第二十話 大事な仲間(2)
指導が一段落したところで、監督の騎士が前に出た。
だが話すのは、アッシュだった。騎士はそれを許すように、横で見守る。
「次。みんなに“魔法”と“MP”の話をする」
子どもたちが「えー」と言う。
説教の気配に、皆の空気が淀んだ。
アッシュはそれを見て、わざと軽く言った。
「怖がらせる話じゃない。事故らないための話だ。短い」
子どもが少しだけ前のめりになる。
「呪文ってのは、形だ。言葉の形。手の形。頭の形。……型」
アッシュは自分の手を握って開く。
「形、型が崩れると、魔法は変な方向に曲がる」
「MPは燃料。その燃料の素が、魔素マナ……MPは水みたいなもんだ。体の中にある水が減ると、喉が渇くだろ。魔力も減ると、体が“渇く”」
エリーゼが横から補足するように言う。
「MPが減るサイン。立ちくらみ、指先の冷え、耳鳴り、視界の白み……」
「そう。そこで無理して出すと――事故る」
アッシュは真顔になる。「失神。暴走。火傷。最悪、倒れる」
クルトが板を掲げた。
そこには大きく三つ書かれている。
「休憩」「水」「距離」
「これ守れ」アッシュは言った。「守れないやつは、参加させない」
そのとき、後ろの方から声が上がる。
「MPって、腹減るやつ?」
パウルだった。
一瞬の沈黙のあと、あちこちから「違う!」が飛ぶ。
日頃気が優しいはずのルーカスが、パウルの頭を軽く叩き、笑いが起きた。
アッシュもおかしくて笑ってしまう
「腹も減るけどな。……今は水飲め」
子どもたちが水桶に走りかけ、クルトが「歩け!」と叫ぶ。
広場は、また少し明るくなった。
――その明るさが、油断に変わるまで、数分もかからなかった。
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事故未遂は、いつも“ふざけ”から始まる。
パウルとルーカスが、距離線の近くでひそひそと顔を寄せていた。
さっきの説明が、妙に“面白いおもちゃ”に聞こえたらしい。
「見てろよ、ルーカス。火、もっと高くできる」
「できるわけないだろてんいや、できたらすごい」
二人は笑い合い、魔素の火を指先に集めた。
そして小声で呪文を唱える。
小さな火の芽が、ぴ、と灯る。
本来なら、そこで止めるべきだった。
けれど子どもは、“できるかどうか”の境目が好きだ。
火は、想像より高く噴いた。
熱の波が、風船組の膜に近づく。
膜の表面の虹が、ひやりと濁った。
引火!
見ていた誰もがそれを想像した。
火花が跳ね、ルーカスの髪にちらりと触れる。
母親の悲鳴が喉まで上がった、その瞬間。
「やめろ!!!」
怒鳴り声は、アッシュだった。
彼は走らない。けれど跳ぶように距離を詰めた。
風で火を散らす? 違う。散らせば広がる。
アッシュは“風を壁”にした。
酸素を遮るように、火の周囲を冷たい風で囲い込む。
火は息ができなくなって、ふっと弱る。凍えるような気温。
同時にアッシュは、砂を掴んで叩きつけ、水桶を蹴って水を飛ばす。
「下がれ!!」
二人の胸を、服の襟ごと掴んで引き剥がし、距離線の外に投げるようにして置いてきた。まさに火事場の馬鹿力だ。
火は消えた。
風船は守られた。
誰も燃えていない。
――だが、空気が凍りついている。
誰もが、仁王立ちのアッシュに注目していた。
アッシュは、悪戯小僧二人を見下ろした。
その青い瞳に総毛立つような輝きがある。声は、冷たく静かだった。
「……ふざけるな」
軽口が特異なパウルが反射的に口を開く。
「でも――」
「火だぞ」
アッシュの声が低い。
その地の底からかと言うぐらい低い。恐い。
「俺はな、大人の世間体とか、冷たい視線とか、どうでもいい」
アッシュは大人たちの方も見ずに言った。
「お前らが死んだり、危険な目にあうのが、一番、恐ぇんだよ」
パウルの顔から、笑いが消えた。
ルーカスの唇が震え、目が潤む。
「……わかったか」
アッシュは言う。自分の言葉が通じたのを感じ取っていた。
「精霊祭は遊びだ。でも命を賭ける遊びじゃない」
パウルとルーカスは、しゅんとして頷いた。
その場にいた大人たちも、誰も言葉をかけられなかった。
村の視線が、一瞬だけ冷たくなる。
“子どもが怒鳴った”“子どもが仕切った”
そういう薄い拒否が混ざる。だが、それ以上に、子どもたちと、話の分かる大人たちには--アッシュの声は何よりも暖かく聞こえた。
アッシュは何も気にしていない。
気にする暇がない。守るべきものが、目の前にいるからだ。
彼は短く息を吐き、少しだけ声の温度を元に戻した。
「……次からは、火の監督補助組が先に止めろ。見て見ぬふりするな。友達でも、止めろ」
クルトが板を掲げ直す。
エリーゼが水を持ってきて、パウルとルーカスに手渡す。
エマが二人の背中を叩き、そっと笑わせる。
広場は、また、元通り、明るく活発に動き出していた。
夢の準備は、安心と安全があってこそだ。それを自分たちが積み上げて作り上げるのだ。
アッシュは、空を見上げた。
精霊祭の夜、あの空に浮かぶのは――火じゃない。
けれど火より温かい光だ。
「……よし」
彼は小さく呟き、もう一度、広場の中心に立った。
守るために。何を? 自分との約束を。
夢という、自分の数々の未来への目標、その目標という約束を守るために。




