受け継ぐもの:光(聖騎士候補生)
本編終了から6年後の話。
その依頼がきたのは、神樹を切り倒してから数年経った頃。
リチェが、あの頃のエマと同じ年になった初夏のことだった。
「グレンダ、すまない。この件はお前にしか頼めない」
そう言って話を持ってきたのは、いつも通りリドルフィで。
そんな風に言われれば、私は断るなんて選択肢は出てこない。
彼が私に仕事を振る時は、本当に私以外に出来る者がいないってことだからね。
「うん、わかったよ。どこに行けばいい?」
だから、私は、いつも通りそれがどんな案件なのかも聞かずに引き受けた。
◆◇◆◇◆◇◆
「先生なおばちゃんと一緒に外で行動するの、考えてみたら初めてだね」
「そうだね、私は講師にはなっているけれど、たまに話をするぐらいだからね」
「グレンダ先生、本当に聖女だったんだ……」
「……外ではそう呼ぶのはやめてちょうだい」
学園から出た馬車には、リチェと、リチェと同い歳の聖騎士候補生セシル、それに王都大神殿より寄越された若手の司祭が二人。
御者席にはイーブンとリドルフィが座っている。
中は私以外皆若いのでちょっと居心地が悪い。みんな元気できらきらしていて眩しい。
向かう先は、王都より東側、戦乱期より更に前に放棄された古城である。
石造りの小規模な城はあちこち崩落しており、当然ながらもう金目の物など何も残っていない。
獣や山賊などが根城にしてしまうことがあるため、ギルドが定期的に冒険者をやり、何かが勝手に巣くってないか確認をしている。王都にほど近い場所だから、変なものが住み着いても困るからね。
今回の依頼は、なんと久しぶりに『欠片』が見つかったことがきっかけだった。
神樹がなくなってから、魔素溜まりの出現は激減し、あの時以来『欠片』は見つかっていなかった。
魔素溜まりも『欠片』もない方が良いに決まっているのだが、そこで生じてしまったのは後進の実地教育の機会が減るという問題だった。
実際、現状『欠片』の浄化ができるのは私一人になってしまっていたのだ。
そのことに危ぶんだ神殿が、今回出現した『欠片』を教材として、処理できる私を同伴させた状態で、適性がありそうな者に試させることにしたそうで。
……つまり、この馬車に乗っている若者たちは、浄化者候補なのである。
◆◇◆◇◆◇◆
古城の中庭。手入れもされていないので当然自然に還ってしまっているそこにつけば、簡易結界が施されていた。
先に魔素溜まりを発見し対処してくれた冒険者と司祭が施していったものである。
「あ、お疲れ様です」
「おや、クリス。久しぶりだね。……今回対処したのはあなたたちだったのね」
「ご無沙汰しております」
「ちっす!」
「あれ、おばちゃん、俺らだって聞いてなかったのか」
現地で私たちを待っていたのは、知った顔だった。
王宮魔導士になったクリス、それにその幼馴染で剣士のバーンと短剣使いのアレフ。そして見習いから司祭になったルカ。
あの頃はまだ駆け出しで、心配なところも多かった彼らも、今では中堅の冒険者だ。
活躍しているとは聞いていたが、こんな風に実際に働いている姿を見ると、感慨深いものがある。魔物でもないイエローフロッグ相手にわたわたしてた姿を覚えているからね。なんだか急に自分が歳をとったみたいな気になってしまう。
「もし、魔物とか獣が出てきても俺らがどうにかするから、安心して実習やってて」
「バーンとアレフも立派になったもんだねぇ」
「ははっ。流石にもう駆け出しじゃないからねー」
「あ、ルカはそっちに合流して、一緒に試すそうです。あと、僕も後学のために立ち会わせてください」
「です。よろしくお願いします」
「あぁ、そうなのね。なら、こっちにおいで」
中庭の入り口の近くで待機する二人から離れて、ルカとクリスを伴って皆の方に戻る。
リチェとセシルは聖騎士候補でまだ未成年だが、司祭たちはルカと同じぐらいの年頃だ。
顔馴染みらしく、ルカは挨拶をしていた。
「それじゃあ、始めるよ」
私は集まっている若者たちの顔を見渡す。
ついでに視線を向ければ、彼らの後ろにいたリドルフィが、うむ、と頷いた。
ちなみにイーブンは馬車で待機だ。
「まずはおさらいだね。『欠片』は、おそらく神樹の種か欠片だろうと言われている物。本来この世界にあってはいけないものだ。本来は無色透明だが、見つける時は大抵黒く染まっている。周囲の魔素を取り込むことにより変質しているのだろうと言われている。……残念ながら、なぜ周りの魔素を取り込むのかなどは今でもわかっていないし、私も浄化のしかたは教えられるが、それ以上のことは聞かれても答えられない。」
私は、中庭の真ん中、昔は噴水かなにかだったのだろう瓦礫の方へと歩いていく。
知らされていたところに黒く硬質な光を跳ね返す『欠片』があった。
「さて、二段階に分けて実習するよ。まず一段階目は、各自、防護の魔法を使って実際に持ってもらう。……できなかったとしても気にしないように。これは適性があるかどうかだからね。指先に違和感や痛みなどがあった場合には即座に申告すること」
「はい!」
「わかりました!」
元気な返事に私は頷く。
「では、早速やってみようか。並んでる順においで。呪文は分かるね?」
私は、使い慣れた呪文を唱える。
いつもなら小声でもごもごと口の中で唱えてしまうのだが、今日はきっちり全員に聞こえる音量で唱えた。……お見本だからね。
ふわり、と呪文に応じて両の手に光が集まる。
その光を手に纏わせたまま、『欠片』を、そうっと摘まみ上げた。
「あの、おばちゃ……じゃなくて、先生!」
「ん? どうした?」
手に『欠片』を持ったまま、私は手を上げているリチェを見る。
リチェは私の手にある『欠片』を一度見てから、私に視線を戻した。
「何もしていない状態で、一度それを持ってみてもいいですか?」
「え……なぜ?」
問われれば、リチェは一度唾を呑み込んでから、口を開いた。幾分緊張しているのがその表情で分かる。
「私は、聖騎士になります。聖騎士になるということは、いざという時に判断を下す側になるということです。以前、司祭がいない時には冒険者が黒化すると分かった上で、呪文による防護もないままに『欠片』を扱うこともあったと聞きました。今であれば、たとえ黒化しても直に先生や司祭様たちの浄化を受けることが出来ます。なら、いざという時のために、司祭がいない状況で対処しなければならない時のために、今、実際に体感しておきたいの」
強い意志を持って言われた言葉に、私は少し感心する。
まだ小さいと思っていたのに、こんなことを考えるようになっていたのか。
ただ、これは私一人が判断するのは少し荷が重い。どうする?と保護者役のリドルフィに視線を投げかける。すると、彼は楽しそうに口角を上げ、前に出てきた。
「……なるほど。その説明でいくと、リチェ、お前だけではなくセシルも試せということになるが?」
「はい、私もやらせてください」
間髪入れずに、リチェの隣にいたもう一人の聖騎士候補生が返事をした。
リドルフィは二人の顔をじっくりと見た後、ゆっくりと頷いた。
「よし、やってみろ。ただし、やるのは聖騎士候補生だけだ。ルカを含めた司祭三人は予定通り防護ありから試せ。ついでだから試した二人の浄化は、司祭たちがやれ」
「ありがとう、師匠!」
「はいっ!」
それも訓練の一部とする、と言って、リドルフィが年少の二人を手招きする。
私は、こっそりため息をつく。絶対リドルフィは面白がっている。なんていうか、彼がリチェと仲がいい理由が分かったような気がした。脳筋度合いが似てるのだ。
「……無理はしないこと。いいね?」
私にできるのは、そう念押しすることぐらいだった。
自分から言い出したものの、リチェとセシルは緊張しているようだった。
それでいい。これは本来、人が扱えるようなものではないから。怖いと思うぐらいでちょうどいい。
リチェとセシルは目配せし合って、リチェから試すようだった。
いつになく真面目な顔で前に立ったリチェに、私は一つ頷いてみせる。
「やります」
光を纏ったままの私の手のひらに、何もしていないそのままの手を伸ばす。
指先で確かめるように『欠片』に触れ、それから恐る恐る日本の指でつまみ上げる。
触れた部分に何か感じているのだろう、ぐっと眉が寄っている。痛みを耐えるのに似た険しい表情になっている。
それでも持ったままゆっくり深呼吸を繰り返し、耐えている。
「リチェ。そろそろお返し」
「はい」
放っておくといつまでも耐えていそうな様子に、私の方から声をかけた。
リチェは防御の魔法を纏った私の手のひらに『欠片』をそうっと返す。
防御なしで触れていた二本の指先がすでに間接一つ分黒く染まっている様子を見て、私は目を細める。
「次、セシル。……リチェはこちらに来て浄化を受けろ」
「はい!」
『欠片』を返した姿勢で、じっと自分の指を見つめているリチェにリドルフィが言った。
その言葉に弾かれたようにもう一度返事をし、リチェが司祭たちの方へと駆け寄る。
リチェが三人の司祭のうちの一人から浄化を受け始めたのを確認し、私は前に残っているセシルに目を合わせた。
リチェと学年は一つ下になるが誕生日は数日しか変わらない、もう一人の聖騎士候補生はリチェよりは少し余裕がありそうな表情で、私の目を見て一つ頷いた。
『欠片』をリチェと同じように指先で摘まみ、それを自分の目の高さまで持っていく。
しっかりと観察してから、言われる前に私の手のひらに『欠片』を戻した。
後でリドルフィから教えられたのだが、リチェが試している間セシルはその様子をしっかりと見守り、その後の自分の番では同じ秒数だけ『欠片』を手にしていたらしい。
そんなことを思いついて実行したセシルにもびっくりだし、それに気づいていたリドルフィにもびっくりだ。私が驚いた顔をすれば、リドルフィは「あれは良い聖騎士になる」なんて満足そうに笑っていた。
リドルフィは、なんとその後、この研修を見守っていたクリスにまで素手で『欠片』を持たせた。
クリスはあの時以来、神樹についての研究を続けている。それもあってリドルフィから試すかと問われれば、大喜びで指先を黒く染めた。カイルの時のことを覚えている私はそれを複雑な気持ちで見守った。
研修に来ていた三名の司祭たちはそれぞれ一人ずつ担当して浄化を経験した。
その後の手に防御魔法をまとわせての実習も問題なく終わり、いよいよ『欠片』の浄化を試すことになった。
しかし『欠片』はこの一つしかない。
どんな順番で試させるのかと思えば、リドルフィはあっさりとくじ引きで決めてしまった。
最初にセシルが試し、「無理みたいです」と苦笑して返した後、司祭三名が試した。
その内の一人、ルカは「もう少しで出来そうな感じがするのに」と悔しがっていたが、それでも無理だった。もともと『欠片』の浄化は出来る者の方が圧倒的に少ない。予めそう教えてあるので、出来なかった五人もそれほど落ち込んでいる風ではなかった。
「それじゃ、私の番だね!」
待っていましたとばかりに一番最後にリチェが再び前に出てきた。
聖騎士候補生として地道に訓練を重ねるうちにするようになった、強気の垣間見える笑みに私は予感する。
リチェは自ら望んで聖騎士候補生になっているが、貰った祝福は強い光のみ。本来の適性は司祭だった。自らを僧兵だと嘯くジークに神聖魔法による自己強化を習い、今は身につけた剣術と神聖魔法を駆使して戦う方法を身につけようとしている。
「……リチェ」
無意識に名を呼べば、養い子にして教え子は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「やります!」
先ほどとは違い、今度は両手に光を纏わせたリチェが、私の手のひらから『欠片』を摘まみ上げると両手で包み込み、目を閉じる。
私は、その様子をなんだか誇らしいような、それでいて少し切ないような気持ちで見守った。
◆◇◆◇◆◇◆
帰りの馬車でも、リチェは賑やかだった。
まるでそのために一番最後の番をひいたと言わんばかりに、きっちり『欠片』を浄化してみせた彼女は得意満面で、年長の司祭たちはその様子を微笑ましげに見守り、候補生仲間のセシルは「やかましい!」とリチェに噛み付いていた。
ルカとクリスも乗っていて、ご機嫌なリチェに笑っている。
黒かった『欠片』は透明に浄化され、無事魔封じの瓶に収められている。
私はあんまりにリチェがやかましいので御者席に逃げて来ていた。
イーブンとリドルフィに挟まれて、微妙に狭い思いをしながら揺られている。
「……しかし、久し振りに見たけれど、ここからまたあれが増えたりしないよね?」
「さぁ、どうだろうな。流石に違うと思いたいが……」
「とりあえず、一人でも浄化できる奴がいると分かったのは良かったんじゃないか?」
ぽつと心配を口にすれば、両側からそんな言葉が返ってきた。
「ま、大丈夫だろう。次の世代も育ってきている」
わいわいと賑やかな後ろを振り返り、リドルフィが言う。
確かに、子どもたちは育ってきている。
あの頃駆け出しだった冒険者三人組は、今では腕利きの冒険者としてあちこちで活躍していると聞く。
神殿の司祭たちも段々に若い世代に代替わりをし始めた。
リドルフィ一人だけになってしまっていた聖騎士も、今、リチェを筆頭に候補生が数人いる。
「……できれば、浄化できるとしてもリチェがやらなきゃいけない場面はこないといいね」
そう呟けば、古い世代の戦う人たちは、あぁ、と頷いた。
私は目を閉じる。
今でも、自分の背にあったあの樹がこの世界から旅立っていった光景を、しっかりと思い出すことが出来る。あの朝日の中、きらきらと輝いて消えていった神樹は、あの後どこへ行ったのだろう。
「おばちゃんっ!」
背後から呼ばれて、私は「何?」と振り返った。
「リチェはおっちゃんより強くなるから、大丈夫!」
にぃっと笑ってみせるリチェに、私は苦笑する。
「……ほぉ、言ったな! 帰ったら稽古するか!」
「まだ強くなってるところだから!!」
面白がって言うリドルフィにリチェが慌てている。その横で、セシルがふぅとため息をついていた。
次作への繋ぎになるお話の一つでした。
リチェは現代日本で言うところの三月生まれ、セシルは四月生まれ。
ほんの数日しか誕生日は違わないけれど、学年で言うと一個リチェの方が上になります。
どちらも相当な負けず嫌い。(苦笑)




