救援
「くっ、間に合え!」
聖はあの何でも入る魔道具の鞄から、鎖を取り出し竜輝に向けて伸ばした。
鎖が竜輝の体に巻き付き、毒だまりに着水する直前で回収された。
だが、どうするんだ聖。
俺が言うのもなんだが、あの黒竜がやっている事は凶悪だ。
自傷覚悟の攻撃でないとダメージを与えられない上に、与えたダメージは毒液となって周辺にまき散らされる。
戦争を終わらせる、罪を犯した兵士を償わせる。
この2つの目的を果たすのに、あの黒竜がやっている事以上適した方法はないとは思うが、迷惑極まりない。
流れ出す血の量は加速して、逃げ遅れた兵士が今も飲み込まれている。
これは、やり過ぎている気がしないでもない。
だが俺が樹海に飛ばされたという事は、この黒竜は負けたはず。
本当にどうやって収拾つけたんだ?
近接武器を使う聖や竜輝、レインの全力じゃ、相性悪くて撃退できないだろうし。
絵里はどちらかというと補助の魔法専門だ。
それだと俺が樹海に飛ばされた理由に説明が――。
「滅べ邪龍が! 『極小聖域』!」
は?
何者かの影が、聖達の後方から現れ毒溜まりの中に突っ込んでいった……。
いや、何者かというかスキルを叫んだから誰か分かるんだけど。
勇者レイオン、俺を殺しかけた奴が何でここに?
王国にいるんじゃないのか……?
「待てよレイオン! 本当にドラゴンと見たら正気を失うヤツだな……」
「いつもは慎重で、落ち着いた方なのですけどね」
「それを補助する為に私達がいるんでしょ。ラフィー、ジルの周りに結界張ってあげて。ほら、アナタもドラゴン退治に行きなさいな」
更に後ろから3人が現れる。
レイオンの仲間の魔人のフレイアと……普通のヒトのおっさんと、狐獣人の少女は知らん奴だ。
ラフィーと呼ばれた少女が詠唱し、ジルと呼ばれたおっさんの周りに結界を張る。
すると結界に触れた毒がジルを避ける様に割れていく。
結界はその場に張る物で、動き回る物体を中心に張るのは難しいそうだが、あの少女はかなりの腕前らしいな。
ジルが取り出したのは……ライフル銃か?
この世界にも銃があるなんて聞いた事なかったが、ジルは盾越しに銃を構えるとドラゴンに向けて発射を繰り返す。
やがて撃ち尽くしたのか立ち止まって装填を行うのだが……中折式でその上、単発装填?
なんであれで何発も弾を撃てるんだ?
地球の銃とは違うんだろうが、そういうのも遊んでいたゲーマーとしては違和感があるな。
「『召喚魔法・二獣召喚』」
フレイアも聖達の前に出て、無詠唱で魔獣を2体召喚した。
黒い毛皮の狼とまだらの蛇……どちらも主人と同じで赤い瞳を持っている。
この瞳、やっぱりミュウと同じだ。
それにああ……牙見えてる。
前に出たのは聖達にこれが見えない様にする為か?
「一体何なのだ……? 連邦では見た事ないし、皇国の兵士?」
「いや、我々はセラフィ王国の者だ。連邦軍より救援要請を受け、邪竜撃退の為に手を貸しに来た」
突如現れた見知らぬ戦士達に困惑するレインに、もう1人声を掛ける者がいた。
どの種族と比べるもない巨躯と、古めかしく堅苦しい口調。
そして何より特徴的な全身鎧。
「彼らは勇者レイオンとその仲間達。そして吾輩はセルティミア・カルシノ。セラフィ王国の栄えある騎士団団長である!」
聖達はその場をセルティミア達に任せて引いて行く。
麻痺と負傷により気を失った竜輝を抱え、北西へ。
残されたのはセラフィ王国が誇る勇士達。
分かっていた事だが、こいつらはやっぱり強い。
セルティミアは全身鎧と強靭な肉体のせいで毒液の効きが薄いし、レイオンの仲間達も『回帰欲求・腐食』の範囲内に近づかない様に離れて攻撃をしている。
初めて戦うはずの黒竜の戦法を理解して、即座に対応してきたのだ。
前回と同じ戦い方をしているのは、レイオンぐらいか……。
『極小聖域』が腐食も毒液も何もかも、喰らった側から回復するせいでカウンターやじわじわダメージを与える黒竜の戦法と相性が良すぎる。
ドラゴンと戦い慣れているせいか、肉弾攻撃の全てを読まれているみたいだし、これでは黒竜はレイオンを殺せないだろう……。
まあ、殺せないだけでこちらも殺される事はないが。
レイオンの拳が黒竜の鱗を貫く、それと同時に黒竜はエクシードスキルを発動させ数秒前に戻る。
「今だッ! 喰らえ邪竜め!」
『回帰欲求・腐食』のクールタイムはこの一瞬。
発動直後の一秒にも満たない時間、ほとんど発動と同時だ。
だからレイオンはこの一瞬で最大の連撃を繰り出す。
「グラアア……」
その攻撃を黒竜は空に飛ぶことで回避する。
『極小聖域』を発動している間は動けないレイオンでは、黒竜に攻撃を届かせられない。
黒竜だとて連続発動できないという、自分の弱点を既に理解しているのだ。
ジルが放った銃弾を羽根で弾きながら黒竜は、吠える。
ドラゴンは強い。
更にそれが目的を持ち、戦いを長引かせる事に注力したのなら、仕留めるのは容易ではない。
ほぼ無尽蔵のスタミナと、空を飛べるという利点。
これだけで地上の生物はドラゴンに攻撃を与えることは、不可能なのだ。
ユニークスキルの制約で動けないレイオンなど、敵にもならない。
ただ……。
「『結界術・浮浮結界』……、どうぞレイオン様攻撃を」
それは1対1限定の話だ。
補助する仲間がいるのなら、人間は空の敵すら攻撃する。
「助かるぞ、ラフィー!」
レイオンの足元に1人分の結界が現れ、体を空に持ち上げさせる。
狐獣人の少女が詠唱を続けると、レイオンを乗せた結界が黒竜の元へと飛来し、レイオンは再び黒竜の鱗へと拳を突き立てる。
やがて地上から更にジルや、フレイア、セルティミアも結界に乗せられて浮かび上がってくる。
「ラフィー殿の結界……4人同時に空に飛ばすとは器用だな」
空中に浮かんだセルティミアが、地上にいるラフィーを一瞥して呟く。
そしてその言葉にフレイアが、嬉しそうに同調する。
「でしょ? これでスキル持ちじゃないんだから。才能と努力だけで、習得の難しい『結界術』を使いこなせるなんて凄いわよね」
「スキル持ちではないのか? この精度の高さなのに」
「ええ、それだけじゃないのよ。あの子が本当に得意なのは……」
「フレイア、それは言わない方が良いんじゃねえか?」
いつの間にか2人の隣に居たジルが、妹分を褒められ鼻高々に語るフレイアの言葉を遮った。
フレイアはついうっかり口を滑らせたようで、誤魔化す為に何体かの魔獣をドラゴンに飛ばし始めた。
セルティミアも個人の事情に立ち入る気がないのか、それとも目の前の強敵に集中したいのか、それ以上は追求せずに槍を構えて地上へドラゴンの元へ移動する合図を送った。
セルティミアの槍の先では、ドラゴンとレイオンが一進一退の攻防を続けていた。
戦いはまだまだ終わらない。
きっとこの戦いは聖が終わらせる。
俺にはその確信があった。