《☆》婚約者を妹にあげました
☆さらっと読めるショートショートです。
「お姉様。私、ユージン様が欲しいの!」
また始まったポーリィの欲しがり。今回は私の婚約者ですか。
ユージン様がいつになく神妙な顔で我が家を訪問した時から、嫌な予感はしていたのですが……。
私たちが応接室に入った後にポーリィが乗り込んできて、開口一番に言ったのがこの言葉でした。
侍女に三人分のお茶を用意してもらい、下がらせました。
「さて、ポーリィ。あなたの欲しがりは何時もの事だけど、人間は簡単にあげたりできないのよ。今までのように、リボンやネックレスや本やドレスとは違うの。もう14歳なのだから分かるでしょう?」
「今までとは違うわ!」
「いつもそう言って持っていくけど、結局すぐに飽きてしまうでしょう?」
そうして捨てられたり、埃をかぶっているかつての私のお気に入りを見るのがどんなに辛いか。
「ポーリィ。人間は、飽きても捨てるわけにはいかないのよ」
「捨てないわ!」
「そうね。あなたの方が捨てられるかもね」
「失礼な! 私はポーリィを一生愛すると誓う!」
一生愛すると誓うんですか、婚約者の前で……。
私は何を見せられているのでしょう。私が呆れている事に、ポーリィへの愛に燃えるユージン様は気付いていないようです。まあ、ポーリィが嬉しそうなのでほっときましょう。
「私は知ってしまったんだ。ポーリィが君の本当の妹ではなく、引き取られた従妹だという事を」
「4年前に婚約した時に説明しましたわ」
聞いてなかったのか、聞いても忘れたのか。当時10歳だった幼いポーリィの事情には興味が無かったんですね。
「私はポーリィの孤独を癒してあげたい。一生そばにいてあげたいんだ!」
「ユージン様がそのお覚悟でしたら、私はいいのですが……」
元々家が決めた婚約で、特に思い入れもありませんし。ポーリィを幸せにしたいというのならやぶさかではありません。
「ありがとう!」
「ありがとうお姉様!」
私の許しを得て、幸せそうに見つめ合う二人。
でも、ユージン様は18歳、ポーリィは14歳。結婚まで数年待ってもらわないとですが……一生愛するのなら、大した時間じゃないですよね。
などとお茶を飲みながら考えていた私でした。
「それで……私に何の御用です?」
無事にポーリィとユージン様が婚約した一か月後、また私は応接室でユージン様と向き合っていました。男女二人だけにならないよう、今回は侍女を下がらせません。
「今日は、ポーリィと出かける約束をしていたんだ」
「あら、そうですの? ポーリィは買い物に行ってますの」
「何故だ! 婚約者との約束を忘れるほど大切な事なのか? まさか君が行かせたのか!」
「今日はお気に入りのロマンス小説の新刊の発売日なんですのよ」
「小説……?」
「ええ。前巻がヒロインと騎士の仲を裂こうと王女が奸計を巡らせているところで終わったので。気になりますわよねぇ」
「いや、内容はどうでも……」
あら、気にならないのですか。
「その……。ポーリィは私より小説の方が大切なのか?」
まあ、乙女のような質問を! と、笑ったら失礼ですわね。
「最初に言ったじゃないですか。ポーリィは手に入れると飽きてしまうって」
また、聞いてなかったのか、聞いても忘れたのかを実践しましたのね。
「ご存じのようにポーリィは私の従妹です。5歳の時に両親を亡くして、我が家に引き取られました。周りはポーリィに気を遣っていたのですが、妹が出来て大喜びだった私はポーリィを構い倒しましたの。もう可愛くって可愛くって。ポーリィも私になついてくれました。そして、私の持っている物を欲しがるようになったのです」
「それは……」
「お父様が言うには、私が大事にしている物をポーリィにあげる事で、ポーリィはその物より自分の方が大切にされているって実感できて嬉しいのだろうと言ってました」
「…………」
「お父様もお母様も、私があげたくない物はあげなくていいと言ってくれたのですが、私にポーリィより大切な物などありませんもの、ポーリィの笑顔のためならリボンもネックレスも本もドレスも差し出しましたわ。ただ、ポーリィが欲しいのは『私の物』で、自分の物になったらそれはもう要らないんです」
「……要らない?」
「ええ、せっかく譲った物が飽きられて捨てられてしまうのが残念でした。でも、ユージン様は一生ポーリィのそばにいてくださると言ってくれました。分かりますわ。ポーリィは可愛い愛すべき存在ですもの。この人なら『私の物』じゃなくなってもきっと大丈夫だと、どれほど嬉しかったか」
「私は、要らないのか……?」
「ポーリィがユージン様に飽きても、ユージン様はポーリィを愛してくださるのですよね。ポーリィをよろしくお願いしますね。やだ、愛しているなら当然ですわよね。私ったら」
「要らない……」
ユージン様は、なぜかポーリィが帰って来るのを待たずに辞去されたのでした。
2025年5月18日
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