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約束の庭(しろつめくさ)

本編終了後の話になります。

懐古部分は本編ep.104の数時間前。


 あれ、ここ知っている、と、私は首を傾げた。

グラーシア王国の王城は、当初建築されてからの度重なる増築や改築により複雑な造りになっている。

建物と建物を繋ぐ渡り廊下、その脇に作られた小さな庭園、絵に描いたような尖塔もあれば離れのような小さな別邸、ほんの数度しか使われたことのない礼拝堂などもある。

許可ある者しか入れない区画も多く、その全容を把握している者はあまり多くない。

若い頃半年近くこの王城内で静養してたこともある私だが、その当時だって出入りを許可されていた場所はそんなに多くなく、そこから二十年近く経った今だって知ってるところは僅か。

今日通された場所は普段出入りしていた区画とは全く違い、王族の居室に近い場所だ。知っているわけがないはずの場所なのに、既視感がある。

なぜだろう、と首を傾げるがその既視感に紐づくだろう出来事を思い出せない。


「グレンダ、すまない、もう少し待機みたいだ」

「あ……えぇ、それは別に構わないのだけども」


 聖女なんて肩書を持っていても庶民の暮らししかしたことのない私にとって、王城は緊張するところだ。

至るところに置かれた調度品はいったいいくらするのかも分からないし、敷いてある絨毯すら本当に踏んで大丈夫なのかとちょっと心配になる。

そんな私を知っているリドルフィが待機場所として用意してくれたのが、この部屋だった。

王城の奥の方にあるにもかかわらず、こじんまりとしていて装飾品も少なくほっとする室内。家具も洗練されているものの機能美を追求したようなシンプルさからか、品は良いのに威圧感がない。

今、私がいる庭も、しろつめくさなどの素朴な草花が生え、そこに育った楡の木が優しい木陰を作っている。

木の枝には古いが手入れされていると分かる素朴なブランコが揺れていた。


「……ここは戦火に晒されなかったからな。そのまま残っていたんだ」


 部屋の方から歩いてきたリドルフィが、木を見上げていた私を背後から包むようにして抱く。


「……やっぱり私、ここに来たことある?」

「あぁ。むかーしに一度だけ、な」

「いつだか思い出せないのだけども」

「それは仕方ないんじゃないか? もう四十年近く前だ。むしろ覚えてた方がびっくりだ」

「あなたは覚えているのでしょ? なんだかずるい。くやしい」

「俺はその後もここに何度も来てたからなぁ」


 悔しがる私を笑っていたかと思えば、唐突に頭のてっぺんに口づけを落とされた。

首をひねって見上げれば、深い青がこちらを見つめている。

そのままごく自然に顎を持ち上げられ、ゆっくりと深く口付けられた。


「……キスで胡麻化さないで、ちゃんと教えてちょうだい。私はいつここに来たの?」

「俺の花嫁は相変わらず負けず嫌いのようだ。そういうところもとても愛しい」


 ここぞとばかりに甘い言葉を吐く男の脛を蹴ろうとして、私は思いとどまる。

今日は私も彼も特別な衣装を身に着けている。間違って汚すわけにはいかない。

仕方ないので私は、さぁ早く話しなさいと噛み付くように催促した。


  ◆◇◆◇◆◇◆


 用意された式典用の法衣は真新しく、しかも成長期なのに少女のサイズにぴったりだった。

丈の長いワンピースみたいな法衣にお揃いの靴と上着。

法衣を着る時にメイドが、髪を綺麗に編み込みをしてくれた。

全身白尽くめで着ているものは法衣だけど、まるでお姫様になったみたいでちょっと嬉しかった。

 聖騎士の宣誓の儀式に立ち会うために、みんなで王都へと来たのは昨日だ。

儀式は王都の大神殿で行う。ヴェルデアリアからは馬車で四日ほど。道中は先輩たちや教官も一緒なので緊張はあまりなかった。ただただ楽しかった。

泊まる場所がみんなと違うと言われたのは王都に着いてからで、そこで少女はちょっとショックを受けた。

まだ小さいこともあって道中の宿は男女関係なく一緒だったのに、ここでは一人だけ別行動なのだ。

理由を訊いてみたけど、少女が女の子だから云々。いまいち要領を得ない。

それでも何か大人の事情があるのだろうと思い、少女は頷いた。

頷いたけど、知らないところに一人はとても心細いし寂しい。

せっかく可愛くして貰ったのに、見せる相手すらいない。

でも、良くしてくれたメイドや他の人に迷惑を掛けたくないから我慢だ。

しかたないから、出てもいいと言われた庭のブランコに乗って一人で揺られてる。


「グレンダ!」


 声をかけられて少女は顔を上げた。

しょぼくれてた顔が、ぱっと明るくなる。


「リド!」


 ブランコの方まで走ってきた少年もいつもと違う恰好をしていた。

薄鈍色の上着に鉄紺色のシャツ、黒ズボンの黒のブーツ。

首には真っ白なネクタイ。左側だけのマントは宵闇色だ。


「わぁ、リドが王子様みたいな格好してる!」

「王子様じゃなくて聖騎士! ごめん、寂しかっただろう。手違いでこんなになってごめんな」

「……なんでリドが謝るの?」


 走ってきた少年にブランコから抱き上げられて少女は笑う。

しっかりと少女を抱きしめて少年の方が謝れば、少女はきょとんとした顔になった。


「……」


 黙ってしまった少年に首を傾げ、窓の方を見る。どうやら来たのは一人だけのようだ。


「先輩たちは?」

「あ、あぁ、ここはあまり色んな人が入れない場所なんだ。……迎えが来るまでまだあるけど、ブランコもうちょっと乗っとく?」

「あ、それなら……ここってお花摘んでも平気?」

「ん? 大丈夫だと思うけど」


 少女は自分を抱き上げている少年に下ろしてと頼めば、クローバーがたくさん生えている辺りに走って行く。


「リドに良いもの作ってあげる!」


 言えば、ちまちまと白い花を摘み始めた。

摘んだ花を器用に髪を編むみたいにして長い茎を束ねながら編んで花冠にしていく。

その様子を横で見守っていた少年の頭に、出来上がった花冠を被せて少女は満足そうに笑った。


「王子様だから王冠! リド可愛い!」

「……こういうのは俺じゃなくてグレンダが被るものだろ」


 可愛いなんて言われた少年は少し頬を赤らめて、自分の頭の上から乗せられたばかりの花冠をとり、少女の頭に乗せてやる。


「ほら、やっぱりグレンダの方が似合う」

「リドも似合ってたのに」

「俺は男だから、花はいいの!」


 わざとぶっきらぼうに言えば少年は、辺りを見渡して一本特に茎が長い花を摘む。

何をするのだろうと見ている少女の手を出させて、その左手の薬指に茎を輪にした花を結び付けた。


「わぁ、指輪だ!」


 にこにこしながら、しろつめくさの指輪を眺める少女を引き寄せて、少年はそのおでこに軽く口付ける。

一瞬のことで何をされたのか分からなかった少女は、何度か瞬きをして少年を見上げた。


「……そろそろ時間だから行こう。それは神殿に持っていけないから部屋においてって」

「う、うん」


 半ば強引に話を変えようにして少女の手をひき、部屋へと戻る。

少年は自分の手で少女の手から指輪にした花をとり、花冠も外せば、控えていたメイドに手渡す。


「……とっといて」


 ぽそり少年が告げた言葉に、少年の乳母でもあるメイドは、承知しましたと微笑んだ。



  ◆◇◆◇◆◇◆



「よし、出来た」


 そう言って男はしろつめくさの花冠を私の頭に乗せた。

大きな手で細い花の茎を扱うのは難しかったようで微妙にいびつだが、それがまたいい味を出している。

花冠を作りながら男が教えてくれたのは、私がまだ幼かった頃、先輩聖騎士の儀式に立ち会うために王都に来た時、私が泊まったのがここだったこと。

そうだったっけ?と首を傾げれば苦笑された。


「……それで、あの時はなんで私だけここに泊まるはめになってたの?」

「あぁ、それは城の俺の部屋に一緒に泊まろうとして失敗したからだな。」


 ここはリドルフィが幼少時代に使っていた部屋だったんだそうな。

せっかく王都に来るなら自分の部屋に泊めたいと考えた少年時代の彼は、私がここに泊まれるように手配し……しかし、自分は新しく用意されていた別の自室に泊まる羽目になってしまったそうで。

ちなみにその別の自室というのは、私が神樹の森へ行った時に使わせてもらった続きの部屋のことだ。

王族であり、あの当時も帰省中には公務にも参加するようになっていたリドルフィは、執務付きの部屋をその頃から使うようになっていたのだそうだ。

おそらく、年端も行かぬ子ども同士とはいえ、王族の子どもと庶民の子どもが同じ部屋で一夜過ごすことに難色を示した大人により阻止されたのだろう。

今思えばごく自然な成り行きだが、当時はどちらも子ども。少年だったリドルフィは、もしかしたら私を迎えに来る前にお小言の一つや二つ言われて来たりしていたのかもしれない。


「さて、我が花嫁殿。そろそろ流石に準備ができたはずだから行こうか」

「……その前に、リド、一つだけ約束をしてくれる?」

「ん?」


 普段の聖騎士の騎士服よりも装飾が多く、しかも胸元に白いブーケまで刺さっている男を見上げ、真っ白なドレス姿の私はちょっとだけ怖い顔をしてみせる。


「村でやったみたいなこと、ここでもやったら離縁だからね?」


 式のここぞというタイミングで人を抱き上げ、雄叫びじみた宣言をした男に、私は言い渡す。

この後、あの時と同じようにやられてはかなわない。


「……それは困るな。しかたない、今日は大人しくしておこう」

「絶対よ?」

「あぁ、わかったわかった」


 男の腕を軽くぺちぺち叩けばそれすら嬉しそうに笑う男に、私は小さく息をついた。


「……ねぇ、リド。私、思うんだけども」

「ん?」

「流石に、王族なのを隠してプロポーズするのはどうかと思うのよ」

「すまんな。言ったら絶対断っただろ、お前は」

「……」


 もう逃がさん、と笑って王弟殿下は私を抱き上げる。

さっきの話でいくと四十年近く私にご執心だったらしい男から、今更逃げられるとは私も思っていない。

逃げたいかと言われたら……、そうね、ふとした時に思い返す度に気が付く男の重過ぎる愛に、逃げはしなくとも叫びたくはなる、かな。

自覚すると、砂糖と蜂蜜を混ぜた上に更に砂糖をまぶしていそうなほど、この人のやってた事は私に甘い。それに全く気付かなかった私も私なのだけども。


「では、式に行こうか、我が最愛の花嫁殿」

「……本当、私の花婿は困った人だわ」


 あの時と同じように部屋に入れば私の頭から花冠をとったリドルフィが、控えていた年配のメイドにそれを預ける。

おぼろげな記憶の向こう、あの日、私の面倒を見てくれた彼の乳母に似た面影のメイドが、優しい顔で微笑んでいた。



読んで頂きありがとうございました。

……砂吐きバケツはここに置いておきますね(汗)


王城での2回目の結婚式の話を書かせて頂きました。

最後に出てきたメイドは、在りし日にグレンダの世話をしてくれたリドルフィの乳母の娘で、リドルフィがどれぐらい片思いをこじらせていたかを知っていた一人だったりします。

ep.104でリドルフィが一人赤くなってそっぽを向いてたのはこんな理由。


おかげさまで本編のプロローグおよび第一章の改稿作業が終わりました。

いくつか小さなシーンの追加など加筆も行っているので、もし良ければご覧くださいませ。

引き続き第二章以降も見直しと改稿をやっていく予定です。

また、なんとか書き貯めて早めに続編も開始しますね……!

今しばらくお待ちいただけると嬉しいです。

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