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幽霊少女エリーゼ  作者: スズシロ
はじまりの日へ

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28/28

第27話 文通の始まり

 青蝶(ブラウファルター)城にエリーゼが戻ったのは、帝国暦2865年の8月28日の事だった。

 神聖バハムート帝国の暦では、一ヶ月は30日ちょうど。

 二日挟んで、9月1日から、エリーゼはデレリンにある貴族学院に戻る事になっていた。

「大丈夫かしらあの子……もう二年間も、学院に通っていないのに」

 8/29の夜、ディアナが城の夫婦の部屋で、クラウスにそのことを口にした。

 既にガウンに着替えてくつろいでいたクラウスは、ディアナが俯き加減でそう尋ねた事に対し、自分も顔を引き締めた。

 二人は寝る前に、グラスでワインを楽しんでいるところだった。

「成績は大丈夫だろう。だが……」

 クラウスもそれは気にしていなかった訳ではない。

 エリーゼが紛れもなく天才である件については、クラウスの方からディアナに教えている。ディアナも、自分で娘と話して確かめて、そのことは納得していた。

「そうよね」

 夫のいわんとしていることを察して、ディアナは頷いた。

 我が子、エリーゼは天才である。学業の方は問題ないだろう。異常な暗記力などは黙っているように教えたが、隠しおおせる事かどうかは分からない。それに、子どもの才能を潰すような事もしたくなかった。

 それよりも気になるのが、二年間、学校を休んで、いきなりクラスに戻る事である。同い年の子ども達とうまくやっていけるだろうか。学校になじめるだろうか?

「心配だわ。前のように、泣きすぎたり、引きこもったりするような事はないみたいだけど……」

「毎日、アスラン達と村中駆け巡ったからな。最初はおっかなびっくりだったようだが、似たような年頃の子ども達と遊ぶ事が出来た」

 グラスをサイドテーブルに置いて、クラウスは軽くため息をついた。

「村ではうまくいった。体力もついたし、笑う事も覚えた。だが、村の子ども達とのつきあい方が、貴族学院のマナーになるわけがない。エリーゼがそれに気づくかどうか……」

 クラウスがそう言いかけた時、夫婦の寝室のドアが数回、ノックされた。


「お父様、お母様……」

 エリーゼだった。

 エリーゼは就寝する前に、必ず、両親の部屋を訪れて挨拶する癖がある。

 部屋に入って、しばらく親の話を聞く事もあるし、寝る前のキスだけして自分の寝室に戻る事もある。

「入りなさい、エリーゼ」

 クラウスに促され、エリーゼは寝室の中に入ってきた。既に子供用のナイトドレスに着替え、夏物の薄手のカーディガンを肩からかけている。

「お父様、お母様。今日は、貴族学院へ戻る準備と、予習をしました。無事に、授業に追いつけるといいのですが……」

 エリーゼは妙に堅苦しい口調でそう言った。

「そうかしこまる事はない、エリーゼ。お前なら大丈夫だ」

 クラウスは体まで強ばらせている様子の娘の方に、安心させるように手を置いた。

「百科事典50冊覚える事が出来たお前なら、貴族学院の勉強は完璧に出来るだろう。だが、その能力の事は黙っていなさい。そして友達になじみなさい。そちらの方が大事だ」

「友達……」

 エリーゼはライムグリーンの瞳を揺らして、唇を微かにかみしめた。

 どうしても、ヴィスター村に残してきたアッシュ達の事を思い出すようだった。

「そう。学校の成績が良いに越した事はないが、それによって突出しすぎてはいけない。……わかるか?」

「はい」

 エリーゼはどこか遠くを見るような目になりながら、静かに返事をした。

 クラウスは軽くため息をついた。まだ10歳の娘には、リアリティのない言葉なのかもしれないと思った。エリーゼの異常な記憶力のことは、余人に知られてはならない。どんな騒動が起きるか分からないということを、まだ現実味を持って考える事が出来ないのだろう。

 それでも、二年休んでいた学院に戻るのは不安ならしく、顔を曇らせている。

 それを見て、ディアナがソファから立ち上がり、娘のそばに歩み寄った。


「エリーゼ」

「母様……」

「何もそんなに、心配する事はないのよ。あなたらしく素直に、明るくしていれば、きっと良い友達が出来るわ」

「そう……でしょうか」

 エリーゼは俯いてしまった。

「大丈夫。ヴィスター村と同じぐらい、楽しい友達がたくさん出来るわ。そう信じて、友達に優しく振る舞いなさい」

「……はい」

「可愛い子」

 素直に返事をしたエリーゼの頬に、ディアナは軽くキスをした。親子の信愛のキス。

 それを見て、クラウスは大きな掌でエリーゼの頭を何度も撫でた。

「そうだわ、プレゼントがあるのよ、エリーゼ」

「お母さま?」

 ディアナは、エリーゼの前に、一冊の分厚い、綺麗に装飾されたノートを持ってきた。

「日記帳よ。貴族学院に入れば、楽しい思い出がたくさん増えるはず。悩み事もあるかもしれないけれど、自分の手で毎日の記録を取っておきなさい。きっといい思い出になるわ」

「ありがとうございます、お母さま」


「可愛い子」

 ディアナは愛しそうに再びそう言って、エリーゼを抱きしめた。

 この二年、病気と奇行に悩んだが、エリーゼは結局は扱いやすいよい子だったのだ。親の言う事は素直によく聞くし、モラルも高い。頭も良い。それならば親としてちゃんと守り、愛情を与え、才能を磨いてやりたい。

 地方の中では都会のデレリンに住み、貴族学院に戻すのは良い事だと、クラウスは信じていた。


(……どうしたらいいんだろう)

 翌朝。

 エリーゼはきちんと学院の制服に着替え、登校するために馬車に揺られていた。

 エリーゼは素直な良い子である、というクラウスの評価はそんなに外れたものではなかった。確かに明るく元気ではあるのだが、元々、家族の情愛は深く、反抗的な部分は少なかったのだ。

 そのエリーゼにしてみれば、貴族学院に戻った時にどんな振る舞いをすればいいのか、全然分からなくなってしまった。

 親に聞けば良いのかもしれないが、自分でも何と質問すればよいのか分からなかった。


(私の記憶力は隠さなきゃならないのよね。でも学校の成績は良い方であることに越した事はない。当たり前だけど、前世の事は話さない方がいい。あんまり探りを入れられたら困る……。でも、ありのままに、素直に明るく振る舞って、お友達には優しくした方がいい。お友達はたくさんいた方がいい???)


 親の言い分は分かるのだ。娘に友達が大勢いて、学院生活は楽しいものであることに越した事はないのだから。

 だが、エリーゼは親にも話していない前世の記憶があり、そのことと、自分の異常であるらしい、記憶力や天才ぶりのことは隠さなければならないと言われると、見事な二律背反になってしまった。そのことに、クラウスも実は気づいていなかったのである。

 能力は隠せ、前世も隠せ、だが学校の成績は良い方にしろ、そして楽しい友達をたくさん作れ。


 ……10歳児には、どうすればいいか分からなかった。

 勿論、エリーゼも、楽しい友達は欲しかったし、学業は褒められたいという欲がある。

 だが、何をどう隠せばいいのだろう。

(テストとか……どうすればいいんだろう。それに、隠し事があるのに、友達とか作っていいのかなあ……友達を傷つける事になっちゃわない? だって、隠し事があったら嘘が増えるよね。考えなきゃ……)

 色々考えた末、エリーゼは、テストは全問正解ではなく、2~3問だけ間違えてみようとか、友達といるときは聞き役に徹して自分の事は話さないようにしてみようとか、馬車の中で色々考え抜いてみた。出来るかどうかも分からない事を、一生懸命、頑張って考えた。


---


 エリーゼが、自分がクラスになじめない事に気づくのに、それほど時間はかからなかった。

 二年間のブランクが、すぐに出た。

 エリーゼが麻疹にかかったのは8歳の冬だった。そのとき、小学校二年生。真面目に学校に通ってはいたが、特定の仲の良い友達は男子にも女子にもいなかった。

 エリーゼが四年生の半ばから戻る事も、タイミングが悪かった。貴族学院のクラス替えは、二年から三年生の時、四年生から五年生の時にのみ行われ、生徒達は二年間、同じクラスで固定される。

 既に三年からの持ち上がりで人間関係が決まっている子ども達のところに、エリーゼはふらりと迷い込む事になったのだった。


(どうしよう……話せない……)

 エリーゼは、すぐにそのことに気がついた。クラスの女子達は、エリーゼの事を持て余しているようだった。エリーゼが教室に現れると、皆、困ったような顔をしてエリーゼを遠巻きにして近寄ろうとしなかった。

 誰も彼も、地方都市デレリンの名家の子女である。貴族か、貴族の階級を買い上げ出来そうな資産家の子どもで育ちはいいはずだった。その彼女達が、エリーゼが近付いて挨拶しようとしただけで、逃げていく。

 何故、逃げられるのかよくわからず、エリーゼは戸惑ってしまった。


(また、こうなるのか……)

 前世、友原製薬の大炎上で、友達を失った記憶が蘇る。その時も、教室の中で誰からも相手にされなくなり、そのうち、聞こえよがしの陰口やもっと陰湿な言動などの、あからさまな攻撃が始まったのだった。あのときは、自分は悪くない、という気持ちで耐えて中学卒業まで登校した。だが、そういう扱いは、何度も味わいたいものではない。


 エリーゼは、悲しかったが、どうしていいか分からなかった。

 早く手を打たなければならないことは分かったが、具体的にどうすればいいのか、子ども故に分からない。前世で親子心中した時も、友原のゆりは15歳でまだ子どもだった。

 何とかしなければと思い、エリーゼは親切に振る舞う事にした。

 クラスで挨拶もしてくれず、すれ違うだけの相手でも、例えば宿題を忘れてきたとか、他の忘れ物があった場合は快く何でも貸した。流石に、借りたものを返されないということはなかった。

 掃除当番も変わってあげたり、日直も困っていたら手伝うように心がけた。

 それでも、なかなか、決まり切った人間関係の中に入る事は難しかった。


 エリーゼは、時々、酷く疲れてしまう自分に気がついた。

 そんなとき、クラスメイトの何人かが、教室で陰口を言ってる事に気がついた。

「……便利屋……」

 ちらっとだけ、こちらを見て、彼女は明らかにそう言った。

「……もっと尽くせ……」


 自分は、仲間にも入れて貰えない、弁当の時間に同じテーブルに着くことさえ出来ないのに、「もっと尽くせよ便利屋」と思われているということか。

 そう思った時に、エリーゼは、能力を隠すのを辞めた。


 それまでは、テストの際に、難問は分からないふりをして、あえて2~3問、わざと間違えていたのだが、それを辞めた。

 尽くすと言われるので、本当に困っている子にだけ力を貸すようにして、宿題を忘れてきた子には宿題を渡さなくなった。


「何よ、それ」

 クラスの子達は困惑したが、エリーゼの成績が群を抜いて良いので、彼女達は攻撃をエスカレートさせる事が出来なかった。

 名家の子女のため、「成績の良い子を嫉んでる」と言われるのがいやだったらしい。育ちの良さがそういうところに出てしまった。

 エリーゼは、礼法なども鬼のように勉強し、学院内では完璧なマナーで振る舞いつつ、物静かに勉強と読書に勤しんだ。


 礼儀も成績も完璧で、いつも大人しく、本を読んで勉強している姿を、ステレオタイプな学院の教諭陣は褒めた。

 しかも本来エリーゼは、この地方の王様、ハルデンブルグ伯爵家の一人娘で、次期領主か領主の妻である。

「パーフェクトだ」

 そんなふうにクラスの中で褒めちぎった。

 エリーゼは、子どもっぽいと自分でも思ったが、ざまあみろとちょっとだけ思った。

 だが、すぐに虚しくなってしまった。本当は、同い年ぐらいの子ども達と、ヴィスター村のように仲良くはしゃいで遊んで回りたいのだ。それなのに、その子達は青ざめた顔で俯いてしまっている。

 エリーゼが反撃のつもりで、本気で勉強をしたら、その子達とは完全に嫌な距離が出来てしまったのだった。


 そうなると、学院にいる時間は、冷たいガラスケースの中に自分だけ隔離されているような、冷え切った時間に変わってしまった。


「早く、卒業したい……」

 エリーゼは、自分の日記帳に、何度かそういうふうに書くようになった。せっかく、ディアナが用意してくれた日記帳。あんまりにも書く事がない日は、空欄になってしまう。それぐらい、冷たいガラスケースに閉じこもる時間は長かった。クラウスとディアナが守ってくれる家の中では別だが、デレリン貴族学院の中に、彼女の居場所はなかった。


 さらに、悩み事があった。

 毎晩のように、エリーゼは奇妙な夢を見た。

”黒い海”の夢である。

 黒い海。--一点の光も見えない、真っ暗闇に、渺々と広がる暗黒の海を、夢に見た。意味が分からない。それなのに、何故か、エリーゼは、その広大な暗黒の海を知っていると思った。

 懐かしいとすら感じた。

 自分は、どこから、天地のように広がる暗黒の空と原始の暗闇の海を見ているのか、分からなくても。宙に浮いているのか? 海の底からか? どこから、その光景を見ているのかさえ分からない。

 --だが、それは、とても懐かしい光景だった。


 眠りは浅く、夜中に何度も目が覚めた。目が覚めると、必ずと言っていいぐらい、手足の末端が凍るように冷たくなっている。夏でも。

 そして、寝ぼけているのか、起きて目を開くと、視界の左右がブレる……何か「影」のようなものが見えた。


 訳の分からない夢と、手足の冷えは、最初は偶然かもしれないと思ったが、あまりにも頻繁に起こるので、エリーゼは次第に悩ませられるようになった。10歳で、睡眠不足で不眠症気味になるのはよくない。

 エリーゼはディアナにそのことを相談した。

 ディアナは、早速、デレリンの医者にエリーゼを連れて行った。

「環境が変わって、ノイローゼ気味なのかも……」

 医者の前で、無口な娘に変わって、母親がそういうふうに付け加えた。

 医者は、エリーゼの話を聞いた後も、ディアナの話に引きずられ、子どもが環境の激変で、奇妙な夢を見ているのだろうと思い込んだようだった。気にする事はないと言い、子供用に、寝付きの良くなる薬を出してくれた。


 エリーゼは余計困ってしまったが、母の言う事があまりにもまともなので、反論も出来なかった。

 エリーゼが、奇妙な夢に悩まされるようになったのは、「精霊祭の翌日の夜」からで、デレリンに来てからではなかったのである。そのことをはっきり言ったのに、母も医者も気にも留めず、学院になじめないからだとか、ヴィスター村とデレリンの環境の違いからだとか言うため、黙り込んでしまった。

 そこは、大人が常識的な事を言っているのだから……。

 だが、どうやらこれは違うらしいということは、エリーゼがよくわかっていた。

 エリーゼは、自分の夜の夢と、手足の異常な冷えについて、「夢見病」と名付け、夢の事はよく覚えておくようにした。


 学院になじめず、夢見病に毎夜悩まされたが、そんな毎日にも明るい楽しみごとがあった。


 文通。


 ヴィスター村のアッシュやエマ、ミラ達との文通が、その時期のエリーゼの救いだった。

 アッシュからの、毎日のような冒険譚や、エマやミラ達の女の子らしい楽しいおしゃべりに満ちた手紙は、週に一回のペースで来た。エリーゼはそれを何度も読み返し、綺麗な紙のケースを自分で作って、その中に大切に保管した。クルトやヴァルターや、ヨナスからも、頻繁に手紙は来た。

 それぞれが、自分らしい文体を持ち、個性ある手紙をくれた。エリーゼは必ずそれにすぐに返信をした。


 ミラからのクルトについての悩みの手紙。

 エマの、クルトとミラの間を取り持ったり、ヴァルターと喧嘩したりと忙しい手紙。

 クルトの、アッシュや9歳組と遊んだ話や、いきいきした学校生活の手紙。


 それらを読んでいると、まるで自分もそこにいるような気持ちになれた。


 特に、アッシュが、毎日、冒険と称して、村をよくするために様々な問題に取り組んだり、単純に遊びほうけたり、仲間うちを調整したりしている手紙には、真剣に読んで相談に乗った。アッシュはいつの間にか、エリーゼの事を参謀のように思っているのか、色々と相談事を持ち込むようになっていた。それに対して、クルトは知恵袋というより「相棒」だろうか?


 エリーゼは、アッシュにあてにされている自分が好きだった。どんなことでも真面目に、明るく、手紙に書いて、彼の力になれれば嬉しいと思った。

 デレリン貴族学院では、またしても幽霊のような扱いになってしまったが、手紙の中の自分は違う。アッシュ達のそばにいて、元気に村を駆け回っているのと同じだと思った。


 そして、自分の夢見病や、デレリン貴族学院では浮いていることを、話す事はしなかった。自分の事で、アッシュに迷惑をかけたくなかったし、楽しい話だけしていたかった。


 その手紙に、異変が起こったのは、13歳の夏である。


 アッシュからの手紙。

 文字が乱れて短すぎた。


「元気だ」


--ほぼそれだけの、手紙。

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