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アルカナム・ギア  作者: 枯葉 木葉
1章:兆しの蒼刀 (変わる日常編)
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第1話 闇夜の出会い

 あらすじにも書いた通り、世界観は分かりづらいかもしれません。

 それと題名はほとんど思い付きに等しいので、もしかしたら今後変わる可能性もあります。

 遠くから金属と金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。視界が開けると青一色が広がっていて、背中には冷たく固い感触。少しして、自分が今地面に仰向けに横たわっている事に気づいた。

 どうして倒れているんだろう。その答えもすぐに出た。授業中に・・・・しくじって気絶したんだ。遠くから聞こえてくる金属音がその証拠だろう。

 起きようとして、ズキッと頭に鈍い痛みが走った。そうとう強く打たれたみたいだ。死んでしまう危険性はないけど、ダメージはかなり大きいらしい。


「まだ気を失っているのかしら。やっぱり今すぐ治癒魔法を施していただいたほうが……」


 痛みをこらえて目を閉じていると、頭上でそんな声が聞こえてきた。誰だか分からないけど気絶した僕を心配してくれているらしい。

 まず思ったのは純粋に驚きだった。僕みたいな落ちこぼれを心配してくれるような物好きな人も居るんだなと。しかし、そう思った矢先、頭上の声に聞き覚えがあるような気がした。

 ゆっくりと目を開けてみる。視界に入ってきたのは先ほどまで見えていた青空ではなく、真っ白なブレザータイプの制服を着た金髪碧眼の美少女だった。ずいぶん距離が近い。どうやらしゃがんで僕の顔を覗き込んでいたらしい。思わず目が合ってしまった。少女は僕と目が合って一瞬慌てたように見えたけど、すぐに立ち上がり僕を見下ろしてきた。その拍子に学校指定の短いスカートが少し揺れて、その中が見えそうになった。慌てて横を向く。

 それを知ってか知らずか、少女のその瞳はいつものように僕を睨んでいる。


「ようやくお目覚めですの? あと少しで授業が終わってしまいますわよ」

「ご、ごめんマリアさん。また迷惑かけちゃって」


 これ以上は地面に寝ている訳にもいかないなと思い、慌てて身を起こした。まだ頭は痛むけどそんな事も言ってられない。起き上がると少女――マリア・フローリアさんは腕を組んで僕を睨んできた。

 物腰からも分かる事だけど、彼女はお嬢様である。それも名の知れた名門、フローリア家の長女という、僕とはまったく違う世界の人間だ。そんな人とどうして会話しているのかと言うと、まあ成り行き上としか

言いようがない。実際に、マリアさんも僕と会話する事すら嫌悪を感じるらしい。その証拠に僕を睨んでいる。


「その言葉、今まで何回聞かされたとお思いですの?」

「ああ、えと……ごめん……」


 それ以外に言葉が見つからなかったけど、それが気に障ったのかマリアさんはさらにきつく僕を睨んできた。

 何か言わないとだと思うけど、言葉は見つからない。そもそも謝る事以外に、僕はあまりこの人と話した事がないんだったと思い出した。……果たしてそれは会話と言えるのだろうか。

 しばらくしてマリアさんの溜息が聞こえてきて、それに続いてチャイムが鳴り響いて授業が終了を告げた。同時に僕は、この苦しい授業から解放されたと、近くに居るマリアさんに気づかれないように小さく安堵の息を漏らしたのだった。




 魔法というものが当たり前になってからどれくらいの年月が経ったのだろうか。少なくとも僕が生まれたころにはすでに、魔法というものは世界中に確立されていたし、それと科学を併せ応用した技術なんかは日進月歩の域まで辿り着いていた。だから数年ではなく、数十年、あるいは数百年なんだろう。その答えを知るのはそう遅くなく、小学校6年生、社会科の歴史の授業で教わる事になる。ちなみに正解は今から約4世紀ほど前の2012年だった。

 その約4世紀の間に世界の成り立ちはがらりと変わった。何がどう変わったのかは僕には想像がつかないけど、きっと魔法が使える時代と使えない時代では、世界の基盤が根元から違ったのだろう。

 その違いを表しているのが、おそらく世界各地にある『魔法学校』だろう。文字通り魔法を使う事を前提にした教育機関だ。しかも国際的、軍事的に活躍する事も前提とした。

 僕――篠宮しのみや静流しずるが奇跡的に入学できた、この西都せいと魔法騎士学院もその教育機関の1つだ。魔法学院に在学している間はあらゆる面で政府から援助が受けられるし、卒業後もサポートしてくれるため、魔法学院ここに入れれば将来を約束されたも同然なのだ。だからなのか、毎年入試の倍率は常識を逸している。本当に僕なんかが合格したのは奇跡的である。

 全寮制で6年制。学科も魔法の研究を主とする『魔法学科』と騎士として武術を学ぶ『騎士学科』で分けられ、全校生徒は4000人以上だろう。施設も最新鋭のものを常に導入しており、すべてを把握している人はきっと学院長とか、そういう人たちだけだろう。




 そして僕は騎士学科へと入学して早くも1年が経ち、現在学内にある聖堂の掃除を命じられていた。理由は先ほどの授業――模擬戦闘でヘマをして気絶してしまったからだ。この学院、気絶したら医務室へ、ではなく、緊急の時以外ほとんどの場合が放置→ペナルティになってしまう。怪我もほぼ同様だ。

 模擬戦闘の授業でのペナルティは授業中で組んだパートナーも連帯責任で受ける事になっていて、そのせいで僕とペアになっている人にまで迷惑をかけていることになる。その事実でも罪悪感を感じるというのに、そのペアになっている人はなんとマリアさん。先ほどから僕をチラチラ睨みながら雑巾がけをしている。名門のお嬢様といって特別扱いしないのはこの学院が生徒平等だからなのかもしれないけど、僕からしてみればお嬢様に雑巾がけをさせてしまっている訳で、さらにはかなり嫌われているので、正直言えばすぐさまこの場から逃げ出したい気持ちだった。


「あ、あの、マリアさん」

「何ですの?」


 ギロリと、声をかけただけで殺気を向けられた。

 僕はそれを引きつった笑みで受け流しつつ、同時に冷や汗を流しながら言葉を続ける。


「やっぱり僕が全部やるから、マリアさんはやらなくても……」

「さっきから言っているでしょう。これは連帯責任ですのよ。ですのにわたくしがやらずにあなただけが掃除をしていたら、わたくしが無理やりあなたにやらせているようでしょう。そうなれば、さらにペナルティを受けなければならないんですのよ」

「うっ……」


 マリアさんが言うのは正論だ。ここで僕しか掃除をしていなければ、マリアさんはさらなる罰則を受けてしまいかねない。そうなったら僕はマリアさんに一生恨まれる事になるだろう。

 それはさすがに……避けたいなぁ……。

 とはいえこのまま彼女に掃除をさせるのも悪い気がする。ていうか僕の命がきりきりとすり減っていく気がしてならない。なんとかしてマリアさんの負担を軽くせねば……。


「手、止まってますわよ」

「……すいません」


 考えた末、結局自分自身が何倍も頑張る。ということで解決させた。これは明日は筋肉痛かもしれない。




 放課後をふんだんに使った聖堂掃除はとどこおりなく終わり、その頃にはすでに太陽は完全に沈んで辺りは真っ暗になっていた。夜の学校と同じく――いや、それ以上に月明かりに照らされている聖堂というのは不気味に感じた。罰当たりなのかもしれないけど、どうしてもそんな事を思ってしまった。

 学生寮は原則として門限は設定されておらず、何時に帰ってきても特に何も言われない。だからといって暗がりの道を女の子1人で帰らせるわけにもいかないから、睨まれるのを覚悟でマリアさんに送っていくと提案すると、こんなの事を言われた。


「わたくしよりも貧弱だというのに、どうやって守るつもりですの?」


 これにはぐうの音も出なかった。そして言葉を探しているうちに、マリアさんはいつの間にか帰ってしまっていたので、結局僕は1人で帰る事になった。

 寮の部屋は――ここに限らずに学院の施設はほとんどだが――学生証(別名:ライセンス)を使って鍵を開ける。ライセンスには指紋認証機能のパネルがあり、そこを触れる事でライセンスを使う事ができるというシステムだ。だから本人以外では絶対に使えない。セキュリティとしてはかなりすごい部類に入るのではないかと思う。とはいえ、ライセンスがなければ何もできないかというと、実はそうでもない。寮の部屋なんかはオートロック式ではあるけど、ライセンスで鍵を解除するほかに直接指紋認証で開錠ができる仕組みになっている。

 まあ、それは今はどうでもいいか。部屋に入った僕は軽くシャワーを浴びて、動きやすい服装に着替えてから竹刀袋を担いでまた部屋を出た。この学院の寮には食堂は無くて、各々が自室で料理を作る事になっている。今日はそんな暇はないから、購買で適当にパンを買う。食堂はなくてもその代り購買部は24時間営業なのだ。

 パンを購入した僕は自分の部屋には戻らずに、学院の中庭へと向かった。

 夜、ここで自主練をするのが、入学以来の僕の日課となっている。別に自主練は珍しい事ではなくて、むしろほとんどの騎士科の生徒は日々強くなろうと自主練をしているはずだ。とはいえ、この時間帯なら他の生徒は寮に戻っている時間だろう。今日は聖堂掃除があったからなおさら遅い時間だし。

 さっそく買ったばかりのパンを数分で頬張り、竹刀袋から1本の剣を取り出した。学院では武器の携帯が推奨されている。いついかなる時でも戦えるようにだ。だけどそれは必ずしも持たないといけない訳ではない。僕みたいな貧乏学生がその例だ。なんたって僕が持っている剣と言えば、丈夫な木の枝を削っただけの代物だからだ。授業で貸し出される剣よりもかなり軽いけど、素振りをするぐらいならこれで充分だ。

 軽く振るとヒュンッ。風を切る音がした。そのまま数回素振りをしてから流れるように剣技へと移っていく。

 烈華蒼月れっかそうげつ流剣術。それが僕が扱う流派の名称だ。あらゆる局面での戦闘を可能とし、1対1はもちろんの事、1対多でも充分に戦う事ができる。世の中に数ある剣術の中でも最強だと僕は思っている。

 ……けど、この学院では僕は落ちこぼれだった。剣の師である父さんと兄さんには劣るけれど、それでもこの学院の生徒には剣術だけは・・・負けない自信はある。

 それではなぜ落ちこぼれているのか。答えは簡単。この魔法学院の中で、僕だけが魔法を使えないからだ。もしかしたら他にも居るのかもしれないけど、入学して1年間、そんな人は見かけなかった。

 入学試験に合格できたのは、ほとんど剣術によるものだ。幸いにもこの西都魔法騎士学院は魔法だけでなく武術も採点されるのらしい。それを知った時は助かったと思ったけど、いざ入学してみると魔法を使えないのは致命的だった。武術で勝っていても、魔法を使われると誰にも歯が立たなかった。相性というのもあったのかもしれないけど、毎日ボロボロだった。それは1年経った今も変わらない。去年と違うのは、僕が落ちこぼれなせいで迷惑をかけてしまう人が表れてしまった事だ。1年次の授業は個人が主だったけど、今年からはペアを組まされたから。毎日睨まれたり罵られるのは、やっぱり慣れない事だった。

 どうして魔法が使えないのか理由は分からない。家族の誰にも聞こうとすらしなかったから、今さらだろう。聞いたところで見限られるのがオチかもしれない。

 そう考えたところで頭を振って剣技に集中する。右半身を後方に引き、瞬時に右足を滑らすように前に出し、同時に右腕を少し遠心力を加えて左へと薙いだ。そして勢いを止めずにバネに弾かれたように逆の方向――右へと素早く薙ぎ払う。そこで動きを止めて、大きく息を吐く。そして剣から手を放して、後ろに倒れこんだ。


「……はぁ……余計な事考えたせいで……集中できなかったな……」


 さぁっ、と風が吹いた。身体を動かして汗だくの今の状態だと、こういう柔らかい風は気持ちがいい。目の前には綺麗な星空だ。自主練をした後に毎回こうやって空を見ている時間が、もしかしたら僕の唯一の心落ち着ける時間なのかもしれない。


 ――そう思った矢先に、頭上から何か足音のようなものが聞こえた。


 バッと身を起こしてすぐ近くに転がっていた剣を握り、音の聞こえてきた方向を睨む。学内なんだから本当はこんな事しなくてもいいんだけど、思わず反射的にやってしまった。自分の行動に苦笑してしまう。

 やがて音の聞こえてきた方向から、1人の女子生徒が歩いてきた。月明かりでも分かる青色の髪を両サイドに結っている小柄な少女。どこかで見た事がある気がしたけど、広い学院だ。見かけた事があっても別に不思議じゃないだろう。その少女の表情は不安で満ちていた。この時間帯に制服を着て学院内に居るという事は、教師の誰かに頼まれた用事を終わらせた帰りなのかもしれない。この学院の教職員は無茶な事を言ってくる人が大勢いるのだ。


「ま、待ってくださいっ。わたし別に怪しい者ではっ」


 いきなりそんな事を言われた。ああ、そう言えば剣を片手に少女を睨んでいるんだ。警戒されていると思われても当然か。見たところ悪い人には見えなかったので、俺は警戒を解いたという事を証明するように剣から手を放して立ち上がる。少女が安心したように息をついたのが何となく分かった。


「……それで君は――」

「す、すみません、覗き見るつもりはなかったんです。ただこの広い校舎で道に迷っていたら偶然自主練をしている人を見かけたではありませんかよしあの人に聞いてみようと思い立ったのですが熱心に剣を振っていたので声をかけるのは失礼でしょうかと思いましてそれで迷っているうちにだんだん剣術に見入ってしまったんですっ」

「あ……ああ、そう……なんだ……」


 マシンガントークとでもいうべきか、息継ぎなしでよくここまで言葉を繋げられるな。まあ、言い切った後にぜえぜえと肩で息をしているから、たんに緊張とかそういうのだったんだろう。それでもすごいと思うけど。

 ていうか道に迷ったって……胸の校章を見やるとその色は緑色。この学院では校章の色で学年を見分ける事ができ、緑色は2学年。つまり僕の同級生という事になる。たしかに無駄に広い校舎だとは僕も思うけど、さすがに1年も通っていれば少なくとも学生寮までの道ぐらいは覚えられると思う。

 それなのに……どうして迷子なんかに……?

 そんな僕の疑問をよそに、青髪の少女はなぜか目を輝かせながら僕に詰め寄ってきた。ふわりと、何か甘い香りがした。


「それにしても、今の剣術すごかったですっ。何という流派なのですか?」

「え? えっと……烈華蒼月流っていう――」

「烈華蒼月流……馴染みのない流派のようですけど?」

「まあ……うちの流派は血縁者じゃないと受継げられないから」

「なるほど。それでは馴染みがないのは当然ですねっ」


 詰め寄ってくる少女にどもりながら答える。何でこんなことしてるんだろう。しかも初対面の少女に。

 喋り方といい物腰といい容姿(は関係ないかもしれないけど)といい、この子はおそらくマリアさんと同じく貴族出身だろうか。まあ、必ずしも喋り方とか物腰で貴族出身とは限らないんだけど。

 少女を分析していると、さらに少女は詰め寄ってきて言葉を続けた。って近い! 互いの息がかかるような距離だぞ。この距離はさすがにまずいだろ!? 身長差が少しあるはずなのに、あろう事か少女は背伸びまでしている。何がしたいんだこの子は。


「あれほどの剣術使いなら、やはり高ランクなんですかっ?」

「……っ!?」


 さすがにこの質問には固まった。僕が一番嫌いな問いだったからだ。

 この学院では各生徒がランクによって格付けされている。最高ランクがSで最低ランクがFの全7段階だ。だいたいは学年が上がるにつれてランクも上がる。もちろん中には例外も存在して、1年生でBランクだとか、4年生でSランクとかが居る。たしか2年の最高ランクは今年はAランクだっただろうか。

 そして僕は、言わずとも分かるだろうけどFランクだ。理由は簡単、魔法が使えないから。さすがに剣術だけじゃランクは上がらない。だからランクを聞かれるのは嫌いだったのだ。……そもそもランクを聞かれるような状況にはあまりならないのだが。

 まあ、いい。別に隠すような事でもないし、言いたくないのは僕の勝手な事情だしな。


「残念ながらFランクだよ。剣術だって僕はまだ使いこなせていないんだ」

「そうなのですか。すみません、嫌な事を聞いてしまって」


 少女が申し訳なさそうに目を伏せた。

 なぜだか僕が悪い気がしてきた。


「あの、それと……近いんだけど……」

「え、あっ……すみませんっ」


 顔を赤くした少女がスッと身を引いた。少女は毛先をクルクルと指で回しはじめて、黙りだした。

 沈黙が流れる。何なんだこの気まずい空気は。どうして名前もわからない初対面の少女とこんな気まずい空気を作り出してしまっているんだろうか。いや、初対面ならこれは案外普通なのかもしれない。いやいや、今はどうだっていいよそんな事は。

 とにかく、今のこの状況をどうにかせねば。


「あ、あの」

「はいっ、何でしょうかっ」


 声をかけると身体をビクッと震わせて、少女が顔を上げた。驚かせてごめんと心の中で謝っておく。今のこの状況で律儀に声に出して謝る余裕は僕にはなかった。なにせ女の事話すなんて滅多にないからね。マリアさんとは……あれは会話というのだろうか?


「僕、篠宮静流って言うんだ。騎士科2年の」

「篠宮静流さん……って、あの?」


 呟かれた言葉を聞いてしまったと思った。僕が魔法を使えないという事は、学院側は公表こそしていないけどほとんどの生徒には知れ渡っている。『あの』がなにかは知らないけど、僕の事を知っているという事はあまり好印象を持たれてはいないだろう。『魔法学院なのに魔法も使えない面汚し』とまで言われているんだから。

 この少女からも罵倒されるんだろうか。そう考えたら彼女の顔を直視する事はできなかった。


「わたしはエレナ・アリュシフェーリです。静流くんと同じ騎士科の2年です」

「え……」


 だから、少女――エレナさんが僕について何も言わなかった事に、思わず声に出して驚いてしまっていた。

 どうして何も言ってこないんだ。僕の事は知っているはずなのに。とはいえ何も言ってこないならそれはそれでいい。僕からその話を持ち出す理由もないし。


「それで、エレナさんはどうして道に迷ってたの?」

「はぅっ」


 名前の話題から早く逸らしたくて気になっていた事を聞いてみると、エレナさんが軽く唸った。

 聞かれたくない事だったんだろうな。さすがに自分が通っている学院で道に迷ったとか、恥ずかしいだろうし。でも、悪いけどこのまま話を続けよう。


「そっそれはその、違うんですよ別に寮までの道を忘れたとかそういうのではなくて先生の用事で学院の奥地にある第5魔典研究準備室に行っておりましてあっ第5魔典研究準備室というのは――」


 再び始まるエレナさんのマシンガントーク。長いのでとりあえず要約してみると、エレナさんは教諭の用事で学院の奥地にある第5魔典研究準備室という今は物置と化した場所まで行っていたらしい。奥地というのは言葉通りで学院の奥の方にある、怪しい雰囲気の旧校舎の事だ。別名を『魔の領域』とかいうらしい。魔典研究準備室というのは魔術書の解読・実践を行う部屋の準備室だそうだ。第3までは僕も知っていたけど、まさか第5まで……というか旧校舎があること自体、僕は初耳だった。

 さすがにそんな所に何をしに行ったのかまでは聞かない。……というか聞けないだろう。


「――というわけで帰る途中なのです」

「ああ、そうなんだ……」


 ようやく息継ぎなしの話が終わった。よくここまで息が続くなぁ、とか思わず感心してしまう。

 旧校舎がどこにあったのかは分からないけど、何はともあれ中庭からなら道に迷わずに帰れるだろう。……念のために聞いておこうか。エレナさん、なんか天然な気がするし。


「ここからは道分かるんだよね?」

「……………………」


 黙った!? もしかして分からないんだろうか。

 疑問が顔に表れていたのか、エレナさんが不安そうに俯いた。


「あのっ、えとっ……できればご一緒に……1人じゃ心細いので……」


 理由を聞いて納得する。夜の学校というのはどの世代、どの時代でも怖いもので、1人で歩きたくないという気持ちは分かる。エレナさんみたいな女の子が怖がってしまうのもある意味当然な気がした。寮までの道も街灯があるとはいえ怖いだろうしな。

 ……それでも初対面の異性に一緒に帰ってくれませんかってのは少し無防備な気もするけど。ま、頼られるのは悪い気はしないと思っておこう。小さく頷いた。


「ちょうどよかった。僕ももう帰ろうって思ってたから」

「……はいっ」


 僕のその言葉が嬉しかったのか、エレナさんは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔を見て、学院で疎まれ罵られるような日々でも、良い事がある日があると知ったような気がした。

 とりあえず1話はこんな感じになりました。

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