演説
2人を尻目に馬車に寄りかかり、淡々と説明を続ける大統領。
だが聖はそんな大統領に、理解が追い付いていなかった。
「『遺物兵装』? 現実サイズの虚空? 携行型? ……ちょっと待ってくださいよ」
「なんだ、ヒジリ。急いでいるだろうし、オレも手短に説明してやろうと思ってるんだが」
「それはありがとうございます。……僕は魔法に詳しくないから、今話貰った事の半分も理解できなかった。でも言わせてください」
聖は大統領に近づき、しっかりと目を合わせて、しかし動揺しながらも言った。
「これどう見たって携行できるサイズでも、個人運用できる代物でもないですよね?」
聖の質問――いや詰問に大統領は顎に生えた無精髭を撫でながら考え込む。
そして空を2羽の鳥が飛んだのを眺めて、しばらくしてから口を開いた。
「『天賦武術』があるからいけるだろう――」
「無理ですよ」
食い気味に、聖が言葉を返す。
「僕のスキルで扱えるのは武器までで、こんな巨大兵器は専門外です! というよりユニークスキルの説明は、勇者に任命してもらう前にしましたよね? 僕がこれを扱えないなんて事実、貴方も知ってるはずだ!」
興奮しながら訴える聖に、大統領は助けを求める様に、絵里の顔を見る。
しかしその絵里でさえ、どうやら同じ意見の様で大統領を冷たい目で見返す。
誤魔化しようがない。
だって、これは明らかに砦や船に搭載する兵器だから。
側近にも同じ様な目で見られ、逃げ道を失った大統領は大きく大げさに溜息をついた。
詰め寄っていた聖に、むしろ更に顔を近づけて言い放つ。
「――やれ」
たった一言。
そう言って大統領はそれまで見せていた、人好きのする顔を引っ込めた。
「えっ……」
「やるしかないんだ、ヒジリ。オレ達は駄目だと思っても、ただやるしかないんだ」
「大統領、根性論ではあのドラゴンには勝てないのだ」
大統領の信じられない程、時代錯誤な発言が飛び出た……異世界だから別にいいのか。
その発言にレインが反論する。
もっともだ。
あの黒竜、つまり俺はドラゴンの地力とエクシードスキルの法則外のチートを併せ持つ。
反則には反則で戦うしかない。
根性論では勝てないんだ。
「レイン、その通りだ! 根性論では勝てない。聞けば現れた黒竜は一瞬のうちに受けたダメージを無かった事にしてその上、『腐食魔法』のような攻撃までしてくるそうじゃないか。君達が捕虜にした皇国勇者リューキですら、腐食にやられた!」
「分かっているなら、こんな物に頼らず自分達の力で戦えばいいのだ」
「それは無理だ。君は黒竜を倒す方法が分かるか?」
レインに同意したかと思えば、今度はレインの反論をあっさり切り捨てた。
大統領の質問に、レインは少し考えて答えた。
「スキルの発動直後に攻撃が通るなら、ずっと攻撃し続けるとか……」
「ああ、それは良い考えだ……ただの魔物相手になら。ドラゴン相手には駄目だ。ドラゴンの体力はほぼ無尽蔵。そして再生能力は我々人間とは比べ物にならない。先に全てを消耗するのはこちらだ」
「だったらどうやって倒すんです? 聖先輩にこんな物を無理やり使わせれば倒せると思うんですか」
次は絵里が口を挟む。
それに対して、大統領は恐らく俺と同じ答えを出すだろう。
それは……。
「できる。違うな、それしかない」
俺を倒せるのは聖だけだ。
この胡散臭い男と同じ答えは気に障るが、その通り、それしかない。
「どういう事です?」
「持久戦が不可能なら、一発で相手を殺すしかない。だが……上位のドラゴンは知恵を持つ。魔法大学に要請して戦略魔法を用いようとしても、察知されて貴重な人材を大量に失うだけだ。だから相手が予期せぬ方法で、しかも短時間で少人数で行える方法を取るしかない」
「理由は分かりました……でも、聖先輩が言った通りに私にはあのレールガ……兵器が扱えるとは思えませんよ」
大統領の言っている事はさっきから正論だ。
ドラゴンの脅威も何もかも人にとっては手に余る。
だがしかしだからと言って、それは聖1人に背負わせるには、あまりにも多すぎやしないだろうか?
それに聖のユニークスキルはあくまで武器を扱うスキル。
何度も言われている通り、そもそも実行不可能な作戦なのだ。
と、分かり切った事を伝えられた大統領は、聖の申し訳なさそうな顔を見て仰々しく首を振って見せた。
ああ、この動作見た事がある。
前世で死ぬほど見たポーズだ。
「分かっているさ……。分かっているとも、君達の言いたい事は。無理だと言いたいんだろう? 『あんな凶悪な敵を倒すなんて不可能だ。できっこない。ただ無駄死にするだけだ』同じことを言っていた奴をオレは知ってる。でも、先週それを言った奴は死んだ。君達の行った戦場で」
大統領の声色は落ち着いて、静かだったが、そこに聖達への説得を諦めた気配は感じられない。
むしろそれは、これからが本番だと言わんばかりに、言葉の裏に本気の自信が隠れていた。
「彼は……ジョセフは軍人ではなかった。この周辺の村に住んでいた。歳喰った父親と、綺麗な妻と幼い娘と一緒に幸せに住んでいたただの若人だ。そんな彼は他の誰に強制されるでもなく、自分で志願してオレ達の仲間になったんだ。なぜだか分かるかい?」
「連邦の独立の為でしょう。あなただっていつも言ってるじゃないですか」
聖の言葉に大統領は満足そうに頷いて、しかしこう言った。
「違う――彼は家族の為に戦い、死んでいった」
「それは……それは尊い事だと思います。でも、それが私達に何の関係があるって言うんですか!」
「関係あるとも! 彼は君達の撤退の為に戦い、死んだのだ。あの勇者リューキを1分1秒でも止める為に、彼は自分の命を費やした。そうすれば君達がきっと皇国を、この国の敵を退け自分達の家族を守ってくれるはずだと、信念に殉じた!」
大統領の言葉は止まらない。
もはや最初の聖があの兵器を動かせるのかなんて、誰の頭からも飛んでいる。
それが大統領にとっては都合が良い。
誰もこの演説の、前提の綻びに気が付かない方が都合が良かった。
「勇者ヒジリ! 勇者エリ! 君達はこのフォーク連邦国の生まれではないし、この世界の生まれですらない! だからオレやエルドダッド将軍が何故ここまで連邦の独立に拘るか根本的には理解できないだろう。……ヒジリ、エリ。オレ達の事は理解しなくてもいい、愚かな行いだと罵ったって良い。だが命を懸けて、家族を守ろうと戦い、そして死んでいったジョセフ達兵士の無念は理解してくれ! そしてどうか彼の死が価値ある物だったと証明してくれ。君達がこの国を護る勇者なのだと皆に示してくれ!」
「僕が……僕達がこの国を?」
聖の声が震えている。
駄目だこれは、完全に大統領のペースに呑まれてしまった。
「ああ、彼らはそう願って逝った」
元より人が好い聖が、自分の為に死んでいった人を引き合いに出されて断れるわけがなかったんだ。
こんな悪魔染みた呪いの言葉なんか、かけやがって。
この男、聖の性格をどこまで知ってるんだ。
「やります」
「聖先輩!」
「ヒジリ!」
突然の快諾に仲間2人から、驚きの声が上がる。
この演説はあからさまに聖1人に向けられた物。
聖に比べて、2人はまだ冷静な判断ができるだろう。
「絵里、やろう。ヒトゥリは僕が倒す。この国の人を、守るんだ」
しかし、リーダーの聖がそうすると言ってしまえば、もはや2人はそれに従うしかなかった。
絵里は皇国から追い出された聖に従ってきた。
レインはそもそも連邦の人間だ、聖の方針に口出しできる程【仲間】とは言えないのだろう。
こうして聖は俺を倒す為、『遺物兵装』を手に入れた。
しかし聖がした説明通りなら、この兵器は聖のユニークスキルでは扱えない。
あの男一体何を考えて、聖にこれを持たせた?