第19話 兄、ダンジョンの案内人を探す。
【異世界生活6日目 18時過ぎ】
「あのぉ、すみません」
エリーが半開きの鍛冶屋を覗き込むようにしてそう声をかける。
俺達は、ギルドの窓口嬢のトゥーラさんに紹介された、ダンジョン案内人を探しに、町の東の方にある鍛冶屋を訪れた。
なんか、鍛冶屋の熱気がないというか、活動している気配がないというか、時間外で閉店とは違う暗い雰囲気を素人でも感じる。そんな店構えだった。
「なんだ? 武器が欲しいのか? だったら別の店行け。ここはもう店じまいだ」
怒鳴るような声を上げながら奥から頑固そうな爺さんが出てくる。
「ん? なんだ? 獣人族か?」
そう言ってエリーを見る鍛冶屋の爺さん。
よく見ると彼も獣人族のようだ。エリーとは違う、ネコ科っぽい耳と尻尾が生えていた。白い毛並みに黒ぶちの太い尻尾。なんか可愛い。生えているのが爺さんじゃなければな。
「ええ。犬耳族のエリーと申します」
エリーは礼儀正しく挨拶をする。
俺も慌てて頭を下げる。カミラは鍛冶屋の中をきょろきょろ物色している。
「で、用事はなんだ? 残念だが鍛冶屋は廃業した」
鍛冶屋の爺さんはエリーが獣人族と分かり、少し心の壁が和らいだ気がする。
「実は、傭兵ギルドの受付嬢さんから、ここの鍛冶屋さんが、北東のダンジョンに一緒に行ってくれるかもしれないと聞きまして、道案内と、できたら魔物狩りの手伝いもしていただければとご相談にきました」
エリーがなるべく丁寧に事情を説明する。
「そういえば、少し前まではそんなこともしていたな。だが、今はやってない」
爺さんは言葉少なめにそう断りを入れてくる。
「ちなみに、お爺さんは何のためにダンジョンに行く仲間を探していたんですか? しかもギルドを通さずに」
俺は埒があかなそうなので、まずは情報を得ることから始める。
「なんだ、お前は?」
あからさまに嫌な顔をする爺さん。まあ、エリーと話していたところにいきなり知らない人間に横やりを入れられた感じだしな。
「私の未来の旦那様です」
「いや、冒険の仲間だ」
エリーが説明すると同時に俺はそう答える。
そして、いつも通り頬を膨らませるエリー。
「もしかして、お爺ちゃんがダンジョンに行くのを辞めたことと鍛冶を辞めちゃった事って関係ある?」
鍛冶屋を物色していたカミラがそう口をはさむ。彼女はいつもドストレートだ。
「まあ、そんなところじゃ」
爺さんはカミラの方をちらりと見るとぼそりとつぶやく。
「と言いますと?」
俺は元の世界でやっていたサラリーマンの仕事を思い出すように、話を広げる努力をする。
「要は、最近、鉄くずが手に入らなくなったんじゃ。ダンジョンで鉄くずが手に入るんじゃが、それが入手しづらくなった」
爺さんが苦々しい表情でそう言い、話を続ける。
「魔人族と戦争が始まる前、北の樹海の開拓期には王国からダンジョンの魔物討伐に対して報酬が支払われていたんじゃ。そこにワシら鍛冶屋が報酬を少し上乗せしてやると、冒険者たちはついででダンジョン産の鉄くずや鉱石を持ち帰ってきてくれたのじゃが、今は王国からのダンジョンの魔物討伐の報酬は打ち切られ、ワシ達が鉄くずを手に入れるには、傭兵ギルドに高額な報酬を支払って仕事依頼するか、よそからまわってくる鉄くずを高額で買い取るしかなくなった。もしくは自分で取りにいくかじゃが、そんな状況で一緒にダンジョンに行ってくれる冒険者は減る一方でとうとういなくなった」
鍛冶屋の爺さんが悔しそうにそう吐き出す。
「なるほど、材料費の高騰は商品の高騰。他の町の武器屋、鉄くずが取れる町より商品が高くなれば、売れなくなるし、材料費を抑えるために鉄くずを自分で取りに行くこともできず、鍛冶屋自体続けられなくなると」
俺はそう聞き返す。
「そういうことじゃ。ワシもこの歳。他の町に移って鍛冶を続ける気力も体力もない。少ない蓄えで細々と生きていく選択しかないってことじゃな」
爺さんが寂しそうにそう言う。
「第一、この歳と体力じゃ、ダンジョンの案内すら怪しいしな」
爺さんはそう付け足し、自嘲するように笑う。
まあ、まだいけそうな気もするが、一緒に行ってくれる仲間がいないという事実にぶつかって心が折れた感じか。一度心が折れると立ち上がらせるのは大変そうだな。
王国の財政難と魔物対策の政策不足が社会に色々影響を与えているようだ。
「すみません、また来ます。ご相談にのっていただきありがとうございました。かなり状況というのが掴めてきました」
俺はそう挨拶し帰ろうとする。
他の方法を探しつつ、地道にこの爺さんも説得してみるか。
「って、あれ? カミラはどこ行った?」
俺はそう呟き周りを探す。いつの間にかいなくなっていた。
「さっき、裏口から出ていったみたいですよ」
エリーがしょうがないなって顔をして教えてくれる。
途中で飽きたな。あいつめ。
「まあ、先に宿屋にでも帰っているんだろう、軽く探していなかったら、宿に帰ろう」
俺はそう言って、もう一度、鍛冶屋の爺さんに挨拶をして、裏口から出させてもらう。
裏口周辺にはカミラの気配はないっぽいな。
ぶっちゃけ、カミラの強さがあればよほどのことが起きないだろうし、よほどのことがあったとして、カミラの強さでどうしようもできないことを俺とエリーが助けられるとは思えないがw
俺はそんなことを考えながらあたりを散策し、あきらめて宿屋に帰ることにする。
【異世界生活6日目 19時過ぎ】
そして、宿屋に帰ろうと、酒場を通り抜けようとしたところで、
「お兄ちゃん、エリーちゃん、遅いよ」
カミラがいた。普通に夕食を食べているし。
俺は呆れて、カミラの方に歩いていくと、
「というか、誰?」
カミラの他にさらに幼女が増えていた。嫌な予感しかしない。
とりあえず、カミラが座っていた席に俺とエリーも座る。
そして、初めて見る幼女が2人。よく似た幼女だ。双子か? カミラと3人でご飯を食べていたようだ。
銀色に輝く白い髪を長く伸ばしている幼女と肩のあたりまで左右におさげを結った幼女。そして、頭にはネコ科の動物を思わせる白地にブチの入ったケモミミが付いていた。
どこかで見たことがあるケモミミだ。
「えっと、さっきの鍛冶屋で知り合った、雪豹族のフブキちゃんとミユキちゃん」
カミラがそう紹介してくれる。
ああ、この耳、鍛冶屋の爺さんの身内か? 孫娘ってところか?
「で、彼女たちがダンジョンまでの道のりは知っているから道案内してくれるし、道中一緒に戦ってくれるらしいよ」
カミラがそう教えてくれる。
「そうなのか?」
俺は双子を交互に見比べてそう聞く。
「ええ、私はお祖父ちゃんの為に鉄くずが欲しいし、その鉄くずでお祖父ちゃんから鍛冶を習って跡を継ぎたいの」
雪豹族のおさげの方、ミユキと紹介された少女がそう言う。
「私は死んだお母さんが剣士で、お母さんみたいに強い剣士になりたいからダンジョンに行って強くなりたい」
もう一人の方、髪をストレートに伸ばした方、フブキと紹介された少女も理由は違うがダンジョンに一緒にいきたいらしい。
「まあ、その申し出はありがたいが、年齢的に問題ないか? この国には学校とかないのか?」
俺はそう答える。どう見ても小学生の高学年程度、年齢高めに見積もっても中1ってところだろ?
「ああ、その辺は問題ないよ。二人とも12歳で、学校卒業したばかり。ちなみに私も13歳で学校は卒業しているからね」
カミラがそう言う。
というか、カミラって13歳だったのか? どう見ても10歳前後だと思っていたが。
「ちなみに、この国では12歳まで教会が開いている寺子屋のようなものに子供たちは通って文字や算数、社会の事を教わって12歳の春で卒業、家の稼業を手伝ったりします。そして、14歳になると成人として独立する流れです。なので女の子は14歳になると結婚できます」
エリーがそう教えてくれる。14歳になると成人というところをやたら強調しつつ。
雪豹族の二人も今年の春に寺子屋みたいなものを卒業して、家業の鍛冶屋を手伝っていたらしいが、鉄くず不足で休業状態、廃業宣言までし始めて困っていた感じか。
「どちらかっていうと、年齢より、別の問題があってね」
カミラがエリーの説明が終わったあたりでそう呟く。
「別の問題?」
俺は気になって聞き返す。
「ずばり、レベルが低いのよ。二人ともレベル15前後、この町のまわりではレベル上げができないくらい弱い。だから、ダンジョンまでたどり着くのも難しいのよね」
カミラが残念そうにそう言う。
「お父さんとお母さんが生きていたころは、お祖父ちゃんと5人で北東のダンジョンまで行っていたんだよ。だから道はよく知っているの」
ミユキが真剣なまなざしでそういう。
この子達は、両親を早くに亡くしているのか。俺は少し同情心が沸いてくる。
「お父さんとお母さんが死んじゃった後も一生懸命育ててくれた優しいお祖父ちゃんに恩返しがしたいの。お祖父ちゃんの為に、鍛冶を再開できるように鉄くずを集めたいの」
ミユキが俺にすがるようにさらにそう付け足す。
なんとなく事情は分かってきた。
「この二人がもっと強ければ、ダンジョンに行くときに私の代わりにボディガードになってくれるし、帰り、日が落ちれば私が戦えるようになるから、鉄くずを二人が大量に背負って、戦闘に参加できなくても問題がない。まさにWin-Winな関係なんだけどね。レベルの低さがね」
カミラが残念そうな顔でそういう。
「だったら、俺のスキルで強制的にレベル上げればいいんじゃないか? また、どこの誰かも知らない幼女を妹にするのは気が引けるが」
俺はそう提案する。
「そういうこと。その言葉をお兄ちゃんから自発的に聞きたかったのよ。ということで、ミユキちゃん、フブキちゃん、このおじさんをお兄ちゃんと認識しなさい。そうすればすぐに強くなれるよ」
カミラがそう言って笑う。
ミユキとフブキは何を言われているのかわからず頭の上から???が出ている。
「もう少しちゃんと説明してやれ。まあ、簡単に説明するとだな、俺のスキルはちょっと特殊で、自分の妹と認識し合った相手に戦闘時バフの効果を与えたり、経験値を倍増させたりする働きがある。まあ、それで、この二人、カミラとエリーに手伝ってもらいながら君たち二人を北東のダンジョンで戦えるようになるまでレベルを上げれば、お互い利益のあるパーティが組めるってことだ」
俺はそう説明するが、二人とも、理解できないという顔から、疑いのまなざしに変わる。
まあそうだよな。言っていることが意味不明だし、喋っているのが怪しいおっさん。詐欺か何かと思われても仕方がない状況だ。下手したら人さらいと通報されて逮捕されるかもな。
俺が困り果てていると、
「ふふっ、今の話は本当ですよ。私もそのスキルのおかげで3~4日一緒に戦っただけで、レベル23からレベル37まで一気にレベルが上がりましたし」
エリーがそう言って首元からぶら下げたギルドカードを出して二人に見せる。
「レベル37!? 凄い!」
長髪の方の雪豹族のフブキがそれに食いつく。
この子は強い戦士になりたいって言っていたもんな。
「ちなみに、私はレベル41よ」
カミラが対抗意識を燃やしてそう自慢する。
「レベル41あれば、お祖父ちゃんと3人でダンジョンに鉄くずを拾いに行けるようになるよ」
おさげの方の雪豹族のミユキが嬉しそうにフブキにそう声をかける。
「ど、どうすればいいんですか?」
ミユキが少し疑いつつも俺に聞いてくる。
「まあ、簡単だよ。このおじさんをお兄さんに見立てる。自分にお兄さんがいたらいいなって思いながら、このおじさんをお兄さんって呼べばいい。あとはこのおじさんが妹と認識してくれればスキルの効果対象になって、レベルアップがずっと楽になる。そんな感じ」
横からカミラがそう言って笑う。
第三者が聞いたら怪しすぎるぞ、その怪しい仕事に誘う勧誘みたいな説明。
「お兄さん・・・、ですか?」
ミユキが悩む。
「そんなんでいいの? それじゃあ、今日から宜しくね、兄貴!!」
フブキがそう言って笑う。
俺も二人の苦しい状況、そして、俺の妹あてなと同じような年齢の時に両親を失った寂しさを考えると自然と愛着がわいてくる。
「おっけ~。フブキちゃんは妹認定されたね。フブキちゃんがもう、お兄ちゃんの妹なんだから、ミユキちゃんも実質、妹って考えればいいんじゃない?」
カミラがそう言って笑い、フブキにそうアドバイスする。
「フブキのお兄さんだから、私のお兄さん?」
そう呟いて俺をまじまじと見るが、まあ、普通に考えたら、さっき会った知らないおっさんをお兄さんと思うなんて難易度高すぎるよな。
「うん、何とかなったみたいね」
カミラがそう言って笑う。
なんとかなったのかよ。
「とりあえず、二人は明日から、お兄ちゃんとエリーちゃんの4人で、北西のダンジョンの手前の森でレベル上げ。森の魔物の濃度も減らさないとダンジョンにたどり着くのも無理だろうしね。で、私は、夜の魔物狩り担当。ミユキちゃんとフブキちゃんのレベルが上がってダンジョンに行けるようになるまでは、いままでどおり、私が夜のスパルタを担当するからね」
カミラが嬉しそうにそう言う。
一応、ミユキとフブキにはカミラが日焼けしやすい体質で、昼間戦えない話を説明しておく。
そのあたりも理解して、自分のやる事、やれることが理解できたようだ。
話も落ち着いたので、俺とエリーも夕食を頼み、自己紹介もかねて、夕食を囲みながらお互いの事を話す。まあ、俺の妹が勇者な事や俺とあてなが異世界人だという事はうまく伏せておく。
というか、あてなのことはあえて触れず、カミラとエリーが北にある生まれ育った町に帰る為にレベルを上げる旅をしていてそれを俺が手伝っているといういつもの話にしておいた。
そのレベル上げの為に北東のダンジョンに行きたいという流れだ。
「それじゃあ、明日は、8時にお家に迎えに行きますね」
エリーが2人にそう約束し解散となる。
なんかまた新しい妹、まあ、この町限定になりそうだが、妹が2人増えてしまった。
まあ、酒場を出るときに最初と比べて少し二人の顔の表情が明るくなったのは良かったと思ったしな。
「それじゃあ、お兄ちゃんとエリーちゃん、明日はミユキちゃんとフブキちゃんをケガさせないように守りながら協力して魔物を倒す感じで宜しくね。なるべくお兄ちゃんが魔物を倒した方が2人のレベルは上がりやすくなると思うから頑張ってね」
カミラがそう言う。
「それと、二人の分の夕食代はお兄ちゃん持ちでお願いね。パーティへの有力な人材勧誘のための経費だよ」
カミラがそう言って笑う。
しょうがないので、今日は全員分の夕食代を払ってやることにした。
そして、今夜のカミラの魔物狩りもスパルタだった。
少し南の街道を戻って、ミディアムラットが大量発生したエリアの魔物駆除作業だ。妹のあてながこの町に来るときに怪我でもしたら可哀想だからな。
あてなの為にこのあたりの魔物の大量発生の要因も排除しておきたいところだ。
次話に続く。
雪豹族の双子の少女が新しく妹になりましたw