幕引き
色も大気も、全てを飲み込む黒光が俺を包んだ。
鱗を焼き尽くし、体の輪郭が景色と混じり消えそうになる程の熱量。
一切を焼却されて消滅するはずの俺は、しかし生き延びた。
それは消滅直前に『回帰欲求・腐食』が発動したせいか、それとも聖に俺に対する少しの温情があったせいかは分からない。
それでも俺の体は消えずに、黒光と共に連邦の丘陵から彼方の空へと溶けた。
「と、討伐できたのか……?」
ぽつりと連邦軍の誰かが呟いた。
自分に確認するその作業は、やがてその場の全員に伝播し、ざわめきへと変化した。
そのざわめきの中で聖は黒竜の消えた方向を一瞥し、力を使い果たして倒れた。
「勇者ヒジリが、かの黒竜を撃退した」
キャンプの大天幕の下で、将軍が大統領に報告を行う。
俺が天業竜山にまで飛ばされた経緯は、見た通りに怪しい古代兵器を使った聖による仕業だった。
目的を果たした以上はもう過去を覗き見る必要もないのだが、俺には1つ気になる事があった。
それはこの大統領の思惑だ。
「そうか、勇者ヒジリが……いや、【英雄ヒジリ】がやはり成功させたか」
「ああ、やはりあの『遺物兵装・虚空想砲』だったか……恐ろしい威力の様だな」
「……ふっ、はははははは!」
将軍が髭を撫でながら呟くと、大統領がそれを見て堪え切れずに大笑いする。
将軍は大統領が笑う意味が分からず、茫然とする。
そんな中、ひとしきり笑い終えた大統領は椅子に座り直し、崩れた体勢を整えてから将軍に笑いかけこう言った。
「お前も騙されていたなんてな。本当にあれが竜の撃退の為に開発された個人用の兵器だと思ったのか?」
それは自分が渡した兵器の真偽を否定する言葉だった。
この男、やはり何かヒジリを騙していたのか。
「貴様ヒジリにただの鉄塊を渡していたのか!? では、あれは『遺物兵装』などではなかったと言うのか!」
「ああ、捉え様によっては酷いかもな。だがあれが『遺物兵装』なのは確かさ。オレはこの近くで発掘されたあれを、適当に説明をして渡した。ただそれだけだ」
「だが……それでは、あの『遺物兵装』は何なのだ、あれの力によって黒竜を撃退できたのだろう?」
そうではないのかと将軍は大統領を問い詰める。
『遺物兵装』、1000年近く前の古代兵器だという、それには力が宿っていた。
過去を覗き見ただけで直接観察したのではないから、確かな事は言えないが、俺はあのレールガン的な物を作ったのはマリーではないかと考えている。
地球に存在する様なフォルムとアイデア。
それはまさしく『異界之瞳』による造形だった。
であるなら、ドラゴンを撃退できてもおかしくはないと思うのだが……。
「違うね。あれはヒジリの力だよ。あいつのスキルがただ【全ての武具を扱えるようになる】程度の物とは思えなかった。その通りのスキルなら、防具で弾くだけで相手の武器を破壊するなんて出来ないからな」
大統領は違うと言う。
『欲望の繭』によって邪竜と化した俺を倒したのは、あくまで聖の力だと主張するのだ。
防具で武器を破壊するヒジリには、違和感を抱いていたのか、将軍も苦々しく笑った。
「それはそうだ。では、貴様はあの勇者の力を何だと考えている」
「俺の見立てではこうだ。持ったことのない武具を初見で扱い、そして武具に存在しない能力を与える――つまり【自分の考えた通りの性能を武具に与える】。これぐらいの能力でないと、あいつのやっている事には説明がつかない」
様々な武具の取り扱い、弓矢による竜の鱗を貫く一撃、防具による武器の破壊、そして何でもないレールガンに大量の魔力をつぎ込み邪竜撃退用の兵器とする。
確かに全て普通なら不可能だ。
武器を扱うには長い専門的な訓練を必要で、竜の鱗は矢を弾き傷つかず、防具は身を守る為の物で破壊するための物ではなく、『遺物兵装』はただのレールガンだった。
それらの当たり前の常識を、自分の考えた通りの性能を与えて撃ち破った。
要は聖の扱う武具は、全て手足のように扱え、どんな物でも傷つけられて、どんな用法にでも使えるって事だ。
「ヒジリがこの国に属すると表明した時に聞いたスキルとは異なるな。ヒジリは我らに嘘の情報を教えた、と言うのか?」
「それも少し違う。あいつはそんな奴じゃない」
分かってるじゃないか大統領。
あいつは嘘を言わないわけじゃないけど、誠実だ。
だから人から好かれる奴なんだ。
「大方、曖昧に書かれたスキルの情報の解釈を間違ったとかじゃないのか? スキルの情報は長ったらしい説明文で書かれてるんだからな」
「それならいいが……。貴様の言った通りなら、ヒジリの持つスキルは強すぎる。まるで規格外じゃないか」
規格外。
将軍は意図していた訳ではないだろうが、俺はその言葉である物を連想した。
考えた通りの性能を与えられるなら確かに規格外――エクシードスキルだ。
だが聖は自分のスキルをユニークスキルだと伝えてきた。
聖の言葉を信じるなら、『天賦武術』は法則を超えられるようなスキルではない。
何かしらの制限がある。
思い当たるのは邪竜に放った最後の一撃。
あれには絵里の魔力を借りる必要があった。
それはおそらく聖1人という条件では、あのレールガンをどう扱っても、邪竜を一撃で撃退できる性質には変化させられなかったからだろう。
あくまで誰かの力を消費して、その消費を最大限効率的に使って求められた結果に導く力なのだ。
聖固有ではあるが、法則を超えないスキル。
だからユニークスキルの範疇なんだ。
そう俺は考えたが、大統領は自分の同胞の態度が気に食わなかったのか、椅子を勢い立ち上がって将軍の肩を拳で軽くたたいた。
「信じようと、信じまいと結構だぜバレアス。どちらだろうと実際、あいつはオレの見立て通りの動きをしてくれたんだからな。そうだ、オレはベッドで休養中の英雄を称えに行こう! ヒジリの奴、あの黒竜と何か因縁がありそうだったからな。それとなく聞き出しておけば、後々もっとオレ達の役に立つだろうよ」
「……信じると決めた以上は信じるが、やはりお前は信用ならない人間だな。ビッグフォークと名乗る不遜な男よ」
将軍は大統領が天幕から出るのを眺めた後、ため息と同時に姿の見えない者に呼び掛けた。
「レイン、まだ聞いているんだろう。早く出てこい」
「父さま、ごめんなさいなのだ。盗み聞きするつもりはなかったのだ。父さまに会いに来たらヒジリの話をしていたから……」
天幕の外側、どこに潜んでいたのかレインが小柄な体を入口から滑りこませて、居心地悪そうに中に入ってくる。
叱られるのかと体を縮こませるレインに対して、将軍はその頭を無言で見つめる。
「まあ丁度よい。お前に話す事があった」
「え、父さまが我に?」
叱れそうな子と父親の間に流れていた張り詰めた空気は、どこかへと消えていた。
むしろレインは顔を上げ父親の言葉を今かと待っている。
俺はこんな親子関係でなかったから想像つかないが、やはりこの親子の関係は少し複雑なのだろうか。
「ビッグフォークの言っている言葉が真実なら、あの勇者は連邦国独立後を左右する程の無視できない力を持っている」
「う、うん! ヒジリは本当にすごい奴なのだ。少し前は我よりも弱かったけど、今はもう我よりもずっと強くなってるのだ! きっとヒジリはこの連邦……大陸で一番強い奴になるのだ!」
「ああ、だからお前はあの勇者と関係を深めておけ。その関係は我らの一族に有利に働くだろう」
そうだな。
独立すれば当然、その後は内部での権力争いが起こる。
それは地球のそれなりに長い歴史が証明し尽くしている。
誰が権力を握って主導権を得るにせよ、その間までは独立中に手を取り合った仲間も今度は敵になる。
だから今の内に強い繋がりを有力者と持っておきたいと考えるのは、一族の首領としては半ば義務か。
「嫌なのだ」
「何?」
だがレインはその父親の命令を拒否した。
本人も思わず口に出た言葉の様で、慌てて取り繕うとする。
しかし哀れなレインが言葉を重ねる度に父親の眉間にしわが寄る。
そうして仕舞には下を向いて、何も言わなくなってしまったレインに父親は背を向けて1人天幕の中に残して行く。
「嫌なのだ!」
レインの大きな声が天幕を揺らす。
これで黙り込んで終わりだと思ったが、まだ声を出せるだけの気持ちが残っていたのか。
天幕の入口に手を掛けていた父親は足を止めて、しかし振り向かずにレインの次の言葉を待つ。
「嫌なのだ……ヒジリは、すごく良い奴なのだ。皇国から追い出されてこの国に来たのに、ずっと明るくて、我の話も聞いてくれた」
レインは語っている。
自分の大切な相手がどれだけ優しくて良い奴なのか。
「初めて会った時は我に負けるくらいに弱くて、戦いも嫌だって言ってて軟弱な奴だって思ったのだ。でも、戦争が始まってリューキって勇者がしている事を知ってからは変わって、その時本当のヒジリを知ったのだ。それから頑張って我と修行して強くなって。いつの間にか我よりも強くなって、それでもずっと優しくて変わらなくて」
自分の想う相手がどれだけ正しく強い奴なのか。
「だから父さまに言われなくても、我が仲良くしたいからヒジリともっと仲良くなるのだ!」
言い切った言葉は父親の背中にぶつかった。
重い言葉だった。
「……お前は昔から我や義母達、兄弟達の顔色ばかり窺っている子だったな。あの兄弟の中でお前1人だけ母がいない。だからいつも家族の中で引かれた線で、お前だけが孤独だった」
それを受けた父親が言葉を返す。
「お前は自身の導きで仲間を見つけられたんだな。なら我はもう何も言わず、導く事もない。空を見て自由に生きろ」
父親はそう言い残して天幕を去った。
親離れの言葉、子離れの言葉は突然交わされた。
この親子の関係は崩れずとも変化した。
そして父親と入れ替わる様に、天幕の中に聖が入って来た。
父親が足を止めたのは子の言葉と、そしてもう1つ。
聖が目の前に居たからだ。
話を聞いていた聖がレインと、どのような会話をするのか
俺には全く関係のない事だ……これ以上余計な事を知る前に、過去を覗くのをやめよう。