1.王子様と初対面
「………すみませんでした」
皇 桜翔が頭を下げた先には、先ほど知り合ったばかりの女性、橘 愛華がちょこんと座っている。腰まで伸びた長い茶髪はとても綺麗に整えられており、群青色の瞳は少し困惑したまなざしをこちらに向けている。
「いえ、本当に気にしなくて良いですよ」
そう言いながら彼女は手を胸の前で軽く振りながら桜翔をなだめる。
なぜ彼が頭を下げているのかというと、およそ数十分前に遡る。
高校の部活でやっているバスケの練習が終わり、荷物をまとめて一人で帰ろうとしていたところを正門前からずっと後を付けてくる人影があった。
しばらく進み、ちらとカーブミラーを覗くと同じ制服の子が後ろ10m位をそわそわしながら着いてきている。いつもは通らない道を曲がり、様子を確認すると彼女もついてくる。もう一度曲がって今までの進行方向の逆方向に行くことへなっても彼女はついてきた。
また、か。と内心思いつつ振り返ると、急に振り向くとは思っていなかった女子高生が「あっ」という声と同時に立ち止まる。
彼女の表情は、嬉しさ半分、困惑半分という感じだ。
「俺になんか用でもあんの」
「えっと、その……わ、私もこっちの方が家で!」
「それにしては今日まで君みたいな子をこっちの方で見て無いな」
「う…」
「まぁ大体予想はつくけど、これ以上ついて来たら警察呼ぶからな」
そう言い残し、家までの帰宅道へと戻る。彼女はその場で立ち尽くしたままだった。
桜翔がこんな強気で当たるのは、こういった経験が1度だけではないからだ。
桜翔は学校では「王子様」と呼ばれている。もちろんそう呼べと桜翔本人が言ったわけではない。中学時代からいつの間にか呼ばれていた。
苗字が皇だから王子様、という話を聞いた時はなんで安直なのだろうかと思った。桜翔自身は王子のような立ち振る舞いをしたことも、そういった発言もしたことがない。否定をしようにも誰に否定をすればいいのかわからないので放置をしていたら、高校になっても王子様のあだ名は消えず、噂と恥ずかしい二つ名だけが独り歩きしている。
今は気に入っているのだが、髪色も派手な金髪にして王子らしさを少しでも消そうとした。それでも噂というものは消えないらしく、逆に中学の頃よりも煩わしい声が増えた気さえする。
そういった噂を聞きつけて言い寄ってきたり、学校での少ない時間を初めて話したような人間から告白されてもうざったいだけだ。
先ほどのように後を付けてくるにまで発展したタイプは数少ないものの、一定数いるので困りものだ。困りもの、で済ませていいのかはさておき。
家の近くまで来たので先ほどの憂鬱な気分を小さい溜息で吐き出し、カバンの中からキーケースを漁る。しっかり見つかったので再び前を捉えると、家の前でうろついている女性がいた。
女性にしては少し高めの背丈に、長い髪をなびかせている。少なくともそこらの高校生でこういった格好はまず見ない。
何用で家の前に立っているのかはわからないが、今さっきの嫌な経験が警戒心を高める。
「あの、ここ俺の家の前なんですが」
「あ、すみません……えと、少しお聞きしたいのですが、皇さんのお家はこの近くですか?」
「あ?」
反射的に出てしまった声は、自分の声から出たのかわからないくらい低く、威圧的だった。
高校生じゃなくても自分のところに、しかも家の前まで来るのかとストレスが溜まる。1日に2回もあってたまるか。
どうしてやろうかと目の前の女性を睨むと、観察するような目で桜翔を見ている。興味津々、というよりかは記憶と目の前のものを確認するような感じだ。
「俺は見世物じゃねーんですけど」
「……もしかして、冬月ちゃんの弟くん?」
「へ」
思っていたものとは違う反応が返ってきて素っ頓狂な声が出る。冬月というのは自分の姉のことだ。ということは姉の知人であり、不審者ではないということ。
「あ、やはりそうなのですね。写真で見たことはありましたけど、髪の色が違ったのでわかりませんでした」
「え、は」
「よくよく見れば目の色も同じですし、顔だちもどこか冬月さんに……」
「いやあの待ってください」
ゆったりとした口調だが、矢継ぎ早に想像を超えた発言をするので一度制止を試みる。遮られた彼女は不思議といった表情で桜翔を見る。
「えっと……姉さんの……冬月の知り合いの方です?」
「あ、はい。橘 愛華といいます。日頃、冬月ちゃんに仲良くさせてもらってます。今日は冬月さんにお家へご招待されたのですが」
「え、俺聞いてないぞ?」
「冬月ちゃんは連絡入れたから大丈夫でしょー、とおっしゃっていましたよ?」
こてん、と小首をかしげながら発言する愛華をよそ目に思い出そうとするがそんなことを冬月が言ってた覚えはない。
スマホを確認してみると、姉からの連絡が数件来ていた。着信時間は30分前なのだが、部活が終わってから先ほどまで確認する思考ではなかった。
ロックを解除し冬月からのメッセージを確認してみると、冬月の友達が夜ご飯を食べにくる旨と、別行動になるから迎え入れてやってくれという旨の内容だった。
「……ほんとだ連絡来てる」
「御迷惑でなければ、お邪魔してもよいですか?」
「俺は大丈夫ですよ、といってもほぼ二人暮らしみたいなものなんで」
「ありがとうございます」
そう言いながら愛華は微笑んで家に入りやすいよう桜翔へ道を譲った。
手に持っていた鍵を錠前に差し込もうとするが、初対面とはいえ姉の友人に不躾な態度をとってしまったので少し罪悪感が残る。
鍵を回しきる前にふと愛華の方を見ると、そわそわとした感じで待っている。気にしている様子はないが、桜翔自身が納得いかない。
「さっきはごめんなさい。高圧的な態度をとってしまって」
鍵を手放し身体を愛華の方に向け頭を下げる。数秒後にちらと顔を上げ確認すると、きょとん、とした
表情でこちらを見ている。
「あの、気にしてないですよ?」
「自分が気にしますし、橘さんが許しても姉さんが許してくれなさそうなんで」
「確かに」
冬月ちゃん過保護ですもんね、と言いながら少し困った顔で愛華は微笑んだ。桜翔は人の付き合いに口出しするような人間ではないが、きっと冬月と愛華は相当仲が良いのだろうと伺える。
解錠し終わった扉を開け、愛華を家に上げると同時に冬月に電話をかける。
「俺、姉さんに電話しとくんで先入っててください。奥突き当りの扉がリビングです」
「わかりました。お邪魔しますね」
桜翔に一礼し、誰もいない廊下へ一礼した愛華をみて、律儀な人だなと思った。
静かにリビングに入ったのを確認し、耳元のスマホに集中するが電話に出る様子がない。
更に数秒待っても出ないので諦めてメッセージで愛華を家へ迎え入れた旨を伝えて、桜翔もリビングへと向かう。
初めまして、しのと申します。
過去数回設定を練っては辞めを繰り返してたのですが、今回初めて筆がスラスラと乗ったので投稿してみようと思いました。
すでに書き上げた分を小分けにして投稿していってるので、やや物足りなかったりするかもしれませんが書き上げるペースが早いわけでは無いのでご容赦下さい。
もしいいね!やコメントなど頂ければ大変モチベにつながりますので何卒宜しくお願い致します。
2話は20日01時、3話は20日05時投稿予定です。