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黄金の実 (獅子柚子)

冬の季節ネタをどうぞ。


「グレンダ!見て見て!!」


冬のある日の午後、ふらりとやってきたハンナが笑いながら言った。

母親のミリムと二人、男手なしで子ども二人育てながら農家をやっているなんて言うと、肝っ玉かあちゃんをイメージしてしまいそうだが、ハンナはおっとりしたマイペースな女性だ。

いつも笑っていて楽しそうで、そしてちょっと、いや、かなり天然ボケしている。

発想は斜め上だし、よく分からないポイントで笑ってることも多い。そんな彼女が見て見てなどと言う物……また、何か不思議なものを持ってきたのか、と、私は苦笑交じりに厨房から出た。


「ハンナ、どうしたの?」

「やーーっとね、なったの。これ、素敵でしょ!」


ほら、これ!と出されたのは黄色い大きな柑橘類。

黄色……よりは色は明るくレモン色に近い。へたを残すために枝を少し切ってきたらしく、濃い緑色の元気な葉っぱがついている。

そして、実はやたらとごつごつしていて……とても大きい。直径はさっきまで私が使っていたボウルと同じぐらいか。渡されたので持ってみたら大きさに見合ってずっしり重い。嗅ぐと爽やかないい香りがする。


「……えらく大きなオレンジだねぇ。果樹園で出来たの?」

「オレンジじゃないわ。ユズの仲間なの。少し前に植えたのだけど、今年初めてなったのよ。」


ハンナが言うには、果樹園を作るにあたりどうせならと王都の市場で色々な種類の苗木を買って植えたうちの一本がこの大きなユズが生る木だったのだそうな。言われてみれば一昨年ぐらいから収穫できるようになったユズに似てなくもない。大きさはあまりにも違うけれども。


「ユズってもっと小さくなかったっけ?」

「このユズは特別なの!黄金の実なのよ。なんでもすごーーーく縁起がいい木でね、これがあるとお金ががっぽり手に入るんですって!」

「……。」


目をキラキラさせて言うハンナに私はちょっと心配になる。もしかしてこの人は怪しげな壺とかも信じて疑わずに買っちゃったりしてないだろうか。


「まだ今年は一個しかならなかったのだけどね、せっかくだからグレンダにあげる。これでグレンダもお金がっぽがっぽよ!」

「……そう、あ、ありがとう。」


それじゃぁ、私、行くわね、と言ってハンナはそのありがたい黄金の実を私に持たせたまま楽しそうに行ってしまった。多分、時間帯的に畑に帰ったのだろう。

後には大きなユズを持たされて困惑している私だけが残された。


「……さて、どうしようかね、これ。……お金、がっぽがっぽ……」


幸い夕食の仕込みも終わっているし、今日持ってきてもらった農作物や酪農品も処理が終わっている。

ハンナが来るまでは厨房に置いた椅子でこっそり甘めに淹れたお茶を飲んでいたぐらいだ。

両手に持たされた大きなユズを少し持ち上げ、まじまじと見る。ついでに鼻を近づけて香りを嗅ぐ。


「……他の柑橘類と同じ感じかしらねぇ。」


なら、食べてみるか、と、厨房に持ち込むことにした。

まずは葉っぱ付きのへたをとる。しっかりついているのかと思いきや、ひっぱったらあっさり取れた。

実全体をきれいに洗う。ごつごつと凹凸が多いので小さな刷毛を持ってきて丁寧に凹みのところも歯磨きの要領で汚れを落とした。……全体的にちょっと色が明るくなった気がするし、擦ったからか香りが強くなった。剥いた皮を捨ててしまうならここまでしなくてもいいだろうけれど、柑橘類は皮を食すものもある。念の為、だね。


「さて、中はどんな感じかね。」


まな板に置くと大きさが際立つ。一個しかないので一瞬躊躇いはしたけれど、私は包丁で縦にさっくり切った。押さえていなかった右側がごろんと転がる。果肉は皮より更に薄い黄色。白い皮が分厚い。ふわっとさらに香りが強くなった。

私は果肉の粒を少し取って口に運んでみる。


「なるほどー……」


ついつい独り言を言ってしまうね。

普通のユズと違ってそれほど酸っぱくはない。爽やかで少しだけほろ苦い。これはこれで美味しい。

次いで、分厚い皮を少しだけ切り取ってみる。くんくんともう一度香りを確認してから試しに齧る。……うん、普通のユズと同じで苦いね。でも香りもいいし後に残る苦さではない。


「よし、マーマレードにしよう。」


誰に言うでもなく、私は宣言した。

大きめの鍋を持ってきて、湯を沸かし始める。

その間に実を更に切り、果肉を蓋つきの容器に取り分けた。

皮は凹凸に合わせて縦にいくつかに切り分ける。三日月みたいな形になった白いふかふか付きの分厚い皮を今度は斜めに薄く切っていく。

実が大きいので鍋の中がぼこぼこ沸き始める頃には切った皮を入れたボウルはいっぱいになった。

まだまだあるので、先に切り終わった分から鍋に入れる。大きさ的に2回に分けなきゃ無理そうだね。

先に鍋に入れた物をちらちら見ながら残りの皮もどんどん切っていく。


「……そろそろかな。」


湯が薄く黄緑色に染まり、皮の白い部分が少し透明になっているのを確認して、私は皮を流さないように気を付けながら湯を捨てる。もわーっと上がった湯気がいい香りだ。これ、お風呂に入れたら幸せかもしれない。……思いついてしまったので途中から湯は捨てずに別の大きな鍋に移すことにした。

鍋が皮だけになったところにまた水を加えて火にかける。茹で溢しだね。少し手間だけど苦みを取るにはこれが一番だ。

2回、3回、4回、と様子を見ながら茹で溢しを続ける。溢した湯はしっかり別鍋に入れて2階の浴槽に運んでおいた。今夜しっかり香りを堪能させてもらおうじゃないか。

5回目の茹で溢しで皮の白い部分が8割方透明になった。1回ずつ小さな皮を味見していたがそろそろ良さそうだ。これ以上茹で溢してしまうと香りも風味もなくなってしまう。

下処理が終わったユズの皮をボウルに移して、残りの皮も同じように5回茹で溢しをした。……ちょっと手間がかかるね。次の時は全部切ってしまってからもっと大きな鍋で一気にやろう。


「さて、と。」


大きなユズの皮を全部下処理してしまえば、私は腕まくりをする。

ジャムを作る時に使っている上等な白い砂糖の壺を出して来れば、鍋の底にまず砂糖を入れ、その上にばらばらと茹で溢した後の皮を入れていく。適当なところで砂糖を追加し、更に皮を入れ……

ほんの少し残しておいた茹で汁を上からかけて、鍋を火にかけた。

初めは中火。砂糖が溶けていくのを見ながら火を弱める。後は皮の白い部分が完全に透明になるまでゆっくり煮込めば出来上がりだ。

気が付けば日が傾いている。思ったより時間がかかってしまったね。

ユズの皮を煮込んでる隣で、瓶をいくつか煮沸消毒しておいた。


「ふぅ……」


鍋を火から降ろして、まだ熱い瓶をその横に並べる。こういうのはね、大変だけど熱いうちに詰めてしまわないと。

大きめのスプーンを使って瓶にどんどん詰めていけば、小皿にいっぱい分ぐらい半端に余った。

これは今夜夕飯の時にヨーグルトにでもかけて皆に出してみよう。

出来上がったマーマレードの入った瓶を窓から差し込む夕日に翳してみる。

淡い黄色できらきらと綺麗な瓶に私は満足した。




「……え、煮ちゃったのっ!!?」

「……え、みんなで食べようってことじゃなかったの!?」


夕食を食べに来たハンナが悲鳴を上げた。

どうやら縁起物だからみんなに見えるところに飾ってくれというつもりで持ってきていたらしい……が、後の祭りである。大きなユズは全部お砂糖と煮込まれて瓶の中だ。


「……ごめん、でも、これ、すごく美味しいよ。ハンナありがとう。」

「どれどれ……」

「リド!つまみ食いしないで!!」


横からぬっと出てきた大きな手をぺしと叩いた。



デザートに出したヨーグルトのユズマーマレード&ユズの果肉添えはとても美味しくて、村の皆に好評だった。

ハンナはお金がっぽがっぽより、こっちがいい、と言い放ち……

結果、この年以降、冬になると大きなユズのマーマレードがモーゲンの村の名物の一つに加わった。





大きなユズ……獅子柚子でございます。

私(作者)は数年前に知り、以来すっかり好きになってしまい毎年探してはマーマレードを作ります。

手間はかかるけれど美味しいので見かけたら是非試してみてくださいね。


★ 獅子柚子のマーマレード ★

材料:

獅子柚子、砂糖、水

作り方:

1.獅子柚子はしっかり洗う。歯ブラシとか使って凹みもきれいに!

2.獅子柚子を切る。4等分し、果肉を外して皮を3~5mmぐらいの薄さに内側から外へ切っておく

3.鍋に湯を沸かし2の皮を4~5回茹で溢す。白い部分が8割ぐらい透明になったところで止める。

4.鍋に砂糖、皮、砂糖、皮、と言う風に交互に入れ煮込む。(少し3の煮汁をかけてやると煮やすい)

5.白い部分が透明になったら出来上がり。煮沸消毒した瓶に入れしっかり蓋を閉める。


冷蔵庫に入れておけば1年ちかく楽しめます♪

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