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★日周運動

 ピアネータとエトワールの結婚。それは今まで避けられてきたはずだったが、王家は特に異論もなく認めた。そのことに驚きつつもルベルは、真っ白などれを着て幸せそうに微笑む友人・スピカを見つめた。その隣には、彼女の夫が寄り添っている。

 スピカは自分に正直で、自信もあって、かわいくて、自分とは対照的な人物だった。見た目も中身も。ルベルは自分の真っ赤な毛先を視界から外す。

 幼い頃、彼女は同年代の男の子たちの視線を独り占めしていた。最初はその儚げな見た目で、途中からその破天荒さで。気に入らない貴族の少年を言い負かして泣かせた挙句、気に縛り付けてミノムシで脅して追い打ちをかけていた。あれは忘れられない。男の子たちはスピカを怒らせまいとびくびくしていた。

 そんなちょっと(?)変わったスピカが結婚した。いいなあ、とルベルは思った。結婚したこともだが、スピカが「一目惚れを体験いたしました。わたくし、ピアネータオブプルトーネと結婚しますわ」と有言実行したその行動力が羨ましい。最も、ピアネータとエトワールが結婚することに抵抗のあるため、そこは羨ましくはない。


「行くよ、スピカ」

「はい、ハーデス様!」

「せーのっ」

 気が付くと、新郎新婦によるブーケトスが始まっていた。この結婚式はスピカが「どこかの国の庶民の結婚式」をモチーフにして提案したもので、斬新な結婚式に参加者たちは戸惑いながらも楽しんでいた。その最後にブーケトスという行事があった。新郎新婦が投げるブーケを受け取った人にはいいことがあるとか。

 何があるんだろう、と花束を眺めているとそれは思ったよりルベルの目の前に迫っていた。

 反射で花束を手で受け止める。

「花束を受けとった人は、遠くない未来に結婚できるそうです! おめでとうございます!」

 スピカが選んだアグレッシブな神父が満面の笑顔でそういうと、会場の女性陣から「え?!」と騒ぎ出す。ある人はその神父に「ブーケトスは一回しかしないんですの?!」と詰め寄っている。

「誰がとったの?」という視線に晒されて、ルベルは恥ずかしくなって俯く。

 こっちを見ないで。

 真っ赤な目と髪を裏切るように、ルベルは自分に自信がなかった。注目されるのが怖い。

 こんな状態では、結婚なんて夢のまた夢だ。せっかく花束を受け取ったのに、スピカには申し訳ないことをしてしまった。

 ルベルは、早くこの時間が終わってほしいと強く目を瞑った。




「自信をつければ良いのよ」

 新婚旅行に行く直前、スピカがルベルにそう言った。そもそもルベルは自信がさなすぎるらしい。自分を磨いて自信をつけろ、とスピカは呆れた。

 スピカの唯一と言っていい友人のルベルは、あまりにも自信がない。せっかく美しく鮮やかな色をしているのもったいない。

「そうだわ。わたくし、お土産で外国のドレスを買ってくるわ。それが似合うように、ルベルは自分を磨いておいて」

「ええっ!」

 スピカはそう言うと帰っていった。忙しいのに、旅行に行く前にルベルと話したかったと時間をとってくれた彼女には感謝しているが、それはなかなか難しい。磨くって何をすればいいの?

「私もそう思います、お嬢様」

「え?」

「せっかくお綺麗なのに、勿体ないです! お嬢様、磨きましょう!」

「えっ?」

 いつも元気な侍女が、いつも以上の元気さで張りきっている。

 常日頃からお嬢様のことを磨き上げたいと思っていたんですそれにいつもシンプルなドレスばかり着ていらっしゃいますのでたまには華やかなドレスも着てみましょうあとメイクの種類も増やしてドレスや気分にに合わせて変えていきましょう。

 一息で言い切った侍女は、ルベルの返事を待たずに「奥様に許可を得て参ります!」と風と共に去った。ルベルは付いていけなかった。


 翌日の朝から、侍女たちがバタバタとし始めた。なんだと思って目ボケ眼を擦っていると、元気な侍女が「さあお嬢様、始めましょう!」と朝一と思えない声を出した。

 そしてルベルが抵抗する間もなく、地獄が始まった。

 まずは朝のお風呂から始まり、ダンス、発声、勉強。のんびり過ごしていたルベルには目まぐるしい一日だった。「死ぬ!」というルベルの声が無視された足のマッサージが終わり、ヘロヘロになったルベルはベッドに倒れた。

 厄介なのは、一番張りきっているのが母だということ。次点で侍女。今までおしゃれに興味のなかった、というか目立たないことばかり考えていたルベルを、ようやく改善できるのねの一言で圧倒させた母は、父に報告した。父もルベルの地味さに思うところがあったらしく、思い切りやりなさいと言ったらしく、誰も味方がいない状態になってしまった。

 ルベルの地獄はまだ一日目だった。




 *****




 母に勧められ、ルベルはとある夜会に来ていた。いつもだったら参加しない夜会に、いつもだったら着ないドレスを着て。

 いつものルベルはできるだけ目立たないように茶色のドレスを着ていたが、今日は白に近い薄い黄緑色のドレスを着ている。髪も清楚にまとめられ、けばけばしい雰囲気はない。

 馬車の中では「ひっひっふー」と呼吸を繰り返し、侍女に「お嬢様は何を産むおつもりですか」と言われたことなど嘘のように、ルベルは静かに会場に入った。

 会場内にはすでに友人が来ていたため、主催者に挨拶を終えた後ルベルはすぐそちらに寄る。友人はルベルの装いに驚きつつも「よく似合う」と褒めてくれる。

 おかしくないらしい、良かった。家族や侍女も褒めちぎってくれていたが、身内から見ての感想だけかもしれないと内心戦々恐々としていた。信用していないわけではないが、客観的な目線からの意見にやはり安心した。

「ピアネータオブプルトーネとエトワール・アルガリータが結婚してから、社交界の雰囲気が変わりましたわ」

 ピアネータとエトワールでもいいんだという空気が出て、なんだかみんな婚活をしているように見えるらしい。そうなんだ、とブーケトスを受け取ったことも忘れてぼんやりするルベルだった。


 あ、あの人は……。

 会場の一角に、数人の男性がたむろっていた。その中の一人に、ルベルは見覚えがあった。スピカの結婚式に参加していた人だ。ミルクティ色の髪に爽やかな青い瞳は、確かにスピカの夫となった人と笑いあっていたはずだ。

「ルベル、あの人たちと知り合いなの?」

「……いいえ、気のせいだったみたい」

 が、話したことがあるわけでもないので、ルベルは見なかったことにした。笑顔がかわいい素敵な人だなと遠巻きに見て思ったくらいの人に、何故話しかけられるだろうか。スピカだったら「一目惚れしました」と手紙を送るだろうが、ルベルにはできなかった。

「あら? よく見たら、あの方々はピアネータではありませんか」

「えっ」

 言われてみれば、ピアネータオブプルトーネと気安く話す仲なのだから、ピアネータの可能性は高かった。それなら、「エトワール」であるルベルには関係のない人たちだ。ルベルはシャンパンを取りに行った。


 そろそろダンスが始まる時間だ。ルベルは適当にやり過ごさなくては、と思ったが、母から「せめて1回くらいはダンスしてきなさい、結果は聞きますからね」と私と侍女に言った。ここでまた壁の花に徹していると、帰ってからの結果が目に見えている。

 ダンスを猛練習したし、表情筋も鍛えてすぐに表情が変わらないようにした。嫌そうな顔をしないように……仮に失敗しても目を瞑ってくれそうな優しそうかつ適当な人を見つけなくては。

 いい加減動かないと、とシャンパングラスを給仕に渡し、ルベルは深呼吸で心を整える。さあ行くか――顔をあげたルベルの前に、見覚えのあるミルクティ色が目に入った。






 *****






 手を差し出すと、彼女は一瞬だけ動きを止めたが、すぐにこちらの手を取った。その顔に表情はない。おかしいな。あの時はあんなに表情豊かだったのに。

 彼女――エトワール・アンタレスのご令嬢を始めて認識したのは、ピアネータオブプルトーネとエトワール・アルガリータの結婚式だった。彼女は最初にアルガリータ嬢と顔を合わせると、自分のことのように喜んだ。それから終始微笑ましいものを見る目でアルガリータ嬢を見守っていた。他の女性参加者がピアネータオブプルトーネの友人に目を光らせる中、彼女だけは違っていたのだ。ブーケトスで花束をとった時も、困ったように眉を寄せて頬を赤らめると、慌てて俯いて顔を隠した。

 可憐だな。

 素直にそう思った。

 だから夜会に参加した時、ルベルを目が追ってしまった。あの時のように困った赤い顔が見たい。我ながらどういう趣味をしているんだと思いながらも、「恥ずかしがりや」らしい彼女なら、自分がダンスに誘ったら戸惑って真っ赤になると思っていた。しかし、実際の彼女の頬は化粧で塗られたまま変化がない。

 あの日のあれは気のせいだったのか? そう思いルベルを観察すると、気のせいではないことが分かった。

 よく見ると目は潤んでいるし、ダンス中でも手は震えているし、全く目が合わない。

 自分は、二人に感謝しなくてはならない。例え自分より下の貴族がごちゃごちゃ言ってきたところで無視すればいいだけの話、とは思っていたものの、自分の中で「エトワール」は恋愛の対象外にしていた、無意識の内に。きっと、これは自分だけじゃないと思うので、そう考えれば彼ら夫婦は偉業を成し遂げたと言っても過言ではない。

 二人は、間違いなくピアネータとエトワール世界を広げたんだ。






 *****






「ピ、ピ、ピアネータオブゾハル」

「ああ、知ってたんだ。僕の名前」

 ひえっ返事があった!

 ルベルの目がそう言っていた。そりゃあ、名前を呼ばれたら返事するに決まっている。クロノスがそう返すと、「そうですよね」としょんぼりしつつも「あれ、私口に出したっけ?」と疑問符を浮かべている。

 分かりやすすぎるルベルに噴出さないように我慢するクロノスに気づかず、ルベルは「何故私をお誘いになったのですか?」と質問した。表情こそほとんどないものの、耳と頬が赤い。それに何より、目がモノを訴えている。

「なんでって、気になったから」

「気になった……?!」

 そんなに戦慄しなくても。クロノスの口から出かかったが、やっぱりその様子がおもしろかったので口を閉じた。

 一方のルベルはそれどころではない。スピカの夫になった人の友人がやはり「ピアネータ」だったことも、何故かその当人に絡まれていることも、処理できていなかった。頭の中には「?」と「!」が7対3の比率で飛び交っている。

「君、思ったことが全部目に出てるよ」

「えっ表情筋鍛えたのに……」

 気づかなかった。もしかして、母は矯正できないから諦めたのだろうか。でもどうせなら教えるだけでもしてほしかった。そうすればルベルだって気を付けたのに、隠せるかどうかは別として。

 ふと、自分に刺さる視線を感じた。なんだろうと思いつつ、なんとかダンスを終えて壁際に戻る。視線の先を探ると、ある貴族のご令嬢たちがルベルを見ていた。

 あれは、嫉妬の目だ。幼い頃のスピカに、よく集まっていた視線。こんなに嫌な視線を小さい時から感じていたスピカは、本当にすごい。ルベルだったら耐えられなかったかもしれない。今だって、おそらく「ピアネータオブゾハル」と踊ったルベルに「なんで貴方が?」と思っているに違いない。別に自分たちも踊ればいいのに。

 自分が誘われただけの立場であることは棚に上げ、ルベルはひとまず母からのミッションを達成したことに安堵の息を漏らす。

「エトワール・アンタレス」

 ピアネータでもエトワールでもない貴族のご令嬢が声をかけてくる。さっきから痛い視線を向けてくる女性の一人だ。

「ピアネータオブゾハルとお知り合いなんですのね。よろしければ、私にも紹介してくださらない?」

 なんで私が? 別に知り合いじゃないし、自分で聞けよ。そもそも貴方は誰? 名乗りもしない失礼な人に紹介する友人もいないけどね。

 露骨に目に感情が出ていること指摘された、そんな事実を忘れてルベルは一度黙った。ご令嬢の顔が引きつる。

 ルベルはそれに気付かないまま「申し訳ございません、紹介できるほど親しくありませんので」と断りを入れる。

 表面上は特に問題ない会話のため、名乗らないご令嬢は悔しそうに去っていった。

「ふうん、けっこうやるね」

「ぎゃっ!」

 ついにルベルの口から奇声が漏れたが、背後に立つクロノスにはどうでもいいことだった。

 ハーデスの結婚式の時は、笑顔のまま赤くなったり青くなったりある意味器用でおもしろいなと感じていた。無表情になっても赤くなったり青くなったり忙しない上に、目でモノを語る才能があるルベルだが、ああやって面倒な生き物に絡まれたら対処できるんだな、とクロノスは感心した。否、馬鹿にした。

 ルベルも「エトワール・アンタレス」の名を持つ貴族だ。それくらい、得意ではないができる。

「ま、まだ私に何か?」

 これ以上関わらないで、目立つから。

 ルベルの目はそう言っていた。そしてそれは、ほぼ間違いなく合っている。

 これは才能だ。よく物語で「相手の心を読むことができる能力」があったりするが、彼女は逆だ。自分の気持ちを目だけで伝えられる能力を持っている。なんてすごい能力だろう、興味深い。

「アンタレス嬢」

「は、はい」

「僕、君に興味が出てきた」

「は? 突然何を言い出したんですか?」

 ルベルの感情はもはや口から溢れている。

「決めた、君にするよ」

「何を、ですか」

「決まってるでしょ」

 次の瞬間、ルベルは体感雷に撃たれた。


「申し込むから、結婚」

 これがあの時ハーデスが抱いていた感情なのだろう。けれどクロノスは「待て」はしたくない。気に入ったのなら、早く自分のものにすればいい。

【人物】

◇クロノス=ゾハル

ピアネータ。ミルクティ色の髪をした男性。他人の容姿に興味がなく、ルベルのコンプレックスである髪や目にも何も思わない。

◇ルベル=アンタレス

エトワール。赤色の髪と眼をした女性。目は口ほどに物を言うを体現する。

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