作戦会議
フルードとの交渉が終わり、あいつはふんぞり返りながら、村長の家から出て行く。
古びた玄関の扉を通り抜けるのと入れ違いに、今度は村人達が大勢で押しかけて来た。
「村長、今のは一体何なんです!」
「皇国の軍だ。わしらの村に滞在させてほしいそうだ」
騒ぐ彼らを宥め、村長がフルード達の事情と要求を説明する。
ただ慌てていただけの村人達も、話が進むにつれ表情は暗くなっていった。
「そ、村長……それって俺達全員あいつらに人質にされてるって事ですよね!?」
「村から出ないってどうするんですか! この村で取れる物にも限りがあるんですよ! それに医者だってこの村にはいない。怪我や病気になったら誰も助けられないじゃないか!」
「皆様、落ち着いてください。薬なら私達が持ち歩いている分がありますから、それをお分けします。軍事力を持たない以上は、彼らの要求を飲み外部の助けを待つしかありませんわ」
村人達の勢いにたじろぐ村長の前に、ソリティアが出て彼らを落ち着かせようとする。
だが、それはむしろ逆効果だった。
「王国の貴族様、それはありがたいが……でも話によると、この村から誰か1人でも出たら俺達皆殺しにされるそうじゃないか! あんたらがこっそり出て行かないってなんで保証できる? あんたらよそ者じゃないか!」
「そうだ、それに商品を輸入してる最中だって言うじゃないか、商人は金の方を優先するだろう。どうせ、俺達の事を放って逃げるんじゃないか?」
そうだそうだ、と部屋の中に村人達の声がこだまする。
明らかに冷静でない、感情に身を任せた輪唱。
人は集団になると愚かになる。
1人1人では敵意などまるで見せない、のどかな村の人々も、少しの危機と外部からの人間がいればこうも好戦的になる。
このままだと、ソリティアの身に危害を加えようとする奴らでるだろう。
昼間に行動しなくとも、夜中に襲いに来るかもしれない。
仕方ない、不自然だし、最悪誰がやったのか怪しまれるから、少し気乗りはしないけど俺があの皇国の軍を無力化すれば……。
「馬鹿もんッ! 失礼な事を言うんじゃない!」
その時、それまでただ口をつぐんでいた村長の怒号が、村人達に浴びせられた。
口をそろえ騒いでいた村人達も、一気に静まり返り、部屋の中は異様な程の沈黙が漂っていた。
「ふう……お前達、この村の客人になんて事を言うんだ。そもそも今わしらを苦しめているのは、先ほどの皇国軍の奴ら。この方々に文句を言うのはお門違いというもの」
「村長の言う通りだよ!」
村長が言い終えると、その後を追う様に高い少女の声が部屋の外から飛び込んできた。
扉を塞ぐように群がっていた村人達の集団が割れ、その間からクリエの姿が現れる。
「ソリティアさん達はそんな事するような悪い人じゃないよ! この村の皆と同じで、他の人の事を考えられる人ばっかだよ。それに要求を飲むだけだった村長に代わって、ヒトゥリさんとフィアが山に行く許可を取ったのも、ソリティアさんでしょ!」
びしっとクリエの指が村長を指す。
視線が集まり少し言い淀みながらも、村長は同意した。
「うむ。まあそう言う事だから、お前達もどうか我慢してくれ。どちらにせよ今のわしらには、ただ助けを待つしかないからな」
村人った居はお互いに顔を見合わせ、困った様などこか納得していない顔をしながらも、この部屋に押し掛けた時と同じ様に外へ出て行った。
後に残された俺達は、突然入り込んできたクリエに驚きながらも感謝した。
子供の感情的な無邪気な言葉は、大人の道理や論理を諭す言葉よりも時に重く説得力がある。
あのままだと村人達は、俺達に監視でもつけかねない勢いだった。
「ありがとう、クリエちゃん。私達はこれから村長さんと少しお話をしないといけないから、プラムの所に戻っていてね。それと表向きに危害を加えたりはしないだろうけど、皇国軍の人には近づかないようにね」
「うん、分かったよ」
クリエが外に出ると、俺達は椅子に座り、向き合った。
話すべき事は分かっていた。
「さて、それでなんで俺とフィアだけ山に出られるようにしたんですか? 何か考えがあるんですよね?」
「えっ、それはどういう事です?」
俺がソリティアに投げかけた疑問に、村長が問いを投げ返す。
やはりこの村長は、村人をまとめる力はあっても、策や交渉などには疎いようだ。
俺は村長に説明した。
この村で採れる食料は十分な量で、わざわざ山に肉を取りに行く必要はない。
これはフィアから聞いた話だ。
この村に住むフィアがそう言うのだから本当に、この村は作物だけで足りているのだろう。
ソリティアがこの話を知っているかどうかは分からないが、どちらにせよ俺達が狩りに出ても、ソリティアには何の得もないのだ。
だったら、これはフルードを出し抜くための策だ。
「なるほど。そういった意図があったのですか。わしは何が何だか分かりませんでしたよ。それでその策とは一体……?」
村長に促されると、ソリティアは俺の方を向いて目を合わせた。
シリアスな眼差しに思わず背筋が伸びる。
「ヒトゥリさん、貴方は山に入ったら隙を伺って、この先の戦闘地帯にいる連邦軍に会ってください。彼らも取り逃した皇国兵を探しているはずですから」
予想通り。
ソリティアは俺に、連邦軍に対して救援を求める様に言っているのだ。
それがベストだろう。
ソリティアは俺が200人程度の軍なら倒せる事を知らないし、そもそも俺だって散らばって暴動を起こされたら、この村の全員を守れるかは怪しい。
であれば、皇国軍の殲滅は連邦軍に任せて、俺達は村人と一丸になって防衛に徹するのが全員傷つかずに済む方法だ。
しかしその思惑を理解してくれる者ばかりではない。
「な! 何を考えているんです。この村から1人でも出れば、我々全員が殺されるかもしれないのですぞ!」
村長は席を立ち、窓から外を見た。
今の話が誰かに聞かれていないか心配なのだろう。
だが、それぐらいは俺が警戒している。
ソリティアもそれは了承済みでやっている。
「ワヌク村長。落ち着いてください。例え彼らの言い分通りに従っていたとしても、私が知っている皇国軍なら、一度占領した村をそのままにはしませんわ。良くて物資を奪われ、悪くて村ごとの焼却。私達に残された手段はこれだけですわ」
「し、しかし……それはどうにも危険なように思えます……」
村長はちらちらと俺を見る。
何だ?
何か言いたいのだろうか。
「ヒトゥリさんの腕をお疑いなら、安心してください。私が保証します。ヒトゥリさんは王国で最も優秀な冒険者ですわ。彼なら誰にも気づかれずに救援を求められるでしょう」
ああ、俺に任せるのが不安だったのか。
確かに村長にとって昨日会ったばかりで、ソリティアのように社会的な地位も名声もないような、ただの冒険者に自分達の命運を任せるのは不安だろう。
実力的にも逃げ出さないという信用でも。
「任せてくれ。俺は引き受けた仕事は最後までやるタイプだ。フィアの敵討ちを手伝う約束もまだ果たせていないしな」
「……はあ、分かりました。それ以外に方法がないと貴女が仰るのなら、わしもできる限りの協力はします」
村長は悩みに悩んだ後、結局俺達が連邦軍に救援を頼む事を許可してくれた。
まったく、戦争地帯に行くのだから多少のトラブルは覚悟していたが、まさかこんな大量の命の責任を負うなんて思ってなかった。
流石の俺も、今のこの状況で逃げ出すような奔放さは持ち合わせていない。
ソリティアから任された仕事を、しっかりこなすとしようか。