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3.王子様と食事の準備

 2階にある自室へ向かい、途中にある脱衣所へ着ていたシャツとジャージを洗濯待ちの籠へと放り投げる。夕方にしては少し暑くなってきた空気を身体に受けながら、部屋に戻る。

 鞄を机に置き着替えを取り出していると、家の鍵を開く音が聞こえてきた。家と大学間はそこまで遠くもないので、冬月が帰ってきたのだろう。


 着替えを一度脱衣所へと置き、玄関へと確認しに行くと、見慣れた黒髪のセミロングヘアに、桜翔と同じ薄紅色の瞳を持つ女性がいた。少し髪が乱れているので急いで来たのだろう。


「ただいまー!ごめんね二人とも遅くなって」

「おかえり、橘さんはリビング」

「おーただいま桜翔!ちゃんと冬月とは話せた?」

「まぁぼちぼち……そんなに話したわけでは無いけどな」


 どちらかというと謝罪してばっかりだった気もするが、口を噤んでいればバレないだろう。


「だから言ったでしょ、仲良くなれそうって。桜翔の女嫌いでもお眼鏡にかかるくらいいいこなんだから」

「うるせぇ」


 あっけからんと笑う冬月には申し訳ないが、仲良くというのはまた別問題であり期待されても困るのだ。


「とりあえず桜翔はお風呂入ってきたら?その様子じゃまだなんでしょ?」

「そうさせてもらう」


 ムッとした表情をしていたら、桜翔がシャワーを浴びようとしてたことを察した冬月が促す。特に引き留める用もないので階段を上ると、冬月が小走りでリビングに向かう音が聞こえた。下から「愛華ちゃーん!」という声が響き、苦労してそうだなとわずかな同情を愛華へとかけながら、桜翔は脱衣所を閉めた。


 


 十分ほどでシャワーを浴び、適当な部屋着に着替えてリビングへ向かうと、キッチンに立つ冬月と、ソファでどこか落ち着かなさそうな愛華が座っていた。


「おかえりー、今日はお鍋だよ」


 こちらを軽く見ながら手際よく野菜の下準備をしてる冬月は、いつもより少し多めの量を仕込んでいるみたいだ。鍋はキムチや味噌、水炊きでも好きなのだが、夏の手前である今に食べるものかと思ってしまう。


 まだ6月頭ではあるが既に熱波がじりじりと押し寄せてきているので、桜翔の家ではすでにエアコンを稼働させている。暑くて食欲を失うということはないだろう。


「もうそろそろ暑くなるってのに」

「だからこそ今のうちに食べておかないと、と思ってさ。鍋なら3人での分配も楽だしね」


 量を多めに作っておけば桜翔も困らないしと付け加えた冬月は、柚子を薄切りにしている。具材の方は一般的な鍋に入る野菜たちとキノコ、豆腐と豚肉が見えたので今日は柚子鍋なのだろう。

 冷蔵庫からお茶を取り出し、邪魔にならないようにコップを取り注いでいると、鍋の方から優しい香りが漂ってくる。わずか数分でここまでやっているのは、いつもながら効率の良い動きをしているのだろうなと関心(?)する。


「あの、やはり手伝いましょうか?」

「いいのいいの、客人はゆっくりもてなしを受ければよいのですよ」

「でも……」


 先程から愛華がそわそわしていたのは、何か手伝いをしようとし断られたが、納得いかずにタイミングを伺ってたということだろう。

 桜翔も、客人に対して手伝えと言うものではないというものを理解している。学校の友人宅へ訪問した際に、もてなされるという歯痒さは経験しているが、特段悪いものでもない。


「俺が言える立場じゃないですけど、ゆっくりしててください」

「わかり、ました……」


 二人から言われ、少ししょんぼりした感じで愛華はこちらを見守る姿勢へとなった。座っているので覗きこんだりはしてないが、せわしなく動く冬月を目で追っているのがわかる。


「桜翔は手伝えー?」

「はいはい」


 手に持っていたコップを空にして、手を洗って効率的に動いている冬月の手伝いを始めることにした。冬月一人でテキパキとできているので逆に効率が悪くなりそうなのだが、愛華と二人で待つのは居た堪れなくなるので仕方がない。




 数十分後、残りは仕上げ程度だから大丈夫と御役ごめんにされた桜翔は、リビングへと戻っていく。

 三人だといつも食べているテーブルだと流石に狭いので、隣接している部屋から折りたたみ式のテーブルを持ち出したところ、愛華が手に布巾を持ち待機している。


「流石にお手伝いさせてください」

「まぁこれくらいならやってもらおうかと思って」


 ニッコリ笑う冬月とは反対に、使命感に燃えている愛華は立ち姿からも今までの大人びた印象から少し幼く見えた。


「じゃあお願いします」

「はいっ任されました」


 脚の折り畳み部分を広げ終わり、ひとまず空いているスペースに置いたら愛華が小走りでテーブルへ向かい、少し埃がかかっているテーブル上を清掃していく。真面目な顔をしながら拭いているが、どこかお手伝いをしたがる子供のようにも見えた。

 いつも出しているローテーブルと座布団を隅にどかし愛華が拭いているテーブルの方を確認すると、清掃が済んだのか机を動かそうとしていた。


「俺がやりますよ」


 後ろから方を軽く叩き気づいてもらおうとすると、びくっとしたような素振りでゆっくり愛華が振り向く。表情が一瞬強張ったように見えたが、桜翔だと気づいたのか安堵した表情を浮かべていた。


「すみません、助かります」

「こっちが助けられてるのでいいんですよ」


 ちょこんと端へズレた愛華に当たらないようにテーブルを持ち上げ、ソファの前へと持っていく。

 椅子も足りないことに気づいたので隣の部屋から取りに行こうとすると、先程の位置から愛華が移動せずにこちらを見ていた。


「どうかしました?」

「あ、いえ、なんでも……」


 歯切れ悪く答えると、愛華は俯きながらソファーの方へと向かって行った。

 何かあったのかと聞こうとしたが、あまり聞かないほうがよさそうだなと一人で結論付けた桜翔は隣の部屋へと向かい、椅子を確保しに消えた。


 こちら側の準備ができたところで冬月の方も準備ができたらしく食器等を運ぼうとしていた。鍋敷きを取り出し冬月から手に持っていた食器を受け取り、リビングの方へと運んでいると、先ほどの暗い影は一切見えなくなった愛華が目を輝かせ始めていた。

 何か声を掛けようとしたが杞憂だったみたいなので、桜翔もほっとした。


「ごめん桜翔、お鍋運んでくれるー?」


 食器を椅子の前に分配してる最中、キッチンから冬月の声が聞こえた。


「橘さん、これお願いしても?」

「はい、いってらっしゃい」


 食器を受け取った愛華は、先ほど感じた幼さが完全に消えていた。大人びた雰囲気が戻ってきており、微笑みを向けられた桜翔は冬月の方へと向かった。


「ねえ桜翔、あなた愛華に何もしてないわよね……?」


 ミトンを手にはめ、鍋を持つ準備をしていたところ、冬月から小さな声で疑問を投げかけられる。


「どういうこと?」

「さっき一瞬暗い顔してたから、桜翔が何かしたのかなって」

「俺は何もしてないけど……テーブル運ぼうとしてたから後ろから声をかけたくらいかな」


 あの時の愛華はまだ知り合って数時間もたってない桜翔ですら不安になるような表情だった。一瞬とはいえ、畏怖の対象を見るような顔をしていたからだ。


「もしかして触ったりした?」

「触った…というよりかは声をかけるために肩をたたいたくらいだけど」

「あー、そしたら私が先に説明してなかったのが悪いや」


 頬をかきながらそういった冬月は、いつものおちゃらけた感じではなく、申し訳なさを抱えている表情だった。

 桜翔が冬月のそういった表情を見るのは珍しく、いつもとは違う少し張り付いた雰囲気になった。


「愛華ね、ご両親からはとても大切に育てられてるんだけど、あの可愛さを男子が見過ごすわけなくってさ。若干の男性恐怖症なんだよ」


 少し小声で告げる冬月に対し、冗談ではないと理解した桜翔は頭を抱える。


「マジで何してるんだ……俺結構出くわした時にキツイこと言ったぞ」

「え、普通に喋ってるから大丈夫だったのかと」

「少なくとも俺はな。橘さんからしたらわからんぞ」

「まぁそれでね、男子から声掛けられたりとかボディタッチとかされると怖いみたい」


 そう言われると、どちらも満たした状態で声をかけたタイミングを思い出した。肩をたたいて声をかけたあのタイミングは、完全に地雷行為だったのだろう。


「俺、今日あの人にすごい印象悪くしてる気がする……」

「桜翔のことは私がかなり伝えてるからある程度は大丈夫じゃないかな?可愛い弟のこと聞いてくれる貴重な友達だよ」

「そんな友達を失いかねないことしてるんだぞ」

「だから今伝えたっ」


 流石に看過し切れないので頭を軽く小突いたら、あでっと漏らしながら痛そうに頭を抱えた。ミトンもしてるので痛くないはずだから大げさにしているのだろう。


「まぁね、桜翔も今後気を付けてもらえばいいから。愛華には私から謝っとくよ」

「隙を見て俺も謝っとく。知らなかったとはいえ怖い思いさせたんだから」


 桜翔も異性に対して思うところあるので、自分がやられて嫌なことをしてしまったという事がより罪悪感を強めていく。今日謝ってばっかりだな、と思っていたら冬月に背中を叩きながら茶化された。この姉はもう少し反省するべきだろうと考えながら、鍋を持って愛華が待つリビングへと戻っていった。

次回更新は21日05時予定です

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