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ドラゴンリベレーション  作者: 山田康介
嵐の前:一時の平穏
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外伝:欲深き者と知恵深き者

 幸運の風はいつも、私に向いてくる。

 幼い頃に両親が事業を成功させ上流階級に仲間入りした時、ミドルスクールで私をいじめていた女子が、不幸にもベースボールの球に頭がい骨を割られ休学した時、ハイスクールで留学した先で偶然付き合った日本人がカースト上位だった時。

 私は神に特別、愛されていると感じた。

 人間は平等じゃない、私は特別なんだってね。


 異世界転移してからは、もっと私は幸運だった。

 ユニークスキルという、珍しい技能を持っていた。

 転移した全員と勇者に選ばれた。

 正義感の強い、邪魔な2人が追放された。

 

 これでもう、私の立場と居場所を脅かす存在はいなくなった。

 だから、例え恋人が自分以外の女を抱いていようと興味はない。


「むしろ都合がいいわ。欲に溺れてくれたら操りやすいもの」


 テラスから、反対側の塔の窓の奥に見える竜輝を眺める。

 日本に居た頃から取り繕った顔のすぐ下に野心を隠していた男。

 そいつについて行けば、私も上に立てると思っていたけど、こんなにも上手く運ぶなんてね。


「それは、竜輝の事ですか?」


 後ろから布留都が姿を見せた。

 しまった。こいつは英語、分かるんだっけ。


「あー、布留都。なんだこんな事前にもあったデスね」


「ええ、ありましたね。安心してください、僕は別に貴女の本性について興味はありませんから」


「チッ、ふう……それで、何の用デスか? まさかくだらないお話をするわけありまセンよね。アナタも人に興味なんて持ってないでショウし」


 布留都は私の隣に来て、両手に持っていたグラスの片方を差し出した。

 知識オタクの男に、こんな気遣いができるとは思っていなかったので少し驚く。

 受け取って口をつけると、私がこの世界で好んでいる果実のジュースだった。

 私がこいつらの前で、好物について口に出した事はない。

 何度か囲んだ食卓で見抜いたのだとしたら、改めてこの男の観察眼は恐ろしい。


「さて、用事ですか……共に月を見たかった、とかでは駄目ですかね?」


 布留都はグラスを抱げて、赤い液体越しに青い月を映す。

 やはり、今夜のこの男はおかしい。

 気障なセリフや仕草なんて、普段の行動からしたら私が見た男の中で、最も似合わない男だ。


「冗談言わないでもえらマスか? その態度も、仕草も、演技だって事は分かっているんデスよ。これ以上ふざけるのなら、私は部屋に戻りマス」


「おっと、待ってください。僕は本当に貴女に用があって来たんですから。帰られると困るんです」


 テラスから乗り出していた身を戻して、布留都はこちらを向き直す。

 早く用を言え、そう言葉に出そうとした時、布留都が呟いた。


「もう、時間切れが近いな」


 時間切れ?

 一体何の話をしているのだろう。

 まったく思い当たる事がなく、少しフリーズしていると、グラスの割れる音で現実に戻された。


「ああ、やはり貴女は普段の振舞よりも馬鹿じゃない。ちゃんと僕の事を警戒していたじゃないですか」


 『瞬雷回転(しゅんらいかいてん)』。

 相手の攻撃をかわせば、それだけパワーアップする私のユニークスキル。

 ボクシングスタイルで戦う私には相性の良いスキルだった。

 しかし、今この時は布留都の攻撃をかわす事はできなかった。

 こうして拳を打ち合わせるだけが精一杯だった。

 それは、いきなりの不意打ちを食らったからでもある。


「布留都、その爪は」


「ああ、これですか? 『竜魔法』を意図的に暴走させる『半竜化』です。私の『智識探求(ちしきたんきゅう)』による魔法の自動解析能力があっても、あのドラゴンと出会ってから、こんなに時間が掛かってしまいましたよ」


 しかし1番の理由は、布留都の腕がドラゴンのそれへと変貌していたからだ。

 魔力による疑似再現ではない、肉体そのものを変質させる人体への侮辱。

 人体の半分は鱗に覆われて、手足は完全にドラゴンになり、背中からは羽が生えている。

 あまりにも不自然で不気味極まりない、おぞましい姿。


 『智識探求』で生み出し習得した魔法に『深淵魔法(しんえんまほう)』なんて名前を付ける、神を恐れない無神論者だと心の中で見下していた。

 だけど、まさかここまでイかれてるなんて思いもしなかった。


「気色悪い……近づかないでもらえマスか。どうせこれから、連邦の亜人共に寝返るんでショウ?」


 嫌悪を隠さずに言うと、布留都は声を上げて笑ってみせた。

 その口からは鋭い牙と、火の粉がちらちらと零れていた。


「連邦? いいえ、私は国同士の争いや政治的信念には興味なんてありませんよ。世界を創っているのは、そんな物ではなく魔法です。智識ですよ! 僕はこの世界を解き明かす旅に出るんだ!」


「何を言ってるのか意味不明デスね。オタクは人に分かる様に話をしないから、嫌われるんデスよ」


 この男は私の直接的な罵倒すら、効いていないようだった。

 少しずつ私から距離を開け、テラスの縁へと近づいて行く。

 逃がさないように私も、隙を見ては布留都との距離を詰めるが、その度にあの爬虫類の様な薄気味悪い瞳がこちらの動きを無機質に見咎める。


「なら分かる様に言ってあげましょう。いうならば、私の主は智識。私は智識の奴隷だ。そのためなら何だって犠牲にしてもいい。例え、自分の心臓であっても! 『深淵魔法・天業奪取(フェイトスティール)』!」


 スキルによる無詠唱の『深淵魔法』発動。

 『深淵魔法』は身体や精神の根本に影響を与えるという。

 絶対にかわさなくてはいけない。

 そう考え、身構えても一向に攻撃の気配がない。

 フェイントか、ブラフか……それとも、もう攻撃されている?

 

 不穏な沈黙の中、変化を起こしたのは布留都の方だった。

 突如血を口から吐き出して、うずくまる。


「ケイトさん……心配しなくても、もう攻撃は終わっていますよ。ほら、これが私の攻撃の代償です……そして、貴女は重要な物を失った。見てみるといい、ステータスを」


 おびただしい量の血を吐き出し続けながらも、私に語り掛ける布留都は、やがて完全にテラスの床に倒れ伏した。

 動かなくなったのを確認して、私はステータスを開いた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――

キャサリン・ハーバード

称号:驕慢の鬼

ユニークスキル:瞬雷回転 

スキル:拳闘術 歩術

―――――――――――――――――――――――――――――――――



 特に変わらない、私のステータス。

 じゃない、なにこれ。


「『欲望の繭』がない! ……違う、スキルがなくなったんじゃない。貴方が奪ったんデスね?」


 未だに倒れたままの布留都に呼び掛けるが、反応はない。

 それどころか、口から血を流し続けている。

 近寄って体を揺すっても反応がない。

 ただ、吐き出すように更に血が流れる。

 川か滝のように。


 あれ?

 人の体ってこんなに大量の血が入ってたっけ。

 もうテラスの床を浸すくらいに、溢れていて。

 私の足元にもまとわりついて、血の中から無数の手が……。


「何やってんだケイト! ボケっとしてんな!」


 飛び込んできた竜輝の声に、現実に戻される。

 私が見ていた場所には布留都の姿はなかった。

 それどころか、溢れる程の血も、まとわりつく手もなかった。

 あるのは、布留都の爪を素手で受け止める竜輝の姿だけだった。


「『神授加護(しんじゅかご)』による攻撃の無効化ですか。面倒ですね。それにせっかく幻覚に落としたケイトさんも起きてしまった」


 『神授加護』、攻撃の一部を無効化する守りの加護。竜輝のもう1つのユニークスキル。

 2つの強力なスキルを持っているから、竜輝は私達のリーダーだった。

 でも今はそんな事より、目の前の狂人に視線が行く。


「布留都、お前は俺達皇国を裏切るんだな」


 竜輝が新しく授かった義手で、布留都を押し返す。


「目的を果たしましたし、僕も聖と同じ様にここでお別れです。竜輝とは中々興味深い旅ができましたね」


「そうか、好きにしろよ。連邦との戦争中に面倒事を増やしたくない。……ただ、覚悟しろよ。俺は裏切った奴を絶対に許さない。この戦争が終わった時がお前の死ぬ時だ!」


 竜輝が宝剣を抜き、布留都に斬りかかる。

 布留都は片方の羽で攻撃を受けると、後ろに跳びテラスの手すりに飛び乗った。

 風が吹き、手すりにいる布留都の衣服を揺らす。

 しかし、それにはどこか違和感があった。


「ええ、楽しみにしていますよ。その頃には僕は既に貴方の事など片手で捻られるでしょうけどね。おや、ケイトさんがやけに僕の頭を見ると思ったら……むき出しですね。後で、カバーを作らないと。それではケイトさん『欲望の繭』ありがたく貰いましたよ」


 頭蓋の中身をひと撫でして、布留都はテラスから落ちる様に消えた。

 急いでテラスから下を覗いても、そこには誰もいない。

 これも『深淵魔法』の力だろうか。


「どうするんデス、竜輝。戦力がまた1人減ったなんて知られたら、私達は」


「どうもしねえ。戦争はもう始まってる。皇国も俺達に頼らなきゃ、戦線を維持できないんだ。あいつ、連邦側につくわけじゃないんだろ。だったら、裏切ったと報告すれば終わりだ。俺達の責任でも何でもない」


 そう言って竜輝は、またあの部屋に戻っていった。

 その後ろ姿には以前の怒りに満ちた覇気はなかった。

 むしろ、もっと禍々しい……殺意を漂わせている。


 私が今失った物は大きい。

 私達の参謀役の布留都と、『欲望の繭』という謎のスキル。

 布留都はその冷静さと魔法での支援で、各戦線で勝利していた。

 それが無くなれば、どうなるか竜輝は分かってない。

 

 そして私の問題だけど、『欲望の繭』。

 謎のスキルで皇国の図書館で調べても分からなかったけど、未知の可能性を秘めていた。

 あれがあれば、私は竜輝よりも強くなれると確信していた。

 それは勘というよりも、啓示に近い直感だった。


 ああ、でも……。

 あのスキルを奪われてから、なんだか心が軽くなった気がする。

 まるで誰も汚れていると気づかない程に全面が黒くなっていた床を、磨いてワックスがけしたかのように、一新された気分。

 あれだけ欲しかった権力の座が、今はほとんど興味がない。

 というか、私は何であんなに人の上に立ちたがっていたんだっけ。

 今まで私は何のために生きていたんだっけ。

 

 それから私は自室に戻って、手に入れた宝石、お金、賞状を眺めた。

 苦しい思いをして手に入れた、権力の象徴を見ても、私にはもう何も湧き上がる事はなかった。

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