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 ハーデスには、最近困ったことがある。

「ピアネータオブプルトーネ、御手紙を持って参りました」

「ああ、ありがとう」

 それは、今しがた執事に手渡しされた一通の手紙に紛れている。差出人を確認していると、今日もあった。「エトワール・アルガリータ」からの手紙だ。正確に言うと、「エトワール・アルガリータ」のご令嬢であるスピカからの手紙になる。

 真っ白な封筒に真っ白な便箋には、プルトーネへの愛が綴られている。これで何通目だろうか。

「返事をされてはいかがでしょうか」

 何も知らない顔で執事が言った。本当はハーデスが困っていることを知っているくせに、意地が悪い。

 では、ハーデスが何に困っているかと言うと「エトワール」と血を結ぶと、周囲がうるさいからである。


 ここエスパス国には、まず国の主たる王族がいる。その下を「ピアネータ」と呼ばれる八大侯爵が固めている。そして更に下には貴族がいるわけだが、その中に少し特殊な爵位の「エトワール」がいる。「エトワール」の名を持つ貴族たちは、遥か昔の戦争で大きな戦績を残した者たちの子孫と言われている。

 そんな「エトワール」を「ピアネータ」が結ばれると、他の「ピアネータ」や「エトワール」、はたまた王族に近い力を持ってしまうのではないか、と他の貴族内で示唆されているからである。


 波風立てることが嫌いなハーデスにとって「エトワール・アルガリータ」のご令嬢からのアプローチは、非常に困ったものだった。そんなもの無視すれば良い、と言われることは分かっている。何が一番困っているかというと。

「タイプなんだよなぁ、アルガリータ嬢」

 スピカという女性は、非常に清純そうな見た目をしたかわいらしい女性だが、中身は大変積極的だ。夜会でたまたま見かけたハーデス(出不精)に一目惚れしたらしく、それ以降こうして定期的に手紙を送ってくるようになった。パールホワイトの優し気な髪と瞳というまろやかな色彩でガッツガツの肉食女子、そのギャップがたまらない。

 エトワールじゃなかったら何の問題もないのにな、と思いつつ手紙を開くと、いつもと同じくプルトーネに対する愛の言葉と、もう一度会いたいといった内容が書かれていた。夜会で会うと周りの目がな……というハーデスの考えを悟った執事が「一度お招きしては?」とこぼす。

「家に呼ぶ方が面倒じゃないか」

「ではこのまま無視を続け、『女を弄ぶピオネータ・ハーデス=プルトーネ』のレッテルを貼られますか?」

「うっ」

 それはそれで困る。

 結局執事の誘導により、ハーデスは一度スピカと会うことにした。ただし、人目につかない個室のレストランで。




 *****




「お誘いありがとうございます」

 ハーデスはそう言って、花束を渡した。「会いたい」と言ってきたのはスピカだが、実際に会う約束を取り付けたのはハーデスの方だ。それに、女性から積極的に誘うことはあまり美学とされていない面倒な貴族社会の習慣でそう言うと、スピカは嬉しそうに受け取った。橙色の花飾りに紺色のドレスを纏った彼女はどう見ても貴族だが、彼女の行動は「貴族の美学」なんて少しも意識していない。意識していたら女性の方からアプローチすることはないだろうし、このように思い切り感情を表情に出さない。スピカは少し変わった貴族のようだ。

「こうしてお話しするのは初めてですね」

「はい。わたくし、エトワール・スピカ=アルガリータと申します。ピアネータオブプルトーネ、本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます」

「こんなに愛らしい女性に誘われて、喜ばない男なんていませんよ」

「愛らしいだなんて……」

 割とマニュアルに則った対応なのだが、それでもスピカは頬を染めている。ますます変わっていると思う一方、こんなにかわいい子があんなに積極的な手紙を送ってきていたのかと思うとゾクゾクするハーデス。しかし出不精であるがハーデスも一応貴族、その思考は笑顔で隠した。

 そうして始まった食事は和やかに進んでいった。スピカがメインディッシュで爆弾を落とすまでは。

「はっきり申し上げますと、わたくしピアネータオブプルトーネに一目惚れいたしました」

「ゴホッ!」

 ハーデスの喉に肉が詰まりかけた。慌ててワインを口にする。

「一目惚れなので要するにお顔を好きになったのですが、お顔以外のことも知りたいと思ってますの」

「ちょ、アルガリータ嬢……?」

「決まったお相手がいらっしゃらないのであれば、一度わたくしと交際いただけますでしょうか?」

「待って待って」

 あらどうされました、とスピカは首を傾げた。そんな仕草もかわいらしいのだが、想像以上だ。ハーデスの想像を遥かに上回ってガツガツくるではないか。そういうところはすごくいいのだがあまりにストレート。ストレートすぎてすごい。ハーデスが「愛らしい」と褒めた時に色づいていた頬は、今は陶器のように白い。なんで?

 ハーデスは咳払いしてから、彼女に「ピアネータ」と「エトワール」が結ばれることのめんどくささを知らないのかと尋ねた。

「存じ上げておりますわ」

「では何故?」

「貴族なんて、どう転んでもめんどくさい生き物ではありませんか。でしたらわたくしは、自分のしたいようにしてめんどくさい方がいいと思っているだけです」

 それは、確かに。

 面食らったハーデスに、スピカはにっこり笑った。

「お返事いただけますでしょうか、ピアネータオブプルトーネ」






 *****






「アルガリータ嬢と付き合ってるって?」

「耳にするのがお早いことで」

 王城の一室で、今度の豊穣祭りについてピアネータで打ち合わせをした後だった。ハーデスと比較的年齢が近いピアネータ・クロノス=ゾハルがそう言った。表情を見るに否定する気がなさそうなことを悟ったハーデスは、小さく頷いた。

「ふーん、いい趣味してるね」

「え、どういう意味で?」

 どうとでも取れる感想に、ハーデスは震えた。


 クロノスとしては、純粋に「エトワール・スピカ=アルガリータは見る目がある」という意味だった。

 ピアネータの中には、美形なシュヴァン、芸術の才能があるアルネルスといった有名な人たちがいる。その中に埋もれがちなハーデスだが、クロノスは彼を評価していた。

 顔立ちは地味だが整っているし、仕事の基礎能力が高く、どの業務も平均以上の結果を出せる。性格も尖ってないため万人受けする。剣術はあまり得意ではないようだが、その分頭がいいので問題ではない。

 本人が自分のスペックを鼻にかけるどころか気づいていないところも、評価は高い。今も「待って、エトワール・アルガリータとピアネータオブプルトーネは釣り合ってないってこと? こっちが見劣りするかなやっぱり」と勘違いしている。おもしろいから放っておこう。

 スピカもエトワールの中では目立つ存在ではない方だ。いや、そういうと語弊がある。エトワールの個性が強いため、スピカは普通の分類にされていた。ハーデス曰くスピカも個性的らしいので、今まで表立っていなかっただけでエトワールは大体個性が強いんだろう、とクロノスは結論付けた。

「いいんじゃない、ハーデスが嫌じゃないなら」

「うーん、他の人がうるさくしないか心配なんだよね」

「ピアネータとエトワールは何も言わないと思う。自分より下の貴族の言うことなんて、僕は気にしないけど」

「つよい」

 淡々と言ったクロノスを、ハーデスは羨ましく思った。先日スピカも似たようなことを言っていたのだ。「ピアネータとエトワールが結婚したところで王族に及ぶ権力を持つわけでもないですし、そんなことを気にするのは権力が欲しい弱小貴族だけですわ。そんなもの、ハーデス様とわたくしの障害になるはずがございません」と。この考えが、ハーデスにはできない。そういう意味では、クロノスと彼女はお似合いなのかもしれない。

 ピアネータであるハーデスだが、この爵位は揺るぎのないものだ。裏で手を回して陥れあう、そういった策略のようなものは苦手であった。エトワールより下の貴族間では行われていることだと分かっているが、あまり好ましく思えない。

「ハーデスが本気なら、アルガリータ嬢にも話すべき」

「え?」

「エトワール・スピカ=アルガリータがどんな人か知らないけど、ハーデスが悩んでるってことは視野に入れてるんでしょ、結婚」

「うっ!」

「なら、さっさと動きなよ」

「うぅ……仰る通りで」

 クロノスはハーデスのことを知っている。彼が揉め事を起こさないように注意を払って生きていることを。気を遣いすぎて、社交の場に来るたびいつも疲れている。けれど、そんなハーデスが「面倒なことになる」と言っているアルガリータ嬢との関係を始めたのは、本人がスピカを気に入っているからだ。

 折角「この人だ」と思える人物と出会えたのに、何故もたもたするのか。気に入ったのなら、早く自分のものにすればいい。

 クロノスこそ、ハーデスを羨ましく思っていた。




 ハーデスとスピカが会うのは、個室のあるレストランか観劇、ハーデスの屋敷くらいだった。本当は、スピカの好きな花を見に行ったり、買い物に行ったりしたいと思っているが、ハーデスはなかなか踏み出せなかった。

「まさか人と馬の絆をあのように表現なさるなんて、感動いたしました!」

 劇場の個室で、スピカが興奮した様子で今日の劇の感想を語っている。ハーデスたちは、ある程度人がいなくなってから退出することにしている。いつどこの貴族が見に来ているか分からない。こっそり入ってこっそり出ていく、侯爵にあるまじき入退場の仕方だ。

 それでもスピカはそんなことを気にしたそぶりも見せず、いつも素直な姿をハーデスに見せてくれている。

 そんな姿を見ると、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。個室にある二人掛けソファに腰掛けるスピカの肩を、思わず抱き寄せる。

 ハーデスだって、こそこそしたいとは思っていない。堂々と、スピカと一緒にいられたらいいのにと、心から思っている。だからこそ、他の貴族に何も言われたくない。わざわざ注目して騒ぎ立ててほしくない。

「ハーデス様」

 肩に回されたハーデスの手の上に、スピカの小さな手が重ねられた。

「今度、わたくしの家にいらしてください」

「えっ」

「父と母に紹介するわけでもございませんので、気楽に遊びに来てくださいな」

「えっ! あ、喜んで……?」




 *****




 女性の家に行く時って何をもっていけばいいの?

 狼狽えるハーデスに花束と菓子を用意してくれた執事に送り出され、ハーデスの乗った馬車がエトワール・アルガリータの屋敷に到着した。うっかり当主に鉢合わせたりなんかしたらどうしよう、とハーデスの息は詰まっていく一方だ。

 そんなことを知らないスピカが、玄関でハーデスを迎え入れた。菓子は家族で、花は貴方に、と渡すとスピカは初めてあった時のように喜んでくれる。

 来客室に通され、スピカが向かいの席に座った。

 深緑のドレスとアクセントの赤いネックレスがよく似合っている。そういえば、彼女はよく濃い色のドレスを着ている。映えるからなのか、スピカが好きなのかは分からない。今度聞いてみよう。ハーデスは他のことを考え、ここがスピカの家だと意識しないように努力した。

 が、無理だった。ハーデスはずっとクロノスとの会話が頭から離れなかった。スピカと一緒にいるためには、プロポーズをしなくてはならない。ここで粗相をしてはいけない、と心に刻みすぎて挙動がおかしくなっていることを指摘する人物は、ここにはいなかった。

「今日のために準備しましたの、遠慮なくお食べになってください」

「あ……ありがとう、スピカ」

 ハーデスの前に出されたのはザクロを使ったケーキだった。ザクロは、エトワール・アルガリータの領地で採れる特産物の一つだ。大変人気らしいが、ハーデスは今まで食べたことがなかった。美容効果も高いので、女性に人気らしい。甘いものが好きなハーデスは、緊張を誤魔化すためにもすぐに食べることにした。

「おいしい……!」

 甘みと酸味、それからプチプチとした食感は、他の果物にはないおいしさだ。このおいしさで美容・健康効果も高い、すごい果物だ、人気が高いのも頷ける。

 目をキラキラさせるハーデスにクスっと笑みをこぼしたスピカは「たくさんありますから、遠慮せずお食べになってくださいね」と紅茶を口に含んだ。しまった、と恥ずかしくなったハーデスは、ひとまずはそのひと切れで我慢した。

「ケーキに夢中になるハーデス様はかわいらしかったのに、残念ですわ」

「き、今日はスピカに会いに来たんだから、ケーキに夢中になってるわけにはいかないんだ」

「まあ!」

 これがカフェだったらそれも良かったが、スピカの家に来てケーキに夢中になっているわけにはいかない。

 しかしスピカは、ハーデスのいつもと違う一面を見られて嬉しかったらしく、なかなか話題が変わらない。ハーデスの幼い時はどんな風だったのか、両親はどんな人なのかと詳しく聞いてくる。恥ずかしいことに変わりはないが、スピカが楽しそうなのでハーデスも受け入れることにした。ただし、ハーデスもスピカに質問をする。彼女がどんな子どもだったのか気になった。


 散々お喋りした後、スピカが突然「ハーデス様にお渡ししたいものがあるのです」と言い、控えていた侍女から箱を受け取った。ベルベットの箱が、高価なものだと訴えている。

 それを受け取ったスピカは、ハーデスの前で開けて見せた。中には金のバングルが一つ、そこに佇んでいた。真珠と紅い宝石が埋め込まれている、上品なデザインだ。

 スピカによく似合いそうだなと他人事のように考えた時。

「ハーデス様、わたくしと結婚してください」

「……ん?」

「わたくしが、ハーデス様を幸せにいたします。ハーデス様はわたくしを幸せにしてくださいませ」

「んん?」

「このバングル、お揃いでつけていてもくどくなく、男女ともに使える良いデザインでしょう」

「っえ―――――!!」

 脳みその処理が追い付かないハーデスに、スピカは「うるさいコムシはわたくしが排除いたしますから安心なさって」と物騒なことを言っているが、幸か不幸か、ハーデスには届いていなかった。




 ピアネータ・ハーデス=プルトーネとエトワール・スピカ=アルガリータの結婚は、滞りなく認められた。王家から許可が下りたことに文句があるのか、とスピカが笑っている。クロノスはハーデスから話を聞いて、珍しく声を出して笑った。そんな二人を見たハーデスは、まあいいかと苦笑した。その指にはバングルと同じデザインの指輪が輝いている。

「ぜひ夫婦で息を合わせていただきたいので、ピアネータオブプルトーネ、掛け声をお願いします!」

 司会進行役の神父が楽しそうに声をあげ、ハーデスとスピカは顔を見合わせて笑う。

「行くよ、スピカ」

「はい、ハーデス様!」

「せーのっ」

 橙色の花束を、二人で一緒に背後に投げる。

 放物線を描いた花束は、赤い色彩をした人物のもとに舞い降りていった。

【人物】

◇ハーデス=プルトーネ

ピアネータ。ギャップと押しに弱い。

◇スピカ=アルガリータ

エトワール。ホワイトパールの髪と眼をした女性。古い貴族の考えなんてくそくらえ。

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