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勘違いのヒーロー

 

 ヒーローは負けない。


 それは世界の真理であり、絶対の法則だ。

 日曜の朝テレビをつければ、いつだって極彩色のスーツに身を包んだ英雄たちが教えてくれる。

 悪は滅びる。なぜなら弱いからだ。

 正義は栄える。なぜなら強いからだ。

 つまり、強いことこそが正義であり、最後に立っていた者が「善」なのだ。


 単純明快。これほどわかりやすい理屈が他にあるだろうか?


 だから俺は、今、猛烈に感動していた。

 自分の拳に宿る、圧倒的な「正義」の力に。


「が、あ……っ」


 足元で、悪の戦闘員Aが呻き声を上げて転がっている。

 いや、正確には近所の中学に通う不良グループのタカシだ。

 年齢は俺より五つも上。身長だって頭一つ分は大きい。

 学ランの裏地に派手な刺繍を入れて、肩で風を切って歩いていた「悪の幹部」だ。


 そのタカシが今、泥だらけになって俺を見上げている。

 恐怖に引きつった顔。鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった情けない表情。

 さっきまでの威勢はどこへやら、だ。


「参ったか!これが正義の鉄槌だ!」


 俺は夕焼けに染まる公園のジャングルジムの前で、ビシッとポーズを決めた。

 右手を高く突き上げ、左手は腰に。

 テレビの向こうのレッドがよくやる、勝利のポーズだ。


 俺の視界の端には、タカシの取り巻きだった中学生たちが、すでに地面に伏しているのが見えた。

 三人。全員、一撃か二撃で沈めてやった。

 彼らは腹を押さえたり、足をさすったりして、「ひぃ」「うぅ」と小さく鳴いている。


 完璧だ。

 完全なる勝利パーフェクト・ウィン


 俺は大きく息を吸い込んだ。

 肺いっぱいに満ちる、勝利の味。

 鉄錆のような血の匂いと、土埃の匂いが混じっているが、それすらも英雄の勲章のように感じられた。


 俺はまだ小学3年だ。

 ランドセルを背負ったままの子供が、中学生の不良グループを壊滅させたのだ。

 これはもう、伝説と言っていいだろう。

 明日になれば学校中で噂になるはずだ。「浜田くんが街の平和を守ったぞ」と。


「おい、大丈夫か!」


 俺は、ジャングルジムの陰で震えていた同級生たちに声をかけた。

 カズヤとミツルだ。

 彼らはこの公園でタカシたちに絡まれ、小遣いを巻き上げられそうになっていた。

 そこへ通りがかった俺が、颯爽と現れたわけだ。


「もう安心だぞ。悪の組織は俺が倒し――」


 笑顔で振り返った俺の言葉は、途中で凍りついた。


 カズヤとミツルは、腰を抜かしていた。

 それはいい。恐怖のあまり動けなくなるのは、一般市民(モブ)の役割として正しい。

 だが、彼らの視線がおかしい。


 彼らは、俺を見ていた。

 助けてくれたヒーローを見る目ではない。

 憧れも、感謝も、そこにはなかった。


 あるのは、底知れぬ「恐怖」だけ。


「ひ、ひぃぃ……!」

「く、来るな……!あっち行けよぉ!」


 カズヤが悲鳴を上げ、ミツルが後ずさりする。

 俺は首を傾げた。


「え?何言ってんだよ。助けてやったんだぞ?」


 一歩近づく。

 すると二人は、まるで本物の怪獣でも見たかのように、「うわああああ!」と絶叫して逃げ出したのだ。

 ランドセルを放り出し、転がるようにして公園の出口へと走っていく。


「は……?」


 俺は呆然とその後ろ姿を見送った。

 なんでだ?

 なんで逃げる?

 俺は勝ったんだぞ。悪い奴らをやっつけたんだぞ。

 普通なら、「ありがとう浜田くん!」「すごいよ浜田くん!」って駆け寄ってくるところじゃないのか?


 足元で、タカシがずりずりと後退っていく音がした。

 見下ろすと、彼は俺の顔を見て、ガタガタと震えている。


「ば、化け物……」


 タカシが掠れた声で呟いた。


「小学生の、力じゃねえ……お前、なんだよ……」


 化け物?

 俺が?


 ムッとして、俺はタカシの胸倉を掴み上げた。

 片手で。

 体重五十キロはあるだろう中学生の体を引きずり起こす。


「訂正しろよ。俺は化け物じゃない。正義の味方だ」


 俺は真剣に言った。

 嘘じゃない。俺はいつだって正義のために力を使っている。

 力が強いのは、神様が俺に「悪を倒せ」と使命を与えたからに違いないのだ。

 生まれつき、俺の体は大きかった。

 幼稚園の頃には先生より力持ちだったし、小学校に入ってからは相撲大会で六年生を投げ飛ばして出禁になったこともある。

 大人たちは俺の力を「危ない」と言うけれど、それは使い道を知らないからだ。

 正しく使えば、こうやって街の平和を守れるのに。


「ひっ、ご、ごめんなさ……!」


 タカシが白目を剥きそうになったので、俺は手を離した。

 ドサッ、と彼が地面に落ちる。


 その時だった。


「こらぁっ!何やってるんだ!」


 怒号が響いた。

 公園の入り口から、自衛官と数人の大人が走ってくるのが見えた。

 近所のおばさんが通報したのだろうか。

 俺はパッと顔を輝かせた。


 自衛官だ!

 テレビの中では、自衛官はヒーローの到着が遅れた時の引き立て役だけど、現実では正義の組織だ。

 きっと俺の活躍を表彰してくれるに違いない。


「自衛官!見てください!こいつらがカズヤたちを虐めてたから、俺が成敗してやりました!」


 俺は胸を張って報告した。

 倒れている中学生たちを指差して、誇らしげに。


 しかし。

 駆け寄ってきた自衛官の顔色は、俺の予想とは全く違っていた。

 彼は倒れている中学生たちの惨状――折れ曲がった腕や、腫れ上がった顔――を見て、顔を青ざめさせ、それから俺を睨みつけたのだ。


「き、君がやったのか……?」

「はい!俺一人でやりました!」

「……確保しろ!!」


 自衛官の一人が叫んだ。

 え?

 確保?誰を?悪の組織の残党か?


 俺がキョロキョロしていると、二人の自衛官が左右から俺に飛びかかってきた。


「うわっ!?な、何すんだよ!」

「暴れるな!じっとしてろ!」


 太い腕が俺の首に巻き付き、もう一人が俺の腕をねじ上げる。

 痛い。

 いや、痛くはないけれど、窮屈だ。

 俺は反射的に体を捻った。


「離せよ!俺は味方だぞ!」


 ブンッ、と俺が腕を振ると、大人の自衛官があっけなく吹き飛んだ。

 砂場に頭から突っ込む自衛官。


「え……?」


 もう一人の自衛官が、目を見開いて固まっている。

 周囲の大人たち――野次馬のおじさんやおばさんたち――から、悲鳴が上がった。


「な、なんなのあの子……」

「自衛官を投げ飛ばしたぞ……」

「猛獣じゃないか……」

「恐ろしい……」


 ひそひそと交わされる言葉。

 突き刺さる視線。

 そこには、俺が求めていた称賛は欠片もなかった。

 あるのは、異物を見るような、忌み嫌うような、冷たくて濁った色だけ。


 なんでだ。

 俺は心の中で叫んだ。


 俺は悪い奴を倒したんだぞ。

 あいつらはカズヤたちを虐めてたんだ。

 だから俺が力でねじ伏せた。

 勝ったのは俺だ。

 強いのは俺だ。

 だったら、俺が正しいはずじゃないか。


 なのに、どうして誰も俺を褒めてくれないんだ?

 どうして、みんな俺をそんな目で見るんだ?


「応援を呼べ!子供だと思って油断するな!危険人物だ!」


 砂場から這い出した自衛官が、無線に向かって怒鳴っている。

 危険人物。

 その言葉が、俺の胸に重くのしかかった。


 俺は、ヒーローになりたかっただけなのに。


 夕日が沈んでいく。

 公園の木々の影が長く伸びて、俺の体を黒く塗りつぶしていく。

 倒れている中学生たちは、被害者面をして大人たちに介抱されている。

「あいつがいきなり殴ってきたんだ」と嘘をつきながら。


 俺は拳を握りしめた。

 このまま全員なぎ倒して逃げることもできる。

 俺の力なら、大人たちなんて敵じゃない。

 そう思うと、腕に少し力が入る。

 でも、それをしたら、本当に俺は「悪」になってしまう気がした。


 だから俺は、抵抗をやめた。

 再び組み付いてきた自衛官たちに、されるがままに腕を引かれる。


「……なんでだよ」


 ポツリと漏れた言葉は、誰にも届かなかった。

 手首に食い込む大人の手の感触だけが、妙に生々しかった。


 護送車の赤いランプが、回転しながら俺の顔を照らす。

 赤。

 それは俺が一番好きな、正義のヒーローの色だったはずだ。

 けれど今の俺には、それは警告の色にしか見えなかった。


 お前は間違っている。

 お前はここにはいらない。

 お前は、人間じゃない。


 そんな声が聞こえた気がして、俺は唇を噛んだ。

 血の味がした。

 勝利の味だと思っていたそれは、ただの鉄錆のような、苦い味に変わっていた。


 俺は護送車の後部座席に押し込まれる。

 窓の外、遠巻きに見ている群衆の中に、カズヤとミツルの姿を探した。

 でも、どこにもいなかった。

 彼らはとっくに逃げ去って、俺のことなんて忘れてしまったのかもしれない。


 孤独だった。

 マジで意味が分かんねぇ。


(力が足りないのか……?)


 ふと、そんな考えが頭をよぎる。

 もし俺がもっと強ければ。

 中学生だけじゃなく、自衛官も、大人たちも、世界中をねじ伏せられるくらい強ければ。

 そうすれば、みんな俺を認めるんじゃないか?

 ひれ伏して、「あなたが正義です」って言うんじゃないか?


 そうだ。きっとそうだ。

 俺が間違っているんじゃない。

 俺の力が、まだ「絶対」じゃないから、わからず屋どもが騒ぐんだ。


 窓ガラスに映る自分の顔を睨みつける。

 涙は見せない。

 ヒーローは泣かない。

 次は、もっとうまくやる。

 もっと強く、もっと圧倒的に。

 誰にも文句を言わせないくらい、最強の男になってやる。


 護送車が走り出す。

 サイレンの音が、俺の幼い決意をかき消すように、夕暮れの街に響き渡った。


 それが、俺と「彼」が出会う少し前。

 勘違いと思い込みと、やり場のないエネルギーだけで生きていた、愚かなガキ大将の肖像だ。


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