第17章「富裕層の暗部」
地下層の静かな部屋で、カイとユナは情報端末の前に座っていた。壁の冷たい金属が微かに光を反射し、二人の顔を青白く照らす。戦闘の余韻で息は荒いが、二人の目は鋭く光っていた。
「……これが、富裕層の記録か」カイは画面に映る膨大なデータを指でなぞりながら呟く。
「……人体実験、培養槽の記録、そして電脳世界の管理プログラム……」ユナは静かに、しかし確信を持って分析していた。
画面には、培養槽に繋がれた子供たちの生体情報、神経接続の数値、デュアルマインド能力適性のランク、そしてその利用目的までが並んでいる。目を背けたくなるような冷徹な数値の羅列だ。
「……信じられない。生まれた瞬間から支配され、利用されるだけなんて」ユナの声には怒りが混じる。
カイは画面を凝視したまま、静かに答える。「でも、これで全ての謎が少しずつ見えてくる。俺たちは無駄に戦っていたわけじゃない」
データをさらに解析すると、奇妙なファイルが浮かび上がった。標題には「二重人格実験体——CALYPUS」とある。
「これ……人間なのか?」カイが眉をひそめる。
ユナはスクロールしながら、冷静に答える。「肉体は人間、でも脳の二重化実験を施されている……普通の思考では解析できない存在ね」
その瞬間、電脳空間の端末が光を帯び、ヴェイルのアバターが現れた。無表情だが、その眼は鋭く二人を見据えている。
「ようやく来たか」ヴェイルの声は淡々としている。
「君たちの解析は順調のようだが、ここから先は注意が必要だ。富裕層は、この暗部を簡単には明かさない」
「暗部……二重人格実験体のこと?」カイは問い返す。
ヴェイルは頷き、言葉を続ける。「その名はカリュプス。極端に強化された人間であり、戦術的にはリーパーズをも凌ぐ。電脳世界と現実世界の双方で異常な反応を示すため、制御は非常に困難だ」
ユナは眉をひそめた。「……私たちが戦ったカリュプスは、その前段階の実験体……?」
「その通りだ。だが本物はさらに異常な存在になる」ヴェイルの声は冷静だが、そこには危険の匂いが漂っていた。
カイは拳を握る。「……やっぱり、俺たちは止まれないな」
「ええ、でも……二人でなら、可能性はある」ユナの声には覚悟と自信が宿っていた。
端末の奥から、富裕層の電脳管理構造図が浮かび上がる。中枢制御室、監視AI群、実験体リスト、電脳世界の各層の構造。
「これを解析すれば、カリュプスの居場所や次の攻撃目標も見えるかもしれない」カイは指で図をなぞり、戦略を練る。
ユナは光の粒子を操り、脳内に情報を直接投影する。「私たちのデュアルマインド呼応で、分析速度は通常の十倍……いや、二十倍はあるわ」
だが、解析を進めるほどに、富裕層の冷徹さと人間の無力さが浮き彫りになる。培養槽の中で生きる子供たち、二重人格化される被験者、そしてそれを娯楽として見下ろす富裕層。
「……カイ、私たちは……どうする?」ユナが小さく問いかける。
カイは画面を見つめ、力強く答える。「俺たちは止まらない。ユナ、どんなに遠くても、俺たちで止める」
二人の間に、一瞬の静寂が訪れる。だが、その静寂の中にこそ、電脳世界と地下層の間で蠢く次なる危険の影が潜んでいることを、二人はまだ知らなかった。
「……ここから先、真実に直面する」ユナが呟く。
カイは深く頷き、二人は再び呼応を強め、電脳世界の情報の奔流に身を委ねる。
地下層と電脳世界——その狭間で、富裕層の陰謀の全貌が、少しずつ輪郭を現し始めていた。




