第4話「未来の教育体制」
彼女の手に収まっていたのは、手元の画面で操作する、少し古い据え置き型のゲーム機だった。
角の取れた筐体と、使い込まれた操作パネル。最新技術が溢れるこの時代にあって、それは明らかにひと世代前の存在だったが、不思議と場の空気にはよく馴染んでいた。
三人は顔を寄せ合い、わくわくした様子で電源を入れる。
起動音が鳴り、すでに本体に入れ込まれていたソフトが画面に表示された。特に相談することもなく、そのまま選択し、ゲームを始める。
サイコロを振っては一喜一憂し、思わぬところで形勢がひっくり返る。
突然始まるミニゲームには、誰もが本気にならざるを得なかった。
笑って、叫んで、時には睨み合う――友情が試される、ある種のパーティゲームだった。
「ちょ、待って待って! そこでそれは聞いてない!」
ソラが悲鳴を上げる。
画面の中では、無情にも運命が転がり、結果だけが確定していく。
「運も実力のうち、だろ?」
ハルは楽しそうに肩をすくめ、状況そのものを面白がっていた。
「……はい、友情ポイント、今のでマイナスです」
シオリは微笑みを浮かべたまま、淡々と言い切る。
二人は同時に抗議の声を上げ、部屋に笑いが広がった。
こうして最初のゲームが終わると、シオリは迷いなく次のソフトを取り出す。
その動きを見た瞬間、ソラは半ば笑いながら声を上げた。
「おい、また友情崩壊ゲームじゃんかよ!」
シオリは気にする様子もなく、楽しそうに笑い返す。
「いいじゃん!きっと楽しいよ!」
そう言って、ソフトを据え置きゲーム機へと差し込んだ。
再び、画面が切り替わった。
そのゲームは、日本地図に張り巡らされた路線を舞台に、目的地を目指して金と運命を奪い合うものだった。
柔らかな色合いと親しみやすいデザインとは裏腹に、進めば進むほど誰かが得をし、誰かが傷つく。平和そうな見た目の奥で、何度も友情が試されるタイプのボードゲームだ。
それでも――いや、だからこそ。
三人はなんだかんだ言いながら、楽しそうにゲームを進めていた。
「ハルやめろ!俺に貧乏付けんな!」
ソラが声高々に叫び、笑いながら画面を指差す。
「シオリにつけたら可哀想だろ?となると消去法でソラしかいない、許してくれ!」
そう言ってハルは、ためらいなく“貧乏”と呼ばれるそれをソラへと押し付けた。
恐れていた役を背負わされたソラは、叫ぶかと思いきや、意外にも肩を落とすだけでその運命を受け入れる。
「まぁ......仕方ないか」
その言葉に、ハルは「うん」と笑顔で頷いた。
そして、ソラは続ける。
「だってシオリ、一人だけ資金マイナス34億だからな......」
その一言で、空気が一瞬だけ止まる。
二人はそっと視線をシオリへ向けた。
シオリは頬をほのかに赤く染め、今にも泣き出しそうな表情を浮かべながらも、必死に気持ちを立て直そうとしている。悔しさと恥ずかしさと、それでも諦めたくないという真剣さが、その顔には同時に浮かんでいた。
やがてゲームは切り替わり、今度は四角いブロックで構成された世界へと舞台を移す。
地面を掘り、素材を集め、積み上げ、生き延びることを目的とした――自由度の高い、創造のゲームだった。
「おい、シオリ!この落とし穴作ったのお前だろ!」
ソラが笑いながら声を上げる。
「引っかかったあ!」
シオリは楽しそうに笑い、悪戯が成功したことを隠そうともしない。
そんな二人のやり取りを横目に、ハルは淡々と、しかしどこか楽しげに操作を続けていた。
笑って、叫んで、少し悔しがって。
そうした時間の積み重ねの中で、三人の距離は、気づかぬうちに急速に縮まっていった。
やがてゲームを終え、コントローラーを置くと、部屋には余韻のような静けさが残った。
「楽しかったあ!誰かとやるゲームってこんなに楽しいんだね!」
シオリが弾むような声で言い、満足そうに息を吐く。
それに応えるように、ハルが肩の力を抜いて言った。
「ゲームは、一人でもみんなでも楽しいからな!」
その言葉に、ソラも大きく頷く。
「なっ!」
三人の間に、言葉を必要としない短い間が流れる。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように、空気は穏やかだった。
その沈黙を破るように、シオリがふと口を開く。
「ねえ、二人って何歳なの、同い歳?」
ソラはハルの方へ視線を向けかけ、そのまま答える。
「俺もハルも15で、幼なじみ」
それを聞いたシオリは、少し目を丸くしてから、納得したように笑った。
「そっかぁ、じゃあ歳上だね!二人とも」
ソラは一瞬、言葉に詰まり、えっ、と声を漏らす。
「じゃあシオリは14ってこと?」
そして、思わず本音がこぼれた。
「見えねぇ......」
その一言に、シオリは少し怒ったような、拗ねたような表情を浮かべる。
「ちょっとそれどういう意味?」
ソラは慌てて両手を振る。
「いやいや、料理とか文化とか、大人っぽいなって思っただけ、一個か二個上くらいかと......」
シオリは「ふーん......」と、まだ少し疑いを残した声を出しながらも、それ以上は追及しなかった。
そして、少し間を置いてから、視線を二人に向ける。
「それで......二人はどうしてあんな時間に出歩いてたの?」
ソラとハルの反応を確かめるように、続ける。
「まだ感性教育中の歳だと思うけど?」
空気が、わずかに変わった。
ただの遊びの時間は、いつの間にか、互いの“背景”へと踏み込み始めていた。
感性教育。
それは、かつて存在した、小学、中学と段階的に上がっていく義務教育の延長線上に生まれた、人間としての感性を育むための教育期間。その理念自体は、決して突飛なものではなかった。知識を詰め込むよりも先に、人間としての土台を作るべきだ――そうした考えの元生まれた制度だった。
この時代においては、もはや小学校や中学校といった区分は存在しない。年齢ごとに輪切りにされた教育は非効率とされ、すべては一つに統合された。代わりに設けられたのが、十三年感性育成計画と呼ばれる、一貫した教育期間である。
現在の子供は、三歳を迎えると同時にその対象となる。家庭から切り離され、指定された教育施設へと移送される。それは入学というより、参加に近い。無論拒否権は存在しない。社会が定めた「人間になるための工程」に、等しく組み込まれるのだ。
最初の数年間、子供たちは学ばない。文字も、数字も、教えられない。ただ遊び、食べ、眠り、他者と時間を共有する。感情を知り、安心を覚え、集団の中で生きる感覚を刷り込まれていく。ここで求められるのは理解ではなく、定着だった。
年齢が上がるにつれ、教育の内容は少しずつ変化する。友人関係、衝突、選択。正解の与えられない問題に向き合い、自ら考え、行動することを求められる。競争はあるが、順位はない。評価されるのは結果ではなく、その過程だった。
十二歳を超える頃には、教育はより実践的になる。グループ活動、疑似社会、役割分担。ここで初めて、個人の差が明確になる。考える者と、流される者。積み重ねてきた感性の質が、静かに表面化していく。
そして十五歳で、十三年に及ぶ教育期間は終了する。
十六歳。
子供たちは最後の工程に進む。人類が到達したほぼすべての知識を内包した情報チップが、脳へと接続されるのだ。
だが、それは万能ではない。
チップが与えるのは情報であり、理解ではない。受け取れる量も、定着する深さも、十三年間で形成された感性と脳の発達に大きく左右される。真剣に考え、悩み、選び続けてきた者ほど、多くを取り込む。一方で、思考を放棄してきた者には、知識はほとんど根付かない。
この工程を経て、初めて「完成」と判断される。
適合者は中枢都市へ。
不適合者は、都市の外へ。
感性教育とは、この時代における“人間の作り方”だった。
「どうしてって......」
問いを受け、ソラはすぐには答えなかった。
一瞬だけ視線を宙に泳がせ、それから、ゆっくりと目を伏せる。
「逃げてきたんだ」
言葉と同時に、視線が逸れた。
それ以上の説明はない。だが、その短い一言には、重たい何かが含まれていた。
ハルもまた、無言のまま俯く。
否定も補足もせず、ただ沈黙で同意するように。
その様子を見た瞬間、シオリの表情が変わった。
驚きが、驚愕へと変わり、思わず声が大きくなる。
「逃げ出せたの!?あの施設から」
空気が張りつめる。
今までの和やかな時間が、はっきりと過去のものになった。
その言葉が示す場所を、三人は正確に理解していた。
ここから先は、ただの雑談ではない。
互いの“立場”と“現実”に踏み込む話になる――そんな予感だけが、静かに部屋を満たしていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
更新がだいぶ空いてしまって、すみません。
アイデアが出ないとか、書くのが嫌になったとかでは全然なくて、むしろこの物語を書く時間は、すごく楽しいです。
ただ、もう一つ並行して書いている作品もあって、
どうしてもこちらはマイペースな更新になってしまいそうですが、これからも面白いと思って頂ける物語を紡いでいこうと思っていますので
もし少しでも「良かった」「続き気になる」と感じてもらえたら、感想をもらえると本当に励みになります。
もちろん、正直な感想も大歓迎です。
評価やブックマークも、今後の執筆の大きな力になりますので、よければぜひお願いします。
マイペースではありますが、これからも帝国少女をよろしくお願いします。




