大きな大きな魚(自家製ツナ)
本編終了して1年ぐらい後の話になります。
ことの始まりはエマのこんな一言だった。
「グレンダさん、今度お魚もらってきてもいい?」
エマは十二歳で王都の学校を卒業した後、商業ギルドの講座に通うようになった。
次世代の商業を担う者を育成する目的で開催されている講座は多岐にわたっていて、帳簿のつけ方やら商売のコツはもちろん、外国語に対貴族のマナー、海外も含めた詳しい地理や特産品についての知識、それに護身術などなど。挙句には商会の立ち上げ方なんてものまで教えてくれるんだそうな。
身につけたい講座を選んで受けられるそうで、ダグラスに相談しながら週に三日は受講しに行っている。
学校の時に仲良くなった友達も二人ほど一緒に受けているそうで、中々楽しそうだ。
「お魚……? どんな?」
その講座を受けに行ってた王都から帰ってきたエマの言葉を受けて、私は首を傾げる。
村のすぐ横に川が流れているので、この食堂でも川魚は出している。水路にいる雑魚などもたくさん捕れれば揚げ物にして出したりもする。
でも、あえてもらってきていいかと訊くのだから、普段私たちが食べている川魚ではないのだろう。
「うん。お魚。すっごくおっきいやつだって」
「ふむ……」
エマは、このテーブルぐらい!と食堂の一番大きなテーブルを手ぶりで示す。……ってことはベッドよりも大きいじゃないか。そんな大きな魚は私は見た事がない。
「なんか、講座で知り合った人がね、海で捕れたのを凍らせてこっちに運んでくるのを試してるんだって。まだ試験中だし、売りには出せないから料理できる人にもらってほしいって言われて」
なるほど。それでエマは手を上げたってことだね。確かにうちなら多少量があってもなんとか使いきれるだろうし、毒があるとかよほど癖がある魚でなければ扱いきれるだろう。
「いつになりそう? それまでに海の魚の調理法も調べておくよ」
「ありがとう! 多分一週間後かな。私、食べてみたかったの」
にこっと嬉しそうに笑う娘に、私も嬉しくなる。うちに来るまでの経緯もあり元々の真面目な性格も相まってつい我慢しがちなエマが、こんな風に頼ってくれるのはやっぱり嬉しい。
その魚はなんて名前か分かる?なんて聞いて、私はその魚の調理法についてしっかり調べておこうと決めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなこんなで、一週間後。
大テーブルサイズの魚が丸ごと来るのかと微妙にドキドキしながら待っていれば、エマが持って帰ってきたのは一抱えほどの切り身だった。
ちょっと拍子抜けしてしまったが、ホッともした。そんなサイズの魚持ってこられても上手く捌ける自信がなかったからね。
エマが言うには丸ごと凍らせてしまうと切り分けるのが大変だから、釣り上げた現地で捌き、凍らせてこちらに持ってきているんだそうな。なるほどね。
この魚はマグロというらしい。
「ん-、そしたら半分はシンプルに炙り焼きにするとして、もう半分は加工するでいいかい?」
「うん! お願いします!」
エマは作り方をしっかりメモを取ると言って、既に鉛筆とメモ帳を用意して待っている。いや、私だってこれは作るの初めてだから、上手くやれるか怪しいのだけども。
まず、先に宣言した通りに大きな切り身を二つに切り分けた。ガチガチに凍っていたら厳しいかと思ったが、エマが馬で持って帰ってくる間に半解凍ぐらいまで溶けたらしい。すんなりと切れてくれた。
炙り焼きにする方はエマに一度保存庫の冷たいところに置いて来てもらって、私は残りの半分を見る。
「これは魚の血の色なのかねぇ。鮭の身の色とも違う綺麗な赤だね」
「なんか、海の魚はこういう色の魚、他にもいるらしいよ」
「へぇ~」
早速エマが講座で習ったらしい知識を披露してくれた。前にここよりは海に近いフォーストンに行った時に少し魚介類も食べたが、現地で料理したわけではないから食材の詳しい色などまでは知らない。エマなんかはそのうち海の方にも行ったりするのかもしれないね。
「それじゃ、こっちは煮やすい大きさに切っていくよ」
「はーい」
エマがメモを取る位置に戻ったのを確認して、私は調理を開始する。
まずはこんな大きさだと火の通りが良くないから切り分けよう。小指の長さぐらいの厚さなら大丈夫そうかな。
私は手元にある分を大体同じ厚さ、大きさに切り分けるとその上に軽く塩と砂糖を振る。私が読んだ本によると臭み抜きらしい。こうすることで生臭さが減るんだそうな。
「この状態でしばらく置いておくよ。その間に煮る準備をしようね」
こくこくとエマが頷いている。
私は魚の入ったトレイを退かし、カッティングボードの上で玉ねぎを薄切りにしていく。マグロの量があるから大きめの玉ねぎを二個ほど切った。そのままセロリを籠から出して葉の部分をむしる。セロリは茎をよく食べるけど、今回使うのは葉の部分だ。
「エマ、月桂樹の葉っぱ、三枚ぐらいちょうだい」
「はーい」
頼むとエマは椅子から立ち上がって、窓際に干してある月桂樹の枝から葉っぱを三枚むしってきてくれた。厨房の窓側一部は月桂樹をはじめとしたハーブが何種類か干してある。こうしてあると料理する時に手軽に使えるから楽なんだ。
「あとはー……にんにくかな」
にんにくの大きめの欠片をやっぱり三つほど薄切りにする。これで準備はおしまいだ。
少し時間が短い気もするが、塩をしておいたマグロを確認する。うん、水分が出てるね。
「それを拭いとくの?」
「そう。それで生臭さがなくなるらしいよ」
「ふむふむ」
エマが丁寧にメモを取っている。私は説明したとおりに布巾でマグロから出た水分を拭きとり、そのマグロをフライパンに重ならないように並べ始めた。量があるから大きめのフライパンぎっしりになった。
そこに白ワインと水を半々の割合で、マグロが被るぐらいまで注ぐ。
見たレシピの本では油で煮るパターンもあるらしいが、うちは中年より上の人たちが多いからね、油で煮るより胃に優しそうな方を選んでみた。
並べたマグロの上にさっき用意した玉ねぎやセロリの葉、月桂樹ににんにく、それに黒コショウを粒のまま入れる。
「さて、火にかけるよ」
「うん!」
冷凍もされてたから初めは中火ぐらい。フライパンに入れた水分が温まったぐらいで弱火だ。
火が強すぎるとぱさぱさしてしまうらしい。どうせなら美味しく食べたいからね。
普段なら鍋を火にかけているうちに他の料理を並行で作るけれど、今回は初めての食材なのでしっかり煮える様子を観察しながらだ。薄切りした玉ねぎが透明になってきたからそろそろかな。
フライパンの中で小さな気泡が上がってきたぐらいで火を弱める。
そのまま弱火で三分ぐらい。一応切り身を裏返してからもう三分ぐらいしたところで火を止める。
「この状態であとは予熱で火を通す……っと」
三十分ぐらい置いとくよ、とエマに教えれば、わかったと頷いた。フライパンの上に薄い水をはじく紙を乗せて後は冷めるのを待つばかり。
ちなみに紙を置くのは水からはみ出た部分が乾燥するのを防ぐためだ。折角じっくり弱火にしたのにここで乾いてしまうとやっぱりぱさぱさになってしまうらしい。
待つ間に講座の課題をやっておく、と、エマは言って食堂の方に移動しノートを広げ始めた。自分から勉強したいと言い出したのもあって、エマはとても勤勉だ。時々商業ギルドにも顔を出しているダグラスからは、講師陣からも期待されているようだと教えてもらった。……養い親としてちょっと嬉しいね。
エマが課題をやっている間に、私は人参を何本か皮むきし、細い千切りにしていく。大きなボウルいっぱいに切れば、軽く塩を振っておいておく。こうしないと人参はぴんぴんしててサラダにならないからね。
「ん-、そろそろ冷めたみたいだよ」
「はーい! そっち行くー!」
鍋じゃなくフライパンでやったおかげか思ったより早く冷めてくれた。
エマがこちらに来るのを待って、私は紙を退かし、マグロの上にのっかっていた香草類を小さなボウルに移す。そうしてよく洗った後の手で、そーっと茹だったマグロをの切り身を持ち上げた。
「ふむ」
貼り付いていた玉ねぎを丁寧にとって、トレイに切り身を並べていく。なんだかこれだけで美味しそうだね。試しに一つほぐしてみたら、ほろりと簡単に欠片になった。
「エマ、ほぐすのやるかい?」
「あ、やりたい!」
ほぐすのをエマに任せて、私はガラスのボウルを出し、その上に布巾をのせたざるを置く。そこにフライパンに残った煮汁をゆっくり注いでいく。
ガラス製のボウルだとこういう時にどれぐらいの量になったか見えやすくて良いからね。
全部注ぎきれば、溢れさせないように静かに布巾の端をまとめて軽く絞る。
「できたよー」
「はい、ありがとう」
さっき人参を切っている間に煮沸消毒しておいた大きめの瓶に、エマがほぐしてくれた切り身を押さないように詰めていく。うん、ちょうど作った半分ぐらいが入ったね。
ボウルの煮汁半分にオリーブ油を混ぜたものを用意して、その瓶にゆっくりと注ぐ。
瓶の中で魚の隙間に液体がゆっくり入っていく。どうしても中に気泡ができてしまうので、何度か優しく揺すったりしながらその気泡を逃がして、瓶の上まで油入りの煮汁を入れた。その状態で蓋を閉めれば保存用の自家製ツナは出来上がりだ。
「こっちはどうするの?」
「人参と和えてサラダにしようかと」
「あ、なんか美味しそう」
「……その前にちょっとだけ味見してみるかい?」
「うん!」
ちらりと食堂の方を見て誰もいないのを確認し、エマと私は小さな欠片を一つずつ口に入れてみた。
味わっている間のほんの少しの無言の時間。
「……なるほど。鶏とも違うし、川魚とも少し違うね」
「美味しい。私、これ好きです!」
鮭をムニエルした時の食感に似ているけれど、それよりしっとりした感じだ。ほんのり塩の効いた魚の旨味がしっかり出ていて、臭み抜きと一緒に煮た香草のおかげで生臭さはまったくない。これなら色々なものに合わせられそうだ。
塩を振っておいた人参を軽く絞り、そこに残ったツナをこれ以上細かくしないよう気をつけながら入れる。ついでに刻んだバジルと煮汁とオリーブ油を混ぜたものも一緒に和えれば、ツナと人参のサラダも出来上がりだ。
「エマ、今夜の反応を見てみんなが好きそうだったら、魚持たせてくれた人に、うちは買うよって伝えておいて」
「わかった。きっと喜ぶと思う!」
うちとしてもレパートリーが増えるのはありがたい。もっとしっかりと冷凍した状態で受け取れたら、保存食にもできるかもだし、ね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕食の時間、今日は珍しいものが食べられるらしい、と、普段なら自宅で食べている人たちまで食堂に顔を出した。
シンプルに炙ったマグロも美味しかったし、人参のサラダに仕立てた方は女性陣に人気だった。
初めて自家製ツナを作ってからしばらく後、モーゲンでは大マグロブームが来たりしたけれど……まぁ、それを話すのはまた今度でいいよね。
我が家にはまた新しい定番レシピが増えたのだった。
スーパーでマグロの特売ってチラシを見ると、いそいそと行ってアラを買ってくる私だったりします。
お刺身も美味しいけど、お得な値段で自家製ツナが作れるのでアラについつい寄って行ってしまう主婦です。(苦笑)
★ 自家製ツナ ★
材料:
マグロの切り身(アラでもOK!)
塩、砂糖、玉ねぎ、セロリ、ローリエ、にんにく、白ワイン、粒胡椒
作り方:
1.マグロの切り身は煮やすいサイズに切り、塩と砂糖を振っておく
2.玉ねぎとにんにくは薄切り、セロリは葉だけにしておく
3.マグロから汁気を拭き、フライパンに並べる
4.3の上に2とローリエ、粒胡椒を置き、水と白ワインを半々の量で被るぐらいまで入れる
5.弱火にかけて玉ねぎが透き通るぐらいまで煮る(切り身が大きい時は裏返したりする)
6.クッキングペーパーを被せて粗熱がとれるまでおいておく
7.冷めたら身は手でほぐす。煮汁はざると布巾でこす。
8.保存する場合は煮沸消毒した瓶に身を詰め、煮汁とオリーブ油を混ぜたものを注ぐ
残った煮汁はスープのダシにもできます♪
身の方はサラダにしたり、スープやパスタの具にもどうぞ!
今後、続編連載を始めるまでは土曜日更新の週1ペースで番外編を書いて行こうと思います。
もし良ければ読んでやって頂けると嬉しいです。




