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飾らぬもの(ワイルドローズ)

やさぐれリドルフィ少年(9歳)の視点になります。


 貴方様はそのうち、こういう知識も必要になるのですよ。

そんな言葉を投げかけられて、何の役に立つのかも分からない情報を覚え込まされるのは苦痛だった。

自分は、割と賢い部類で記憶することに関して言えば得意と言ってもいいほどだった。それでも、興味がないものをあまり学びたいとは思わない。

しかし、己の立場ではそうも言えないことは理解していたし、だからこそ退屈な講義も文句を言わずに受ける。

とはいえ……


「……いつ、必要になるんだ」


 講師が呼ばれて行ってしまい、一人庭園に残された少年は小さく息を吐いた。

初夏の庭園では、幾多もの花が咲き乱れていた。

本日の講義は、その花に関するものだ。

品種名や特徴、その成り立ちなど。交配表まで広げられ、まるで家系図を覚えさせられている気分になる。貴族というものは、日光を浴びて咲き誇る花々を、ただ美しいと愛でるだけではいけないらしい。

 なんとなく先日参加させられた舞踏会を思い出す。

まだ幼いからと会の初めの方だけの参加だったが、その短い時間の間に何人もの令嬢を紹介された。

王族の務めとやらで、主だった貴族については頭に叩き込まれている。その場でも名乗られれば、その者の爵位や繋がり、領地がどこであるかその他諸々が即座に頭に思い浮かび、粗相なく会話もできた。

しかし、紹介された令嬢たちは誰を見ても似たり寄ったりにしか見えず困惑した。

……ここの、薔薇と同じ。色や形の違いは分かるのに興味がわかない。もっと時間をかけて接したらまた違うのかもしれないが、今の自分には一まとめにされた花束としてしか認識出来ていない。


 少年は振り返り、講師が戻ってくる様子がないのを確認すると、ゆっくりと庭園を歩き始める。

本当はこの時間もいっそ剣の稽古に回せたら良いけど、講義の時間として取られてしまっているので、この庭園から離れる訳にいかないのだ。

講師はしばらく見ていてくださいなどと言っていたから、庭園内を散歩するぐらいは許されるだろう。

少年は、日差しの中競うように咲き誇る花々の中、庭園をつっきるように道を選ぶ。

どこか甘く何種類もの香りが混ざる空気は、どうにもあの令嬢たちを連想してしまい離れたかったのだ。


「……ふぅ」


 今が盛りの花たちの園を抜け、時々義母たちがお茶をする時につかっている東屋も通り過ぎ、花よりも木々の多い区画へと出れば、ようやく一息ついた気分になった。

この辺りも庭師がきちりと管理はいるが、花を楽しむための庭ではなく涼を楽しむための庭だ。

さやさやと風が葉を揺らし、鳥たちの声も聞こえてくる。

先ほどと同じようにいくつかの香りが混ざっているものの、こちらは少年にも心地よく感じられた。


「……聖騎士になっても逃れられない、か」


 少年は王族だ。どうやっても貴族との交流を絶つことはできない。

いずれはあの舞踏会であったような令嬢の誰かと婚約をし、結婚もするのだろう。

それは仕方のないことだと受け入れてはいるつもりだった。

ただ、どうしても思い描けないのだ。着飾り似たような顔で笑いさざめく彼女たちの誰かに、自分が先ほどの薔薇園のような花を選び、贈るその光景を。

少年は、聖騎士の養成校に入る前に暮らしていた王城の奥にある部屋の、小さな庭に咲く野花の方が好きなのだ。


 ふと、視界の隅に何かを見た気がして、少年はそちらを向く。

木々の合間に出来た小さな陽だまりに、背の低い茂みがあった。

緑に紛れる細やかな、白。ほんの僅かだけ縁が淡く色づいている、一重の花。

視界に引っ掛かったのはこれだ。

とてもシンプルで派手さはない。花の数も多くないから、ここを通っても見落としてしまう者がほとんどだろう。

なのに、少年はとても心惹かれた。

すぐ近くまで行き、その花をまじまじと見つめる。

顔を近づけると、ふわりと包むような穏やかで優しい香りがした。


「それは原種の一つですよ」


 その細やかな香りを覚えようと目を閉じ、花と向き合っていた少年は、背後からの声に振り返る。

見れば、用事が終わったらしい講師がそこにいた。


「リドルフィ殿下はこういう花がお好きなのですね」


 なるほど、と頷く声に皮肉の響きはない。


「……どうだろう。ただ、あちらのものより惹かれはした」

「自分の好みを知っておくのは大事なことだと思います。そのためにも多くを知っておいて損はないかと」

「比較できるよう、目を肥えさせろと?」

「美しさなどは優劣をつけるものではありませんが、平たく言うならそういうことです。多くを知らなければ、知っている少ない中からしか選べませんから」

「なるほど」


 薔薇の品種を覚える授業に飽き飽きしていたのは、講師にはバレていたらしい。

少年は肩を竦めると、諦めて薔薇園の方へと歩き出す。講師はそれについて行きながら少年のまだ小さな背中を見、一度振り返って少年が見つめていたワイルドローズに目を細めた。

守護者という大変珍しい祝福を受けた王子が、心惹かれたもの。

それは薔薇園の花たちに比べればあまりに慎ましやかではあるけれども。


「案外お似合いなのかもしれませんね」


 原種であるということは、人の手が入らなくとも生きていける強さがあるということ。

いつかこの国を支える者となるだろう少年の隣に咲く花なら、麗しさや香しさよりも強さの方が必要なのかもしれない。

講師には、慎ましくも強く可憐に咲く花こそ、この王子が守るものに相応しいようにも思えた。






薔薇で有名な植物公園に行ってまいりまして。

あの花この花、どれもとても素敵なのだけど、私自身はどうも花びらもりもりの大輪よりも、花も小さく一重咲の原種などの方がどうやら好きらしいと今更のように知りました。(苦笑)

それをそのままお話にしようとしたら、仏頂面のリドルフィ少年が出てきて、俺を出せ、と。

書いてみたらグレンダに出逢う一年前のやさぐれ少年のお話となりました。


皆さんはどんな花がお好きですか?

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― 新着の感想 ―
ワイルドローズというタイトルがなんとも心躍りますね。 彼が守りたい強い花に出会えたこと、なんだかキュンとしちゃいました!
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