金貨の実 (金柑)
柑橘類ネタが続きました。(苦笑)
「グレンダ、見て見て!」
冬のある日。
なんだかとても既視感を覚える言葉と共にハンナがやってきた。
既視感というか、数日前も同じようなことを言って馬鹿でっかいユズを持ってこなかったっけ。
「ハンナ、どうしたの?」
思い返しても仕方がないので私は結局同じ言葉を返す。訊かないって選択肢はないからね。
「いっぱい収穫できたの。これ、たくさんあると可愛くない?」
そう言いながら頬を染めて籠を差し出してくる。可愛いのはハンナだと思う。年上の同性に言う言葉じゃない気もするけど、この人はなんでこう私に対してまで可愛いのやら。
どれどれと籠を覗き込めば、小さなオレンジ色のボールみたいなのが言葉通りいっぱい。親指と人差し指で輪を作ったぐらいの大きさの柑橘類だ。先日の大きなユズよりもオレンジ寄りの黄金色で、つるんと滑らかで綺麗な球体に小さなビーズみたいな大きさの緑色のヘタが付いている。
「これは去年も見た気がする。えーっと……」
「キンカン、よ。金の柑橘類って意味なんですって。忘れちゃうから札に書いて木に付けてあるわ。」
「そうそう、キンカンだ。思い出した。」
去年同じようにハンナに教えて貰ったのを思い出した。
確か去年植えた木だ。あの時は10個ちょっとしかならなくて、みんなで試しに生で食べてみた。柑橘類だけど実ではなく皮の方を食べるものだということで、おそるおそるそのまま齧った覚えがある。甘いというほど甘くはなく、レモンのような爽やかさや酸っぱさもあまりない、村の中には好きな味だと言ってた人もいたけれど、私はちょっと首を傾げたようなそんな味だったような。
今年は去年の何倍も採れたらしくて手提げの籠いっぱいある。好きだと言ってたのは誰だったかな。私はこの量を生で齧るのはちょっと、うーん……
「……ってことで、グレンダ、これも美味しくしてちょうだい!」
きらっきらした目で私を見つめ、ハンナが言った。
……とりあえず、あの時にキンカンを好きだと言ってたのはハンナではなかったようだ。
言うだけ言ってキンカン山盛りの籠を置いてハンナはまた畑に戻っていってしまった。
植物の守護をもっているハンナは言ってみればこの村の農作物の守り手だ。
大地の守護をもっている母親のミリムと二人、どちらも大抵畑にいる。それが自然と言う風で畑仕事が辛いという話は一度も聞いたことがない。たまに畑にいくとすごく楽しそうに植物たちの世話をしている。リンは母親が植物と話ができると信じてるし、実際、農作物に話しかけながら世話してる姿を見ると、あながち嘘ではないのではと思う。もしかしてだから普段から会話が斜め上にとんでったりするのだろうか。人との会話より植物との会話の方が慣れているから。
「さて、どうしようかしら。」
とりあえず、一つ摘まみ上げて目の高さまでもってくると、まじまじと見る。ついでに匂いも嗅いでみる。小さな実だからかそんなに香りは強くない。つるんと滑らかな皮は簡単な水洗いですぐ綺麗になりそうだ。
籠ごと厨房に持ち込んで、摘まんでいた実を洗うと、試しに一つ切ってみる。中も皮と同じオレンジ色。種が結構たくさん入っている。たまたま切れてしまった種はヘタと同じような綺麗な明るい黄緑色だ。真ん中で半分に切っただけなのに、小さなオレンジの実の輪切りしたみたいな見た目で、これはこれでなんだか可愛い。
「なるほどー。」
種を取り除いて、ぺろりと断面を舐めてみる。やっぱり酸味は少ない。甘みもそんなに強くはない。これはこれで美味しくはあるのだけど、ちょっと物足らないような気になってしまう。
舐めてしまった実をそのまま口の中に入れて、もぐもぐと食べながら私は考える。
この量をちまちま絞ってドレッシングなどに使うのはとてもめんどくさそうだし、やっぱり丸ごとかそれに近い形に加工するのがいいか。せっかく可愛い見た目だ。二つ切りにするのが良さそうな気がする。
「よし、煮てしまおう。」
シロップ煮なら形も崩れずにミニオレンジみたいなままにできそうだ。
丸ごとだと種が中に残っていて食べる時に邪魔になるが、二つ切りして種を取り除いてやればそれも気にしなくてよくなる。
ボウルに籠の中のキンカンをあけて、綺麗な水で軽くこすり合わせるようにして洗うと一つずつヘタを取り除き半分に切っていく。全部半分に切ったところでボウルいっぱいになったキンカンを眺めた。
「……かわいい。」
なんだろう、色合いとサイズが相まってなんだかとっても可愛いのだ。
あんまり表に出していないけれど、私は可愛いものが好きだ。特にこういうごく自然な感じのが。あざといのや、わざとらしいのは良くない。華美過ぎるのもあまり好みではない。そんな我儘な美感持ちの私からするとこのキンカンの二つ切りは色、サイズ共に完璧だ。とてもとても愛らしい。胸きゅん、ってこういうのいうことかもしれない。
「…………。」
いやいや、眺めていても作業は進まない、とほんの数呼吸で我に返った。頭を横に振ってから籠と同じぐらいの鍋を用意する。
そこに串で種を取り除いたキンカンをどんどん入れていく。
最後の一個が終わったところで、ふぅと息をつく。思わず腰を伸ばしてとんとんと叩いてしまった。細かい作業は好きだけどちょっと腰に来るよね。
「さて、可愛いまま湯だっておくれ。」
鍋にひたひたぐらいに水を入れ、火にかける。沸騰する直前まで中火。様子を見ながら一回だけ煮こぼし。水を足して、今度は静かに弱火。多分、先日のユズ程やったらこの小さな実はあっという間に煮崩れてしまう。
「これぐらいかなぁ。」
アクを取りながらじーっと見つめていれば、やがて皮に透明度が出てきた。そこで砂糖をさらさらと鍋に投下する。ヘラで出来るだけ静かにかき混ぜて砂糖を溶かしていく。
あまりやると砂糖が煮詰まってしまうから、煮るのは50数えるぐらいの間だけ。しっかり溶けてくれたらそれでいい。
「よし、出来上がり。」
煮ている間に煮沸消毒しておいた瓶に、そうっとキンカンをシロップごと移していく。
シロップはキンカンの色が僅かに映って薄い黄色。キンカンは光り輝くようなオレンジ色だ。
「こういうのも黄金色、かしらね。」
先日の大きなユズが黄金の実なら、これは小さな金貨の実ってところだろうか。
気を使って煮たおかげで中の果実も崩れず、しっかり形を残す事が出来た。瓶の中いっぱいの可愛いに私はついにへらと笑ってしまった。
「ハンナ、ハンナ、ちょっと来て。」
「うん-?どうしたの?」
みんな揃っての昼食が終わった後、こそこそとハンナを呼ぶ。
「お腹に隙間はある?ちょっと試して欲しいのだけど。」
「え、なになに?」
試食と聞いてハンナの目が輝いた。他の皆が食堂から出てしまったのを見て、私はこそこそと厨房の中にハンナを呼び込む。
グラスに作ったデザートをスプーンと一緒に渡した。
一番下にキンカンのシロップだけ、その上に小さくちぎったパンケーキ、先日のユズのマーマレードを重ねてから生クリーム、またパンケーキの層の後に紅茶のゼリー、キンカンのシロップ煮、生クリームをのせてからマーマレードを乾かしたなんちゃってユズピールとキンカン、そしてオレンジの実を盛ってある。いわゆるパフェというものだ。
「わぁ、綺麗!かわいいーー!!!」
「声大きい! ハンナのしか作ってないからささっと食べて!」
「あ、ごめん。」
えへへと笑ってハンナがスプーンで食べ始める。
私はその様子を少しドキドキしながら見守る。
「美味しい。可愛いし美味しいし、幸せ。」
へにゃっと溶けた笑顔に私も嬉しくなって同じような顔になった。
その後、姿をくらませた母を探しに来たリンに食べているのが見つかり、そのまま見事に村の全員にバレた結果、私は同じものを夕食のデザートに人数分作る羽目になった。
みんな綺麗だ、美味しいと言ってくれて、それはそれで良かったのだけど。
どっかのマッチョは頑張って綺麗に盛ったのにたった3口で飲み干すように食べ切っていたので蹴飛ばしといた。大げさに痛がってたけれど、私は悪くないと思う。
キンカン、金柑ですね。小さなみかんみたいなあれです。
甘露煮が有名だけど、シロップ煮も美味しいのでぜひどうぞ♪
★ 金柑のシロップ煮 ★
材料:
金柑、砂糖、水
作り方:
1.金柑をしっかり洗い、ヘタをとり真ん中で二つ切りに。種があったら竹串等で取り除く。
2.お鍋に金柑を入れ、ひたひたぐらいに水を足して茹でる。沸く直前で一度茹で溢す。
3.水を足して弱火で20分ほど煮る。皮の厚さ等で加減を。アクが出たらこまめにとる。
4.金柑の重さより少し少ないぐらいの量の砂糖を鍋に投下し、溶けるまで煮たら出来上がり。
5.煮沸消毒した瓶に詰めて、しっかり蓋を閉める。
マーマレードよりは日持ちしないので冷蔵庫で保管して1か月ぐらいを目途に食べ切ってくださいね!