大統領
即席のキャンプの中の最も大きいテントの、椅子に男は腰掛けていた。
短く切りそろえた髪に、鋭い目つき、無精髭、精悍な顔立ちの若い男。
威厳を出そうとしているのが、服装や髭から伝わるがその姿はどう見ても一国の首相ではなかった。
「勇者ヒジリ、勇者エリ、レインフルが到着したぞ。……大統領?」
側近の狼獣人の男に声を掛けられるも、大統領は聞こえているのかいないのか、テントの壁に掛けられたボードに向けて手を伸ばした。
手握られているのは銀に光る装飾過多な拳銃。
乾いた破裂音と、ボードが撃ち抜かれる鈍い音が何度か響く。
「これがセラフィ王国の拳銃か。集弾率が悪いな。これなら多少遅くとも弓を使った方が、兵力の足しになる」
「な……何をしているんだ、貴様は! 外にいる兵に当たったらどうする!?」
騒ぐ側近に、大統領は拳銃のトリガーガードに指を突っ込んで回しながら、聖達の方を振り返る。
「今は忙しい。テントの裏でサボっている様な兵士はいないし、いらない」
命を懸けて戦う兵士達に向けるには、冷たい言葉に聖達は眉をひそめる。
だが、そんな事はどうでも良いと言わんばかりに、声色を変えて大統領は話し続けた。
「それにしても、よく来たヒジ……おっと、暴発の危険性もありか。これは本格的に役に立たないな」
トリガーに与えられた衝撃がそのまま弾を発射させ、大統領の耳を掠める。
そしてそれを気にした様子もなく、机の上に拳銃を放り投げる。
「あの……大統領、もしかしてそれが秘密兵器ですか?」
絵里の問いに、大統領は固まる。
しばし考えてから、ああと一息置いてから話始める。
こいつ自分から聖達を呼び戻した癖に、忘れていたのか?
「こいつはただオレの要望で取り寄せてもらった玩具だ。趣味っていうかさ、好奇心っていいよな~。こんな武器にもならない、くだらない物にさえ価値を与えるんだから――」
「大統領。秘密兵器はどこですか」
「ヒジリ!」
大統領の長話を聖が遮った。
珍しく聖にしては余裕がない対応だ。
大統領もそれを感じ取ったのか。
無礼を叱咤する側近を留めて、机の上の拳銃をベルトに差して立ち上がった。
「すまない。気が利かなかったな。前線では大量の兵が死んでいる。こんな話をしている暇はない。その通りだ。さあ、秘密兵器の所に案内しよう。心配せずとも用意しているのは、こんなちゃちな拳銃もどきじゃない。もっとデカくてハジける奴だ」
大統領は一番にテントから出る。
側近も聖達もその後ろについて行くしかなかった。
大統領は忙しなく動き回る兵士達声を掛けながら、人の少ない場所まで歩いた。
そして聖達の方を向いて得意気な顔を見せ、何もない平らな大地を指した。
「何もありませんけど……大統領。からかうのはやめてください。僕達には時間がないんです」
「ほう、オレがオマエ達をからかうなんてあると思うか? 必死に戦ってきた英雄を? これはプレゼントの前振りだ。もう少し余裕を持てよ、ヒジリ」
指を1つ鳴らす。
すると今まで草と空気しかなかったそこに、荷馬車が姿を現した。
聖も絵里もレインも、そして側近でさえも驚いていた。
だがその驚きはきっと種類が違う。
側近とレインの驚きは誰も知らない間に、一国の主がこんな物をキャンプの近くに運び隠していた事。
そして聖達は、その荷馬車に乗せられていた物体に驚いているのだろう。
「大統領! アンタ一体いつの間にこんな物を運ばせていた!? 透明化の魔道具なんてどれだけの費用が……」
「そうだ、そうだ! 明らかにこれはやり過ぎなのだ!」
「まあ落ち着けよエルドダット。これは必要な物だ」
「だが……」
驚き興奮で騒ぎ立てる側近とレインを、何とか落ち着かせようとする大統領。
それでも落ち着かない側近達に、大統領は自信満々にこう言った。
「俺が言うんだから間違いない、だろ?」
それを見て、ため息をついて引く2人。
一国の主の暴挙に対して、それでいいのか?
大統領というのは随分信用されているな。
それともただの強権か。
「あ……あり得ない!」
「こんな物がこの世界にあるなんて……」
大統領達が騒いでいる間に、聖達も正気に戻っていた。
2人して馬車の上の物を、まだ信じられないでいるようだが。
ああ、俺も信じられなかっただろうな
マリーの研究所を見ていなかったら。
「そんなに驚いてくれると、サプライズのしがいがあるじゃないか。そう、これは1000年前の竜戦争時の遺跡に残されていた、『遺物兵装・虚空想砲』」
2人の視線の先には巨大な鉄の塊――どうみたってレールガンにしか見えない銃が横たわっていた。
「同時に発掘された文書によると、『大量の魔力を呼び水に現実サイズの虚空を造り出し、超高速で射出する対巨竜用携行型長距離兵器』……だそうだ」