★最初の魔法
春がきて、リチェの誕生日が来た。
冬の間にハンナに手伝ってもらいながら作った新しいワンピース。
それを着て、満面の笑顔でリチェは王都大神殿で祝福を受けた。
付き添いはもちろん私とリド、それにエマだ。折角だから家族みんなで、だね。
なんと、エマと私もリチェとお揃いのワンピースだ。
周りから微笑ましそうに見守られて、私はちょっと恥ずかしい気分になる。
エマやリチェの本当の母親ではないし、それにこの歳の子がいるにしては私は少々歳がいっているからね。
微妙に居心地悪そうにしていたら、リドルフィに笑われた。
果たして、リチェは光の祝福を貰った。
それも、司祭になれるほどの強い光の祝福だ。
これには少しばかり驚いた。リチェの日頃の元気さを考えると、光よりも風や身体強化系等の方がありえそうだったからね。
そして、もっと驚いたのは、光の祝福を貰ったリチェが聖騎士になりたいと言い出したことだ。
聖騎士は、騎士としての身体能力も求められる。過去に光の祝福だけで聖騎士になった者もいたが、体格に恵まれた男性だった。リチェは女の子だし、持っているのは光の祝福だけだ。身体強化などは何も貰っていない。
それに、司祭になるのならば大神殿に見習いで入ればいい。でも、聖騎士の養成校は遠い昔に失われてしまっている。
本気で聖騎士になるのであれば、まずは体を作らねばならない。それは大神殿では培えないものだ。
リチェ本人と、リドルフィが何日か相談した後、リドルフィは神殿と騎士学校に掛け合い、当面、リチェは騎士学校に籍を置くことになった。
騎士学校の寄宿舎で生活しながら、放課後には神殿で神聖魔法の勉強もするのだ。
まだ六歳になったばかりの子には、かなり過酷なことになりそうだが誰よりもリチェ本人がそれを望んだ。
そうして、言ったのだ。「わたし、がんばるから、リドのおっちゃんもがっこうつくるのがんばって!」
そんなことを言われたら、頑張らないなんて選択肢はない。リドルフィは苦笑しながらモーゲンに作る学校の計画を前倒し気味に進め始めた。
「……ねぇ、おばちゃん、あのね、えーっと」
騎士学校に行く準備をしていたある日、いつもなら外で遊んでいる時間帯にリチェがやってきた。
なんだか、言い淀んでいる様子に、私は首を傾げる。
「うん? なんだい?」
「えっとね、あの……」
私は料理の手を止めて、手拭きで手を拭くと、リチェに向き直る。屈みこんで目線を合わせた。
「どうした? お腹でも痛い?」
「ううん、えぇっとね……リチェ、おばちゃんにおしえてほしいことがあるの」
なぜか、照れているような恥ずかしがっているような風に体をもぞもぞさせている様子に、うん?と、私はそのまま待ってみる。
いつも元気いっぱいで、言いたいこともぱっぱか言ってしまうリチェにしてはとても珍しい。
「……あのね、おばちゃん、リチェはまほう、がっこうでならうんだよね? きしがっこうにはいるから」
「うん、そうなるねぇ。生活魔法もしっかり基礎から教えて貰えるって聞いたよ」
「……そうなんだ」
「うん、楽しみだね。ちゃんとした先生に教わるから、リチェもすぐに色んなことができるようになるよ」
「……そっか。うーん」
いまいち要領を得ない。どうしたのだろうとそのまま続きを待つ。
すると、リチェは私の手を引いて、カウンターの方へ連れて行くと座るように言ってきた。
素直に椅子の一つに座れば、リチェは隣の椅子をこちらに向けて置き直し、そこに座る。膝と膝がくっつきそうな距離で座ったまま、私は困惑する。何を言いたいのかさっぱりわからない。
「……さきに、いっこだけ、がっこうはいるまえにつかえるようになったら、おこられる?」
「いや、怒られないと思うよ」
「……おばちゃん、あのね。リチェ、さきにね、いっこ、おばちゃんからおそわりたいの!」
「うん?」
「ひかりのまほう、いま、おしえて!」
なんだか、この中々言い出せなくて、だけど言うって決めたら勢いこんでいう様子に既視感を感じて、気が付く。あの時のエマだ。妹を連れて行って欲しいと頼んできた時のエマに似ている。やっぱり姉妹なんだね。
「光の魔法……って、夜、明かりに使うやつかい?」
「うん、それ! リチェも、つかえるようになりたい……! ほしおくりのあかり、わたしもだすの!」
「あ、あぁ……」
やっと少し言いたいことが分かった。
星送りの祭り……いや、この場合は、きっと神樹を切り倒す時、教会にいた人たちは星送りのように光の魔法を飛ばしてくれていた。その光のおかげで、私たちはあの場を乗り越えることが出来たのだ
そして、明かりを飛ばしてくれと言ったのはリチェだったと暫く後になってリンが教えてくれた。
きっとあの時、リチェは自分が魔法を使えないことを歯がゆく思っていたのだろう。
「……なるほど。それじゃあ、今から言う言葉をよーく聞いて、真似してごらん」
最初だから、手のひらをこうやって上に向けてね、と、向かい合わせで小さな手を上に膝の上で上に向けさせてみる。
「……”光よ、ここに”」
「ひかりよ、ここに」
私の手のひらの上に浮かんだ小さな丸い光の珠が揺れる。
リチェの方は、もやもやと光が凝るも、すぐにほどけてしまった。
「もう一回。よーく聞いて。”光よ、ここに”」
「……ひかりよ、ここに」
出した光を消して、もう一度、今度は口を見て、と、促してからやってみせる。
いつになく真剣な様子でリチェは何度か失敗して、七回目ぐらいで、ようやく成功した。
「グレンダ、リチェに魔法を教えてやったらしいな。……お前に教えて貰いたがった理由、聞いたか?」
その日の晩、寝る前にリドルフィがきいてきた。
リチェは、夕食の席で、出来るようになったと大喜びで食堂に来た全員に自慢して回り、最後は疲れて食べている最中に寝てしまった。
今頃、エマと一緒のベッドの中で魔法の夢でも見ているんじゃないかと思う。
「ううん? 聞いてないけれども」
おいで、と手招きされて私はもぞもぞと布団に入る。招き入れた男の腕の中に納まれば、続きを促すように見上げた。
「トゥーレから、生活魔法はノーラから……母親から習ったと聞いていたから、リチェもお前から習いたかったんだそうだ。それに光なら一番すごいのはお前だから、だそうな」
「……」
「よかったな」
微妙に照れるような居心地の悪さを感じて、またもぞもぞと動けば、男に笑われた。
リチェとエマが我が家にやって来てもうすぐ一年になる。
二人とも実のお母さんを覚えているから、私のことはおばちゃんと呼べばいいと伝えてあるけれど、ちゃんと母親代わりとして思ってくれていたんだね。
「……ちなみにな。俺のことはこれからは師匠って呼ぶらしいぞ」
「なんだかジョイスみたいだね」
聖騎士の先輩だからな、と言うリドルフィもなんだか嬉しそうだ。
数年後、リチェは戦乱期以降、最初の聖騎士になった。
そのリチェが最初に覚えた魔法を教えたのは、私なのだ。
それがちょっと嬉しくて誇らしい、なんて思ってしまうのは親の贔屓目、なのかしらね。
ある日突然、ぶわーっと降りてきたシーンを書かせて頂きました。
あちらの世界での、初めて使う魔法は、こっちで言うところの、幼子が初めて喋った言葉に近いものがあるのかもな、なんて思います。




