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国語バカと数学馬鹿

作者: 沙汰
掲載日:2025/12/20

 ちょっとした短編です。

 自分は結構気に入っている話です。

1

 「だから!この角度とこの距離だったらあそこにパスを出すのが最適解だろ!あまり舐めてるとお前の表面積求めっぞ」

 「いやいや、何度言ったら分かるんだよ!登場人物(おれ)の心情を考えてパスを出せっていつも言っているだろ!ほんと、豚に真珠だよ。お前は豚と同等ってことな!」

 「くそ、この…」

 「あーもう、この…」

 「国語バカが!」

 「数学馬鹿が!」

 これが、二人の日常。


 高校二年生の重木(かさねぎ)住川(すがわ)は同じサッカー部で、親友だ。熱い情熱を持った二人は、一緒に試合に出ることが多かったのだが、二人の間でパスが繋がらないことがよくあった。そんな時二人は決まって言う。

 「この国語バカが!」

 「この数学馬鹿が!」

 重木は学校の数学のテストではいつも満点、いつも学年一位の成績を修めている。出される問題をなんの迷いもなく解く様は、まるでコンピューターだと言われていた。

 対して住川は、国語のテストではいつも満点、こちらも、成績表に示される順位は一位以外見たことがなかった。

 それぞれ得意教科が真逆な二人。それゆえに、考え方の違いからパスが繋がらないという状況が頻発していたのだ。

 そこで、二人はある提案をすることにした。それは、

 次の大会までの二週間、重木は数学の勉強を禁止してひたすら国語の勉強、住川は国語の勉強を禁止して数学の勉強に専念する。

 というものだった。

 お互いの得意な教科を知ることができれば、お互いの思考も理解できると考えたのだ。しかし…

 「なんだよこれ!主人公、相手がどう思っているかなんて考えてないで、さっさと告白すればいいじゃん。そっちの方が効率的だろ!」

 「もー、三平方の定理とか、いつ使うんだよこんなの!いったいにーたいるーとさん?敬語の勉強した方が実用的だわ!」

 と結局、全く理解できないまま二週間が経ち、大会の日を迎えた。


 大会当日も二人のパスは繋がらず、一回戦は突破したものの、続く二回戦ではなかなか点数が奪えなくて苦戦していた。

 そして試合も終盤に差し掛かった時、重木にボールが渡って絶好の機会が訪れた。

 ここで住川が重木からパスを受け取ることができれば、シュートチャンスになる。住川は走り出そうとして、ハッと気づいた。

 「俺と重木の直線距離は、横の距離の2倍、縦の距離は√3倍。ということは、あいつの角度は60度…考えろ、あいつの見ている景色、あいつの心情(気持ち)を。俺が重木なら、どこにパスを出したいか!」

 住川は全速力で走り出した。

 「重木!」

 その声で顔を上げた重木は、いつも通り、一瞬で最適なパスコースを計算する。そして導き出されたそのコースに、住川が全力で走ってきていた。

 重木は足を振りかぶってボールを蹴ろうとして、ハッと気づいた。

 「相手がどう思っているか、考える。登場人物の気持ち、住川の気持ちを、考える!」

 そして重木はボールを蹴った。いつも通りの自分勝手なスピードではなく、住川の気持ちを考え、住川の走る速度も計算し尽くされたスピードで、ボールは飛んでいく。

 パシッ

 住川の放ったシュートは綺麗にゴールに吸い込まれて、気持ちのいい音を立てた。


 「ナイスシュート、住川!」

 「ナイスパス、重木!」

 「いや、俺さ、住川の気持ちを考えたんだって。そしたらさ、お前、全力で走っていて、俺のパスを信じてくれているんだと分かってさ。絶対にいいパスを届けようと思ったんだ。」

 「俺も。重木との距離と角度を計算したら、あの場所でパスをもらうのが答えだって分かって。重木はもちろんすぐ計算できるだろうから、俺は信じて走ることができた。」

 「ありがとう、住川。」

 「ありがとう、重木。」

 二人はハイタッチして笑い合った。

 「ん、おお、彼女応援に来てるわ。へへ、かっこいいパス見せられたかな。」

 「え、重木お前、彼女いたの?」

 「あれ、言ってなかったっけ。実は昨日、付き合って欲しいって言われて。」

 「え、聞いてないぞおい!」

 「やっぱこの黄金比の顔がよかったに違いない。」

 「小説の中じゃあ、性格のいい奴がモテるって決まってるのに…」

 「そんなことばかり言ってるから、お前は万年ボッチなんだよ!」

 「なんだとー、この…」

 「やんのか?この…」

 「数学馬鹿が!」

 「国語バカが!」

 試合終了のホイッスルの甲高い音は、その蒼い空に吸い込まれて消えた。




2

 「はぁ…」

 「どうした住川、4.76秒も溜め息を吐いて。」

 ある日の昼休み。住川と重木の二人はいつも通り中庭で弁当を食べていた。いきいきとした夏の太陽からは絶え間なく日差しが降り注いでおり、それを見事に反射して光り輝く木の葉が、涼しい日陰を二人のいるベンチに提供していた。爽やかな風が住川の溜め息を洗い流すように通り過ぎていく。

 「いや、どうしてお前に彼女がいて俺にいないのかということについて、千思万考してたんだ。」

 「考えていたってことか?そんなの簡単だろ。」

 「なんだ?」

 「顔。」

 「こいつっ」

 重木の頭に住川の強烈なゲンコツが垂直に入った。

 「もうお前のことなんか知らない。」

 「ごめんって。」

 重木は膨れたたんこぶを押さえながら涙目で言う。

 「そんなに彼女欲しいのか?」

 「…お前達を見てたら、誰だって羨望の眼差しを向けるだろ。」

 住川はそっぽを向いたまま言った。箸で口に運ぼうとしていた卵焼きに、落ちてきた葉っぱが被さった。

 「あー!俺だって、試合で活躍するとこ観て欲しいし、褒めてもらいたいんだよ!それなのにっ。なんだよっ。」

 葉っぱを払いのけて口に入れた卵焼きをモグモグと咀嚼しながら住川は嘆いた。

 「それじゃあさ、」

 やけになってごはんを掻き込み始めた住川を見て重木が口を開いた。

 「俺が協力してやろうか。」


 「お前、好きな人はいるか」

 「そっ!それは…うん。」

 「同じクラスの椎名さんだな。分かった。」

 「えっ!ちょっと待ってなんで知ってるの?」

 「この前お前が貸してくれた恋愛小説の恋する主人公と、全く同じ動きしてたぞお前。」

 「うわー!しまったぁぁ。まさかこんなところで裏目に出るなんて!」

 「そこで、だ。」

 頭を抱えて騒ぐ住川とは正反対に、淡々と重木は協力の内容を説明する。

 「まず、椎名さんとデートしろ。」

 「えちょっといくらなんでもそれは急すぎて無理だよ!」

 「映画にでも誘えばいいだろ。」

 「だとしても、会話が続く気がしない…」

 「だよな。お前、小説というフィクションの中の女の知識しかないもんな。」

 飛んできたゲンコツを今度はひょいとかわして、重木は続ける。

 「そこで、だ。俺が会話のパターンを考えたから、お前はそれを暗記しろ。」

 「か、会話のパターン?」

 「そうだ。俺はお前が椎名さんのことが好きだと気付いてから、椎名さんの会話を注意深く聞いていた。そして椎名さんがよく発する台詞やその台詞が発せられる確率を求め、それに最適な返答を考えた。これがその表だ。」

 重木は胸ポケットからメモ帳を取り出してパラパラとめくり、その表を住川に突き付けた。

 「あとは椎名さんの好きなもの一覧も書いてある。これを渡しておくから、会話の流れを予習しておけ。」

 そう言うと重木は弁当に向き直って梅干しをつまんだ。

 「別にお前の為ってわけじゃないからな。数学の勉強の一環でやっただけだ。」

 「重木、お前、き…」

 「き?」

 「きっしょこの数学馬鹿。」

 重木の爽やかな右ストレートが住川の頬に平行に入った。

 「誰のために協力してあげてると思ってんだ?あ?別にこれを渡してあげなくてもいいんだぞ?」

 「すみませんでしたぜひ協力をお願いしてもよろしいでしょうか。」

 「よろしい。」

 そこでやっと重木は住川の頬にグリグリと押し付けていた右こぶしを離す。

 「俺が出来るのはここまでだ。あとはお前が気を使って行動しろ。」

 重木はニヤリと笑って言った。

 「相手の気持ちを理解するのは得意だろ?この国語バカ。」


 デート当日。椎名を待っている間も住川は、口の中で会話をシュミレーションしていた。

 そして約束の時間ピッタリに、椎名は待ち合わせ場所に現れた。

 「ごめん、待った?」

 住川は台本通りの台詞を、声が裏返らないよう慎重に口にする。

 「全然、俺も今来たとこ。」

 「よかった。じゃあ行こうか。」

 住川は心の中でガッツポーズをしながら、映画館への道を先導するのだった。


 その途中の会話でも住川は、重木のメモ通りの、夜な夜な暗記した言葉を返す。そのお陰で会話は途切れることなく続いた。

 しかし、会話は続くが、椎名の言葉はだんだん、そっけないものになっていった。住川はそのことを感じ取っていたが、なぜなのかは分からないままでいた。

 映画の後はフードコートに移動した。

 「椎名さん、何か食べたいのある?」

 「なんでも。お腹すいたから、早く食べたい。」

 それが嘘ではないことを分かった住川は、並ぶ店舗に目をやる。

 「あれだな。」

 「え?」

 「そこの店は、並ぶ人は少ないけど、料理の提供に時間がかかってる。その右は提供時間は短いけど、いくらなんでも人が多すぎる。一番早く食べられるのはあっちのお店だ。椎名さんは疲れてるように見えるから、そこのテーブルに座ってて。飲み物は爽健美茶だよね。じゃあ、行ってくる。」

 これで少しは印象が良くなっただろうと思いながら住川はその店へ向かった。

 だから別れ際に椎名が言った言葉は、住川の心を抉った。


 「そろそろ帰ろうか。」

 「うん。」

 「映画、おもしろかったね。」

 「うん。」

 「あの、さ。今日、どうだった?」

 「えっと、」

 「楽しんで、もらえたかな?」

 「あのね、住川くん、」

 「うん。」

 「ちょっと怖かった、かな。」

 「え?」

 「なんか喋る時少し棒読みだし、私の気持ちが読み取られすぎて、ちょっとだけ怖くなっちゃった。」

 「…」

 「ごめんね。じゃあ、また学校で。」


 「おー住川、おはよう。どうだった?ってお前、なんで泣いてんの。」


 「そうか。残念だったな。」

 「お前のせいで怖いって言われたんだろ?!」

 「そりゃそうだろ。次に何言うか知られてたら、誰だって怖がるわ。」

 「この嘘つきー!」

 住川はまた顔をうずめて泣き出す。隣で重木は呆れて溜め息を吐き、窓ごしに空を見上げた。その蒼い空を真っ二つにして飛行機が一台飛んでいった。

 「けどさ。」

 いつの間にか泣き止んだ住川に重木は視線を戻す。

 「今までこんなに女の子と会話が続いたこと無かったし、フードコートに行ったときなんかは、数学の勉強を活かすことができた。これってお前のお陰なんだよな。」

 涙を拭って重木に笑いかける。

 「俺、お前がいればそれでいい。無理して彼女つくる必要はないって気付いた。だから、これからもよろしくな、重木!」

 「俺も、お前といるときほど楽しい時間はないよ。貸してくれる小説も、だんだん面白さが分かってきた。こちらこそよろしく、住川。」

 二人は顔を見合わせて笑い合った。

 「お前に彼女ができたらそれは、円周率が終わったときだな。」

 「あ?お前、俺に彼女が出来るのは『無理』数だと言ってるか?このやろう…お前たちだって、風の前の塵に同じなんだからな!」

 「平家物語で煽ってくんなこの国語バカが!」

 「なんだとこの数学馬鹿が!」



 「あー、私の彼氏また住川くんと喧嘩してるよ。本当に仲良しだよねあの二人。そういえば椎名ちゃん、この前住川くんとデートしたんだよね。どうだった?」

 「あの時はちょっと怖いって思っちゃってNaCl対応しちゃったんだけど…」

 「もう、塩を化学式で言わないでよ。」

 「けど後で考えたら、住川くん、私のことよく見て私の気持ちを理解して行動してくれてたんだって、分かった。」

 「じゃあ謝んないとだね。」

 「うん…けど住川くん私のこと嫌いになってないかな…」

 「大丈夫!『鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス』って秀吉メンタリティーでさ!」

 「ふふ、相変わらず歴史ばかね。」

 「そっちこそ、化学ばか。」

 飛行機雲はもう、蒼い空の中に溶けて見えなくなっていた。

 最後まで読んでくださってありがとうございます。

 書いてて楽しかった。

 

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