東大ギャルによるドラゴンの正しいしばき方 〜ドラぴの設計が完全ガバなので生体機械論でボコしてみた〜
「ご報告申し上げます。ゆ、勇者様は、ドラゴンに敗北いたしましたッ!!」
謁見の間へ現われた騎士の報告に、国王は思わず杖を取り落とした。
王笏の転がる派手な金属音は、そのまま王の心のうちを表したかのようだった。
「何故だ、いったい何があった!」
「こたびのドラゴンは翼を持ち、空中から自在に火を吹きかけてくる強敵、……勇者様といえど手も足も出ない状態でございました」
「なんという事だ。して勇者は生きておるのか?」
「聖女様の回復魔法によって生きてはおりますが、……怯え切っており、もうあんな化け物とは戦いたくない、と」
親衛騎士が拾い上げた王笏を受け取った国王は重く息を吐きだした。
「しからば、如何する。我に、座して滅びを待てと言うのか?」
「国王陛下に申し上げます。稀人召喚におきましては、もう一人、召喚者が残っております」
厳かに声をあげた魔法省の大臣に、国王のみならず周囲の大臣たちも押し黙る。
「――確かに、もう一人おるにはおるが、あれは、……。
ええい、ままよ! こうなっては他に頼るものもない。あの娘を呼んでまいれ」
あの”外れ枠の”という言葉を国王は何とか飲み込んだ。
ややあって、謁見の間に現われた娘の姿に貴族や騎士たちは顎が落ちそうなほど驚いた。
金に近いほど脱色されたロングヘアに、インナーカラーのサーモンピンク。
胸元が大きくあいた臍丸出しのミニTに某ネコちゃんの刺繍が施されたスカジャンを羽織っている。
ミニ丈のプリーツスカートからは健康的な太腿がむき出しになっており、保守的な王国民からしてみれば目の毒どころかほとんど致死量の猛毒だ。
挙句、国王の御前であるにも関わらず、ポケットに手を突っ込んだまま棒つきキャンディを齧っている。
「んで、あーしにドラぴ倒して欲しいんだって?」
名を小鳥遊レイナ。
しかしてその正体は、東大工学部・機械工学科所属のバリバリの理系のギャルであった。
災厄、とは、ドラゴンの襲来と同意語である。
この世界においてドラゴンは”果ての地”と言われる場所に住んでいる。
人間などはとても生きていくことが難しいほど過酷な地。大地を満たすエーテル濃度は、人を殺すに十分足りると言われている。
果ての地には様々なドラゴンが存在する。
水中に生きるものもいれば、空を飛ぶものもおり、大地を駆けるものもいる。
ドラゴンの多くは生涯を果ての地で過ごすが、ごくまれに人里に現われるものがおり、それが”災厄”と言われている。
こたびの災厄は天より飛来した火竜であった。
翼を持つドラゴンは今までの歴史でも記録として残ってはいたが、決定的な違いがあった。
このドラゴンは火竜の血も引いており、空を自由に飛び回りながら炎をまき散らすことが出来たのだ。
今までのドラゴンも火を吐くものはいたのだが、それらは地を駆けるものであり、翼まで備えたものはいなかった。
脅威の知らせを受け、すぐさま王国最高会議が開かれた。
騎士団、魔法兵団、魔導工兵団の責任者が顔をそろえたが、対抗策を打ち出せるものはいなかった。
リダリアナ王国では国家で対処しきれない災厄に見舞われた際に”稀人召喚”が行われる。
時空を超えて喚び寄せられた者は女神クロディアーナの加護を受け、偉大なる力を身に着ける。
今までに召喚されてきた者たちは稀なる力でもってドラゴンの脅威を退けた。
かくして王国は”稀人召喚”を行うに至ったのだが……
召喚の儀にて魔法陣から現われたのは三人だった。
涼やかな風貌の美青年、奥ゆかしい伏目がちの美少女に、……もう一人がバリバリのギャルであった。
リダリアナ王国にギャルの概念は存在しない。
当惑した書記官は、『いとをかしき、かぶき娘』と書き記した。
すぐにでも魔法使いたちによって能力鑑定が行われた。
美青年は勇者を、美少女は聖女の才を授けられたことが判明した。
念のためギャルにも鑑定が行われたが、結果は完全の空白だった。つまり女神に見捨てられたと判断された。
とはいえ手前勝手に喚び出した者を放り出すのは躊躇われたため、王国の片隅にとどめておく事にした。
勇者と聖女は盛大な見送りとともに旅立っていき、ギャルだけが取り残されたわけである。
これで解決出来れば万々歳であったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
かくして物語が冒頭に戻る。
勇者たちは敗北し、ただ一人残っていた”外れ枠”のギャルが呼び出されたのだ。
「――して、娘よ。改めて尋ねよう。汝にあのドラゴンを倒すことは出来るのか?」
気力を持ち直した国王が口を開いた。
「え、流石のあーしでも実測値ゼロで設計組めとか無理ゲすぎんだけど。境界条件分かる現場データとかナッシング?」
「――レイナ嬢は、魔導念写石の映像データをご覧になりたいそうです」
そっとレイナの背後から顔を出したのは、彼女の御守り役を押し付けられた魔導工廠の窓際技師・バルトであった。
無精髭に、魔法薬のシミがついたヨレヨレの技師服。冴えないおじさんの代名詞のような男である。
「う、うむ、それならば、問題ない。今すぐに用意せよ」
国王の言葉に、勇者パーティに付き添っていた騎士が魔導念写石を取り出した。
現世で言うところのビデオカメラのようなもので、魔力を籠めることによって映像記録を残す魔道具である。
謁見の間に詰めていた魔導技師たちがすみやかに映像投影装置を起動する。
魔石から虹彩が放たれ、謁見の間の中空にドラゴンとの戦いの様子が投影された。
「おお、これは、何と恐ろしい……!」
巨大なドラゴンが空より飛来する姿に貴族たちの間から悲鳴が漏れる。
視界を覆い尽くす巨大な影。それが一気に下降し、炎の塊を吐き出した。
大地が抉れ、周囲一帯の草が灰と化す。
――だが勇者は、聖女の守護魔法によりなんとかブレスを耐え切った。
果敢にも剣を振り上げて斬りかかる姿に、広間では思わず歓声があがる。
しかし、切っ先が届くより先に、ドラゴンは空へと飛び去ると、再び滑空とともに火の玉を吐き出した。
「ううむ、これでは炎を防げたとて反撃のチャンスがありませんな」
騎士団長が唸る声を漏らし、周囲の騎士たちも頷いた。
ドラゴンは数度、滑空からのブレスを繰り返すと、勇者の目前へと着地する。
ズシンっと響く轟音は、謁見の間のシャンデリアをも揺さぶった。
「ああ、危ない!」
悲鳴をあげたのは貴族の一人で、ドラゴンが大きく爪を振り上げる。
ガインっと鈍い音をたて、勇者はその一撃をからくも盾で受け止めた。
だがその衝力で勇者は背後へと吹っ飛び、降りおろされた爪は大地を深く抉っていく。
「こ、今度はいったいなんだ!?」
謁見の間がどよめきで溢れる。
ドラゴンの鱗がにわかに灼熱により発光し、まるで溶岩のように赤色を増していく。
大きく広げた翼が振動し、周囲の景色が放たれる熱によって歪んでいく。
次の瞬間、光が爆ぜた。
魔導念写石が処理できないほどの圧倒的な熱量により、全てが閃光で覆われる。
悲鳴があがり、顔を覆う者や、その場で尻もちをつく者もいた。
「――記録映像は、以上でございます」
騎士が重々しく告げた時には、まだ多くの者が網膜に焼き付いた光に視界すらあやふやなままだった。
だが一つだけはっきりと分かる事がある。
それは、このドラゴンを倒すことなど不可能だという、絶望的な現状だった。
誰もが口を開くことが出来なかった。
そんな中、レイナはパキっと棒つきキャンディをかみ砕く。
「なにこのガバ設計。草生えるどころか森になるわ」
謁見の間の一同が注目する最中、レイナは魔導念写石の再生装置を弄っていた。
「えーっと、こっちが再生で、これが一時停止、んでこっちがズームアップと。オケ把握」
操作方法を理解すれば、レイナは聴衆へ向き直る。
「んじゃ、まず基本から。同じ大きさの肉食獣と鳥、……猫ちゃんとカラスがいた場合どちらが軽いでしょーか。
はいそこの髭のおいちゃん」
「おい、ちゃ、……それは、カラスの方であろう」
「ピンポン、大正解!」
唐突に話題を振られた財務大臣は、驚きに目を見開きながらも回答した。
「猫ちゃんが4kgくらいだとして、カラスは0.8kgくらい。これは空を飛ぶために骨の中身を空洞にしたりして軽量化をはかってるから。
はい、じゃあ次。もし猫ちゃんが空を飛びたい場合、どれくらいの大きさの羽が必要になるか。
体重4kgを支えるのに必要な翼面荷重を考えると、んー、だいたい左右あわせて3mくらいかな」
レイナはゆっくりと歩いて3mを示してみせる。
「んで、あのドラぴが飛ぶためにはどれだけの翼が必要かっていうと、……最低でも50mはないと無理ゲ」
「い、いや、しかし、あのドラゴンの翼はそこまで巨大ではありませんぞ!」
「ガチでそれ。おいちゃん分かってるじゃん!」
グッジョブと親指を立てられた大臣は満更でもない顔になる。
「ドラゴンもカラスのように骨が空洞になっており見た目以上に軽いという事ですか?」
手を挙げたのは魔法使いの一人だった。
レイナは首を振ると、映像を早送りしてドラゴンが爪を降りおろすシーンを再生する。
「はい、ここ注目。ドラぴのネイルが盾を弾きとばしてるけど、まずこの時点で骨が空洞構造だったらパキってる。
さらに続き。降りおろしたネイルが地面をざっくり抉ってるっしょ。
土の剪断抵抗を考えればこの瞬間、前脚にかかった衝撃荷重は……軽く数十トンはいっちゃう。
つまりドラぴはむきむきマッチョな肉食獣型の骨格だってこと」
「そ、それでは計算があわないのでは!?」
「それな」
レイナは力強く頷いた。
「だからガバ設計なんよ。このドラぴはね、バイブス上げまくりのテン上げメガマックスでバトってんの。
ぶっちゃけあーしでも無理よりの無理。フェス3デイズ、ガチで一睡もしないで完走した後に本命合コン行く感じ」
「――レイナ嬢は、このドラゴンが極めて高負荷の、常に限界に近い状態で戦っていると仰っております」
すかさずフォローを入れるバルトに周囲はようやく言葉を理解した。
真面目な書記官は必死になってギャル語の理解を務めようと手帳に翻訳を書き記す。
「あーし⇒私」「ドラぴ⇒ドラゴン」「ガバ⇒手抜き」そのうちギャル語辞典でも出せそうだった。
「つまり、……過負荷状態の魔導機と似たような状況である、と?」
「マジでそれ」
魔導工兵の言葉に、レイナは頷いた。
「しかし、高負荷状態が継続しているのであれば、どこかで熱暴走を起こす筈です」
「それ確。つまりどこかで熱排出をしてるってこと。んで、それがどこかっていうと、ズバリ翼。ここ、アップで見て。
ほら、翼が太陽に透けた時にびっしりと毛細血管が張り巡らされてるのが分かるでしょ? これがラジエーター。
翼で熱排出してるって証拠は二つあって、まず滑空状態の時にしか火ゲロしないってとこ」
レイナはドラゴンが滑空しながら炎を吐いている映像を流した。
「この後、ドラぴがホバリングしてる時に、勇者君に隙があるのに火ゲロってないっしょ?
これは、滑空時は風で冷却出来るけど、ホバリング中は熱排出が間に合わなくて火ゲロは無理ってこと」
さらに映像を進めると、地上のドラゴンが最大火力の炎を吐き出すシーンに移行する。
「ここはもっと分かりやすい。ただ火ゲロするだけだったら翼を拡げる理由なんてないじゃん?
このタイミングで求愛ダンスって事もないし。でも拡げてるって事は、そうするしかないってこと」
「し、しかし、翼のないタイプの火竜も存在しております!」
「翼があるからオバランしちゃうの。その分だけ容量もメガだから、エネ消費もギガ盛りって訳」
「――レイナ嬢は、このドラゴンは飛行型と火竜型双方の特性を継いでいることこそが過負荷の原因だと仰っております」
解説を入れるバルトに一同が低く唸る。
「つまり、……このドラゴンを倒す方法があると申すか?」
改めて国王が尋ねる声に、謁見の間は水をうったように静まりかえる。
「3日後、準備が出来たら説明する」
レイナは不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「パパー、こっちこっち~」
翌日、レイナはバルトとともにリダリアナ王国の下町を訪れていた。
魔法都市国家であるリダリアナは王城を中心に官公庁が立ち並び、続いて貴族街、商人街、もっとも外殻に下町がある。
中心部の建物が石造りであるのに対し、下町の多くは木造と藁を混ぜ込んだ泥壁とで作られている。
狭い敷地に所せましと建てられた住居は、上階に行くにしたがってせり出す形になっており、路地は昼間であっても薄暗い。
整備が行き届いていない下水道の臭いと、あちこちを駆けまわるネズミたち。
だがそこに住む人々は活気に満ちており、腐臭に混ざってパンや肉を焼く匂いが交じり合い、窓からは歌う声が聞こえてくる。
レイナは短いスカートの裾を翻しながら、石畳の道を歩いていた。
「パパはやめなさいって言ってるでしょ」
後を追うのはバルトで、今日もまた疲れ切った顔だった。
「えー、じゃあバルちょ、……って、あ!」
よそ見をしていたレイナは人影にぶつかった。
振り返ればいかにも人相の悪い男たちが立っている。
「おーおー、なんだこのけったいな服着たねえちゃんは」
「商売女だってそんなイカれた格好はしてねぇぞ?」
無骨な手がレイナの腕を掴み上げようとした瞬間、バルトが間に割って入る。
「はいはい、ごめんなさいねー。このお嬢さんは下町は初めてだから許してあげてくれないかなぁ」
「んだと、テメェ!」
一人が声を荒げたところで、もう一人が慌てて前に進み出た。
「誰かと思えばバルトの兄貴じゃねぇか!」
「バルトの兄貴、って、……あ、あの、ヴィットン区画の大火事の時に消火にきてくれたっていう?」
「それだけじゃねぇ。マチルダさんとこの風車を直してくれたのもバルトの兄貴だ。お陰でうちらは美味いパンが食えるんだぞ」
強面の男たちは囁きあうと、ぺこぺこと頭を下げながら去っていく。
その背中を見送りながらレイナはバルトの顔を仰ぎ見た。
「へー、パパ凄いじゃん」
「だから、パパってのは、……はぁ言っても無駄かねぇ」
バルトは溜息を吐き出した。
「おじさんはね、魔導工廠の窓際族よ。そんな事より、ほれ、お目当ての煙突掃除ギルドはこの先だ」
バルトが指を差した先には巨大な窯のような建造物がそびえていた。
まるでそれは黒い壁。石壁のほとんどが黒い煤で染まっており、入口には箒と錘のついた鎖の紋章がついている。
屋根には全身煤だらけの子供たちが座っており、不思議そうにレイナの事を見下ろしている。
「おーい、ガイラスの旦那、邪魔するよ」
バルトは気負った風もなく建物の中に踏み込むと、レイナもその背を追いかける。
内部は外壁よりもさらに煤で汚れており、鼻につくヤニの臭いに酸化した硫黄の臭いが混じり合う。
重く停滞した空気はどこもかしこも煤が混じり、天窓から差し込む僅かな光に粒子がどんよりと舞っていた。
「誰かと思えばバルトじゃねぇか。いつの間にガキなんて作ったんだ?」
のっそりと腰を上げた男は歯茎まで黒に染まっており、巨大な黒い岩が動いたかのようだった。
「娘なわけないでしょー。この子はね、召喚されてやってきた稀人さんよ」
ガイラスは改めてレイナを見ると、地響きのような笑みを響かせた。
「それでけったいな格好をしているって訳か。それで、その稀人さんがうちのギルドになんの用だ?」
問いかけにレイナが一歩前に踏み出した。
「煤を買いに来たの。パパが王都で上質な煤が欲しいなら煙突掃除ギルドが一番だって」
「なんだってそんなもんを。まぁ金さえ払って貰えりゃ構わないけどな。どんな煤を探してるんだ?」
「んーっとぎっとぎとでタールみたいな、……見せて貰っていい?」
「そら構わねぇが、お嬢ちゃんにはこんな小汚い場所は居心地が悪いだろうがよ」
ガイラスの言葉にレイナは首を横に振る。
「むしろ安心するってか。あーしの実家はちっこい町工場だったかんね。
あーしの親父も、おいちゃんみたいに爪の中まで真っ黒にして働いてる。自慢の親父なんよ」
その言葉にガイラスは一瞬だけ動きを止め、そうしてまた大きな笑い声を爆ぜさせる。
「こんな別嬪さんがうちを気に入るなんてなぁ! いいぜ、隅々まで見て好きなのを選んでいきな!」
そこまで言ってからガイラスはふいに真顔にもどる。
「ただし、金はびた一文負けてやれねぇからな」
「おけおけ、モウマンタイ。あーしのお財布は国庫だから、遠慮なくむしっちゃって!」
「それはおじさんが窓際どころか壁の外まで追い出されるから勘弁して!」
バルトの声にガイラスとレイナは声を揃えて笑いあった。
「イケるよ、ドラぴ退治」
王城の軍議室にてレイナが口を開くと、集まった面々は感嘆の声を漏らした。
「して、どのような方法で」
「その前に、ドラぴが退治出来た後のことを約束して欲しいんだけど」
「――申してみよ」
国王が先を促すと、レイナは口角を持ち上げる。
「まずは、あーしたち稀人を無事に元の世界に戻すこと。あ、勇者君と聖女ちゃんは本人たちの希望次第でいいけど」
「無論だ。かねてより帰還の準備は整えてある」
「んじゃ、もう一個。パパを、……バルトのおいちゃんを元の席に戻すこと」
その言葉は全く予想外だったのか、一番驚いたのはバルト自身だった。
だがすぐに抗議の声をあげる者がいる。魔導工廠部の上役である男だった。
「なりません。その男は公費の使い込みを行ったため左遷したのです」
「下町の消火作業やインフラ設備の保全が公費の使い込み?」
レイナが問い返すと、上役の男は僅か押し黙ったがすぐに口を開く。
「魔法工廠が保全活動を実施するのは街の重要区画。下町は自治に任せるのが暗黙の了解になっております」
「それって公約に書かれてない内部ルール作ってるって事っしょ?」
「下町にまで手を回していたら維持費がいくらあっても足りません」
「だってさ、パパ。はい、反論して」
突然にバトンを渡されたバルトは低い声で唸る。がりがりと頭を掻いたあと溜息混じりに口を開いた。
「大火事が発生したヴィットン区画は工業区画と隣接しており、延焼した場合の損失額は計り知れないものでした。また当区画は非常に入り組んでおり、消火活動を行わなかった場合、死者は1000人をゆうに超えた事でしょう。以上の観点により、消火活動は適切な判断であったと自負しております」
かつてバルトが窓際に追いやられた時も同じ内容を訴えたが、その時は上役に握りつぶされた。
だが今は違う。国王の御前である上に、公的記録に残る場所での発言だ。
重々しい沈黙のあとに口を開いたのは、内務大臣だった。
「バルト氏の判断は適切であったと考えます。調査委員会を設置し、改めて検証を行った後にしかるべき対応をすべきかと」
「では、そのように。レイナ嬢、儂からも公平な判断を下すと約束する。これで構わぬか?」
国王が口添えをすれば、レイナは笑みを浮かべて頷いた。
「んじゃ、ドラぴの退治方法だけど、……パパ、説明よろしく」
「えッ……なんでおっさんが、……はいはい分かりましたよお嬢さま」
バルトは渋々といった顔で頷いたが、レイナの意図を理解していた。
ここでバルトに花を持たせる事で、窓際族にしておくのは勿体ない人物である事をアピールしろということだ。
バルトは会議室の机の上にサンプルとして持ち込んだ黒い液体の入った瓶を載せる。
「お集まりの皆さま、こちらにご注目下さい。これは煤と潤滑油に樹脂を混ぜこんだ”カーボン懸濁液”となります。
本作戦の内容は極めて単純。ドラゴンの冷却装置にスラリーを被覆させ、熱暴走を誘発・促進させ自滅に追い込みます」
幾人かの要人は息を飲み、まだ理解しきれていない者たちは首を傾げる。
バルトは一拍置いてから再び口を開いた。
「――詳しくご説明いたしましょう。此度のドラゴンは飛行能力と、火竜の能力を両立させるため、常時オーバーヒートに近い状態で戦っています。この高い戦闘能力を維持しているのが翼という冷却装置です。
これを”カーボン・スラリー”で被覆した場合に何が起こりうるか。
もっとも分かりやすいものは”皮膚機能の完全停止”、これにより汗などの分泌物の排出を遮断、さらには皮膚呼吸も不可能となり冷却機能が無効化されます」
おお、と感嘆の声が漏れるが、バルトはさらに説明を続ける。
「それだけではありません。付着したスラリーと樹脂がドラゴンの超高温で焼き上げられ黒鉛に変質すれば、飛行そのものが不可能となります。
さらに気管に入り込んだ微細なカーボンが、ドラゴンの内部熱で燃焼。一瞬で肺の中の酸素を食いつぶし、ドラゴンを”内側からの酸欠”に追い込みます」
「なんと、……」
「まだ終わりではありません。スラリーの付着により太陽光の吸収効率が上昇。とくに今回のドラゴンのように大きな翼を持っている場合、その表面積こそが太陽光吸収する死の機関へと変化します。
急激な温度上昇により皮膚組織を破壊、内部から構造崩壊を誘発します」
しばし会議室が静まりかえる。
現代風に言うならば「真夏の炎天下に窓を締め切ったエアコンなしのスポーツカーを爆走させる」ようなものだ。さらに車体は全ての光を吸収するカーボンブラック。熱中症どころかバーベキュー。灼熱地獄へまっしぐらのドライブだ。
あまりに凄惨な状況に、誰もが言葉を失っていた。
「……ただし、あーしのプランは『臨界制御』でガチヤバ課題が残ってるんよ」
再び前に進み出たレイナが溜息を吐く。
「ドラぴのバイブス上げまくった場合、限界突破寸前に徹夜テンションが来ちゃうんだよね」
「……レイナ嬢は、対象の熱暴走誘発により、一時的に生物学的な限界を超えた過負荷状態へ移行すると仰っています。
つまり、死に至る直前に狂化状態となったドラゴンの攻撃により、多大な犠牲を被る可能性がある、と」
重々しいバルトの言葉に腰を上げたのは騎士団長だった。
「ドラゴンは飛行できず、炎を吐くこともままならない。その状態での狂化という認識で間違いないでしょうか。
……でしたら、我が騎士団が総力を挙げて封じ込めを行います。我らが忠義に一切の迷いはございません」
それはあまりにも重い、死を覚悟しての言葉であった。
国王は苦悶に目を伏せて息を吐く。再び瞳を開いた時に、そこにあるのは統治者としての覚悟であった。
「騎士団長ゴッズウェル、貴殿の忠心、心より誇りに思う」
かくしてドラゴン討滅作戦は決行となった。
ドラゴンが人里に現われる理由は主に二つ。食用として家畜を襲うか、魔石を狙うかだ。
ドラゴンにとって魔石は嗜好品のたぐいとされる。今回の個体は後者であり、主要都市の在庫が次々と略奪された。
これに対し王国軍は、魔法省の魔石を囮として解放し、谷間に位置するファウケス砦に陣を構えた。
ファウケス砦はカルデラの縁に位置し、眼前にはすり鉢状の大地が広がっている。
レイナがこの地を決戦の場に選んだのは、すり鉢状の地形がパラボラ反射によって中心部に熱を滞留させやすいこと、そして底部に腐食性ガスが沈殿しているからだった。
ドラゴンの放つ高熱は、図らずも煤と腐食性ガスの化学反応を加速させる。
親水性を得た汚染粒子は、ドラゴンの肺の深部まで潜り込み、呼吸機能を根底から削り取っていくだろう。
カーボン・スラリーの散布には、魔導工廠の消火機材が転用された。
魔石を動力源にピストン運動で水を射出する魔動機を改造し、ホース径を極太化。さらに長時間照射ではなく、瞬時に大量の液体を叩きつけるために回路の組み直しが行われた。
狙いは、ドラゴンの強靭な外殻をカーボン・スラリーで塗り潰すことにある。
カーボン・スラリーの水分がドラゴンの超高温により瞬時に蒸発。表面に残された膨大なカーボン粒子が舞い上がる。
これこそが、レイナの狙う『死の煙幕』であった。
急ピッチで作業が行われる砦に予期せぬ来客が訪れたのは決戦前夜の事だった。
「――レイナ嬢、勇者様と聖女様が面会を願い出ております」
レイナが砦の軍議室で応じると、勇者と聖女は深々と頭を下げた。
「今更のこのこ顔を出して何を、と思われるかもしれない。だがもし、僕たちに出来る事があれば手伝わせて欲しい」
「勝ち筋が見えてから尋ねて来るなんて、本当に情けないですよね。今まで隠れていてごめんなさい」
素直に謝罪する二人に、レイナは首を振った。
「それって当たり前じゃん。あーしだって勝てない相手なら秒でずらかるし。
だいたいあーし達にとってこの世界の人たちは全員赤の他人だし。命かけろとか無理ゲすぎ」
「じゃ、じゃあ、私たちにも手伝わせて貰えますか?」
「もちのろんに決まってんじゃん。聖女ちゃんは守護魔法と回復魔法が使えるんだよね」
「はい、負傷した方がいれば回復いたします」
ふとそこでレイナは首を傾げると部屋に控えていたバルトに振り返る。
「パパ、回復魔法の原理って?」
「現状もっとも支持されてるのはパーツの複製論だな。
ひと昔前までは回復魔法によって欠如したパーツが生成されるって言われてたが、現在では周辺パーツの複製によって欠けたパーツを補ってるって説が有力だ。
魔法使いでも回復魔法の使い手は存在するが、聖女様の魔法は桁違いに強力に出来てる」
「つまり、細胞増殖と複製ってことね」
レイナは首を捻って考え込む。そしてふいに大きく飛び跳ねた。
「……うっわキタコレ、ヤバたに園!
凄いよ聖女ちゃん! 聖女ちゃんの回復魔法でドラぴの徹夜テンションぶっち出来るかも!」
興奮するレイナに、聖女本人と勇者はもとより、バルトすら理解が追いつかない。
「ちょ、お嬢ちゃん、おっさんにも分かるように説明してくれ」
「あーっとね、狂化ドラぴに回復魔法をかけるとどうなると思う?
超高温でバグったパーツを強引に複製すると、異常値が吐き出される可能性が跳ね上がるの。――つまり、腫瘍状に肥大化したりして、気管や血管を物理的にストップしちゃう」
「なるほど、……それで狂化状態になる時間を大幅短縮するって訳か」
「マジでそれ!」
ドラゴン逃げて、超逃げて。
バルトはすでにドラゴンが可哀そうになってきた。
「それじゃあ僕は、狂化状態のドラゴンを押さえ込めるように騎士団に協力しよう。
僕は回復魔法も防御魔法も使えない。だが、この”光の剣”ならば前線で役立つことも出来るだろう」
静かに覚悟を決める勇者に、レイナが眼光をギラつかせて振り返る。
その異常な迫力に勇者は思わずたじろいだ。
「――勇者君、そこんとこ、くわしく」
「各員、最終チェック開始! 急げ!」
兵たちが慌ただしく行きかうファウケス砦の歩廊。
レイナは仁王立ちでじっと空を睨んでいた。
「こんなとこでどうしたんだ? お嬢ちゃんの持ち場は後ろだろ?」
殺気だった周囲の空気に飲まれることなく、バルトが穏やかに声を投げ傍らに並ぶ。
レイナはちらりと視線を投げると、僅かに頬を膨らませた。
「あーしがここにいても役立たずなのは分かってるんだけどさ。勇者君や聖女ちゃんと違って女神様の恩恵もないしね」
「なんだお前さん、気にしてたのか?」
「あーしだって、影で無能だの何だの言われてた事くらい気付いてっし。ギフトなしはマジマジのガチだし」
バルトはハっと笑み息を散らすと、無骨な手でレイナの頭をかき混ぜた。
「ちょ、パパ、何すんの!」
がっはっは、と豪快な笑い声を響かせたバルトは、ふと真剣な眼差しをレイナに向ける。
「ギフトが与えられなかった訳じゃない。お前さんには最初っから足りてたんだ。
お前さんの頭につまってる知識と、それを自在に使いこなす閃きは”天から与えられたギフト”じゃない。
お前さんが必死こいてしがみ付いて、噛みついて、足掻いて来た、お前さん自身が作り出した”才能”だ。
――自信を持て。いつもみたいに胸をはれ。お前さんは、……バイブス全開テン上げMAXの無敵ギャルなんだろ?」
レイナは瞳が零れそうなほどに大きく目を見開き、次の瞬間に笑みが爆ぜる。
「っふ、っは! おっさんの若者ムーブ痛すぎなんですけどー!」
「な、お前なぁ~」
散々に笑ったレイナは視線を反らし、小声で「ありがと」と呟いた。その頬は分かりやすく朱に染まっている。
バルトはその様子に、もう一度、レイナの頭をかき混ぜた。
「さてそれじゃ、お嬢ちゃんは後ろに下がってな。こっからは現場の晴れ舞台だ。監督はどんと構えてりゃそれでいい」
「了解、パパ」
レイナが頷いたのとほぼ同時、物見の兵が声をあげた。
「目標捕捉! 西方、雲間より敵影急降下!!」
「おっと、お出ましか。急げ、後方に避難しろ!」
バルトの声にレイナが駆け出し、護衛の騎士が安全な場所へ誘導する。
飛来する災厄は映像で見た時よりも、遥かに荘厳で巨大に思えた。
白銀の鱗はまるでダイヤモンドの装甲を纏ったかのようであり、太陽光を乱反射して無数の煌めきを放っている。
広げられた巨大な翼は、透き通るほど薄く、それでいて嵐を切り裂くほどに強靭だ。
その姿は空を駆ける流星。災厄と呼ぶには美しすぎた。
「魔法兵団、防壁展開! インパクト・アングル固定、滑空ブレスを逸らせ!」
砦の兵たちが一斉に動き出した。
まずは空域を制するドラゴンの機動を奪い、地上へ『引きずり落とす』のが第一段階だ。
乱気流のなかでは、カーボン・スラリーの噴霧密度が維持できない。
狙うべくは地上で最大火力を放つ直前――放熱のために翼を全開にする一瞬だ。
「喉奥の励起を確認、熱線、来ます!」
「防壁全周展開! 魔力バイパス接続、耐えろ!」
「きゃッ!」
空気を震わす衝撃で、レイナはその場に転がった。
直後、鼓膜を圧する爆音が大気を震わせた。数秒、音の概念が消え失せる。
直撃こそ防壁が弾き飛ばしたが、周囲は一瞬で焦熱の地獄へと変わっていた。
「ドラゴン再上昇、旋回します。第二弾、来ます!」
「第一列、魔力枯渇! 次列、交代急げ! 未だ……防壁展開、今だッ!」
重なり合う二撃目の熱波に、砦の石材が悲鳴を上げる。
気温は瞬く間に50度を突破し、呼吸のたびに肺が焼けるように熱くなる。
護衛騎士はレイナを導き、兵の間を縫って進んでいく。
「怯むな、デコイを維持しろ! ブレスが効かぬと知れば、あいつは必ず降りてくる!」
「第三弾、来ます! 第一列、魔力回復が間に合いません! 交代不能!」
「構わん、どけッ!! 魔導工兵団、盾を並べろ! 魔導装甲、オーバーブースト、展開!」
ようやく指揮官たちが揃う後方へと避難し、差し出された水差しの水を飲み込んだ。
戦いはすでに始まっている。……怖い、とレイナは初めて心の底から怯えていた。
だが、迷いはない。レイナには自ら育てた”才能”があり、その全てを出し切った。
女神には分かっていたのだろう。
勇者の光の剣、聖女の癒し、……そしてレイナの持つ知識と閃きこそがドラゴンに打ち勝つために必要な力だったのだ。
「目標着地! 翼膜全開、喉奥の熱源が最大臨界を突破、放射まで秒読みです!」
「魔導工廠部隊! いまだ! カーボン・スラリー散布機、所定位置に散開!」
「異常事態! 三号機、先ほどの余熱で魔力回路が融着!」
悲鳴を上げる工兵を突き飛ばし、バルトが工具箱と共に滑り込む。
「騒ぐな、想定内だ! 焼き付いたバイパスを切り離せ! 予備コア直結、30秒で再起動させる!」
周囲は火口のごとき熱砂の嵐。
バルトは滝のような汗で視界を奪われながらも、指先の感覚だけで伝導線を編み変えていく。
「交換完了、 押した5秒は足で稼げ! 走れッ!」
車輪付きの散布機が射程距離まで近づくと一斉にカーボン・スラリーを噴射する。
突如降り注ぐ漆黒の雨にドラゴンは哄笑に喉を震わせた。
ドラゴンは過信していた。人間ごときがいくら足掻いてみせた所で絶対的な力の差は埋まらない。
その傲りが、未知を畏れる野生の本能を捨てさせた。
選択を誤った代償は、全身が燃え上がる苦痛となって襲い来る。
「スラリー着弾、全面被覆を確認! ドラゴン表面で急速蒸発開始!」
「いいぞ、内側から焼け焦げろ……! 聖女様、あやつめに天罰をお与え下さい!」
歩廊に立った聖女が、震える手で祈りを捧げる。
膨大な回復の奔流がドラゴンに注がれた。
傷ついた細胞は治癒する代わりに、狂った設計のまま複製し、気管や血管を肉の腫瘍で埋め尽くしていく。
「ドラゴン、内圧異常! 喘鳴を確認、このまま倒れ、いえ、――狂化状態に移行しますッ!」
「させるな! 魔導工廠部隊! 巨大集光レンズ起動、照準合わせッ!」
砦内部からせりあがってきた発射台の巨大なレンズがドラゴンへ標準を絞り込む。
その背後では勇者が剣を抜き放つと高々と天へ切っ先を突き上げた。
「光の剣よッ!!!!」
眩い閃光。光の刃でもって敵を切り裂くその技を、最大出力で保ったまま勇者は全身全霊で耐え忍ぶ。
その光が集光レンズによってドラゴンの体表を焼き尽くし、身体そのものを細胞の単位から破壊する。
天地を揺るがす咆哮はまさに断末魔の叫びだった。
そうして光が消えた時、そこにいたのは、咆哮のままに固まった漆黒の像だった。
かつての美しい鱗も、強靭な翼も、すべてが光を吸い込む「黒」に変じている。
わずかな静寂。高台を吹き抜けた一陣の風が、ドラゴンの鼻先を撫でていく。
その瞬間、漆黒の像は音もなく煤となって崩れ去った。
肺を焼き、空を奪った『死の煙幕』は、皮肉にもドラゴンの成れの果てとなったのだ。
かくして、王国を襲った災厄は稀人たちの勇気と献身、そして知の力によって退けられた。
国王は約束通り、現世へ帰還するための魔法陣の準備に取り掛かった。
バルトが行った下町火災の消火に関しても、改めて詳細な調査がなされた結果、緊急避難措置として違法性はないものと判断された。バルトは元の部署に復帰した上、こたびのドラゴン退治の立役者として異例の昇進を果たすこととなった。
平穏を取り戻したはずのバルトだったが、現在、魔導工廠部の部長室は三人の珍客によって完全に占拠されていた。
レイナ、そして勇者と聖女の三人である。
「凄い、凄いよレイナちゃん! 魔導回路で充電器が作れちゃうなんて格好いい!」
久方ぶりにスマートフォンの電源をオンにできた聖女は涙を流して感動し、勇者は勇者でお気に入りの重低音を鳴らしながら華麗なステップを刻んでいる。
その姿は、若者らしい実に微笑ましい光景であるものの、急増した戦後処理の書類の山に頭を抱えていたバルトの精神には、深刻なダメージを刻んでいた。
「もー、君たち! 遊ぶんなら部屋の外にしてちょーだい!」
悲鳴をあげるバルトに、レイナは笑顔で肩に手を回すと、スマートフォンのレンズを向ける。
「えー、いいじゃん。パパってば付き合い悪! あーし、現世に帰る前にこっちの料理をコンプしてみたいんですけどー。自撮りもいっぱい撮りたいしー」
「あ、こちらの料理は私も食べたいです! 聖力でお腹空きやすくなっちゃって」
「勿論、僕も参加する。勇者特権で大盛りいけるかな?」
乗り気な聖女と勇者に押し切られ、バルトは魂まで吐き出しそうな溜息とともにうなだれる。
彼に真の平穏な日々が訪れるのは、もう少しだけ先の未来になりそうだった。




