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残されたもの2 (水底の……)

本編の12年ぐらい後のお話。


「師匠、本当に代わらなくて大丈夫?」

「俺がいく」

「じゃなかったら、シェリーに頼んで水退けるとか……」

「これで構わん」


 教会の裏、村の横にぽっかり丸い湖の畔。

黒くぴったりしたシャツに同じく黒ズボンといった格好で、老年に片足つっこんだ男が準備体操をしている。それを心配そうに見つめる二代目村長は、今日数度目の提案をまた却下されていた。


「それじゃ、ちょっと行ってくる」

「師匠、足攣ったりしたら叫んで! そしたら俺、行くから!」

「大丈夫だ」


 弟子の心配を笑って、リドルフィはゆっくりと湖へと入っていく。

澄んだ水の中を歩いていき、やがて深さが増せば泳ぎ出す。

その様子をジョイスはハラハラしながら見守っている。


 一月ほど前、ゆっくりと眠るように聖女グレンダが亡くなった。

まだ五十代と若かったが、老衰にも似た穏やかな最期だった。

村の皆で見送り、葬儀やその他諸々も片付いた昨晩、グレンダの伴侶であり前村長のリドルフィが、現村長のジョイスに言ったのだ。

「ちょっと湖の真ん中を見てくる」

 湖の真ん中には、小さな祭壇がある。

そこには聖女が創った聖杯が納められているのだ。

聖杯は、聖女の力の象徴とも言えるもので、過去の聖女が創ったものは現在残ってはいない。

ということは、グレンダが亡くなった今、彼女が創った聖杯も消えてしまったのではないだろうか。

……そう思うのに、湖の水は今も浄化され続けているようなのだ。


「……気持ちは分からなくはないけどさ」


 グレンダの生前から、彼女に関することは全て俺のだと言わんばかりだったリドルフィだ。

とは言え、最愛の人を亡くしたばかり。雪が降るような季節ではないが水遊びにはまだ時期は早い。おまけに如何に鍛えているとは言っても、リドルフィ自身ももういい歳だ。心配にもなる。


 水しぶきは最低限の綺麗なフォームで泳いでいく師の姿を、ジョイスは岸辺でじっと見守る。


「ジョイス! 師匠は?」

「あぁ、リチェ。あそこ」

「うわ、本当に泳いでる……まったく、なんて無茶するかな」

「止めたんだけどね、俺が代わるとも」

「うん。それでも行っちゃったんでしょ?」


 少し遅れてやってきたリチェも、もう十八だ。すらりと背も伸び、豊かな栗毛が背で緩やかに踊っている。女性ながらにきっちり鍛えていることが分かる体に、パンツスタイルなので中々凛々しい。

モーゲンの村のすぐ横に新しく作られた聖騎士の養成校をつい先日卒業した彼女も、ジョイスと同じようにリドルフィを師匠と呼ぶようになっていた。

そんな彼女は教えられた先を見やり、うわーっと顔を顰めた。


「おばちゃんのことになると、本当譲ってくれないよね。きっと今頃、おばちゃん、空の上からハラハラして見てるよ」

「だなぁ。じゃなかったら文句言いまくってるか」

「うん。本当に、なんなら私が行ったのに……」


 二人が見守る先、リドルフィは一度水面に顔を出すと大きく息を吸い、とぷん、と水中へと沈む。

きっと湖の中央まで辿り着いたから、潜って水底を見に行くのだろう。

分かってはいても、見ている側からすると心配で仕方ない。


「ねぇ、ジョイス……まさかと思うけど、師匠、後追いとかしないよね?」

「それは性格的にないと思うけれど……やったら間違いなくおばちゃん怒るし……」

「それにしても長くない? ちょっと私、行ってくる!!」

「まて、リチェ、脱ぐな! 行くなら俺が行くから!」


 潜って中々顔を出さないものだから、リチェが上着を脱ごうとし始め、ジョイスが慌てて止める。

リチェの泳ぎには何の心配もないが、お年頃の女子に半裸で泳がせるわけにはいかない。

思いついたら即行動のリチェを、文字通り力技で止めようとジョイスがその肩を掴んで止まらせる。


「……でも、ヤバかったら早くいかな……あ。出てきた」


 リチェの視線の先で、水面に上がってきたリドルフィがゆっくり手を振っている。

大丈夫だということなのだろう。二人がそちらを向くともう一度だけ手を振った後、こちらに向かって泳ぎ始めた。戻ってくるようだ。

ジョイスがリチェから手を離し、はぁ、と息をついた。




「師匠、それでどうだったの?」


 水から上がってきたばかりのリドルフィにタオルを渡しながら、リチェが訊く。

生活魔法で大雑把に乾かした後、差し出されたタオルを受け取って顔を拭きながら、リドルフィはせっかちだな、と、苦笑した。


「あったぞ、沈めた時と同じ状態で。綺麗なもんだった」

「……聖杯って、亡くなった後は残らないはずなんじゃ」

「だと聞いていたんだがなぁ」


 タオルをリチェに返しつつ、リドルフィは湖の方を振り返る。


「もしかしたら、俺がまだ生きてるからかもしれん」

「……あー、そうか、おばちゃんの力が師匠にまだ残っているのか」

「わからんがね。どっちにしろ、グレンダは今もこのモーゲンを守っているみたいだ」

「……おばちゃん」

 

 リチェがじわりと涙ぐむ。そんな養い子兼弟子の頭をリドルフィが撫でた。


「これは王都の方にも知らせておかねばならんな。この後行くか」

「師匠、せめて明日に。今日はダメ!」

「しかしなぁ……」

「今日は休む! 村長命令出すよ? ……ってなんでそんな嬉しそう」

「そりゃ、まぁ、なぁ」


 苦笑気味に、でも嬉しそうに笑う様子に、ジョイスが思わず指摘する。

すると、リドルフィは己の胸に手を当てて言う。


「あいつは、まだ、ここに生きてるんだって実感してしまったからなぁ」

「……師匠、そういうこと今言うの、なしっ」


 リドルフィの言葉に、うわぁぁとリチェが本格的に泣き始めた。

仕方のない弟子だなぁ、なんて言いながらリドルフィはそんなリチェの背中を叩いてやる。


「ほら、とりあえず戻ろう。こんなところで半濡れの状態でいたら風邪引くし。そんなことになったらおばちゃん、それこそ空から下りてきちゃうよ」

「それはまずいな、脛を蹴飛ばされる」


 ほら、帰るよ、とジョイスが二人を促す。

ゆっくりと三人が湖に背を向け、歩き出す。

その後ろで、湖の真ん中が、きらり、と光った。



 


グレンダが後日談で作ってしまっていた二つ目の聖杯の話。

神殿に納められているのは全てレプリカで、本物はありませんでした。

グレンダの死後、彼女の聖杯はどうなるんだろうって考えて……、あ、確認にいくのはリドだな、と。

そこからするするとお話が降りてきてこんな形になりました。

グレンダから祝福を受けたリドは、グレンダの聖女の力の一部を貰った形になっています。


この聖杯がどうなっていくかの話も、いずれ。

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