第9.5話 兄、死にそうになる。
【異世界生活2日目 昼頃】
「大丈夫ですか? 凄い大きな声が聞こえたんですが?」
意識が途切れそうになる中、俺の頭にそんな声が響く。
俺は、気を失いそうな状態をこらえ、薄目を開けて、声のした方に視線を向ける。
ぼーっとする視界の中に、一人の少女らしき人影が俺の横にしゃがんでいる。
「君は?」
俺は残り少ない力を振り絞りそう聞く。
「私はエリー。冒険者をしている見習いの神官です」
彼女はそう名乗り、右足太ももの傷を押さえ必死に止血してくれているようだ。
「神官? という事は、か、回復魔法とか使えるのか?」
俺は藁をもすがる気持ちでそう聞く。俺の命ももう長くない。
RPGのように神官が傷を一発で直す回復魔法みたいなものを使える世界ならいいのだが。俺は血の気が失せて、頭の回らない状況でそんなことを考えてしまう。
「か、回復魔法ですか? つ、使えないこともないんですが、ちょ、ちょっと訳があって、か、家族にしか使っちゃいけないというか、な、なんというか」
しどろもどろにそう答える少女。
なんだそりゃ、宗教が違うと治療できないとかそんな感じか?
俺には時間がないし、妹のあてなを残して死ぬわけにはいかない。
「た、頼む。家族にでも、なんでもなってやる、改宗しろと言われたら改宗してやる。だから、治療を、回復魔法を頼む。俺は妹を残して死ぬわけにはいかないんだ」
俺はそう言い、少女にしがみつく。
そして、一時的にだが、痛みが消え、血の気が戻った気がするが、その分、体が重くなる。命をつなぎとめようと何か起きているのは分かるが、何が起きているかまでは分からない。
「す、すごい。少しずつだけど傷がふさがりだしている」
少女がそう呟く。
「頼む、家族のつもりになって、回復魔法をしてくれ。兄と弟とかいないのか? そのつもりで回復してくれればいいだろ?」
俺は必死に頼む。なんか、カミラが妹になるとか言い出した時の逆パターンみたいだな。
「ま、まあ、兄も弟もいますし、小さい頃は傷の手当とかしましたけれど、それと、これとは、は、話が、べ、別でして・・・」
少女が困ったようにあたふたしながらそういう。
「な、何が違うんだ? 信仰対象が違うと、回復できないとかそういう話か?」
俺は必死になる。また意識が薄れてきて、痛みの感覚が遠のいていき、眠気のようなものに襲われる。このまま、眠るように死んでしまいそうな恐怖感に襲われる。
「宗教は関係なくて、その、本当の兄弟とあなたとでは全然違うし、あれは小さい頃でしたし、な、なんというか・・・」
少女がさらにしどろもどろになる。
「なんというか?」
俺は必死に聞き返す。彼女に回復魔法をかけてもらわないと俺は確実に死ぬ。
「恥ずかしいんです!!」
少女がそう言って声を荒らげる。
は、恥ずかしい!?
「私達、犬耳族はぺろぺろ舐めることで、傷を回復させられるんですが、それって、キ、キスするより恥ずかしい事で、家族とか、婚姻を約束した異性としかしてはいけない、犬耳族には恥ずかしい、はしたない行為なんです」
そう言ってもじもじしだす少女。
俺は最後の力を振り絞って目を開くと、確かに頭の上に犬のような耳と、お尻の辺りからは犬の尻尾のようなものが生えていて、パタパタと嬉しそうに尻尾を振っている少女が確認できた。
「そ、そんな事か・・・」
俺はそう言って、気を失う。
俺はイヌミミ少女に「恥ずかしいから」という理由でぺろぺろされることを断られて、それが理由でこの世を去ることになってしまった・・・・。
おわり?
短いので9.5話ですw
10話に続きます。