★残されたもの(ラブレターの日)
ラブレターの日。
……本編より二十年後ぐらい、かな。
学舎の一番奥は学長室。
その隣。学長室からの続きの間のような小さな部屋は、部屋の主がいなくなった後、誰にも割り当てられなかった。
それに異議を唱える者は、誰もいない。
「師匠、何を読んでるの?」
「……ラブレター、だな」
いつのまにか養女と養父の関係から、弟子と師匠の関係になった娘に問われ、男は顔をあげる。
学長室の隣、温室のような植物だらけの部屋で揺り椅子に座り、手にした本のページを愛おしそうにめくっている。
窓から差し込む光は柔らかく、部屋は優しい木漏れ日の明るさだった。
部屋の主がいなくなって、もう何年も経過しているが、この部屋の雰囲気はあれからずっと変わっていない。
そんな、養母の部屋を見渡し、娘の方は小さく肩を竦める。
「ねぇ、師匠」
「……ん?」
「寂しくなったりはしないの?」
その言葉に、男は手にしていた本を閉じ、立ち上がった。
「確かにもう触れることも、言葉を交わすこともできないからなぁ。まったく寂しくないとは流石に言えん」
今まで読んでいた本……聖女の残した日記を本棚の元の位置へと戻す。
戦乱期が終わり、村で暮らすようになった後ずっと彼女が書いていた日記。日に一言二言だけの時もあれば、二ページ近く書き綴っている時もある。不格好な落書きがしてあったり、覚書のような表が書いてあったり、たまに押し花などが挟まってる時もある。
そんな、本当に思うままに綴られた日記が本棚の一列分。彼女がここで暮らした年数分。
男は思う。これらは日記帳という名のラブレターだと。何を見て何を感じていたのか。ページをめくれば、ここに彼女がいる。
「だが、たくさん残してくれたから、大丈夫だ」
日記だけではなく、それ以外にも本当に多くのものを。
ある意味、この村自体も彼女が残して行ってくれたものだと、男は思う。
彼女がいなかったらここに村を作ることもなかった。ここで暮らす人たちと、今の関係にはならなかった。まさか自分が娘を持つことになるとも思わなかった。
今、生きている自分を取り巻く環境。それらは全て彼女が与えてくれたもの。
愛しく、守りたいと思うすべてを……、今、彼女のいなくなったこの世界で生きていく意味を、彼女は自分に残していってくれた。
「そっか。……今もラブラブだね」
「そうとも。知らなかったか?」
「ううん、知ってた」
それじゃあ、行くね、と言って、部屋を出ていく娘を見送って、男は一度部屋を見渡す。
屋敷の部屋はもう一人の娘の子どもたちのためにあけてしまったが、彼女が晩年よく過ごしたこの部屋は、そのまま残している。彼女自身が見たら、未練がましいとか言いそうだけども。
「……なんとなく、脛を蹴られそうだな。これぐらいは許してくれ、グレンダ」
照れるとすぐに自分の脛を軽く蹴ってみたり、小突いてみたりしていた妻を思い出して苦笑する。
結局最後まで甘い言葉を素直に受け取れなくて、毎回そんな風に恥ずかしがっていた様子すらも愛おしかった。
日記帳の一番最後。
彼女が一番最後に残した言葉は、男がこっそりページを破いて誰にも見せなかった。
最初で最後の、彼女から男へのラブレター。
”先にいくわ。ゆっくりでいいから迎えに来てね。次も、あなたと一緒がいい。”
ラブレター。
グレンダは恥ずかしがって書かなそうだし、リドルフィはラブレターを渡すよりも一瞬でも長く一緒にいることを選びそうだし。
そんなことを思ったらこのシーンが降りてきて……書かずにはいられませんでした。
今は番外編集に入れておきますが、本来は「食堂の聖女」と次の物語を繋ぐ短編集に入るワンシーンです。
……あの二人らしい、ラブレターなのかな、なんて思います。




