4.王子様の事情
今回短めです
「ところで、なんで唐突にうちに橘さんを呼んだんだ。今まで友達を家に呼ぶなんてしてなかったのに」
鍋から具材をよそいながら桜翔は疑問を口にした。友人の家へ遊びに行くことはあっても、自宅の方へ招いたことが一度もない。
それは冬月も同じで、今日まで冬月の友人を家にあげたことはなかった。
「それにはねー、山よりも低く海より浅い事情がありまして」
「激浅じゃねえか」
真面目な理由をよこせと目で訴えかけると、えへっと笑って誤魔化された。
「まぁね、今までは桜翔が嫌がるかなーと思って避けてたんだけど、いい機会だし愛華ちゃんと仲良くしてもらおうとですね」
「嫌ではあるけど、先に言ってくれれば外食したり部屋に籠ったりしたんだが」
「そうさせるのが嫌なんだってば。それに愛華ちゃんは桜翔が嫌いじゃなさそうなタイプだし」
何故かニヤけながらそういった冬月を無視して鍋を食べていると、愛華がじっと桜翔を見つめていた。
「あの、聞いてもいいかわからないのですが、桜翔君は女性恐怖症なんですか?」
そう告げた愛華は、とてもまじめな顔をしていた。
女性恐怖症、とまではいかないが苦手なのは確かなのでなんとも返せずにいた隣で、冬月は手を叩きながら笑っていた。
「あっはっは!確かに、桜翔は立派な女性恐怖症だね」
「うるせぇ、女性が怖いというより言い寄ってくるのが苦手なんだよ」
「男としては嬉しいことだと思うんだけど。桜翔は捻くれてるねぇ」
捻くれるも何も、こちらからしたら初対面の人間に急に声をかけられ、相手の事も考えずに好意を伝える行動を理解できない。少なくとも桜翔は、話したことがあるわけでもない人間に好意を伝えられてもなんとも思わない。むしろ嫌悪感を抱くほどだ。
なので嬉しいことだと言われても納得がいかない桜翔はすこしムッとなってしまった。
手元の器に残っていたものを掻き込み、お替わりを取ろうとした。位置的に反対にいた愛華がこちらを見ていた。
「……なんですか」
「いえ、なんというか愛華ちゃんが言ってた通りだなと」
「でしょ?桜翔可愛いよね」
「バカにするんじゃねぇ」
「ご、ごめんなさい」
「橘さんじゃなくてこのバカ姉さんに言ったんで。気にしないでください」
謝罪が飛んできたのは隣からではなく、反対側に座ってた愛華からだった。そもそも桜翔に可愛いという言葉はあってない気がするのだが。売り言葉に買い言葉という事で冬月に返しておく。
「桜翔が反抗期だー」
「お二人は仲が良いですね」
「といってもこんな感じじゃないのか?」
「私が愛情をこめて育てたからね、桜翔が私のこと嫌いだったら泣いてたかも」
「私は一人っ子なので、ちょっと羨ましいですね」
「愛華ちゃんは良き友人であり妹だと思ってるよ!何ならほんとに妹になる?」
テンションが高いからか浮かれてる冬月の足を軽く踏んで咎める。妹になるという事は桜翔と結婚する、というのと同義であり、初対面同士でいう事ではないだろう。
「痛いよ桜翔ー!冗談だってば」
「冗談でも言っていいことと悪いことがある。橘さんにも迷惑だろ」
そう言いながら愛華の方を確認すると、困惑してるような、微笑ましい様子を眺めているような表情をしていた。
足の痛みから解放された冬月は、桜翔の方を見ながら文句を言っていた。流石に強く踏んではいないので、本当に痛そうにはしていない。
ため息をつきながら残ったご飯を掻き込み、ご馳走様を告げながら使った食器を持ってリビングの方へと向かう。
「というか桜翔、なんで愛華のこと橘さんって呼んでるのよ」
「わ、私がどちらでも良いと言ったので」
「えー、せっかくなら名前で呼ぼうよー」
「無理強いはよくないですよ」
背中の方で聞こえた声からは、反省してなさそうな冬月と愛華の会話が聞こえた。また後で反省させようと思いながら自分が使った食器を洗い始めた。
突発の鍋パが終わり、片づけも一息ついたタイミングで時計は8時を指していたので愛華は帰ることになった。
「今日はありがとうございました」
「いいのよー、いつでもおいでっ」
「でも桜翔くんが…」
「まぁ、もっと事前に言ってくれれば俺はいいかな」
「だってさ!」
「……ありがとうございます。ではお邪魔しました」
「またねー」
礼儀正しくペコリとお辞儀して家を出た愛華を見送り、冬月とリビングへと戻っていく。ソファに座り完全に気を抜いていたら、冬月がにやにやした顔でこちらを見ている。
「どうだったよ桜翔さんや」
「にやつくな気持ち悪い」
「ひどーい!」
今日何度目かわからない容赦ない桜翔の攻撃に、冬月は桜翔の横のクッションでぽすっと軽く叩いた。
初めての来客で驚きはしたが悪くはない時間だったな、と桜翔は思い返しながら大きなあくびをした。今度愛華に会ったら今日の悪い印象を払拭することを心に決めながら部屋へと戻っていった。