表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/23

第九章 時を超えた執念

 小野藍は、人生始まって以来の危機を迎えていた。

「く……」

 迫り来る炎と黒煙。呼吸もままならなくなり、目もまともに開けていられない。

(このままじゃ、本当に死んでしまう……)

 藍は床を這いずるようにして窓際に向かった。するとそれを見ているかのように、

「先生、そこは三階よ。窓から飛び降りたら、只じゃすまないわ」

 狂気を含んだ本多晴子の甲高い声が響く。藍は煙を堪えて天井を見渡す。その一角に小さな監視カメラが据え付けられているのが見えた。

(あれで私の様子を見ているのね)

 藍は更に窓に接近する。

「まさか、煙を吸い込み過ぎておかしくなってしまったの、先生?」

 晴子の嘲笑が聞こえるが、藍は構わずに窓に辿り着く。

「くう!」

 窓を開こうとしたが、どれもしっかり目張りされていて、ビクともしない。

「無駄よ。飛び降りて死なれたらつまらないから、窓は塞いであるの」

 藍は思い切りガラスを叩いた。

「それも無理よ、先生。ガラスには防犯用のシールを貼ってあるから、女の人が殴ったくらいじゃヒビも入らないわ」

 晴子のけたたましい笑い声が聞こえる。そして、炎の勢いが増し、煙が立ち込めて来る。

「ならば!」

 藍はハンカチを放り出し、柏手を打った。

大綿津見神おおわたつみのかみよ、炎を消し去りたまえ!」

 しかし、何も起こらなかった。

「ダメよ、先生、そんな力に頼っちゃ。その部屋は、私が貼ったお札で結界を作ってあるの。だから、外からの術は使えないわ」

 藍は晴子のその言葉に歯軋りした。

「それなら!」

 藍は気を高める。

「今度は何をするつもりかしら、小野先生?」

 晴子がバカにしたように尋ねた。藍はそれには反応せず、気を高め続ける。炎がすぐそばまで燃え広がり、煙で喉が焼け付きそうだ。

「はあ!」

 藍は高めた気をガラス窓にぶつけた。するとガラスが防犯シールごと吹き飛び、そこから外の空気が一気に流れ込む。

(しまった!)

 藍は自分のした事を後悔した。部屋の中は酸欠寸前だ。そこに外から大量の空気が流れ込む。

(バックドラフト!?)

 一酸化炭素と酸素が急激に化学反応を起こし、爆発が起こったのだ。

「きゃああ!」

 藍は爆風で吹き飛ばされ、外に投げ出された。

高天原たかまがはら神留かんづまります、あま鳥船神とりふねのかみに申したまわく!」

 藍は落下しながらも冷静さを保ち、祝詞を唱えた。彼女の身体は光に包まれ、落下を止めると、一気に浮上した。

「そんな!」

 ビルの反対側の路地でその様子を見ていた晴子は仰天した。藍は晴子を見つけると、目の前に降り立った。晴子はすぐさま逃げ出そうとしたが、藍に捕まってしまった。

「本多さん、どういう事か、説明してもらうわよ」

 藍は顔を背ける晴子の両肩を掴んで言った。そして携帯電話を取り出すと、消防署に通報した。


 みやびは、土御門つちみかど晴信はるのぶ式神しきがみを放ったのに気づいていた。

(こっちに目を向けてくれたのは作戦通りだが、さてどうしたものか?)

 雅自身、晴信に対抗する手段が思い浮かばない。

(陰陽道と黄泉路よみじ古神道こしんとうの融合は厄介だな)

 現世では危険だと判断し、雅はもう一度、堅州国かたすくにに入った。

(奴の式神には俺の黄泉よもつ醜女しこめが通用しない。ならば、採るべき道はあれしかないか)

 彼の編み出した奥義である「黄泉比良坂よもつひらさか返し」を使うしかないが、その術は、長く使えないし、何度も繰り返せるものではない。

(奴の妖気と能力から考えて、俺の方が手詰まりになるか)

 その時彼は、今は亡き小野椿の声が聞こえた気がした。

「何?」

 幻聴だと思った。しかし、確かに聞こえたのだ。

(そうか、神魔しんまつるぎか)

 かつて雅も一度だけ出した事がある、清濁合わせ持つ剣だ。

「やってみるか」

 雅は意を決して現世に戻った。そこは広々とした河原だった。そして、

黄泉剣よもつつるぎ

と漆黒の魔剣を右手に出す。そして、

「神剣、草薙剣くさなぎのつるぎ!」

と左手に姫巫女流の剣を出した。

(本来なら、藍が出す姫巫女の剣の方が確実だが)

 今はそんな時間はないのだ。

「神魔の剣!」

 雅は二つの剣を合わせる。剣から、凄まじい気が放出された。


 雅の発する気を感じ、晴信は進むのを止めた。

「何事ぞ?」

 彼は眉をひそめた。

(これはもしや、陰陽の剣か? なるほど)

 晴信はニヤリとした。

(愚か者め。その剣でこの私を仕留めるつもりか、小野雅。浅はかな事よ)

 彼は再び雅に向かい始めた。


 藍はビルの火事が収まるのを見届けてから、晴子を引き摺るようにして神社に向かい始めた。

「放してよ!」

「大人しくしなさい」

 藍は嫌がる晴子を強引に歩かせる。傍から見れば、藍が悪人に見えるだろうが、幸い付近に人はいない。皆火事を見に行っているのだ。

「貴女がした事は、本来なら警察沙汰になる事なのよ、本多さん」

 藍は晴子を見据えて言った。

「だったら、警察に突き出せばいいでしょう?」

 晴子は開き直ったようにうそぶく。藍はカチンと来て、

「それじゃあ、私の気がすまないから、そんな事はしない。小野神社の人間を怒らせたらどうなるか、思い知ってもらうわ」

と晴子を睨みつけた。その迫力に晴子はギョッとした。

「さあ」

 藍が角を曲がり、小野神社への道を歩き始めた時だった。

「おらあ!」

 いきなり背後から何者かが現れ、藍を突き飛ばした。

「え?」

 藍はバランスを失って倒れかけたが、何とか踏み止まり、彼女を突き飛ばした犯人を見た。

「晴子を放せ!」

 そこにいたのは、ギラギラとした目で藍を睨む楢久保ならくぼ美好みよしだった。

「ありがとう、楢久保さん。助けに来てくれたのね」

 晴子は美好に抱きついた。そしてニヤリとして藍を見る。

「貴方は……?」

 藍には突然現れた美好が誰なのかわからない。

「俺は晴子の恋人の楢久保美好だ」

「何ですって?」

 美好の言葉で、藍は彼の素性を知った。

(この男が、本多さんのストーカー? そして、本多さんの協力者なの?)

 晴子と美好の間に漂う気は、二人が仲間なのを示している。

(どういう事なの、一体?)

 藍は混乱していた。


 雅は剣を正眼に構え、晴信を待ちかまえた。

(今度は不意打ちなどさせないぞ)

 彼は地中にも気を配っている。しかし、晴信は意外にも正面から現れた。

「陰陽の剣か? 考えたな」

 晴信は全く動じていない。雅は訝しそうに彼を見た。

(この剣を知っているのか? 何故だ?)

 すると晴信は雅の考えを見透かしたかのように、

「その剣は、本来は陰陽道のものだ。何を思ったか知らぬが、そんななまくらな刃で、私を斬れると思っているのか?」

「何!?」

 雅は晴信の言葉に驚愕した。

(陰陽道のものだと?)

 雅は、「陰陽の剣」というのは、光と闇を指し示すのだと思っていたのだ。

(まさに陰陽道の剣という意味だったのか?)

 彼の額に汗が流れた。

(勝てないのか、こいつには?)

 晴信はニヤリとし、

「さあ、どうする、小野雅?」

と余裕の表情を浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ