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たのしみのかたち(ポタージュ)

本編第三章と第四章の間のあたり、夏の話になります。



 野菜が得意じゃない子に野菜を食べさせるのは、なかなか大変である。

そう知ったのは、エマとリチェが村に来たばかりの頃だった。

元々村に居た子達はみんな、親たちが野菜を作っている姿を見て知っているからか、どんな野菜が出てきても抵抗なく食べてくれる。

おかげで、私も食べやすい大きさに切ろうぐらいにしか意識したことがなかったんだよね。


「……パプリカ、いや!」


 だから、リチェのこんな言葉に私は困惑した。

え、パプリカ、甘くて美味しいよ、いやって、嫌ってこと? なぜ嫌?

野菜とソーセージの炒め物を前に、リチェがぶんぶんと頭を横に振っている。

私の頭の中は、はてなマークでいっぱいになった。


「リチェ! 好き嫌いはダメ! 野菜も食べるの!」

「いやっ!」


 姉のエマが、妹に少しでも食べさせようとしている。

絶対食べるもんかと口を閉じて頭を振るリチェの様子に、私は無理そうだと判断し、エマの方を一度止めることにした。


「エマ、無理に食べさせようとしなくていいよ」

「……でもっ!」


 責任感の強いお姉ちゃんのエマに、苦笑する。


「リチェが野菜が好きになるような方法、考えてみるからね。今は自分のごはんを冷めないうちにお食べ」

「……」

「ありがとうね」


 給仕をしていた私は、皿を置き空になった手を前掛けで軽く拭ってエマの頭を撫でる。

私のありがとう、なんて言葉に、うん、とエマは小さく頷いた。

そこまで頑張らなくていいのにね。

まだ私たちにあまり頼ろうとしないし、見ていて痛々しいほどに気を使ってくる。

きっと迷惑を書けないようにとか色々考えているんだろう。


「さて、リチェ。パプリカが好きじゃないのは分かったけど、一個は食べようか」

「えーー……」

「リチェ、いいことをおしえてあげよう」


 エマの隣のリチェには、わざと屈みこんで内緒話のように耳元で話しかけてみる。


「パプリカを食べるとね、すっごく強くなれるんだよ。……ほら、見てごらん。リドなんかすごい量を食べてるでしょ」


 子どもたちの向かいの席で面白そうにこちらを見ていた壮年マッチョに目配せする。

すると彼は、ものすごく大袈裟に口を開けて、皿から大きめのパプリカをフォークで口に運ぶ。

しっかり口を動かしてよく噛んでから飲み込んで、にやっと笑ってみせてくれた。


「おっちゃんみたいにつよくなれるの……?」

「いっぱい食べたらな」


 その言葉に、リチェはじーっとパプリカを睨んだ後、目をぎゅっと閉じ、しかも左手で鼻を摘まんで小さな赤い欠片を一つ口の中に入れた。ほとんど噛まずに無理矢理飲み込む。


「たべたっ!!」

「よし、よくやった!」

「うんっ!!」


 リドルフィがまるで武勲でも立てた後のようにわざと厳めしい顔で言うものから、私は笑わないようにするのに大変だった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 姉のエマは歳がいっているのもあって、こちらが心配になるぐらい聞き分けがいい。

それに対して妹のリチェは割と頑固に自己主張する。

やりたいこと、やりたくないこと、好きなこと、嫌いなこと。

まだ年端もいかないのもあって、ストレートにぶつけてくる。

中にはどこまで自分のわがままを許してくれるのか、試すような行動も多分に含まれている。

成り行きで唐突に養い親になったばかりの私は、どう対応していいか分からずに翻弄されてしまう。

これでは良くないと思いつつ、どこまで許容し、どこからは止めた方が良いのか分からないのだ。

優しく言っても聞いてくれない。でも、強めに言うと泣かれてしまう。

誇張表現じゃなく、段々私の方が泣きなくなってくる。

 子育ては忍耐勝負、とはよく言ったものだ。

引き取ってわずか二週間も経たないうちに私は疲れ切り、自分では親代わりは無理だったかもしれないと凹んだ。

その間に、母親業の先輩であるハンナや村の女性たちを見る目が変わったのは、言うまでにない。

正直に言おう。私は子育てをなめてた。

自分なら唐突に親になってもなんとかできると根拠もなく思っていたのだと、思い知らされた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「野菜嫌い、ねぇ」


 今日は、ノーラが自分の息子のトゥーレを遊ばせるついでに、リチェも連れて行ってくれた。

私が半分魂抜けみたいになりながら、厨房で夕食の仕込みをしていたところにやってきたのはハンナだ。

いつもなら娘のリンが野菜を運んでくるのだけど、今日はハンナが持ってきてくれたらしい。

いつもの、ほわほわしたのんびり口調で言いながら、見ていると手の動きは早い。

運搬用の大きな籠に持ってきた旬のトマトやパプリカ、ナスなどを、うちの籠やボウルに手際よく入れていく。


「……リチェちゃん、負けず嫌いっぽいし、えー、食べられないの、とか言ってみたら? 意外と悔しがって食べるかもよ?」

「……なるほど。でも、いいもんなの? そんな、小さい子を挑発してみるなんて」

「ありよぉ、全然あり!」


 ハンナの言葉につい不安げに訊けば、笑いながら頷いてくれた。

こんな、ちょっと天然入っているような雰囲気のハンナだけど、ジョイスとリンを立派に育て上げた母業の大先輩だからね。

私は、そうか、と素直に頷く。

正直、藁にもすがりたいぐらいなので、大先輩のアドバイスは是非とも賜りたい。


「あとはー……」


 ハンナの提案を聞いた私は、早速行動に移した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「リチェ、今日のお夕飯はクイズだよ」

「クイズ!?」


 いつものようにテーブルについたリチェが、私の言葉に食いついた。


「そう、クイズ。リチェに当てられるかな。ちょっと難しいかなー」

「あてられるよ!リチェ、クイズとくいだもん!」

「エマも当てられるか試してごらん」


 そう言いながら私は二人の前にスープを置く。

優しい色合いの淡い朱色をしたポタージュスープ。夏なので冷たいスープだ。

リチェはさっそくスープの入ったカップを持ちあげて、先が付きそうなぐらい鼻をスープに近づける。

くんくんと何度も匂いを確かめ……ちょっと犬みたいなことになってるね。ものすごく真剣に匂いを嗅いでいる。


「今日は一回目だから簡単にね。野菜が一つと後はミルクと塩コショウ、オイルだけ。何の野菜が入っているか当ててごらん」


 言ってから、エマにはしーっと人差し指を唇に当てて見せた。

今回のは流石にエマには簡単すぎるからね。分かっても言わないでもらおう。

私の意図に気が付いたらしいエマがこくこくと頷いた。


「リチェにはちょっと難しいかな? エマは分かった?」

「おねえちゃん、いっちゃだめっ!!」


 わざとらしくエマに話を振れば、エマが何か言う前にリチェが言う。

その様子に私とエマは顔を見合わせ、こっそり笑う。


「……んーーーっ」


 どうやら匂いでは分からなかったらしい。

リチェが唸り声をあげたかと思ったら、カップを傾けてスープを飲んだ。

はじめは舐めるようにしてから、そのままごくごくと飲み始める。

……冷たいスープにしておいて正解だったようだ。

 リチェは冷たいスープをそのまま一気に飲み干して、カップを置く。

あぁ、口の周りが髭みたいになってしまってる。


「おばちゃっ、わかった! トマト!!」

「おぉ、正解……! リチェはすごいね。当てられると思わなかったよ」

「こんなのかんたんだもん!」


 勝ち誇るリチェの顔を、横からエマが拭いてやってる。

私は、わざとにんまり笑ってみせて敢えてここでもう一度挑発した。


「今日は簡単なのだったからね。そしたら明日はもう少し難しいの出してみようかな」

「リチェ、あしたもあてられるよ! うんとむずかしいのにして!」

「そう、それじゃ、おばちゃんとスープ勝負だね」


 どうやらハンナの言葉をヒントにしたこの作戦は成功したらしい。




 その日から夕食にはポタージュを出すのがお約束になった。

毎日季節の野菜を使ったポタージュを作ると、リチェが食事のその食材を当てるのだ。

リチェは上手く当てられたり、当てられなかったりを繰り返しながら、野菜がいっぱい入ったスープを毎日飲んだ。分からない時はおかわりまでした。


 村のちびっ子たちを持ち回りで見ているノーラやフラウ、タニアが、遊びの一部に野菜の収穫や牛の乳しぼりなどを積極的に取り入れてくれた。

クイズもしながら、自分が採った野菜や搾ったミルクが使われた料理を食べていくうちに、リチェはだんだん好き嫌いを言わなくなっていった。


 私が子育てで泣きたくなる時はなくなったのか、って?

それは、残念ながら今もある。

毎日全力の体当たりをかましてくるような子どもたち相手には、私自身も真正面から受け止めるしかないから。子どもとのやりとりはいつだって全力にならざるえないみたいだ。

当然疲れ切るし、時に傷つく。泣きたくだってなる。

でも、こればっかりは仕方ないみたいだね。

私もあの子たちと一緒に成長するしかないみたいだ。

私はいつしか、そんな日々もまた楽しく愛おしいと思うようになっていた。





負けず嫌いを利用して野菜を食べさせたりは、実際に娘にやっていました(苦笑)

ポタージュの中身当てクイズも我が家でのよくある光景です。

子どもの舌ってすごくて、野菜三種類に穀物、牛乳に調味料とか入れても全部当ててみせたりするんですよ。


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