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おしどり夫婦の秘訣(いい夫婦の日)

食堂の聖女完結から7年後。



「ねぇ、おばちゃん、いい夫婦になる条件って何だと思う?」

「……っ!?」


 私、リチェが話しかけると、養母は盛大にむせ込んだ。

厨房の中で、口元を覆ってけほけほとやっている。ちょっと悪いことをしたかもしれない。

一頻り咳込んだ後、ちょっと涙の浮いた目で養母は私を見た。ちょっとジト目になっている。


「なんだってそんな話が出てきたの?」

「いやー、だってさー、もうすぐエマ姉も結婚するし、おばちゃんも結婚してるし、多分私もそのうち結婚するわけでしょ? 一応聞いておきたいじゃん。秘訣みたいなのを」


 カウンターで肘をついて待っていれば、目の前にジンジャーシロップ入りのホットミルクが出てきた。「ありがと」とお礼を言えば、いつもと同じように愛想のない「召し上がれ」なんて言葉が返ってくる。

チビだった頃はちょっと怒っているようで困惑したりしたけれど、この歳になって見てみるとわかる。人に尽くすことが当たり前になり過ぎてしまっている故にお礼にどう反応していいかわからず、ついぶっきらぼうになってしまうのだ。養母は、そんな可愛い人だ。


 今日はエマ姉は王都の市場に行っているらしく、食堂のお昼の切り盛りは養母がしていた。姉はもうすぐ冬が来るから、その為の買い出しだそうな。

去年正式に姉が食堂を継いだおかげで、こんな風に養母だけが厨房に立っていることはぐっと減った。

もっとも、養母は私の通う聖騎士の養成校で講師をしていることも多くなったから、それぐらいじゃないとやっていけないのだろうけれども。


「で、秘訣とかないのー?」

「……なんだってそんなことを私に訊くんだい」


 他に聞く相手がいるでしょう、とぶつぶつ言いながら養母が私と同じジンジャーラテのカップを持って厨房から出てくる。カウンターの隣の席に腰を下ろせば、ふぅ、と息をついた。

どうやら夕食分の仕込みも終わったらしい。


「そりゃ、この村一番のおしどり夫婦だからだよ」

「……っ」


 カップに口を付けていた養母が、ぐふっと喉を鳴らした。慌ててカップを下ろして、今度は胸の辺りを抑えている。しょうがないので私はそんな養母の背中を摩る。


「だ、誰が、おしどり夫婦……」

「おばちゃんと、師匠」


 息も絶え絶えに問われたので、さっくり答えると更に呼吸困難に陥っている。なんだかなぁ。

養女の私の目から見て、養父母たちは素敵な夫婦だ。

どちらも自立していて、それぞれ片方だけでも頼もしい。能力的にも包容力も、そして人としても魅力的で温かい。だけど、二人揃って初めて完成形、みたいな感じもある。二人一緒にいる時の安定感は、素直に羨ましいと思う。


「お、美味そうなの飲んでるな」


 噂をすればなんとやら。外から帰ってきたらしい養父がそのまま真直ぐ養母に向かって行く。

そのまま、まだ微妙にげんなりした様子の養母の手からカップをとり、何のためらいもなく口を付けた。まだ結構熱いはずなのに、ごくごくと無遠慮に飲んでいる。

養母が顔を上げるのと同じタイミングで、ふはーと満足げな息を吐いた。ちらりと見たらカップは綺麗に空になっていた。


「ちょっと、なんで人のを……」

「美味かった、ありがとう」


 文句を言いかけた養母に最後まで言わせず、いい笑顔で礼を言う養父。それに思わず黙ってしまう養母。しばらくもの言いたげに見上げていたけれど、諦めたようで立ち上がり、一度養父の脛を軽く蹴ってから厨房に戻っていった。

多分、自分の分と養父のおかわりを入れ直してくるのだろう。


「リチェ、秘訣を教えようか」


 そのまま、養母が座っていた席にちゃっかり腰を下ろした養父が小声で言う。もう六十近いというのに、茶目っ気たっぷりにわざと妻に聞こえないように言うあたり、人誑しだよなぁと思う。


「なになに?」


 食いついてみせれば、養父はにんまり笑った。


「言葉を惜しまないことと、相手の可愛いところをたくさん見つけて、周りにたくさん自慢することだ」

「一つ目は分かるけど、後の方はそれ、いるの?」

「もちろん、いるとも。最重要だ。じゃないと血迷った輩が寄ってくるだろ」


 日頃から惚気まくっていれば悪い虫は寄ってこない、なんて自信たっぷりに言い切った。

そう言えば養父はこういう人だった。長年の夢叶っての結婚式で、誓いのキスの直後に式のセオリーを無視し新婦を抱き上げて「俺のだ!」宣言をぶちかましたような男だ。どう考えても愛が重過ぎて参考にならない。


「……トゥーレを抱き上げられるよう筋トレ増やしとく」

「おう、そうしとけ!」


 馬鹿らしくなって適当な返事をしたら、にやっと笑われた。……絶対わざとだ。


「おばちゃん、これご馳走様。カップ置いといていい? 学校もどるねー」

「はいはい。寒いから上着もっていくんだよ」

「はーい」


 立ち上がり、今日こっちに来ていた理由、椅子の背にかけていた上着を手に取る。


「師匠もご馳走様」

「どういたしまして」


 ぱちんとウインクが返ってきた。

学校の自室に戻ろうと食堂の扉に手をかけ、なんとなく振り返れば、さっきまで私が座っていた場所に養母が腰を下ろしていた。

隣り合わせに座っているだけなのに寄り添うようで、そこだけ温かく見える二人の背中に、私は苦笑する。

二人がそこに至るまでには長い年月が必要で、私には想像がつかないぐらい大変だったらしい。

それでも今の二人を見ていると理想の夫婦像に見えて、羨ましいななんて思うのだ。


「トゥーレの可愛いところ、かぁ」


 あげようと思えば結構あげられる気がする。周りに……とりあえずセシルにでも話しておけばいいかな。きっとものすごく嫌そうな顔をしながらも聞いてくれるに違いない。

どれから話そうかな、なんて思いながら私は学校へと戻るのだった。



リチェ13歳、グレンダ53歳、リドルフィ57歳。

ちなみにトゥーレ失踪前。トゥーレもセシルも13歳。


11月22日はいい夫婦の日なんだそうです。

折角だから久しぶりに短編を書いてみようかなってことで、こんな形に。

今連載している、探求者の主人公、リチェの視点で、食堂の聖女の主人公グレンダ達の話を書いてみました。

惚気まくりのリドが言う自慢はともかく、伝えること、は大事かな、なんて思うのです。


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