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ドラゴンリベレーション  作者: 山田康介
悠久の源頭:邪竜覚醒と英雄鍛造
72/118

山の主

 翌朝、まだ空気の冷える時間に俺は村長の家の前に来ていた。

 人の気配もなく、湿った空気が肺を満たす。


「人の匂い……もう来てるのか」


 空気の中に微妙に人間の匂いを感じる。

 村長の家の裏に回ると、切り株にフィアが腰かけていた。


「遅い。早く出ないと罠にかかった獲物を横取りされる」


 ナイフ、弩、その他罠をしまってフィアは立ち上がり山の方へ歩いて行く。

 待たせすぎて不機嫌なのかと思ったが、昨日もこんな感じだったな。

 感情が読み取りにくい……。

 俺もこんなのだったのか?


「悪いな、次はもっと早めに行くよ」


「別にいい……。山に入ったら、なるべく静かにして。人を喰う魔物が寄ってくる」


 静かな村の中を歩ていくと、やがて周囲に木々が増え、そして山の中に入ったという感覚がした。

 穏やかな村の中の空気とは違い、緊張し、そして何者かに常に見張られているような尋常ではない空気だ。

 しかし辺りを見回しても、動物の気配も魔力の痕跡も見当たらない。

 どこまでも不気味で、嫌悪感を抱かせる。


「この先に最初の罠がある。掛かっていたらぼくが仕留めるから、逃げた時はヒトゥリさんに頼んだよ」


 フィアが山の中の比較的なだらかな斜面を下り、獣道中を探る。

 動きが一瞬止まったかと思うと、流れるような動きでナイフが取り出され、振るわれる。

 水音と、何かを零す音が聞こえた。


「ヒトゥリさん、こっち……獲物取れたから運んで。あと内臓食べる?」


「ああ、貰っとこう」


 俺達の狩りはその後も基本的に無言で続いた。

 獣を取るのも、襲い掛かる魔物を撃退するのも、俺には話をしながらでもできるが、これはフィアの狩りなのだ。

 俺はただの手伝い。

 フィアの狩りを見学している、ただの一般人に過ぎない。

 だから俺は例えどんな事があろうと手出しはしないつもりだった。

 

 最後の罠を確認しに、山の周辺を一周する折り返し地点にそいつはいた。

 道の真ん中に小さな山が鎮座していた。

 その山はフィアの仕掛けた罠に捕まった獣を貪り、まるで狼の様な遠吠えをした。


「タイタンベア……」


 小さくかすれた声で、フィアが呟く。

 風の音よりも小さい声だったが、そいつは耳ざとくフィアの声を聞きつけて振り向いた。


「ヴアアアア!」


 何の躊躇もなく4つ足での突進、警戒も威嚇もない殺意を剥き出しにした攻撃。

 咄嗟にフィアを掴んで上へ跳躍する。

 すれすれで足元を通過していくタイタンベアは、そのまま木々を薙ぎ倒し、急停止。

 こちらを振り向き睨み付ける。


「おい! 俺達はお前を攻撃するつもりはない。やめろ!」


 怪しまれるかと思ったが、タイタンベアに話しかける。

 会話が通用するのなら、フィアを危険に晒さずにこの場を凌げると思ったからだ。

 しかし。


「ヴオ! ヴヴヴオオオオオオ!」


 タイタンベアは立ち上がり、こちらにただ吼えるばかりだ。

 まさかこいつ、知能のある魔物じゃなくてただの獣なのか?

 だとしたら会話ができない分厄介だ。


 俺の耳元で、弩を放つ音がした。

 強烈な勢いで飛ぶ矢が、タイタンベアに当たるが分厚い毛皮と脂肪に阻まれて、地面に落ちる。


「何やってるのヒトゥリさん! あいつは凶暴な奴だ! 早く逃げないと殺される!」


「分かってる、耳元で叫ばないでくれ。やってみただけだ。このまま『跳躍』を繰り返して木の上を移動するぞ、捕まっておけ」


「う、うん」


 木を掴んで、そのまま連続で『跳躍』を繰り返す。

 だが、慣れない足場のせいか思ったよりも速度が出ない。

 下を見ると、あの熊はまだ俺達を追ってきている。

 突進をし続け、木々を薙ぎ倒し、最短で俺達を食い殺すつもりだ。


「『腐食魔法・風化沼(ブレイクスワンプ)』」


 跳躍の直前に、木の根元に魔法で沼を作り出す。

 

「ヴオ!?」


 思惑通りに突進の勢いのままに沼に突っ込んでくれたようだ。

 これで逃げ切る時間は稼げるだろう。

 


「それで、あいつは何だ? あれがお前の言っていた人を食う魔物か?」


 無事に逃げきり、フィアを下ろして問う。

 人を食うと聞いた時、せいぜいがコボルトやゴブリンやトレントのような山に住む魔物だと思っていた。

 あんな存在自体が自然現象のいたずらの様な変異体だとは。

 

「そうだよ……。タイタンベア、この山の主で暴君で誰も敵わない。ずっと昔から、この山で人を食ってる」


「そんな奴がいるのか……冒険者を雇って倒そうとはしなかったのか?」


「できないさ、そんなの。ぼくたちの村はそんなに裕福じゃないんだ。それにあいつは山から出てこようとはしないし、放っておけば安全だから、誰も倒そうとしない」


「待てよ、じゃあなんでお前は山に入るんだ」


 俺の質問にフィアは答えず、ついてくるようにジェスチャーして1軒の家に入った。

 中は暗く、フィアの他に誰かが住んでいる様子もない。

 フィアの両親も戦争に行っているのだろうか。


「座ってよ、お茶くらいなら出せる。ああ、獲物は外の解体場に置いといて」


 言われた通りにしてから家の中に戻り、座るとお茶が差し出される。

 ひと口すする。

 濃く出し過ぎていて苦い。


「……山はぼくの一族にとっては聖域なんだ」


 フィアがぽつりと語り始める。

 こちらの様子を伺ってくるので、俺は黙って続きを促す。


「ぼくの両親も、その両親も、そのまた両親も。ずっとこの山で狩りをして生きてきた。その時代から伝わってるんだ。山は聖域でむやみに獲物をとってはいけない、必要以上の血を流させてはいけない、木々を無意味に傷つけてはいけないって。タイタンベアはそれを全部破ってる」


 山で狩猟をする人間の、狩場を保全するための掟か。

 確かにあの熊は罠に掛かった獲物の血を散らして、その上木々を薙ぎ倒していた。

 あの巨体だと生きていくだけで、大量の獲物を食っているだろうしな。

 存在するだけで環境を破壊しているってわけだ。


「タイタンベアが出てから獲物の大きさは小さくなっていってる。あいつが怯えさせるから、飯を食べれていないんだ。それなのに村の人は金をケチって、あいつを討伐しようとしない。だからぼくのお父さんたちが無茶をして、あいつを狩ろうとしたんだ!」


 部屋の中を見渡す、長い間使われていないヒビの入った食器に、シーツの剥がされた2つのベッド。

 この家の中には2人分の空白があった。


「それで、お前はあいつに復讐する機会でも狙ってるのか? 危険だぞ」


 あれは見た所レッサードラゴンと同じくらいの力量だ。

 冒険者の中でも高位でなければ討伐できない。

 ましてや、まだ体の成長しきっていない子供が倒せる相手なわけがない。


「そんなの分かってる! でも、ぼくがやらなきゃ誰もやらないんだ! 村の皆、ぼくの両親の事を馬鹿だって、やらなくても良い事で息子を残して死んだって言った! そう言わなかったのは村長とクリエだけだ! ぼくがやって、獲物の大きさが元に戻る所を見せてやらなきゃ、皆ぼくの両親の事を馬鹿だと思ったままだ……」


 涙が1粒テーブルに落ちた。

 はっとしてフィアが顔を抑える。

 次に顔が顕わになった時、その顔はまた何かを堪える様な無表情に戻っていた。


「あいつを仕留める方法は考えてる。やめろって言っても無駄だ。ぼくはやる」


 その瞳はただ目標だけを見ていた。

 こいつは昔の俺と似ているが、大事な部分が異なっている。

 それは、フィアが目標のために孤立しているという点だ。

 意地を張らずに、他の住人と同じ様に山に入らず農業でもしていれば良かった。

 仲の良いクリエという友人がいるし、それにこいつはなんだかんだ言って手際が良い。

 きっと皆に好かれて、こんな1人には広すぎる家に孤独に住む事もなかっただろう。


 だがフィアの決意は固い。

 誰が何と言おうと両親の汚名を晴らすつもりだろうし、そして何より。

 この男の眼は獲物を捉えて離さない狩人の眼だ。


「誰も止めるとは言ってないだろ。……手伝わせてくれよ。この村に留まっている間だが、俺にできる事はやるよ」


「……! あ、ありがとう。それじゃあまた明日の朝、ここに来てよ。見せたいものがあるんだ」


 フィアはちょっとだけ見せた笑顔を隠すように、席を立ってお茶のお代わりを注いだ。

 その後ろ姿はやはり未だに幼い少年のものだった。

 親の汚名、冒険者(プロ)でも手こずる様な獲物、どれもがその両肩には重すぎる。

 フィアがタイタンベアを倒そうとしている事なんて、村長も分かっているだろうに。

 こんな小さな子供に重すぎる荷を背負わせようとする村、俺ならとっくに逃げ出している。

 その選択肢すらない子供が、偉業を為そうとしているんだ。

 ちょっと人外の俺が手伝うくらい、問題ないだろう。




この小説を楽しんでくれたら幸いです。


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