★地上の星 (アスター)
本編終了後5年ほど後の話。
「ウルガ、ちょっとだけ寄り道をしていこう!」
美麗のエルフ剣士が言った。
声を掛けられた方の獣人騎士は、分かったと頷く。
了承の返事に剣士は、にぱっと笑った。
種族的なものもあって、真顔で居れば近寄りがたいほどの美形なのに、表情や仕草の愛嬌がそうと感じさせない。
エルフの女性剣士、イリアスはそういう人物だった。
「それにしてもさ、前にここ来たのどれぐらい前だっけ? 割と最近な気がするんだけど。……あぁ、そっか。ウルガと初めて一緒に旅したのもここ来た時だったよねー」
瓦礫をひょいひょいと身軽に登り、後ろをついてくる大型狼の獣人に振り返る。
その大柄な体ゆえに、のっそりした印象を受ける獣人騎士はゆっくりした歩調で苦も無く凸凹した道を進んでいく。
「五年。そうだな」
「じゃあ、そろそろ確認も必要な頃合いだし、ちょうど良かったね。グラーシアの王都についたら報告入れてお小遣いもらっとこ。いくらくれるかなー。冒険者ギルドの方行こう。ウォルターは割と気前いいし、騎士団とかへの連絡も処理してくれるから楽だし」
その方が手間が省けて楽だし、と、笑う。
ウルガが一話すのに対して、イリアスは十ぐらい話す。それに対してウルガがまた一返す、なんて塩梅だ。
ウルガに返事が少ないとイリアスが文句を言うこともないし、ウルガがイリアスをうるさがっている様子もない。表情も乏しく言葉数も少ないが、イリアスの他愛の無い話を律義に全部聞いているのは返事から分かる。何より彼女が一緒に居る時のウルガは、纏う雰囲気が柔らかい。
「それにしても、この五年でまた少し雰囲気が変わったよね。魔物がいないってやっぱり楽」
一際大きく積み上がっていた瓦礫を登り切り、エルフ剣士はその天辺で伸びをする。
その腰に下げた剣は今回の旅の最中、戦いのために抜かれることはなかった。
途中、腕がなまるからと獣人騎士相手に何度か打ち合いをしただけで、それ以外はずっと鞘に収まったままだ。
「あぁ、見えてきた。……本当、あの時のが嘘みたいだねぇ。よし、ウルガ、競争!」
言って、ひらりと飛び降りる。ショートマントがふわりと風をはらんで花びらのようだ。
相手の返事も聞かず、ついでにどこがゴールなのかも言わずに走り出した彼女を、ウルガは文句も言わずに追いかける。
本気で走るために二足歩行ではなく四つ足で走る様子は、まさに大きな狼そのものだ。
先に走り出したエルフに追いつき追い越していく。彼女が目指していた先に回り込むように先につけば、体を起こした。その直後、ばふりと獣人騎士の大柄な体にエルフ剣士が飛び込んだ。
「あー、負けたっ! やっぱりウルガの方が早いかー!」
ウルガの豊かな胸の毛に顔を突っ込んだ状態で、イリアスがけらけら笑う。
ウルガはそんなイリアスの肩を押すようにして、目的地の方へと体を向けさせた。
「すっかり花畑だ」
「……本当だ。強い子たちだとは思ってたけれど、これはすごいねぇ」
いつか戦った場所いっぱいに広がる、緑。
その先端には花が風に揺れている。
小さな星に似た、慎ましやかで素朴な花。
戦場だったその向こう側の墓地に、戦いの後に植えた花。
友人がこの地に眠る者たちへの手向けとして種を持参し、イリアスに咲かせてくれと願った花だ。
それが僅かな水と、そして惜しみなく降り注ぐ日の光で育ち、植えた墓地から広がって、ヴェルデアリアの大地に残る傷跡を静かに覆い隠している。
「……ウルガ、私たちはここでのことをいつまで覚えていられるのだろうね」
花々の上を渡ってきた風に髪をなびかせ、エルフは言う。
いつもはその愛嬌に隠されてあまり見ることもない、老成した者特有の眼差しで、エルフは過去の戦場を見つめていた。
訊いているようで応えを欲していない響きに、獣人は小さく唸るような声だけを返す。
「できるだけ覚えてはいたいのだけどね。爺様みたいに樹になっちゃった後までは流石に自信ないなぁ。グレンダと約束したから、絶対次の聖女に会うまでは忘れないように頑張るけれどさ」
「……イリアスも樹になるのか?」
「どうだろうね。……ん-、その時のためにモーゲンに一本、何か植えといてもらうのはありかも? ウルガは何の樹がいいと思う?」
「実がなるのがいいだろう。お前は寂しがり屋だから」
何気なく言われた言葉に、エルフはくしゃりと顔をゆがませて笑う。
この先、それこそ、ここに咲く花の数よりも多くの人とすれ違っていくのだろう。
その中で、こんな心に触れるような言葉をくれるのはいったい何人いるだろうか。
「そうだね。花が咲き実でもなれば、きっと鳥や動物や、もしかしたら人も遊びに来てくれるかもしれない」
言いながら、近くに咲いていた紫色の花を一輪摘むと、旅の相棒の元に戻り背伸びする。
「あは。ウルガ、似合う! 花冠もいる?」
「……いらない」
獣人騎士は胸の毛に差し込まれた花をとると、エルフ剣士の髪に挿してやる。
「そろそろ行こう」
「そうだね。行こう。……帰ろう。あそこが今は私の家だしね」
紫色の花を髪につけたまま、エルフは歩き出す。
その横を狼獣人も歩き出す。
数千年生きると言われる長寿種のエルフ。人よりは長いが寿命は百五十年ほどと言われている狼獣人。
この先のことは、分からない。
でも、今は、一緒に居る。
本編中第三章で出てきていた、ヴェルデアリアで咲かせた花。アスター。
菊科で、紫苑の名で知られる花の一種。街でもよく売られている身近なお花です。
花言葉は「追憶」「変化」「信じる心」など。
グレンダはその中の「追憶」の言葉からアスターを手向けの花としていました。
今回のイリアスにとっては「信じる心」の方がなんとなくしっくりくるのかな、なんて。
きっと、いろんな人と出会い、いろんな出来事を経験しながらも、彼女は人を好きなままなのではないかな、なんて思います。




