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受け継ぐもの:はじまりの一振り(一の聖騎士)


 大聖堂で行われた新たなる聖騎士の宣誓は、多くに見守られながら、厳かな静けさの中、進んでいた。

大司教セドリックが問いかけ、強き光を宿した聖騎士になる者がそれに応える。

既存の聖騎士たちが並ぶはずの場所にただ一人佇むは、前時代の十の聖騎士。

最後の聖騎士、と、人々には呼ばれる男、リドルフィ。

その背後に置かれた七本の剣は彼の代の三から九の聖騎士が置いて行ったもの。

そして、一の聖騎士が残していった剣は打ち直され、今、宣誓を終えた新たなる聖騎士の手にある。


「今ここに、新たなる聖騎士が一人生まれた。

 一の聖騎士、リチェルカーレ。

 その道が常に光と共にあらんことを……!」


 大司祭の言葉に、参列席からわぁっと声が上がる。

新たな時代の聖騎士への寿きや、激励。

それらを背に受けて、新たな一の聖騎士はゆっくりと振り返ると、姿勢を正し、微笑んだ。




「……おばちゃん、無事終わったよ」

「そうかい。よかった。」


 今日、リチェは晴れて聖騎士になった。

それも女性初であり、この世代最初の一人である、一の聖騎士に。

同日に宣誓を行った二の聖騎士と共に、新しい世代の守り手となった。

誇らしげに笑む様子は頼もしく、少し、若い頃のリドルフィや仲間たちを連想する。

若干無鉄砲なところもあるが、思慮深い二の騎士が十分にそれを補ってくれるだろう。

そして、何よりも。

リチェの目には他にはない、力強さがある。

明るく、困難も笑い飛ばしてくれそうな、そんな頼もしさと、そして決めたら揺らがない強さがある。

その姿は、きっと多くの人に勇気を与えてくれることだろう。


「……リチェの晴れ舞台だったのに見に行けなくてごめんよ」

「ううん。気にしないで。……って、起き上がるの? ちょっと待って、枕の場所変えるから」


 ベッドで寝たまま、騎士服姿のリチェを迎えた私は、なんとか体を起こそうと腕を横につく。

リチェは慌てて私を支え、枕の場所を変えて寄りかかれるようにしてくれた。

 最近はもう起き上がるのも辛くなってきた。

なんとか自分でまだ歩けはするが、ほとんどの時間はベッドの上か、学舎の自分の部屋で揺り椅子に揺られてうとうととしている。

それでも今は、やらねばならないことがあった。やりたいことがあった。

まだ逝けぬと、ずっと心待ちにしていたこと。

それを、やっと、できる。


「リチェ、剣をここにおいてくれるかい」

「え。剣……?」

「うん、あなたの剣」


 自分の前の布団の上を軽く叩いて、ここ、と示す。

リチェは困惑しながらも、鞘ごと自分の剣を外してそこに置いてくれた。

鍛えているとはいえ、リチェは女性だ。

その剣も、リドルフィなど男性が使うものに比べれば、華奢で細く短い。

それでも鋭く、しなやかで強い、いい剣だと思う。

 私は少し苦労しながらもそれを、なんとか鞘から引き抜く。

銀色の輝きは一点の曇りもない。

裸になった剣を、一度、鞘の横に置く。

そうして私は自分の両の手を重ね合わせる。


「……光よ、ここに。」


 何年振りになるか分からない呪文に応えて、私の手に光が宿る。

ゆっくりゆっくりと左右の手をずらし、そこに現れた錫杖に目を細めた。


「……おばちゃん?」


 私がやっていることを、リチェは心配そうに見守っている。

その様子に私は微笑む。


「リチェ。……新たな時代の一の聖騎士、リチェルカーレ。」

「……はいっ」


 呼び方を変えたことに、彼女ははっとした顔になった。


「あなたにこれを託しましょう。あなたがこれから歩む道を切り拓けるように」


 錫杖を彼女の剣に重ね、その上に両手を置く。

謡うように、囁くように、私しか分からぬ言葉で呪文を紡ぐ。

いや、この場に魔導士の青年がいたなら訳せたかもしれない。彼はもうきっとあの内容をしっかり読んだだろうから。


「……」


 リチェが私のベッドの横で膝をつき、首を垂れる。聖騎士の宣誓の時と同じ姿勢をとる。

私の手のひらの下で、静かに錫杖は光に解けて……彼女の、一の聖騎士の剣を包み、その内へと溶け込んでいく。

私は、その光の最後の一粒まで剣へと吸い込まれたのを見届けて、ふぅぅと息を吐いた。


 聖女の錫杖は、一振りの剣へと宿り、その剣を聖剣へと変えた。


「……リチェ。剣、ありがとう。もうしまっていいよ」

「おばちゃん……っ」

「重さとかは変わらないはずだけどね。使った感覚が変わってしまったらごめんよ。申し訳ないが慣れておくれ」

「いや、それはいいんだけど……!」


 リチェは、私が苦労して抜いた剣を簡単に持ち上げ、その銀色……いや、今はほんのり金を帯びた光を称えた剣身を見つめる。びっくりしたような、泣き出しそうな、そんな表情をしていた。

やがて、部屋の真ん中の方へと移動すると、一度、確かめるように剣を軽く振るう。

どこかリドルフィに似た、綺麗な仕草だった。

剣の切っ先が辿った場所を余韻のように光の粒がほんの僅かの間だけ舞った。


「……おばちゃん、ありがとう」


 半ば呆然としたような表情でそれを見つめ、それから顔を伏せ、リチェはゆっくりと聖剣を鞘に納め、己の腰へと戻した。


「リチェ、こっちにおいで」


 言えば、顔を伏せたままのリチェが素直に歩いてくる。

私が手を伸ばせば、リチェは身を屈めてくれた。

両手で抱こうとすれば、更に身を近づけてくれる。


「……本当に大きくなったね。うちに来た頃は、まだ話す言葉もあやしいちびすけだったのに」

「……」

「今では、こんなに立派で素敵な女性になって。しかも聖騎士だものね……。言い出した時は、まさか本当になってしまうなんて思ってもなかったよ。夢が叶ったね。おめでとう。リチェがものすごく頑張ったのは、誰よりも私とリドが知ってる。誰に何を言われても胸を張っていい」

「……おばちゃん」

「私から、もう一つだけ、渡させておくれ」


 養い子を抱きしめていた私は、少しだけ体を離す。

潤み揺れている、リチェの瞳を覗き込んで笑い、そうして、その額に軽く口付ける。


「聖女グレンダより、聖騎士リチェルカーレに祝福を。……自分の道を歩んでおいき。あなたの行く先にいつも良い風が吹いていますように」

「……っ!!」

「……リドには内緒だよ。娘への親愛のキスでもあの人は嫉妬しそうだからね」


 冗談めかして言えば、その言葉にリチェはやっと笑った。


「……確かに。師匠はおばちゃんのことを溺愛しているからね。私、斬られちゃう」

「本当、重たい男だよ、うちの旦那は」

「そう言いながら、嬉しいくせに」

「さぁてねぇ。……少し疲れてしまったから、私はまた少し寝るよ」

「うん」


 よっこらしょ、と、腰の位置をずらして横になろうとする私を、リチェは支えながら枕の位置も直してくれた。横たわった私の上に上掛けを丁寧にかけてくれる。

かけた後にゆっくりと屈みこみ、お返し、という風に彼女は私の頬にキスした。


「……おばちゃん……ううん、聖女グレンダ。ありがとう。あなたがくれた剣と祝福と、たくさんの愛に相応しい自分で在れるよう、私は生きていくよ。」

「うん」

「それじゃ、この剣、師匠に見せびらかしてくる! おばちゃん、おやすみなさい。また夕飯の時にね」

「あまり自慢して取り上げられるんじゃないよ」

「あはは。はーい!」


 けらけらと笑って去っていく若い背中を見送って、私はゆっくりと目を閉じる。

きっとあの子は大丈夫だ。持ち前の明るさと好奇心、そして強い意志で自分の道を切り拓いていくだろう。

自分の中から錫杖の気配がなくなったのは少し寂しいが、渡すことができてほっとした。

あれはこれからを生きるあの子にこそ、きっと必要なものだから。


 私は、さらさらと自分の中の何かがゆっくりと流れ出るのを感じ、目を閉じる。

どうかあの子の行く先に、いつも良き風が吹いていますように。

心からの願いは、静かに煌めいてそうっと大気に溶けていき――……。




グレンダと、聖騎士になったリチェのお話でした。

リチェの、聖騎士として名乗るリチェルカーレという名も、実はグレンダが彼女に与えたものです。

その辺は次作「探求者」にていつか書けると良いなと思います。


明日、2025年11月1日より、次作「探求者」の連載を開始します。

食堂の聖女と同じく基本は毎日更新ですが、11月最初の三連休は連載開始直後なので多めにアップします!

ここまで読んで下さった皆様がお察しの通り、主人公は聖騎士になった後のリチェです。

グレンダの物語が村を中心にした守りの物語であるとすれば、リチェの物語は世界を舞台にした攻めの物語……の予定です。

私もこの先どんな冒険が待っているのか楽しみです。

もし良ければ読んでやって下さい。


なお、番外編であるこの「おばちゃんのこぼれ話」は今回で一旦お休みに入ります。

ここまでお付き合いありがとうございました。

今後は「探求者」を書きながら、ふと思い出した時に不定期でアップしていくことになると思います。

もし良ければブックマークはそのまま、次作をお楽しみくださいませ!

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