われるんだろうと半ばビクビクしていると、鳳さんは小さく頷いた。
「ふむ、たしかにいきなり汚点などと言われれば気分を害するか。すまないな、篠宮君」
「い、いや……それは別に」
「そうですよ! 鳳さんが謝る必要なんかありません!」
この取り巻きは僕に何か恨みでもあるんだろうか。まあ、見ず知らずの人からの罵倒は慣れてしまっているから気にはしないんだけど。
「それにしても珍しい組み合わせだ。あの名家と言われるアリュシフェーリ家のご令嬢と、魔法の使えない問題児が仲良さそうに並んでいるとはな。アリュシフェーリさんはどうしてここに? 私の記憶が正しければ、アリュシフェーリさんのクラスはここではなかったはずだが?」
「静流くんと一緒に帰ろうと思って来ただけですっ」
少しふてくされたようにエレナが言った。もしかして、僕が汚点呼ばわりされたから怒ってくれたんだろうか。それなら……ちょっと嬉しいかもしれない。
エレナの言葉に取り巻きが目を見開いて驚いていたけど、それは見なかった事にした。
「そうか……それなら、早く本題に入ろうか、篠宮君」
「本題? って、もしかして僕を探してわざわざA組まで来たんですか?」
「そう、君に用があってきたんだ」
こんな綺麗な人に「君に会いに来た」とか言われたら、普通はドキッとするところだろう。僕も実際、彼女から威圧感を感じなければそうなっていたはずだ。
威圧感は僕しか感じていないのか、エレナと取り巻きを含めて周りの生徒はその言葉を勘違いして受け取ったのか、色めき始めた。きっと誤解はすぐに解けるだろうから、僕は何も言わずに鳳さんの言葉を待った。
「君は今日の昼休み、私に勝てると言ったそうだな?」
「……………………はい?」
何を言ったのか、一瞬理解できなかった。
僕が鳳さんに勝てる? 誰だそんな事を言ったのは。少なくとも僕が言うはずがないじゃないか。相手は学年主席だぞ。勝てるはずがない。万が一にもだ。
「ちょっ……待ってよ。僕はそんな事言った覚えは――」
「しらばっくれても無駄よ。昼休みにあなたがそういった事は、ちゃんとファンクラブの人が聞いているんだから」
ファンクラブって……そんなものあったのか。取り巻きが居るくらいなんだからあってもおかしくはないけどさ。
ってそれはどうだっていい。問題なのは言っても居ない事をどうして僕が言った事になっているのかだ。
「……それって、本当に僕が言ったの?」
「と私は聞いたんだが?」
「間違いないです」
どうも鳳さんは言葉通りに信じてはいないようだ。それがせめてもの救いか……。それにしてもやっぱりこの取り巻きさん、僕に何か恨みでもあるんだろうか? 即答してるもんな。
とにかく、昼休みの事を思い出してみる。昼休みは僕はエレナとしか話していないから、誤解が生まれるとしたらそこしかない。
「そんな事言ったっけ、僕」
唯一僕が言っていないと証言してくれるエレナに問いかける。首を傾げると何かに気がついたようにハッとなり力強く頷いた。なんだこの反応。
「そこはかとなく似たような事は言っていたような気がしますっ」
弁護どころか肯定してしまった。どうしよう、この場に僕の味方は居ないのか……。いや、この場に限らず味方なんか居なかったんだけどさ。
もう一度思い返してみる。似たような事……言った……かなぁ。たしかに剣術なら誰にも負けない自信はあるって言ったけど、それがどうして『学年主席に勝てる』に変換されるんだろうか。というかそれが原因なのか?
鳳さんはエレナの言葉を聞いて、なぜか嬉しそうに頷いた。
「そこで篠宮君。私と模擬戦をしないか?」
「模擬戦……?」
「私はこれでも2学年の首席。もちろんそれで満足はせずに日々強くなるために訓練をしている。少なくとも進級試験の時よりは強くなっているはずだ。しかし、君はそんな私に勝てると、少なくともそれに似た事を言った。君に強さを期待してもいいのだろう?」
腕を組みながら、鳳さんは不敵に笑った。思わず後ずさりをしてしまう。
強さを期待って……この人は知っているはずだ。というかさっき取り巻きさんが言ってたじゃないか。僕が『魔法の使えない学院の汚点』だって。それなのにどうしてこんな事を言ってくるんだよ。
仮に戦ったとしても勝てるはずがない。剣術――武術だけなら勝つ自信はある。だけどこれは魔法学院の模擬戦闘。当然魔法の使用は認められている。使えない僕が主席に歯が立つはずがない。恥をかきに行くだけだ。
ここは断ろう。取り巻きさんに腰抜けとか罵られる気がするけど、それでも今なら恥はここだけで済むんだから。
「悪いけど断ら――」
「受けて立ちましょう」
「――せて……って、ちょっ、えぇぇっ!? エレナなに言っちゃってんの!?」
というかどうしてエレナが答えてるのさ!?
鳳さんもまさかの介入に驚いているじゃないか。これは少し珍しいものを見れたけど、代償があまりにも大きすぎる。
いつの間にか鳳さんと向き合っていたエレナがクルリと僕に振り返った。その表情は真剣で、なぜか気合が入っているように見える。君が戦う訳じゃないんだよ?
「静流くん、これはチャンスですよっ」
「なんのだよ!?」
思わず声を荒げてしまう。けどここは怒ってもいいところだ。友達だからってすべてを寛容に受け入れる訳じゃないんだから。
けど、エレナが僕の両手をとってきて、僕は固まってしまった。小さく柔らかい手が、僕の両手を包んでいる。それはとても、現実味がなかった。手を伝う体温だけが、これを現実だと教えてくれていた。
いつの間にか僕は、落ち着きを取り戻していた。
「ここで鳳さんを相手に健闘できたなら、きっとみなさんの静流くんへの見方が変わるはずです」
語りかけてくるように、諭すように、優しくエレナがそう言ってきた。
「見方が変わる」。昨日は言わなかった、今日も話題には出さなかった、僕の学院での評価。もともと知っていたのか、ここで初めて知ったのかは分からないけど、エレナは僕の評価を変えようと思ってくれていたのか。
たしかに学年主席相手に健闘できたら、風当たりは確実に良い方向へと変わると思う。少なくとも、もう罵られるような事はないはずだ。
でも……それでも、もし無様に負けでもしたらと考えると、どうしても戦う気にはなれない。
「だいじょうぶです。静流くんならきっと……」
僕の考えている事を見透かしたように、エレナは微笑んだ。途中で言葉を切ったのはどうしてだろう。その先はどう続くんだろう。「きっと勝てる」と言ってくれたのだろうか。それとも、善戦できると励ましてくれたのだろうか。自分が言った事を後悔し始めているのか。
どちらにしても現金なもので、大丈夫と言われただけで、もうそのあとの事がどうだっていい気がしてきた。罵られるなんて今さらだ。それが今よりもひどくなろうと、エレナは僕を友達と思ってくれるだろうから。独りじゃないならきっと、ひどくはないから。
コホンと鳳さんが咳払いをした。エレナが顔を赤くして手を放す。ここが廊下でみんな見てるって事を忘れていたらしい。まあ、僕も今のが見られていたと思うと少し恥ずかしいとは思うけど。
「それで、どうするのかな? さっきはどうしてかアリュシフェーリさんが答えてしまったけど、君自身の答えを聞かせてもらおうか」
再度問われて、僕はエレナを見る。まだ顔が赤かったけど、僕の視線に気づくと小さく頷いてくれた。
僕は小さく深呼吸して、まっすぐに鳳さんを見やった。
「模擬戦、受けて立ちます」
言った瞬間、廊下が騒がしくなった。いや、さっきから騒がしかったのかもしれないけど、気づいたのは今この瞬間だった。鳳さんも僕の返答に満足したらしく笑みを浮かべた。
「ありがとう。それなら今から……と言いたいところだが、さすがにそれでは急すぎるだろう。だから模擬戦は明日の放課後、という事でどうだろう?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。では明日の放課後、第2訓練所に来てくれ。設備使用の申請は私がやっておく」
「わかりました」
「それでは、楽しみにしているよ」
最後は笑顔で鳳さんは去っていった。同時に、取り巻きさんが僕を睨んでいった。それはスルーしておこう。
鳳さんが去った事で、廊下に集まっていた生徒たちは騒がしくありつつも解散していった。去り際に僕をチラチラと見ていた人がたくさん居たけど、誰も僕に話しかけようとはしなかった。朝と同じなんだろうな。僕とはあまり関わりたくないらしい。
「がんばってくださいね、静流くんっ!」
にこやかに応援してくるエレナを見て、僕は小さく溜息をついた。
そして冷静に思い返してみる。
……なんて事を言ってしまったんだろうか。まさか主席の鳳さんを戦う事になるなんて、数日前じゃ思いもしなかった。今でもこれが夢なんじゃないかと思ってしまう。というかそう思いたい。
だがしかし、これが夢でない事を周りの生徒の騒がしさと、なによりエレナのにこやかな笑みがそれを語っているような気がして、僕はまた大きく溜息をつくのだった。
新キャラ登場。一応メインキャラです。
それと言っておきますが、未だに男キャラが主人公の静流だけですが、この作品は別にハーレムとかそういうのは狙ってませんのであしからず。
簡易キャラプロフ
エレナ・アリュシフェーリ
年齢:16(現時点)
身長:150
一人称:わたし
ランク:B
魔法学院に通う名家のお嬢様。
性格は優しく天然。慌てだすと息継ぎもせずに一気にしゃべりだす。
騎士科に所属しており使用武器は2丁拳銃。得意魔法は元素系統の雷。拳銃の腕は相当で、跳弾を利用した技が得意。