第1-2話
泣き叫ぶ子どもや狼狽える親の声を聞き流しながら、前方の車両へ向かった。
――ゥウォオオオォォオォォオオオンッ!
「うわぁぁああぁぁぁ――――っ!」
ビリビリと窓ガラスが震えたかと思うと、パリンパリンッと音を立ててガラスが砕ける。同時に聞こえた悲鳴は運転手のものだろう。
「無事か⁉」
鍵の掛かったドアを無理やり開けると、転がるようにして運転手が這い出てきた。
「魔物が……っ! たす、助け……っ」
どうやら、割れた窓から毒々しい赤色をした獏のような魔物――《マッドネス・テイパー》が列車内へ侵入を果たしたようだ。《マッドネス・テイパー》は、リュカたちを威嚇するように長い鼻から黒い煙を吹いた。
「アリス!」
「はい、兄さま!」
リュカの言葉の意味を理解し、アリスが両手に長さの違う剣を握った。右手には白く縁取りされた小ぶりの剣、左手には赤く縁取りされた白い長剣だ。
《マッドネス・テイパー》の鼻から放たれた黒炎を、アリスが剣を使って瞬く間に斬り裂く。その間に、リュカは魔法の詠唱を始めた。
「《断罪者よ。暗然と暗黒、黒暗暗と続く果てなき迷い路、限り無き罪を知る者よ。黒よりも深き闇の矢を放ち、数多の咎人を裁かん――黒魔法・第三十九番――深き闇より罪穿つ矢》」
召喚された闇色を纏う五本の矢が一斉に飛び交い、《マッドネス・テイパー》を貫く。耳障りな奇声を上げて《マッドネス・テイパー》は黒い塵となり消えた。
「完全詠唱の《深き闇より罪穿つ矢》……詠唱破棄より効いただろ」
リュカは口角を上げ、意地の悪い笑みを浮かべる。しかし、今度は外にいた《マッドネス・テイパー》がさらに車内へ乗り込んで来た。
「ちっ、面倒なヤツらだ」
「「きゃあぁぁぁあぁぁぁっ!」」
背後から悲鳴が聞こえる。振り返ると、後方の窓ガラスも割られ、《マッドネス・テイパー》が侵入しているようだ。
「どうしますの、兄さま?」
「……僕は確かに面倒くさがりだが、怯える奴らを放っておくほど薄情じゃない」
「そんな屁理屈を言って。兄さまの、どうしようもなくお人好しから抜け出せないところ、わたし大好きよ」
「……それは褒めてるのか?」
ジロリと隣に立つアリスに赤い瞳を向けるが、少女はただ嬉しそうに笑うだけだった。
「《黒魔法・第三十九番――深き闇より罪穿つ矢》」
先ほどとは違い、詠唱破棄で放たれた闇色の矢が七本。すでに侵入を果たしていた七体の《マッドネス・テイパー》を貫いた。
さらに、リュカは続ける。
「《内なる力を解放し、大いなる意志を以って、その身を忠実なる守護者へ変えよ――銀魔法・第二十番――氷守護者》!」
停車した列車の外に三十体の《氷守護者》を召喚した。盾と剣を持った白銀の彫像のような騎士たちにリュカは命じる。
「一切の侵入を許すな」
返事はない。だが、彼らは行動で肯定を示した。ガシャンッと重たい音を立て、列車へ近づこうとする《マッドネス・テイパー》へ剣を振りかざし、盾で押し返す。
「さすが兄さま」
「何がさすがだ。これくらい当然だろ」
魔法士が使う魔法は、基礎八色魔法と呼ばれている。八色とはそれぞれ、火は赤、水は青、風が緑、土が黄、雷が金、氷が銀、光が白、闇が黒という各属性に当てられた色のこと。各属性に一~一〇一番までの魔法、その上、それぞれに対応した詠唱が割り振られているのだ。
そしてリュカは、D~Sまである魔法士のランクの最上位――Sランクの魔法士。
もちろん、簡単になれるものではない。最低で五十年、才能のある者でも三十年かかると言われている。
「あら。いくら二十番以下の初歩の魔法とはいえ、一度に三十体もの“守護者”を召喚できるのは、Sランク魔法士にだってそうそういませんわ!」
勝手に言ってろ。
手放しで賞賛するアリスにどう返していいのか分からなくなり、リュカはフイッと顔を背け、列車の後方へ向けて走り出した。
その途中途中で、すでに割れた列車の窓から侵入していた《マッドネス・テイパー》は、アリスと共に対処する。
「それにしても……《マッドネス・テイパー》の数が少し多いですわ。それに、力も強くなってるみたい」
「さっき、同席していた母親は、『魔物が無差別に人を襲う』と言っていたが、あれが正しくないことは、お前も分かっているだろう」
魔物は人間の強い怒りや憎しみ、悲しみ――負の感情に惹き寄せられる傾向にある。その上、魔物が現れたことで人間は恐怖に支配され、さらに多くの魔物が人を襲うという悪循環。魔物は群れで現れやすいが、それが原因の一つだ。
「力が上昇しているのは――アイツが……」
「――いい加減にしなさいッ!」
女性の怒鳴り声がリュカの言葉を遮った。