宵闇色のマント(揃いの理由)
本編終了後のお話。王都に仕事で行った後のお話。
聖騎士のマントは宵闇色をしている。
聖騎士の制服には首元のスカーフ以外に白はない。
薄鈍色のベースにした上着に鉄紺色のシャツ。下には黒いズボン、黒いブーツ。
その上に宵闇色のマントを羽織る。
聖騎士とは、白く清き聖なるものを、守る者。
それ故に、聖騎士は首元のスカーフ以外、白を身に着けないのだ。
必要とあらば、白き者を己の身を呈して庇い守るために、敢えて黒を纏う。
絶対的守護者である聖騎士は、守護者である故に光だけではなく闇も知らねばならないとされている。
暗く深い宵闇色のマントは、言ってみれば聖騎士の象徴だ。
その闇をもって、聖女を守るのだ。
法衣をきた後、やらねばならないことの一つが洗濯だ。
生活魔法を使って浄化してしまっても大差ないのだけど、なんとなく天日で干したくて洗っている。
言ってみれば、無事に終わったことを実感するための儀式なのだ。
すぐに洗えない時は、まずは浄化しておいて時間がとれるようになってから改めて洗うこともある。
無駄な手間ではあるのだが、やらないと落ち着かないのだから仕方ない。
食堂の裏の庭で一日風に吹かれた洗濯物を取り込み、私はふぅと息を吐いた。
洗ったのは大した量ではないのだが、いくつか重たいものが混ざっていたのだ。
例えば、リドルフィのマント、とか。
上背もあり、しかも鍛えあげてある分厚い体に纏う服は、当然ながらその体格に合わせて大きい。
マントは防寒具でもあるが、身を守るための防具でもある。当然布地は厚い。そして重い。
取り込んだ籠を持ち上げようとすれば、いつの間にいたのか、背後からひょいとそれを取り上げられた。
「洗ってくれて、ありがとう」
「いえいえ」
言って、マントの持ち主は籠を持って屋敷に入っていく。私も後ろからついていく。
寝室につけば、運んでもらった洗濯物をベッドの上に出しては畳み、クローゼットやチェストに片付けて行く。
私のそんな様子を、暇なのかリドルフィが椅子に座って眺めている。
「そういえば、今回はどのマントだったの?」
ふと気になって訊けば、彼は僅かに目を細めた。
「ブランフォードのだな」
「そう。ブラン兄ぃのだったのね」
貰った返事に私も思い出すように目を細める。
ブランフォードは九の聖騎士。ヴェルデアリアの学舎で共に学んでいた時期もある先輩だった。
はい、と、皺を伸ばしたマントをリドルフィに差し出す。
彼は受け取ったそれをクローゼットへと戻す。
そこには同じ布地で作られたマントが先に八枚掛かっていた。見た目はほとんど同じ。裏側に施された刺繍だけが少しずつ違うそれらは、九人の聖騎士からリドルフィが引き継いだものだ。
彼らが亡くなる時に破れたり汚れてしまったものを丁寧に修繕し、いくつかは残っている布を新しいものにつなぎ合わせ、彼の体型に合わせて作り直されたマント。
彼は聖騎士の騎士服を着て出掛ける際、亡き仲間たちのマントを形見として順に使っているのだ。
望めば何でも手に入りそうな人なのに、人知れずそんな風に古いものを大事にしていることを、私は知っている。
「お前のはずっと同じだが、修繕に出したりしなくても大丈夫か?」
「私はあなたと違って、前には立たないもの。それに割と新しいし、ね」
クローゼットの前で振り返ったリドルフィが訊く。
私は苦笑して緩く首を横に振った。
本来の彼が着るはずだった十枚目のマント。
それは私のケープに仕立て直されていた。
本来聖女の法衣はケープも含めて、全て白だ。
しかし、それでは街の中では必要以上に目立ってしまう。
私は、必要に応じて白と宵闇色のケープを使い分けるようになっていた。
もう遠い昔、リドルフィは私という聖女を隠すことを選んだ。
戦乱期において、一から九の聖騎士たちが次々と消費されるようにして亡くなっていった。
そうして、たった一人となった十の聖騎士は、苦渋の決断を下した。
正攻法では聖女を守り切れぬと判断した彼は、数多くの勇者たちと同じように、聖女も消えてしまったかのように情報を操作した。
文字通り、彼はその宵闇色のマントの下に私を隠したのだ。
「……それにしても、本当に大きさが違うね」
私は苦笑を浮かべる。
実を言うとリドルフィのマントから、私のケープが二枚も作れたのだ。
作れたものの、使っているのは常に片方だけなのだけども。
「その方が守りやすいからな」
「……だからって、自分の体型まで自由にできる人はあまりいないと思うのだけど」
「ん-、ガキの頃からの気合の入れ方が違ったからだろ」
また、リドルフィが適当なことを言っている。
「なんならシャツも貸すぞ?」
「なんであなたのシャツまで着なきゃならないのよ?」
笑っている男の脛を蹴飛ばして、私は自分のケープをクローゼットにしまう。
本来よりも揃いになっている二人分の衣装を、二人で身に纏うのは後何回あるだろうか。
ふと、もうないはずの神樹が背中でさわりと主張したような気がして、私は振り返る。
その様子を見たリドルフィがゆっくり手を伸ばして、私を抱きしめた。
どこか確かめるようなその仕草に、私は小さく笑って彼の背を抱きしめ返した。
印刷用の表紙絵を絵師様に頼む際、マントの色の話をしていたら降りてきたお話でした。
グレンダのケープとリドのマントは実は同じ布です。
本来は白いはずのグレンダのケープ。(1巻目では白の方を使ってますし)
でも、街に行く時は必ず宵闇色の方を使っています。




