第9話 兄、調子に乗って絶体絶命に。
【異世界生活2日目】
「おい、カミラ起きろ。6時だぞ。飯食いに行くぞ」
「いいよぅ、私はもう少し寝るう~」
俺は神殿の6時の鐘で起き、カミラも起こす。が、起きる気配がない。
結局、ベッドも一つしかないし、床で寝るには板の間はちょっと硬すぎてさすがに寝られない。仕方なく二人で寝た。
カミラが甘えるようにひっつくので引っぺがして背中を向けて寝る。
ずっと戦い続けたせいか、かなり疲れていたようで、気を失う様に寝てしまい、6時の教会の鐘の音で起きる。
この世界、金持ち以外、時計を持っていないようで、日が出た時が朝の6時。教会の鐘が鳴り、どういう仕組みで計っているのかしらないがそれから3時間ごとに教会の鐘が鳴る。毎日朝6時から夜の6時まで3時間ごとに教会の鐘が鳴り、それに合わせて人々は生活するそうだ。
4時間睡眠はさすがにちょっと睡眠不足感があるな。今日は0時には魔物狩りを止めて上がるようにするか。
俺はとりあえず、カミラを起こすのを諦めて、宿屋で石鹸とタオル代わりの布が売っていたのでそれを買い、宿屋の井戸を借りて、体をふき、頭を洗う。
その後、朝食のパンと卵とソーセージ、モーニングみたいなものを酒場で食べ、カミラの分をテイクアウトし、宿代を払って、今日からツインの部屋に移動する。値段は銀貨1枚と小銀貨2枚。小銀貨2枚分高くなった。シングルの1.4倍って感じか。
テイクアウトの朝食を新しい部屋に置き、荷物を移動させ、カミラを起こしてツインの部屋に移動させる。カミラは二度寝をするようだ。
「腹減ったら、飯食えよ。俺は魔物狩りに行って、夕方5時くらいに帰ってくるからその後、飯食って夜の狩りにいくからな」
「んー、了解。ぐう~~」
俺が今日の予定を言うと返事をしてそのままベッドに突っ伏して寝てしまうカミラ。本当に夜型なんだな。
俺は皮の防具に身を包み、魔物狩りの準備をする。
鍵は2つあるようなので、1つをカミラの朝ごはんの横に置き、部屋に鍵をして出る。酒場でお昼ご飯用と非常食用として、パンとべーコンを買いたし、湯冷ましの水も貰い水筒に入れる。準備ができたので、とりあえず、隣のギルドに顔を出す。
傭兵ギルドでは、なんとなく、昨日お世話になったアイナさんの受付に並ぶ俺。まあ、毎回別の人に挨拶したり顔を覚えたりするのが面倒臭いというのもあるが。
「ああ、えっと、タイヨウ?さん? よかったです、無事で。昨日夜になっても帰ってこないので心配してたんですよ」
アイナさんがそう言ってほほ笑む。
「ああ、心配かけてすまない。昨日は夜まで魔物狩りをしていたし、夜宿に帰ってきたら、ギルドも閉まっていたしな」
俺は腰に付けたマジックランプをこんこんと叩きながら、そう言って謝る。
「夜中まで魔物狩りしていたんですか!? 結構危ないですよ。本当に気を付けてくださいね。それと、ギルドは夜6時で閉まってしまい、通用口も夜間窓口も8時ごろには締まるので気を付けてくださいね」
アイナさんはそう説明してくれる。
表の入り口は6時で閉まって、酒場とつながっている通用口は8時に閉まる。6時以降は受付も3人から1人になってしまうし、急ぎの用事以外は明日に回されてしまうそうだ。
「そうだ、魔法石の換金を頼む」
俺はそう言って、鞄から、昨日集めた魔法石を150個カウンターに出す。小さい石だが量が多いので結構山盛りだ。
「初日から、す、すごい量ですね」
アイナさんが驚き、サイズの確認と慌てて数を数えだす。
「たぶん、大きさとかはランク1とかいう魔法石ばかりだと思う」
一生懸命サイズを測りながら数えるアイナさんに一応そう断りを入れておく。
そして、数分後、後ろのおっさん、係長みたいな人か? その人が魔法石を受け取りにきて、後ろの方で、簡単に数え、もう一度立ち上がると、代わりにお金を持ってきてくれる。
「確かに150個ありました。30個で銀貨1枚なので銀貨5枚になります」
そう言って、銀貨5枚を渡してくれるアイナさん。
そうだ、夕方にでも仕立て屋に替えの服を取りに行かないといけないな。俺はそのことに気づき、
「すまないが、預金から銀貨15枚おろしてもらっていいか?」
アイナさんにそう言い、ギルドカードを渡す。
「いいですよ。というか、タイヨウさん凄いです。1日でレベル20まで上がってますよ」
アイナさんが預金を下ろすために渡したギルドカードを見て驚く。
「ああ、途中で、親切な奴が手伝ってくれたんで、結構効率よく魔物狩りができたんだ」
俺はそう言って愛想笑いをする。ちょっとやりすぎたか?
「そうなんですね。親切な方がいてよかったですね」
アイナさんがそう言って、手続きをしてくれ、後ろのおっさんが銀貨15枚を出してくれる。
そろそろ、節約を始めないとな。稼ぎより消費の方が多すぎる。
「今日も、魔物狩りですか?」
アイナさんが俺にそう聞く。
「ああ、もっとレベルが上げたいしな」
俺はそう言って、アイナさんに挨拶すると、ギルドを出る。
そして、無駄使いをしないと言っているそばから武器屋に寄ってしまう俺。
やっぱりこん棒では汎用性がなさすぎる。コウモリに対応できなかったしな。
少しいい武器に買い替えて、これで当分の間、武器固定にする。俺はそう決めて、武器屋に入る。
「よう、調子はどうだ?」
武器屋のおやじが愛想よく挨拶してくれる。
黒光りの日焼けに坊主頭、そして金髪のひげ面。なんか懐かしのプロレス選手みたいな番組で見たことあるような風貌の気さくなおやじだ。
「ああ、順調にレベルも上がったよ。で、こん棒だとコウモリとかちょっと対応しきらない敵がいて困ってな。もう少し振り回しやすくて丈夫な武器があればと思ってな」
俺は武器屋のおやじにそう相談する。
「ああ、夜中も魔物狩りしたのか。まあ、マジックランタンも買ったんだし当たり前か」
武器屋のおっさんがそう言って笑う。
「あと、生活用のナイフも一つくれ。パンやベーコンを切るのにスライム解体したナイフじゃ気持ち悪いしな」
俺はそう言い、武器屋のおやじもそれは違いないと笑う。
そして、レベルを聞かれたのでギルドカードを見せて、レベル20に驚かれる。さすがに1日でレベル10上がったのは上がりすぎか。
「とりあえず、このあたりはどうだ? 少し細めのメイスだ。細いが金属製で丈夫だし、こん棒よりは軽いしバランスがいいから振り回しやすいと思うぞ」
そう言って武器屋のおやじは棘のついた金属のメイスを渡してくれる。
俺は試しに振ってみる。野球バット、いや、太めの金属製のパイプを振る感じか? 結構いいな。
確かに振り回しやすいし、コウモリの回避にも対応できそうだ。長さもこん棒と変わらない。そして、握りの先にも棘がついていて、オオカミなどに噛みつかれた場合でも、その棘で近接戦ができそうだ。
このおやじのお勧めは本当に的確だな。
「いくらだ? これ?」
俺は値段を聞いてみる。
「そうだな、サービスして、銀貨6枚ってところだが、こん棒を買い取りで、銀貨4枚でどうだ? おまけで、このナイフも付けてやる」
そう言って、刃渡り15センチくらいの生活用のナイフを出してくれる。
こん棒が銀貨3枚だったのだ。結構まけてくれていると思う。
「じゃあ、それで頼む」
俺はそう言って、銀貨4枚を財布代わりのポーチから出す。
そして、生活用ナイフはバックパックのポケットに入れる。
「レベルが上がって、金も貯まったら、鎧も買ってくれよな」
武器屋のおやじがそう言って見送ってくれる。
新しい武器も手に入り、さっそく魔物狩りに向かう。
西門から出て、昨日の後半回った、町から少し離れた森の縁をかすめるようなルートで魔物狩りをすることにした。
町のそばより、魔物の数が多いから少し経験値効率がよさそうだ。
まあ、レベル20になったし、昨日1日で魔物との闘いにも慣れたからこのルートを選べるようになったわけでもあるが。
そんな感じでスライムやスモールフロッグが2~3体同時に出現するので、スライムは時間差で、1体ずつ倒し、スモールフロッグは人間に対する攻撃方法がないので、ひたすら逃げるだけなのでそれを追い回してメイスで叩き潰す。
いいな。このメイス。振り回しやすいし、殺傷力も上がっている。
俺は新しい武器に満足しながら、死骸からナイフで魔法石を取り出す。
そして、新しい魔物、巨大なトカゲも現れる。こいつは噛みついたり、ひっかいたり、結構好戦的なので、囲まれないように注意しながらスライム同様、時間差で1体ずつ倒していく。
まあ、レベル10前後なので、囲まれなければ結構楽に倒せる。メイスで頭を叩き潰せば1撃で絶命するしな。しかも1体あたり経験値が25前後もらえる。スライムやフロッグより経験値が美味しい。
そしてお約束の巨大なトカゲだが、スモールだ。スモールリザードという名前だ。
昼間はコウモリもいないし比較的に楽に狩ができる。
西門から北門の先の森まで行った所で経験値が900貯まり、北門から東門手前の川にぶつかり森が切れるところまで行って経験値が600貯まる。ここで、町の方から鐘の音がする。9時の鐘の音か。
そこから、来た道を戻り、もう一度魔物を狩る。だいぶ魔物が減ってしまったようで、効率が落ち、1000ポイントちょっとで西門から伸びる街道についてしまう。
まあ、頑張った甲斐もあり、途中でレベル21になった。
これでカミラとレベルが並んだ。だが、どう考えてもカミラと同じ強さになった気がしない。
俺とカミラが一緒に戦うとカミラに妹バフ、10%ほどステータスが上がるとは言っていたが、それだけではない気がする。
まあ、悩んでも仕方ない。カミラに強さで追いつかないならレベル21と言わず、もっとレベルを上げればいい。
それにしてもどうするか。
今来たルートでは魔物を狩り過ぎたせいか、経験値効率が悪くなってきた。狩場を広げるか。
選択肢としては、
①北に伸びる街道まで今来たルートを戻り、北の街道を北上してみる。
②東に伸びる街道まで今来たルートを戻り、東の街道を進んでみる。昨日痛い目を見た肉食獣天国だ。
③このまま西に伸びる街道を進んでみる。
④森の縁ではなく森の中に入ってみる
②の選択はないな。まだ一人ではレッサーウルフの群れを倒せる気がしない。
①はカミラが北に行くほど魔物は強くなると言っていたのでこれも避けておく。
④は迷いそうなのでもう少し、地図とか方角が分かる道具とか手に入ったら行くことにしよう。というか、この世界、方位磁針とかあるのか?
そんな感じで、③の西の街道を少し進んでみることにした。そして、その選択は失敗だった。
最初は街道沿いということで強い魔物も出ず、街道沿いに森もあって、スライムやスモールフロッグ、スモールリザードが景気よく出てくれてなかなか経験値効率が良かった。
その経験値効率の良さに気分が良くなって、もう少し、もう少しと進むうちに進み過ぎてしまったようだ。
40分ほど街道を歩いたところで、レッサーウルフの群れに遭遇してしまう。
数は6匹。ヤバイ。カミラがいればなんとかなるが、俺一人じゃ無理だ。
俺はじわりじわりと後退するが、オオカミ達は素早く俺を包囲し始める。
ヤバイ、ヤバイ。
俺は心の中でそう叫び全速力でレッサーウルフ達に背を向けて走る。とにかく町に戻る。戻れるところまで戻る。それだけ考えて全速力で走る。
時々、後ろを振り向きながら、走るがダメだ。もう、追いつかれる。
俺はそう思い、追いつかれる直前、振り返り、一番近いレッサーウルフの横っ面を金属製のメイスでフルスイング。
「ギャン!!!」
レッサーウルフが叫び声を上げて地面を転がる。
そして動かなくなるが、残りの5匹はそれを見ても怯まずに俺に襲い掛かってくる。
俺は後退しながらメイスを振り回し、けん制するが、逆にそれが5匹の足並みをそろえさせてしまう。
5匹のうち3匹が一斉に飛び掛かり、1匹をメイスで叩き殺すが、残り2匹が俺に噛みつく。
俺の左手の手袋、左足の靴に噛みつかれる。
そして、残り2匹も襲い掛かってくる。
必死に首を守りながら後退するが、1体が、左腕の皮の装備がない二の腕に噛みつく。
「ぐあっ、いてえ!!」
着ていた布の服を貫通し、牙が俺の腕に刺さる。
そして、レッサーウルフが俺の腕を噛み切るように首を左右に振り、皮膚が大きく食いちぎられる。
もう1体が右足にも噛みつき、俺は転ばされる。絶体絶命だ。
両足の革靴に1匹ずつ、左手の皮手袋に1匹、そして、腕をかみちぎった1匹がもう一度襲い掛かろうと近づいてくる。
俺は必死にもがき、右手に持ったメイスのグリップの部分の先に付いた棘で右足に噛みついたレッサーウルフの左目を突き刺す。というより、殴り飛ばす。
「キャン!!」
高い鳴き声を上げて、1匹が俺の足から離れる。
そして、襲ってきた1匹を、自由になった右足で蹴り飛ばす。
レッサーウルフは大きく蹴り飛ばされたがダメージはあまりなかったようで、ふらつきながらも態勢を取り直す。
そして左の革靴を噛んでいたオオカミが、右足の太ももに噛みつく。
「くそっ、痛え!!」
レッサーウルフがさっきと同じように頭を振り回し、俺の足の肉を食いちぎる。
俺はそれを無視して、左手の皮手袋に噛みついているレッサーウルフの背中をフルスイングのメイスで腰の辺りを叩き、背骨を叩き折る。
「ガァッ!!」
声にならない叫び声を上げてレッサーウルフが体を引きずって逃げ出す。
体が自由になったので俺はよろよろと立ち上がり覚悟を決める。
残りは瀕死の1体と動ける3体。そのうち1体は左目をえぐられ戦意が下がっている。
「うわあああああっ!! 俺はこんなところでは死ねない!!」
俺は全身全霊を込めて大声で叫ぶ。
俺は妹のあてなをこの世界に一人残して死ぬなんてできない。その気持ちだけで心を振るいたたせ、傷だらけの体で立ち上がる。
右足と左腕の傷がかなり深いのだろう、血がどんどん流れて、気が遠くなりそうになる。
そんななか、胸のギルドカードがブルブルと震える。レベルが上がったのか? 新しいスキルか?
俺は確認する余裕もない。残った2体のレッサーウルフが襲ってきて、左目を失った3体目も態勢を整える。
メイスを構え直すと、何故かわからないが急に痛みが引き、体に力が戻ってくる。もちろん、血が流れ続けているので同時に体が弱っていくのも感じる。
なにが起きているのか分からないが、とにかく全力メイスを振るう。
右から襲ってきたレッサーウルフの首にクリーンヒット。魔物がくの字に曲がって吹き飛ぶが、もう1匹のレッサーウルフが左太ももに噛みつき、肉を食いちぎる。
「このお、クソが!!」
俺はがむしゃらに叫んでメイスを振り上げ、噛みついてきたレッサーウルフの脳天をメイスを振り下ろし叩き割る。
そして、両足をけがして、立っていられなくなり、尻もちを付く。
妹を残して死ぬわけにはいかない。
その気持ちだけで、命をつなぎ、尻もちをついたまま、両腕を地面につき、右手にはメイスを持ったまま、仰向け状態の四つん這いのようにしてずるずると後退する。
最後の1匹、左目の潰れたレッサーウルフと睨み合いながらじりじりと後退する。
死ぬわけにはいかない。
俺はそう心で叫びながら、両足と左腕から血を流し、血が足りないのか意識が途切れそうになりながら、ぼーっとした視界で1匹残ったレッサーウルフを睨みつけながら、必死に町に向かって体を引きずり続けるしかなかった。
次話に続く。
戦闘ではレベルより、数が物をいう世界です。
調子に乗った主人公、オオカミに襲われてボロボロです。