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第2-3話


 ショックで「(あに)ちゃま――ッ!」と泣きじゃくるドロシーをカードへ戻したところで、ダニエルが進み出てきた。


「よし、次はオレの番だな!」


「はぁ? オレの番って、何をする気だ?」


 両の拳を打ちつけたダニエルは野太い声で叫んだ。



「《青魔法・第四十三番――激流(トレント・ウェイヴ)》!」



 ダニエルが迸る水流を塀に向けて放つ。


「バカなのか⁉」


 このまま水流が壁を砕けば、轟音を聞きつけた街の住人が集まってくるだろう。そんなことになれば、どう説明をする気なのか。



「《緑魔法・第三十三番――音波遮断(ノイズ・キャンセラー)》!」



 音もなく風が吹き、三人を包んだ。同時にダニエルの《激流(トレント・ウェイヴ)》が塀を打ち砕き、轟音が空気を振動させる。


音波遮断(ノイズ・キャンセラー)》は、外界へ内側の音を遮断する、風属性の補助魔法である。

 もちろん、自分とアリス、ダニエルを含めて広範囲を魔法で包んだので、先ほどの塀を破壊した轟音も外には響いていないだろう。

 ただし、遮断できるのは音だけ。轟音は防げても振動は防げないし、姿を隠すような効果もない。


「よし! これで外に出られるか!」


 満足げに胸を張ったダニエルは、うんうんと頷きながら、自分の空けた穴へと大股で歩いていく。だが、リュカの予想通り、彼は同じ穴から戻ってきた。


「お? ダメか! じゃあ次はあっちだな!」


「まだ続けるのか⁉」


「もちろんだ! 歪魔(デスペラ)のうっかりミスで、どこか出られる場所があるかもしれない!」


 そんなうっかりをするような相手なら、敵はすでに根絶やしになっている。


 水属性の魔法を連発するダニエルには、全く疲労の色が窺えない。こういうところは、さすがSランクの魔法士といったところか。


「兄さま、いくら言ってもムダですわ。ダニエルが話を聞かないのは毎度のことだもの」


 確かにその通りだ。すでに、止めたところで無意味なところまできてしまっている。意味のない努力をするくらいなら、一度気の済むまでやらせた方がいいかもしれない。


「アリス。ダニエルの気が済んだら、《時間喚起(タイム・リコール)》で壁を修復しておいてくれ」


「えー……まぁ、兄さまが言うならやりますけど。時間を巻き戻して修復なんて、わたしにとっては朝飯前ですわ」


 もう夜だがな。


 あっちだこっちだと、ダニエルが塀を壊していく。まぁ、解決すれば儲けものだが、おそらく無理だろう。


 やがて、ダニエルの空けた穴が十三個目を数えようとした、そのとき――……。




 ――ドォオォォオオォォォンッ!




 唐突に、鼓膜を破るどころか砕くほどの音が空気を震わせた。


「何だ何だ⁉ 魔物か⁉」


「おそらくな」


 日常生活でこれほどの轟音はありえないだろう。ワンドラントの象徴のように建つ時計塔の辺りには砂煙が立っている。


「よぉし! なら、いっちょぶっ飛ばしに行くか!」


 そう言い終わるや否や、ダニエルは時計塔を目指して走り出した。


「おい、ダニエル!」


「兄さま、わたしたちも行きましょう!」


 魔法の後押しを受け、ものすごい勢いで走るダニエルを追うべく、リュカも意識を集中させる。



「――《其の名は空に似て、姿は風の如し。天翔ける者よ、我が身を鎖より解き放ち、翠風の翼を纏わせよ――緑魔法・第三十五番――翡翠の鳥(フライング・ジェイド)》」



 リュカの身体に緑色の風が絡みつき、細身の身体がふわりと浮く。リュカはそのまま高層の建造物よりも高く浮き上がり、時計塔をめがけて飛んだ。


 ダニエルの姿はすでに視界から消えているが、行き先は同じだし、大きな目印のお陰で迷う心配もないだろう。


 しかし、あの男はもう少し慎重になれないのか。これからのことを考えると頭痛がしてくる。

 ため息の止まらないリュカは、ひとまず目の前の問題を解決するべく、無理やり頭を切り替えた。




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