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ただより高いとかなんとか

作者: 浅賀ソルト

「我々も盗賊を放置するわけにもいかなくてね。あの街道は封鎖させてもらう」

 言葉はシンプルだったがその裏の事情はややこしい。説明するのは面倒なので省略するが、盗賊退治を口実に国境線を越えてこちらに侵攻するのが目的なのである。そしてこちらは街道封鎖を解除して食料を輸入したいというのが本音で、しかし事を荒げたくないというのも本音。あと、別に相手は盗賊と言っているが別に盗賊ではない。

 やっぱりややこしいか。

 とにかくこちらは街道封鎖を解除させるのが目的。相手の目的は街道全体の利権を手に入れるのが目的。

「では我々も盗賊の討伐に協力させていただこう」

「申し出はありがたいがこれは我が国だけで解決する問題だ」

「街道の封鎖は我が国にも影響がある。早期解決に協力は惜しまない」

「申し出はありがたい。だが、協力は結構だ」

「以前に私は街道の保全には両国の協力を以って事にあたるとして合意を結んだはずが、あの合意は覚えておられるだろうか?」

「もちろんだ。協力が必要になったときは約束に従うことを改めて約束しよう」

 相手市長は折れなかった。軍事で優位にある上にこちらを劣等民族と思っていることを隠そうとしない男なので、お互いの立場の確認というのがなんとも難しい。それができないと交渉は進まない。というか、この市長——名前をヒペスザヴァプレシレカシという——は交渉というのを停戦交渉だと思っている節がある。剣を混じえたあとでないと話が始められないタイプだ。

 色々手持ちのカードを頭の中で探してみたがこちらには有効なカードがない。軍事とか暴力といったカードがない中で、金や技術協力といったカードでは吸い上げられて終わるだろう。今回の目的はとにかく合意を思い出してもらうことにある。

「街道の保全に協力するということは今でも覚えておられるのかな?」

「もちろんだ」

「今後もあなたは私との約束を守るつもりがあると考えていいだろうか?」

「もちろんだ。私は約束を守る男だ」

「なるほど。では我々で盗賊は退治しよう。私も約束は守る男だ」

 市長は表情を変えず、まったく動揺を見せなかった。「討伐は我々がやる。聞こえなかったのかな? 協力も結構だ」

「街道の保全には両国の協力を以ってあたるという約束は私も守らせていただく。卑怯者とあとでそしりを受けたくはないのでね」

「私はあなたのことを卑怯者だなどとはまったく思っていない。少々話が通じないとは思っているが」

 こういう余計な一言を言わずにはいられないのがこの市長の剥き出しの差別意識である。

 私は言った。「私たちが盗賊討伐をしても、もちろんそれは我々の約束にのっとった正しい行いである。お礼はいらない。これは我々が約束を守るということを行動で示したに過ぎない」

 ここでもまったく表情を変えないのがこの市長の怖いところだ。

 その目を見て、うまく読まれないかとひやひやした。

 全部読めてるぞという顔がまた厄介だ。

「こちらは二週間で行動に移す。それまでに市長の方でなるべく討伐できるところは討伐していただきたい。もちろん、我々に一任してくれても一向に構わない」

「承知した」ノータイムで返事がきた。

 私は退出しようとした。腰を上げたわけではない。それどころか手を机に付いたわけでもない。気持ちの中で、今回の話はここまでかなと思っただけだった。

 その機微で市長が口を開いた。

「ところで街道の封鎖だが、盗賊の討伐に時間はかかるため早期解決は難しい。申し訳なく思う。そこでだが、その間は食料を無償で提供させていただきたい。当然の償いだ」

 私は心の中で上げかけた腰を下ろした。

 だがここで誤解される前に書いておく。ここで私が天秤にかけたのは討伐をしないかわりに食料を受け取るということではない。討伐も相手に任せて、食料も無償でくれるなんてうまい話に飛び付くほど馬鹿ではない。こんな約束も合意もしてない。

「なるほど。魅力的な申し出だ。ありがとう」

 私はその申し出を受諾した。討伐に関しては何も言わなかった。食料を受け取り、自分たちで討伐もする。これでいいじゃないか。

 しかし軍事力が弱いので討伐も結局は金の力を使わないといけない。そして別の市に頼ることになり、今度はそちらに借りを作ることになる。

 盗賊を名乗っている市長の雇われ兵と戦をするのに協力してくれる市がどこかにあるかという話だ。

 厄介事がまた増えた。

 かくも政治は難しい。


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