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2.王子様と二人きり

 リビングに入ると、勝手がわかってなさそうな愛華が立ち往生していたので申し訳ないと思いつつ、二人掛けにしては少し広めなソファを案内し腰掛けてもらった。


「すみません、お手を煩わせてしまって」

「それはこっちのセリフ……家に誰かを招き入れるなんて初めてなんで」

「そうなんですか?冬月ちゃんならいろんな方を呼んでそうですが」

「多分自分のことを姉さんなりに気遣ってくれてるんですよ」


 スクールバックを部屋の片隅に置き、キッチンで手を洗いながら答える。

 洗い終わった手を備え付けのタオルで拭いているタイミングで、ポケットのスマホが振動した。タイミング的に冬月だろう。


 愛華の方を見ると、どうぞという返事が返ってきたので確認すると、やはり先程電話に出なかった人物からだった。


「もしもし姉さん?今どこにいるの」

「聞いてよ桜翔〜!教授ったら人扱いひどくってさ〜!」


 先読みで音量を少し下げていたがそれでも足りなかったのか、離れたところにいる愛華がビクッとしていた。桜翔も落ち着かないので、音量を下げながら廊下の方へと歩いていく。


「わかったわかった愚痴は後で聞くから、大学の方にまだいるのか?」

「そうなんだよ〜今からやっと帰れるとこ。愛華ちゃんはちゃんと着いたんだよね?」

「あぁ、家の前で立ち尽くしてたからびっくりしたけど。今はリビングに居てもらってるよ」


 ちら、とリビングの方を向くとこちらを気にして見ていた愛華と目が合ってしまった。思わず目を逸らして玄関側へと視線を向ける。


「良かった〜唐突とはいえ一人で向かわせてごめんねって伝えといて」

「それは直接言ったらどうだ」

「桜翔のいけず〜。ま、桜翔が普通に喋れたみたいで安心したよ。可愛いでしょ、愛華ちゃん」

「どうせ姉さんはなんにでも可愛いって言ってるんだろ」

「愛華ちゃんは特別だよ?桜翔も仲良くなれるって」

「勝手に決めないでもらえるか」


 ため息まじりで返すと、意固地め…とお小言を貰った。別にそんなつもりは無いが、冬月的には認められないのが気に入らないのだろう。


「とりあえず姉さんの行動はわかった。家に帰ってくるまでに何しとけばいい?」

「特にないかな〜。強いて言うなら愛華ちゃんと仲良くなっといて!」

「強いられはゴメンなので聞かなかったことにしとくわ。気をつけて帰ってこいよ」


 冬月の朗らかなじゃあね〜という声を聞き届けて通話を切り、リビングへと戻る。話が終わったのに気づいた愛華がこちらを見上げていた。


「姉さんは今大学を出て帰ってくるそうです」

「そうですか、連絡ありがとうございます」


 桜翔に対し、座りながらも丁寧にぺこりとお辞儀する愛華をみて、先程の罪悪感が蘇ってくる。

 いくら機嫌が悪かったとはいえ、礼儀正しい人に無礼を働いてしまった事実はなんとも歯がゆい。


「……すみません、色々と」


 愛華の前に座布団を置き、座ると同時に頭を下げる。


「いえ、本当に気にしないでください」

「最初の態度も悪かったですし、姉さんは姉さんで気が利かないし……」


 そもそも愛華を一人で家に来させるのではなく、用が終わるまで大学で待ってもらうのでも良かった訳で。自分一人には荷が重いし、いくら冬月と仲が良いとはいえ、初対面の女性と二人きりは気まずいものがある。


「本当は冬月ちゃんと一緒にお邪魔する予定だったんですけど、教授の方から冬月ちゃんにお願いがあるって連行されちゃって。」


 少し困った顔の愛華から、先ほど聞いた話を振られる。お人好しなところは内外問わずなのだろう。


「姉さんも予定があるからって断ればいいのに」

「断らないあたり冬月ちゃんらしいですよね」

「まったく……橘さんを一人で歩かせて何かあったらどうするんだ」

「心配してくださるので?」


 こてん、と小首をかしげる愛華に対し、少し気恥ずかしさを覚えた桜翔は目を逸らす。


「俺がさっきそういうのに遭遇したんで」

「だ、大丈夫でしたか?」

「不審者というより、学校からうちの方まで後ろを付けてきた女子がいたってだけですけど」

「十分不審者だと思いますけど……だから先ほど機嫌が少し悪そうだったんですね」


 納得。といったような素振りで頷かれ、桜翔は何度目かわからない謝罪を試みる。


「……申し訳ない」

「いえ、責めたいわけでは無く。……苦労してますね」

「ほんと、俺が何したっていうんだか」

「弟くん……冬月さんに似て顔立ち綺麗ですもんね」

「姉さんと比較されてもなぁ」


 冬月は弟目線を抜きにしてもかなり美人の方だと桜翔は認識している。冬月と買い物に行ったりすると、男女問わずすれ違い様にこちらを見てくる人がいるほどに。隣で歩いてる身としてはその視線は居心地が悪いものなのだが。


「まぁ、気持ちはわかりますので」


 そう告げた愛華は口元を結び、軽く俯いた。座布団に座っている桜翔からはその表情が良く見えてしまい。困惑する。少し苦痛に見える表情は先ほどのふんわりした雰囲気とは違い、痛々しさを感じた。

 何か話題がないかと考えていると、ふと先ほどに弟くんと呼ばれたことを思い出す。


「そういえば名前、桜翔って言います」

「……桜翔君」

「……はい」


 名前を反芻しただけだとはわかっているが、姉以外の女性にあまり呼ばれないので、不覚にもどきりとした。愛華の方を見ていると、視線に気づいたのかぱっと顔を上げる。


「あ、いえ。私のことは橘でも愛華でも大丈夫です。」


 先ほどの刺々しい雰囲気を消し、笑顔でそういう愛華を、桜翔は直視できなくなっていた。気恥ずかしさが強く、何とかこの場から逃げられないかと模索する。


「……そういえば鞄置きっぱなんで片づけてきますね」


 視界に入った鞄を口実にその場から立ち上がり、リビングを出ようとする。制服も着たままだったのでついでに着替えたい。


「わかりました、いってらっしゃい」


 愛華の声を背中で聞きながら、桜翔はリビングを後にした。振り返るのはなんとなく気が向かなかったので、少し早い歩みで自室へと向かった。

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