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第十九章 晴信の意地

 遠野泉進と竜神剣志郎は、本多晴子が仕掛けた呪符を懸命に取り除いていた。

「遠野さん、おかしいですよ。さっきから全然、このお札減っていませんよ」

 剥がすと燃える呪符で指先を軽く火傷した剣志郎がぼやいた。

「確かに……」

 泉進は、剥がすそばから浮き出て来る呪符に気づいた。

「まやかしか?」

 彼は早九字を切った。

臨兵闘者皆陣列在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」

 剣志郎がその大きな声にビクッとする。

「そこか!」

 泉進は精神を集中し、晴子が仕掛けた罠を見破った。

「はあ!」

 泉進の気が鋭い刃物のように晴子が隠した本来の呪符を切り裂き、消滅させた。

「あの娘、只単に陰陽道に通じているだけではないな」

 泉進の額を汗が伝わる。

(儂らはとんでもない誤りを犯しているのかも知れぬ。甦ったのは、土御門つちみかど晴信はるのぶではない。何という事だ)

「どうしたんですか、遠野さん?」

 呪符が消え始めたのを喜んでいた剣志郎は、泉進の顔が険しくなったのを見て尋ねた。

「急ぐぞ、竜の子よ」

 泉進は晴子が駆け去った方へと走り出す。

「待ってください、遠野さん!」

 剣志郎は慌てて泉進を追いかけた。


「ぐおおお!」

 晴信は身体中から黒い妖気を噴き出し、悶絶していた。

「そうよ、ご先祖様。貴方のお役目は、建内宿禰たけしうちのすくね様のかてなのだから、もっと踏ん張りなさい」

 晴子はけたたましい笑い声をあげ、言い放つ。

「本多さん!」

 藍は晴子を睨みつけるが、晴子はそんな藍の視線を気にも留めていない。

「む?」

 晴子の笑い声が止む。

「あのジジイ、私のトラップを破ったの!?」

 晴子は憎らしそうに泉進達がいる方角を見た。すると仁斎が、

「先程偉そうな能書きを垂れておったようだが、鬼門の守りも破れはせんぞ。姫巫女流の結界を舐めるでないわ、このヒヨッコめ!」

と怒鳴った。晴子は一瞬、ビクッとしたが、

「そんなはずはない。建内宿禰様のお力は確実に強まっている。私達の勝ちよ」

と言い返した。

「確かに、奴の気配が強くなっている」

 雅が呟く。その言葉に藍がギョッとした。

「でも、建内宿禰は、もう二度と現世には出て来られないんでしょ?」

 彼女はすがるような目で雅に尋ねる。雅は藍を見て、

「その通りだ。奴は絶対に現世には戻れない。現世にはな……」

と悔しそうに歯軋りした。

「どういう事?」

 藍は仁斎を見た。仁斎は藍を見て、

「雅の言葉通りだ。奴は現世には出て来られない。しかし、根の堅州国にならどこでも自由に行ける」

「え?」

 藍は仁斎の話を聞き、ある事に思い至った。

「まさか……」

 悶絶している晴信の周囲の空間が、わずかずつ歪んで行くのがわかった。

「ぬうう……」

 晴信にも、その変化はわかっていた。

「おのれ、物の怪め、私を黄泉と現世とを繋ぐ筒にするつもりか!?」

 苦しそうに息をしながら、晴信は晴子を睨んだ。

「今ごろ気づいても遅いわよ、ご先祖様。大人しく建内宿禰様の糧になりなさいよ」

 晴子はニヤリとして言った。

「江戸曼荼羅が崩れなくても、あの方はお戻りになるわ。それは誰にも止められないのよ」

と晴子は仁斎と藍を睨みつける。

「ここまで進んでしまったか」

 そこに泉進と剣志郎が駆けつけた。

「仁斎、お前がいて、何をしておったのだ!?」

 泉進が仁斎に怒鳴った。

「うるさい! 今から何とかするのだ。手を貸せ」

 仁斎は懐からさかきを取り出した。

「東京は、多摩山中から東京湾沖まで、我が小野宗家の結界に守られている。先日の小山舞の騒動以降、我が宗家が何もしていないと思っていたのか、愚か者め」

 仁斎は、晴子の背後に蠢く建内宿禰の気配に向かって言った。

「お前の企みは見切った。これより更なる結界を張り、お前の野望を阻止する」

 仁斎は榊を足下の地面に挿した。

「姫巫女流古神道奥義、黄泉戸大神よみどのおおかみ!」

 榊を中心にして網目状に光が地面を走る。

「ふううおお!」

 網目状の光は晴信を取り囲む。

臨兵闘者皆陣列在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」

 泉進が早九字を切り、晴信を取り込もうとする妖気を遮断する。

「邪魔はさせない!」

 晴子が無数の呪符を放り、それら全てを式神しきがみに変えた。式神は大挙して藍達に襲いかかった。

「わあ!」

 剣志郎は式神の姿に仰天し、腰を抜かしそうになった。

「剣志郎!」

 藍が走り、剣志郎に襲いかかろうとした式神を斬り裂く。

「離れてて、剣志郎!」

 藍の言葉は剣志郎の胸に無情に突き刺さった。

「いや、そいつにはいてもらわねば困る、藍ちゃん!」

 泉進が怒鳴った。剣志郎は嬉しいような怖いような複雑な心境だ。

「どうしてですか?」

 藍が式神を薙ぎ払いながら尋ねる。

「竜の気が必要なのだ」

 泉進も九字で式神を倒しながら答える。

「そういう事か」

 雅はそれを聞いてニヤリとしたが、

「しまった!」

と別の事に気づいた。

「私の身体を捧げます! お使いください!」

 晴子が絶叫した。彼女の身体から僅かに漏れていた妖気が爆発的に増えた。

「本多さん!」

 藍は式神を薙ぎ払いながら晴子に近づいた。

「本多!」

 剣志郎がその後に続く。

「おのれ……」

 晴信は、妖気にまみれて行く晴子を霞む目で見ていた。

(我が一族は子々孫々に至るまで、建内宿禰にたばかられていたのか?)

 彼はフッと笑った。

「私は、土御門家の陰陽師。物の怪如きに操られてなるものか!」

 晴信は印を結んだ。

臨兵闘者皆陣列前行りんぴょうとうしゃかいじんれつぜんぎょう!」

 彼は自分の身体の中の妖気を追い出すために身の内に九字を打った。

「む?」

 その様子に気づいた仁斎は、

「死ぬ気か?」

と呟いた。そして、榊を地面から抜いた。

「お前の生き様、見させてもらおう」

 仁斎は晴信の意地に賭ける事にした。

「くう!」

 晴子の身体は妖気によって傷つき始めた。いたるところに傷ができ、血が流れる。

「このままじゃ、本多さんが死んでしまうわ」

 藍は剣を地面に突き立て、晴子に近づいた。

「よせ、藍! その娘の身体は、根の堅州国と繋がっているぞ」

 雅が叫んだ。藍はそれでも晴子を助けようと彼女の身体に手を伸ばした。

「くう!」

 晴子の身体を取り巻く妖気は、容赦なく藍の手を斬り裂く。藍の手は血まみれになった。

「藍!」

 雅と剣志郎が同時に叫んだ。

「やめろ、藍ちゃん! そのやり方ではダメだ」

 泉進が藍を晴子から引き離した。

「本多さん!」

 藍は涙を流していた。痛みからではない。晴子を思ってである。

「晴信が反撃を始めた。ここは奴に賭けるしかない」

 泉進は藍を落ち着かせ、そう囁いた。

「え?」

 藍は涙で濡れる目を晴信に向けた。

臨兵闘者皆陣列前行りんぴょうとうしゃかいじんれつぜんぎょう!」

 晴信の早九字が続く。それは確実に妖気を祓い除けていたが、同時に晴信自身を傷つけていた。

「ふうう……」

 晴信の九字に影響されたのか、晴子の妖気が抑えられて行く。

「今だ!」

 泉進が素早く動き、晴子の身体に気を送り込む。

「くあああ!」

 晴子が雄叫びをあげる。身体の中の妖気が押し出されるのに伴う痛みのせいだ。

「本多さん……」

 藍は駆け寄った剣志郎に支えられ、晴子の様子を見ていた。

「この子はまだ戻れる! 何としても救う!」

 泉進は気を送り、妖気を弾く。

「力を貸せ、竜の子。この子は、お前の生徒なんだろう?」

「え、あ、はい!」

 剣志郎は藍が倒れそうなのを気にしたが、

「大丈夫。泉進様を助けて」

 藍が微かに笑みを浮かべて言ったので、

「すまん」

と藍を座らせ、泉進に駆け寄った。

「儂の背に触れよ。そして、お前の気を送り込んでくれ」

「どうすればいいんですか?」

 剣志郎にはその術がわからない。

「とにかく、この子を救いたいと念じろ! それだけで良い!」

「は、はい!」

 剣志郎は泉進の背中に右手を当て、

「本多!」

と念じた。その途端、彼の身体から竜の気が放出され、泉進を通じて晴子に伝わった。

「ぎゃ!」

 一瞬、晴子は痙攣したようになったが、彼女の身体から妖気が弾き飛ばされ、身体にできた傷も消えた。

「……」

 晴子が妖気から解放されたのを知り、晴信はフッと笑った。

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