第10話 兄、目覚める。そして、
【異世界生活2日目 夕方?】
「う、うう~~~っ」
もうろうとする記憶をたどるように、うなりながら、意識を取り戻す。
俺は死んでしまったのか?
目を開けると見慣れた部屋。いや、昨日寝泊まりした宿のような薄暗い部屋の天井が視界に入る。
「どこだ、ここは? そして、俺は?」
そう呟いて、俺は左手を持ち上げる。
まだ、痛みというか、こわばりというか、違和感はあるが、大けがをした左腕が持ち上がる。
そして、レッサーウルフに噛みちぎられた二の腕のあたりに視線を移すと、傷跡は残っているが、傷口には新しい皮膚が広がり、血は止まっている。
血が足りない。頭がふらふらする。
そのまま左手で左足の傷を触るが、同じように傷口は塞がっている。
そして、左足も持ち上がる。
俺は少し膝を持ち上げ、膝を曲げたまま、かかとを下ろす。
ここはベッドの上のようだ。
左手で、体をまさぐると、皮の防具は脱がされて、肌着1枚にされてベッドに寝かされているようだ。
「誰かが助けてくれたのか?」
俺はそう呟く。
そして、上体を起こそうと左手をベッドに付き体を起こそうとすると、体が重い。
いや、体に何かが乗っかっている。
俺は無理やり状態を起こすと、体の上を確認する。
俺のお腹の上に、俺と同じく肌着姿の少女が寝ころび、抱き着いて眠っていた。
「誰だ、この少女は?」
俺は記憶が混乱する。
「ん、んん~~~っ」
俺のお腹の上に寝ていた少女がもそもそと動き、目を覚ます。
「よかったです。助かったんですね」
そう言ってにっこり微笑む少女。
見覚えのある顔。というより見覚えのあるイヌミミ。
さっき、訳の分からないことをつぶやいていた、犬耳と尻尾の生えた自称神官の少女だ。
「ああ!!! ごめんなさい。私ったらはしたない。」
少女は慌てて毛布を体に巻き立ち上がる。
「応急処置をして、私の泊まっている宿まで、あなたを運んできたんですけど、あなたも私も血だらけになっちゃって、ベッドを汚しちゃまずいかなって、血だらけの服を脱いだままでした。で、魔力を使い過ぎちゃったみたいでそのまま寝てしまったみたいです」
そう言って、ペロッと舌を出して笑う少女。
クリーム色のふわふわな髪の毛、ミディアムロング、いや、ミディアムボブっていうのか? 肩より少し伸びた後ろ髪が可愛らしい。そして同じ色の犬のような耳と尻尾。顔は幼いが、大人になったらかなりの美人になるんじゃないか?
俺は、レッサーウルフに襲われたときには瀕死で意識がもうろうとしていて確認できなかった彼女の顔を改めてまじまじと観察してしまう。
「君が助けてくれたのか?」
俺は今の状況を確認する。
「そうですよ。さすがにあの状況で放っておくわけにはいきませんし、か、家族になるって約束してくれたので、は、恥ずかしかったけど、ぺろぺろしちゃいました」
そう言って、顔を真っ赤にする少女。
「なにを言っているのか分からない」
俺は素直にそういう。
「!!!」
少女がびっくりする。
「い、言ったじゃないですか。私と家族になるって。それに説明しましたよね? 私達、犬耳族において、体をなめ合うってことは、親愛の証であり、キスや、ふ、夫婦の営みと同じくらい恥ずかしくて、神聖で、他人に簡単に許してはいけない行為なんです」
少女がそう言って、怒ったように吠えまくる。
「体を舐めることを他人に強要されることは、犬耳族にとって、誇りを傷つけられ、隷属するに等しき行い。それを許してしまった場合、自らの死をもって償うか、命を懸けて辱めた相手の命を絶つことになります」
少女が真剣な顔になり、声のトーンを落とし俺に諭すようにそう言う。
「舐めたくらいで自刃するなんて」
俺は少し呆れるようにそう言う。
「いいえ、我らが信仰する獣神、黒獅子王様の言葉は絶対です。命より誇りを優先する。それは女の身であっても変わりません。いえ、女だからこそ、守らなければならない。貞操の危機、命に係わる危機なのです」
少女が真剣な顔でそう言い返してくる。
「そ、そうか、それは大変だな。そ、それじゃあ、俺は義理の兄みたいな感じでどうだ? 血はつながってないけど兄のような存在で、家族。みたいな?」
俺は自分が彼女に全身を舐めてもらい治療された後だという事に気づき、慌ててそう答える。
「ダメです。夫婦になります」
少女が少し怒った顔でそういう。
「いや、でもな、君もまだ若いだろ? 結婚なんてまだ早いだろうし、どちらかというと、まだ子供みたいだし、やっぱり妹?」
俺はしどろもどろにそう答える。実際見た感じ10代前半。結婚できる年じゃないよな?
「今は確かに結婚できませんが、私は13歳です。来年になれば14歳で結婚も可能になります。とりあえず、婚約という体裁を取っていただき、来年、誕生日を迎えたら結婚していただきます」
そう言って、犬耳を大きく立て、尻尾を左右にふりふりと振っている。
犬耳族とかいうのは14歳が成人なのか? この世界がそうなのかわからないがそういう事らしい。
「そうは言っても俺、おっさんだし、君は年端も行かない少女だ。相手がこんなおっさんじゃ嫌だろ?」
俺はそう聞き返す。
昨日いきなり会って、野垂れ死にかけたおっさんを好きになる。そんな理由はない。
「確かに、あなたの事はよく知りませんけど、今から少しずつ分かり合えばいいことですし、それに、妹さん? 家族をすごく大事にする人だって分かってるんで、家族になれば大切にしてくれて、幸せになれそうな気がするんで大丈夫です」
少女が根拠もない事を自慢げに言う。
「それに、折角命を助けた人の命を奪いたくないですしね」
そして、最後は脅しにくる。
「ま、まあ、君の事情はよく分かった。ただ、俺にも色々事情があって、今は、俺の妹、本当の妹のあてなを助けなくちゃいけないんだ。その為に俺は強くならなくてはならない。色恋に付き合う余裕はないんだ」
俺はそう言って真剣に謝る。
「だったら、ちょうどいいです。私も家族を探す為に強くならなくてはいけない状況ですし、夫が困っているのを助けるのは妻の役割です。一緒に強くなって妹さんを助けましょう」
少女はそう言って俺の手を握りぶんぶん振る。
というか、どこかで聞いたことがある話だな?
家族を探す為に強くなる? そんな幼女が溢れているのか? この世界は。
俺はそんなことを考えながらカミラの顔を思い出す。
ぐううう~~~。
俺の腹が鳴る。
「すまないが、腹が減ったし、なんか血が足りないみたいだ。ちょうどいいから、一緒に飯でも食べるか? 積もる話もたくさんありそうだし、飯でも食べながら話をしよう。ちなみにここは何処だ?」
俺はそう言って、とりあえず、この場を誤魔化す。
「そうですね。妹さんの話も聞きたいですし。で、ここは傭兵ギルドの直営宿です。ギルドメンバーには安くしてくれますし、管理も行き届いているので、私の定宿にしています」
少女がそう教えてくれる。
「そうか、それなら都合がいい。俺もこの宿に部屋をとっているから、着替えて食堂に行こう」
俺はそう言って、床に落ちている血でかぴかぴに固まった服とズボンを着て、荷物と防具、そしてメイスを持って自分の部屋に向かう。
少女も頷き、血で汚れた服ではない私服のような服に着替えるようだ。
この子の部屋は405号室、4階の部屋か。
1階と2階が男性のシングル、3階がツインやダブル、少し立派な部屋、そして4階は女性のシングルと別階段から上がる感じで宿屋の女将たちの家族の家が4階にあるらしい。
とりあえず、今日から移った3階のツインの部屋に行く。
そして、扉の鍵を開け、部屋に入る。
「あ、お兄ちゃん、今日は早かったんだね」
そう言ってベッドの上から笑顔で迎えてくれるカミラ。
ああ、大事なことを忘れていた。
そして、目と目があうカミラとイヌミミ神官少女。
一発触発の危機か!?
「あれ? エリーちゃん!?」
「カミラちゃんじゃない!! どうしたの? こんなところで」
二人の声が重なる。
なんか知り合いらしい。
というか、カミラって本名だったのか? てっきり偽名だと思っていいたのに。
とりあえず、俺は荷物を置き、とりあえず、着替えの服がまだないので、転生してきたときの服に着替えて、酒場に下りる。
酒場の端の方のテーブルを借りて遅めの昼食を取ることにする。
「エリーちゃん、だっけ? 助けてくれたお礼だ。何でも食べてくれ」
俺はそう言い、俺は昨日我慢した牛肉ステーキを食べることにする。とにかく血が足りない。ふらふらするからな。
エリーちゃんは遠慮するように、俺が昨日食べた鶏肉のステーキを注文し、カミラは今日も牛肉ステーキを頼む。
「おい、カミラは遠慮しろ。というか奢らないからな。今日は」
俺はそう言い、ポシェットから、銀貨を2枚渡す。
「?」
カミラが首をかしげる。
「昨日の魔法石の分け前だ。自分の分は自分で払えよ」
俺はそう言ってカミラを突き放す。
ぶっちゃけ、宿代と飯代差っ引いても銀貨2枚は多すぎるくらいだ。
俺はカミラを放置し、エリーちゃんと情報交換を始める。
ちゃん付けはちょっとおっさん臭いし、もう、エリーと呼び捨てでもいいよな。
カミラの話では、カミラが友達の家に遊びにいって、戦争に巻き込まれて、避難民として、この町に連れてこられてしまった。その遊びに行った友達というのがエリーだったらしい。世間は狭いな。
で、エリーも避難民として、この町に避難し、孤児院のようなところで暮らすことになったが、両親はまだ、前線で戦っているかもしれないと、町に戻ることを決めた。なんか、カミラと同じような理由で魔物狩りをしてレベルを上げているらしい。それと、帰るためにも路銀もいるのでお金も貯めているそうだ。
ちなみに、避難してきた馬車も保護された場所も違うので二人ともこの町にいることは気づかなかったそうだ。まあ、カミラは訳ありで隠れて暮らすみたいな生活していたようだしな。
「エリーちゃんのお父さんは強い戦士だし、お母さんは神官さんだしきっと無事だよ」
カミラがそう言ってエリーを励ます。
そして、俺も、事情を説明する。ここまで関わってしまったら勇者とか転生者とか隠していられないしな。
運よく、酒場は夕方で閑散としている。小声で話せば周りには聞こえないだろう。
「なるほど、妹さんも転生者で勇者なんですね」
エリーがそう言って複雑な顔をする。
「ちなみに俺は勇者じゃないぞ。平凡な能力らしい。だが、妹は勇者で、このままだと、魔王と戦わされる事になり命の危険性が出てくる」
俺はそう説明し、エリーは親身に聞いてくれる。
「で、最初はある程度レベルを上げて城の兵士にでもなって近づこうとレベル上げをしたんだが、身元不明の俺じゃ、城の仕事は無理そうだからな。だったら、レベルを上げて先回りをして魔王を倒そうって考えた訳だ」
俺はエリーにそう説明し、エリーは困ったようにカミラと顔を見合わせる。
「まあ、倒せるんなら倒せばいいんじゃない?」
カミラが適当そうな顔でそういう。
カミラは魔王が治める魔人族の国に住んでいて、そこから人間族の領地、エリーが住んでいる町に遊びに来ていたらしいからな。
「というか、カミラ、普通にエリーと遊んで大丈夫だったのか?」
俺は気になって聞いてみる。
「まあ、休戦状態の時は平民同士の交流はあったしね。食料とか生活用品とかお互いの商人が行き来して取引があるとか、仲が悪いのは兵隊だけだよ。あと、エリーちゃんの両親とか、獣人族は嫌々戦わせられていた感じだしね」
カミラがそう言い、エリーが複雑な顔をする。
「元々、私達、犬耳族を含めた獣人族はこの国、ウル王国の東に国があって、平和に暮らしていたそうです。でも、お父さんやお母さんが生まれたころ、30年近く前に、この国と戦争になって、敗北、占領されてしまいました。それ以降、獣人族は迫害こそされませんが、人間族の下に置かれて、安いお給料で働かされたり、戦争で徴兵されたり、厳しい扱いを受けています。平民同士はそれほどでもないのですが、王族や貴族、騎士などこの国の偉い人になるほど獣人への仕打ちは厳しいようです」
エリーが寂しそうにそういう。
「エリーちゃんもちょうどいいから、私みたいにお兄ちゃんの妹になってレベルを上げればいいんじゃない? 私とエリーちゃんの行き先は一緒だし、お兄ちゃん、面白いスキル持っているから妹になると色々お得だよ?」
一通り事情を説明し合ったあとで、カミラがそんな事を提案しだす。
「カミラちゃん、あのね、私は、タイヨウさんの妹じゃなくて、お嫁さんにならないといけないの。その、えっと、あのね、なんとなくわかるでしょ? 私、犬耳族だし、タイヨウさん怪我をして死にそうだったし」
エリーがもじもじしながらカミラにそういう。
「ああ、しちゃったってことね。お兄ちゃんも隅に置けないね」
カミラがそう言い、笑いながらジト目で俺を責める。
「幼女が『しちゃった』とか言うな。『ぺろぺろ』されただけだ、『ぺろぺろ』」
俺はイラっとしてそう言い返す。
周りが少しざわつく。
「タイヨウさん、ぺろぺろもちょっと・・・」
エリーが恥ずかしそうに小さい声でそう言う。
「まあ、とりあえず、エリーちゃん未成年だし、結婚はまだ先でしょ? だったら妹でいいじゃん。お兄ちゃんの妹になるとお兄ちゃんのスキル効果で色々得をするよ」
カミラがそう言って、俺のスキルの事をペラペラと説明してしまう。
この世界ではスキルは内緒にしなくちゃいけないんじゃなかったのか?
そんなことを考えながら呆れる。
とりあえず、カミラの説得と、俺のスキル『妹の為なら』の効果が妹限定という説明に納得してくれたのか、エリーも妹としてパーティに参加することになった。
昼間はエリーと魔物狩りをして、夜はカミラと魔物狩りをする。そんな生活になりそうだ。
こうして、奥さんになりたい妹という、また訳の分からない少女がパーティに加わったのだった。
次話に続く。
なんか色々盛りすぎで訳ありな妹がパーティに加わりましたw
ケモミミで神官。さらに色々盛り盛りです。次回以降もお楽しみにしてください。