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幽霊少女エリーゼ  作者: スズシロ


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第十五話 水の兆し

 それから、毎日のように、エリーゼは子どもギャング団達と遊ぶようになった。

 エリーゼの母、ディアナはデレリンの街から帰宅した後、エリーゼのドレスの惨状には悲鳴をあげたが、クラウスから説明を受けると娘に同情した。吹き出しながら同情した。

 ディアナも、ずっと暗い部屋で泣いていたエリーゼが、元気な子どもたちと表で遊ぶようになることには賛成で、すぐに、外で遊べる動きやすいシンプルなドレスを準備してくれた。それでエリーゼはずっと、走りやすく、機敏に動けるようになったのだった。クラウスは面倒がらずにテキパキ動く自分の妻に満足した。


 子どもギャング団達の遊び場は、ハルデンブルグ伯爵家の別荘と限った事ではなく、村中が遊び場だった。いつもの廃材置き場の空き地が集合場所だったが、そこから、子どもギャング団達は、森にでも川にでも、誰かの牧場にでも果樹園にでも、本当にどこにでも遊びに行った。

 雨の日は、家で大人しく手伝いをしていたが、夏休みの晴れの日は、元気いっぱいに山野を駆け巡り、村の中では大人の顔色なからしめる悪戯や冒険を繰り返した。

 雨が降らない限り、……時には雨が降っていても、子どもたちはエリーゼを朝に呼びに来た。その頃にはディアナがエリーゼにランチボックスを用意しており、エリーゼは新しいドレスを着てランチボックスを持って、玄関から走り出すのだった。


 迎えに来るのはエマかミラの事が多かったが、時にはアッシュが直接迎えに来る事も多かった。エリーゼは毎日のように丈夫になり、前のように一人で泣きじゃくる事は自然と減っていった。それが、クラウスたちの心労を解消した。クラウスは自分の事を理解してくれる妻に満足したように、自分の、エリーゼを村の子たちと遊ばせるという作戦が成功した事に満足していた。

 貴族の娘が、農民の子どもと毎日じゃれ合っているなどと、帝都シュルナウや他の都会ならばあり得ない事で、誰でも顔をしかめる事だろうが、ここは大雪原のまっただ中の田舎であった。田舎には、田舎の、そこにしかない良さがある。そこでは都会ほど、階層は厳格ではなく、誰もが同じ人間だった。子どもだったらなおさらそうだった。


 年の半分、ヘタをしたら一年の三分の二、雪に閉ざされる大雪原において、太陽神ミトラが司る、夏の季節は短い。だからこそ、緑は命の限りと燃え立ち、小川は眩しく煌めき、虫も鳥も魚も、ありとあらゆる獣も、全てが生気に満ちて活動的だった。かなりの遠い未来、全く別の地位別の場所においても、エリーゼはこの夏の事をよく思い出してため息をついた。

 アッシュと出会った夏、それが、エリーゼの思い出の宝そのものだった。後に考えて見れば、その夏こそが、エリーゼの人生において最も傷がない幸福の時間だった。勿論、トラブルは数々あったし、その都度、エリーゼは真剣に苦しんだ。だがその子どもなりの苦悩や悲しみさえも、遠い未来においては、愛しさと優しさに満ちていた。この、アッシュとエリーゼが十歳だった時の夏……儚い約束と、甘い期待とその裏切りと、残酷な夢と希望に満ちた夏。その若さと純粋さそのものだった夏を、エリーゼは、遠い時の流れで思い出しては、癒されるのだった。


 太陽神ミトラの季節の後には、氷と雪の神ニヴラの季節がやってくる。それは、毎年決まり切った摂理で、雪国の民にとっては忍耐と辛苦の時間ではあったが、夏を過ごしている間は、エリーゼはそんなことも忘れていた。それはアッシュたち、村の子どもたちもそうだった。夏が終われば、学校が始まって、終わらない家の手伝いが始まって、皆が、バラバラになる。それでも友達は友達だけど、助け合いはあるけれど、ニヴラの静寂の雪の時間は、太陽神の暑い輝きとは違うのだ。そのことを、アッシュたちは知っていて忘れたのかもしれない……。

 なぜなら。彼等のグループに訪れた、優しい気品溢れるお嬢様は……彼女は、「違う学校の子」だから。


 今は一緒に遊んでいて、毎日じゃれ合って喧嘩して、またじゃれ合って、楽しいけれど、空気が冷えて、秋がくれば、エリーゼは公立学校とは違う、貴族学院に通うようになる。それが、遊びの時間の終わりだと、子どもたちは子どもたちなりに知っていた。だから、彼等は、秋から先の約束はしようとしなかった。それこそが、なにがしかの約束のようなものだった。

”ずっと友達だよ”という、優しい約束のようだった。


 その八月のある日、朝から雨が降っていた。雨の日は、子どもたちは外で遊べないので、各々、自宅で勉強をしたり家の手伝いをしたりするのが常識だった。

 エリーゼは久々に、貴族学院の教科書を引っ張り出し、自室の窓際の机で勉強をしていた。銀の絹糸のような小雨は柔らかい音楽のように降り続け、止む気配はなかった。銀色の三つ編みを揺らして、時折、小首を傾げながら、エリーゼは貴族学院の初歩魔道の教科書を読み、時折、呪文の発音を舌で転がしたり、重要な情報の箇所にアンダーラインを引いたりして勉強を進めた。

 エリーゼは、自分が貴族学院の勉強を続けている事は、子どもたちには黙っていた。自分が、村の公立学校の子どもたちと一緒の学校に通える訳ではないことは、わかっていた。自分が前のように、家の中にこもって泣いてばかりいられない以上、ハルデンブルグ伯爵家の一人娘として、貴族学院ぐらい卒業しなければならない事が分かったのだ。

(エロ同人誌の、いやらしいことから……逃げるためには、やっぱり、頭良くなきゃいけないよね。頭良くなるためには、勉強するのが近道……)

 そう思ったのである。やっと異世界転生について具体的に考えられるようになったのだ。


 熱心に、教科書の勉強を続けていたそのとき、窓に何かがぶつかった音がした。

 エリーゼは驚いて、顔をあげた。窓はもう一度鳴った……。小石が軽くぶつかっているようだった。窓に近付いて、外を見てみると、そこに何故か、ぐしょ濡れのアッシュが立っていた。


「アッシュ!?」

 エリーゼはびっくりして、一階の自室の窓を開けた。

「どうしたの、雨の日なのに。そんなにずぶ濡れで……」

 アッシュは窓の方にすぐにやってきた。軒の下で雨から逃げながら、エリーゼに言った。

「一週間後に、精霊祭があるだろう?」

「え……うん」

「伯爵に言ってくれ。早く、子どもも参加出来るようにしてくれって」

「それは、言うけど、どうしたの?」

 エリーゼも、年下の女子たちと一緒に精霊祭に参加したい。ハルデンブルグ伯爵であるクラウスは、既に、村にその伝達をしているはずだが、話は進んでいないのだろうか?


「親父が……祭でも、子どもが火を使うなって」


 アッシュは悔しそうに拳を握りしめている。エリーゼは、アッシュが、精霊祭の事で、村長であるカールともめたのだろうと察した。


「入って」

 とにかく、アッシュを雨の中にずっと立たせていく訳にはいかない。エリーゼの部屋には、庭にすぐに出られるドアがついていた。エリーゼは深く考えもせずに、そのドアを開け、アッシュの事を自室に招き入れた。そして、清潔なタオルを用意して、彼に手渡した。

「髪と体、拭いて。すぐに、乾くといいんだけど」

「ああ」

 アッシュは、素直にエリーゼから乾いたタオルを受け取り、わしゃわしゃと自分の髪の水分を拭き取り始めた。


「熱い紅茶とか、いる? 風邪引かないようにしなきゃ」

「いらない」

 気を利かすエリーゼに、アッシュはそっけなかった。それよりも彼は、エリーゼが机に置いていた教科書と鉛筆を気にしていた。

「勉強、してたのか」

「……うん」

 貴族学院の教科書を、アッシュは睨むような目つきで見ていた。公立学校のような簡素な最低限の装丁ではなく、貴族学院の教科書は紙からして違ったし、表紙も華やかだった。

 一緒に遊んでいる時は気にならないが、こうしてみると、アッシュとエリーゼの間には歴然とした身分差がある……ように感じられる。


「……俺たちだって、魔法の勉強は出来る。エリーゼがまだ使えない魔法を、ヨナスやエマが使う事だってある……なんで、村の子が、火の魔法を使っちゃならねーんだ。これじゃ、ヴァルターやミラが可哀相じゃないか」

「村長さんは、子どもはみんな、火を使うべきじゃないっていったの?」


「偉い、貴族や魔道士の子どもならともかくって……俺たちのような、農民のガキは、難しい魔法を使うのはまだ早いって怒鳴られた」

「貴族の子どもだからって……火の魔法を使える訳じゃないよ」


 エリーゼは、アッシュの父親である、村長のカールが自分の事をどう思っているのだろうと思った。カールは、もしかしたら、エリーゼが村の子と遊ぶのを快く思っていないのかもしれない……。それはとても切ない事だった。


「貴族学院じゃ、火の取り扱い方を教えないのか?」

 てっきりそうだと思っていたらしく、アッシュは驚いたようだった。

「教える授業もあると思う。でも、私は行ってないから……。多分、毎日学校に通って、精霊祭に何回も参加している、アッシュたちの方が、火の魔法は身近だと思うよ」

 なんのてらいもなく、エリーゼはそう言った。アッシュはまた、意外そうな顔をして、青い目を瞬いた。


「エリーゼは、精霊祭を見た事はないのか?」

「……ない。まだちっちゃい頃は、あったかもしれないけど……よく覚えてない」

「凄いんだぞ。色々な形の魔法の風船を用意して、その風船の中に、魔法の消えない火を入れて……こうやって、飛ばす」

 アッシュは紙飛行機を飛ばすような仕草をした。

 エリーゼは想像がつかずに戸惑っている。

 風船を飛ばすのだから、勝手にフワフワ浮いていくんじゃないの?


「器になる魔法紙は半透明の特別製で、魔素マナを通した火だったら絶対に燃え移らない。魔素マナの火って、見た事あるだろう? 最初は青白くかっと輝いて、そのあと七色に複雑に光り輝いて、とても綺麗なんだ。その魔素マナの火は、必ず、個人を弔う人間ひとりひとりが風船にともさなきゃいけない。だから、精霊祭には、魔素(マナ)の火を扱える年齢じゃなきゃ参加出来ない。俺たちの中では、俺と、クルトと、お前だけだ。エリーゼ」

「私だって、魔素(マナ)の火を扱った事があるわけじゃないよ。教われば、きっと、出来るけど」

「だから、伯爵を説得してくれ」

 アッシュはエリーゼに真剣な顔を向けた。


「クルトは、ミラが可哀相で仕方ないんだ。クルトが言っていた。ミラは、生まれた時から一緒だった猫のミャウの事で、今でも時々泣くんだって。その猫が、見えなくても戻ってきてくれるなら、真っ先に抱いてやりたいって。精霊祭の間だけは一緒だって思いたいって言うって。俺は、クルトがミラと一緒に祭に参加するべきだと思う」

「……仲良しだもんね、クルトとミラ」

 エリーゼは、それには全く賛成だった。エリーゼとエマとミラは、男子と一緒にケイドロをしたり冒険をした後に、女子たちだけで草木でママゴトのお茶会をしたり、木陰であやとりや人形遊びをしたりする仲だった。そういうときに、エリーゼはミラからクルトのことで「相談」を受けたことも何度かあり、10歳なら10歳なりに、8歳なら8歳なりに、「男のことで苦労をした」(気持ちになっていた)。

 そういうクルトとミラが、大事な行事に一緒に参加出来ないということは、アッシュの話を聞いていると、エリーゼにとっても由々しき事態と思えてくる。

「クルトとミラは一緒に風船を作って、魔素(マナ)の火をともすべきなんだ」

 アッシュは重々しくそう言った。エリーゼは勢い込んで頷いた。

「それに、ヴァルターはミラの兄だろ。他にも、俺たちの仲間で、魔素(マナ)を操れそうもない奴なんていない。実際、俺は、去年から使えるし、クルトとヴィルヘルムも使える。女子連中は、使えないのか?」

「……エマもミラも、使えるって言ったことはないよ」

 どうしてアッシュは使えるんだろう? と一瞬、思ったが、恐らく彼が壮絶な悪戯(本人にとっては冒険)をしていて火を使う事を発明したのだろう……と、エリーゼは判断した。その場に、クルトとヴィルヘルムがいたんだと考えればわかりやすい。

「俺だけ特別も変だし、ミラだけ特別にするわけにはいかないだろう。俺たちは子どもギャング団なんて言われているけれど、全員で参加で決定だ。俺は親父にそう言ったんだけど、親父の奴、頑固でちきしょーで、全然、聞く耳持ってくれない……」


「分かった。すぐ、お父様に言ってくる。それとも、一緒に言いに行く?」

「本当か!?」

 アッシュは、エリーゼの両手を取って喜んだ。エリーゼはびっくりした。

「感謝するぞ、エリーゼ!」

 アッシュは、両手で掴んだエリーゼの両手を上下にぶんぶん振り回した。彼は彼で、それでエリーゼに嬉しさや喜びを表現したつもりなのだ。

「ちょ、ちょっと……」


 エリーゼは慌てた。同時に、とても不思議な感覚に陥った。

 体が熱い。疼くように熱い。特に--背中、右の背中が、最初は疼き、そのうち痛いように熱くなってきた。

「あつっ」

 思わず声に出してしまう。するとアッシュは驚いて、エリーゼから手を離した。

「どうしたんだ? どこか痛いのか?」

「う、うん……」

 エリーゼは訳が分からないまま、返事をした。不思議なイメージが飛来する。闇に広がる湖のイメージだった。湖に、滴り落ちる水。広がる波紋。それらがとても懐かしい。穏やかな、安心出来る暗い水の風景。

 とても安心出来るのだが、何がなんだか分からなかった。何故今、そんなイメージが自分に飛んできたのか、背中が疼いて熱いのか、分からない。

魔素(マナ)の暴走かも……大丈夫。落ち着いていれば、すぐなおるから」

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